五条美城は白サギ嬢   作:アランmk-2

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三期が終わったと思ったら映画の情報が飛び込んできましたね。
楽しみに待ちつつ、私は何とか少しづつでもこの話を進めたいと思います。

いつも感想、評価、お気に入りありがとうございます。これからも応援してくれたら嬉しいです。


早坂愛の胸の内

「みぃが構ってくんないし」

 

 サラッとチャラチャラギャルモードの、早坂愛が言ったのは、金髪碧眼青ネイルに金ネックレスのいかつい見た目に反して、しっとりしとしと雨模様に似た言葉だった。文化祭は12月のカラっとした空気なので、良い感じで湿らせてくれるかもしれない。

 

「なに、どしたの愛ちゃん」

 

 文化祭に向けた準備の追い込み時期で、ちくちくと針仕事をしながら早坂の友人・駿河すばるは聞き返す。2-A組はコスプレ喫茶を行う事になっていて、今彼女は自分が着る小さな羽が生えた小悪魔の、羽の部分の補強を行っている所だった。

 指を突きささないように集中を高めながら聞く気であり、話半分に聞いている素振りを隠すつもりはないようだが、構わず早坂は言葉を続ける。

 

「文化祭の準備期間に入ってから、みぃってばほとんど部室に顔出さないんだし!」

「あー」

 

 情報の増加量がゼロである。最初に言った事から一歩も前に進んでない上に美城のせいだし!と怒る所なんかマジでギャル。

 すばるの『あー』も納得の言葉ではなく、どう慰めようかシンキングタイムの開始を告げるゴングだ。

 大切なのは共感しつつガス抜きをすることであり、間違っても問題解決に動こうとしてはいけない。そういうのは美城に任せておけばいい。変に怒られるのヤだし……。

 

「でもしょうがなくない? 五条くんってボランティア部らしく色んな所手伝いに行ってるんでしょ」

「正論やめな~」

 

 やめておけと言うのに、小道具を作っていたもう一人の早坂の友人・火ノ口三鈴は容赦なく正論をぶつけてきた。配慮が台無しじゃん、と駿河はちょっと怒っている。

 何故無意味に女子をイラつかせる男子ムーブをしてしまうのか。

 

「……まあ彼氏のいない二人には分かんないかもだけど」

「寂しさから友達に怒りのマウンティングしちゃう所マジギャルの解釈一致」

 

 心配してくれた友人にこの言葉。恐るべきマウンティング愛ちゃん計画が始動している。

 三鈴は親身になっても突き放しても、こんな感じになる事を予見していたから、あえてそうしたのだ。

 

(だって私ならそうするし)

 

 うーんこの。

 ギャルの事をよく分かっている彼女だから出来た行動だった。

 

(前のピと喧嘩してた三鈴ちゃんもこんな感じだったね~)

 

 というか経験談だった。

 駿河は訳知り顔で頷いている三鈴をうろん気に見ながら、当時の事を思い返す。こうはなるまい、とその時彼女は早坂と誓い合ったのに、この金髪の友達は忘れてしまったようだ。

 マウントに至る病、とでも言おう。多分原因は寂しさとかだろうが。

 

「だって今ウチらにとって大切な時期じゃん?」

「いや『じゃん?』て言われても」

「何か五条くんとあったの?」

「あったも何も、大有りだし」

「何がそんな大有りなの」

「それは……」

 

 ちょっとここで早坂は考えた。

 自分と美城が抱えている問題は駿河と三鈴が考える領域を超えているのである。どうしてギャルが連綿と続く名家の長男のお嫁に成るか成らないか、という状況に置かれているのか。歴史の短いIT系の社長令嬢の二人に分かる訳がない(偏見)。

 

 さすがに言わない方が良い気がしてきた。正直に言うと噂が噂を呼んで早坂が五条の嫁である風説が流布してしまう。

 

(いや……別に嫌って訳じゃないんですけど……)

 

「何か愛ちゃん嬉しそうな顔してる~」

「心配するだけアホな気がしてきた」

 

 『恋愛は人の視野を狭めますよね』みたいな事を主人に言っていた早坂だが、その時のブーメランが友人の手に渡って二人の手ずから突き刺さっていた。今の彼女は主人を馬鹿にできないアホっぷりを晒しつつある。

 

「……とにかくみぃが悪いし!」

「そうしとこ」

「うん。こんなにした五条くんが悪い」

 

 自分から言っておいて、全力で話題をぶん投げる不誠実な事をしでかした早坂だが、二人はなあなあで済ませた。ちょっと面倒くさくなっているからとかではない、と信じたい所だ。

 

「ならさ、私達だけで楽しまない?」

「なにを?」

「ほら、文実がステージの空きあるとか言ってたじゃん」

「そう言えば……え、まさか」

「三人で出よーよ」

「えぇ! そんな急……」

「よゆーでしょ。早坂立たせて歌っとけばベスパフォ賞もらえるんじゃないの?」

 

 早坂のお悩み不法投棄を見届けた所で、三鈴はステージに立たないかと提案した。こういう時はパーッと遊んだほうが良いと経験的に分かっているからだ。つまりヒマなのがいけない。寂しさを埋めるのは忙しさだ。

 

「ウチはいいけど」

「あ、いいんだね愛ちゃん」

 

 普段はギャル系でありながら一歩引いてる早坂も、前のめりになって友人の主張に同意を示した。駿河はちょっと意外そうである。

 

「てゆーかみぃばっかり文化祭満喫してるから~。ウチらもやっといた方がよくない?」

 

 早坂という少女は責任感から遊びたい欲求を抑え込んでいるので、遠慮する状況でないなら、是非とも遊びたい方の人間なのだ。今は主人が文化祭で忙しいので、逆に早坂の仕事は少なく、三鈴の案にのる事に遠慮はいらなかった。

 加えて恋人に対しての羨ましさと当てつけが背中を押したのも少しある。

 

「よくなくない~?」

「男なんかほっといて楽しもうぜー」

「「「ウェーイ!」」」

 

 ステージに出る案が満場一致のウェイで採択された。短いハイタッチをパチパチ繰り返しながら、彼女達の精神的指向は文化祭一日目夕方のステージに向かっていた。

 

 

 

「愛。いますか?」

 

 小忙しい文化祭準備中の2年A組の雑踏の中であっても、凛とよく通る声が一人の少女を呼んでいた。

 愛の呼び声の示す先は、このクラスには早坂しかおらず、当然それを気安く呼べる人は彼女の恋人五条美城である。

 他クラスに踏み込む躊躇が全くない彼は、入り口にいた女子に『あそこにいるよ』と言われると直ぐ早坂の所へと歩みを進めた。

 

「お、噂の五条くん来たじゃん」

「愛ちゃんビシッと言ってやってよ。こっちはこっちで楽しむから勝手に他の手伝いしてれば?って」

 

 ゆっくりと近づいてくるぱっと見女の男の子に、駿河と三鈴は言いたい放題である。

 そっちが忙しくしてカノジョほったらかすから愛ちゃん拗ねてんじゃん。みたいな心持ちが白髪の頭が一歩踏み出すごとに増してくる。

 

 ぜひとも早坂には可愛い顔した恋人を怒るくらいの気概を見せてほしい所だ。

 

「なぁに? みぃ」

 

(よっわ)

 

 ダメだった。

 一言目から少し“しな”を作りながら上目遣いに甘えた言葉を吐いている。

 どう考えてもメス丸出しだった。駿河と三鈴の心の中のオスが『愛ちゃん可愛いねぇ~』と頭グリングリン撫でまわしてやりたくなっている。

 これは彼も放っておけないだろうなぁ、と二人は思った。

 

「実は愛と一緒にやりたい事があるのですが……何やら盛り上がっていたようですし、止めておきましょうか?」

 

 いや優しさ見せる前にヤらしさ見せんかい!

 二人はまた違う所で美城に怒りの感情を向けていた。というかだいぶ理不尽な要求な気がする。

 

「いや大丈夫だし! みぃの手伝いするする!」

「本当ですか?」

「うん!」

 

(チョッロ……)

 

 そろそろ早坂の健気さに涙がちょちょ切れそうであった。二人の見立て的に美城は早坂の始めての彼氏だろうが、放っておかれても彼が一声かければこんなに嬉しそうにするのだ。

そう言えば早坂愛は動物で例えるとワンコ説が水面下で広がっているが、目の前の光景を見れば納得せざるを得ない。『出張から帰って来たご主人を迎えるワンコ』の動画と丁度同じ顔を早坂はしていた。

 

「……と、愛は言ってますが、大丈夫ですかお二人とも」

「や、いいよ」

「もうね。愛ちゃんを好きに使ってあげて」

 

 今早坂は大好きなご主人が構ってくれて嬉しさのピークを迎えているのだから、邪魔してやるつもりはない。

 結局男じゃーん、と少し投げやりな気持ちでここは美城に任せる事にした。

 

「みぃ早く行こっ」

「はーい。ではお借りしていきますね」

 

 嬉しさを抑えられないように軽い足取りの早坂は、どこに行くのかも知らないのに教室を先に出ると楽しそうな口ぶりで美城を呼んだ。

 駿河と三鈴に頭を下げると、彼は来た道を戻ってドアの所で待っている恋人の所へ急いで向かい、もじもじしてる早坂の手を軽く握ったのである。

 

「はぁ、ラブラブだね」

「結局男なんだよ」

 

 一瞬で気をよくした早坂に少し思う所が無いでもないが、少なくともブスッとしているよりはマシだろう。そう思って二人は去っていく恋人たちを遠くに見やるのだった。

 

 

 

 

 

 

「はーい。五条くん、早坂さん、こっち向いてくださいまし」

「そのままー……はい笑ってー」

 

 

「……なにこれ」

 

 友人に若干のムカつきを持って見送られた早坂は、校舎の一角で写真を撮られていた。

 隣にいる美城はにこやかにファインダー内に収まっているが、ちょっとこちらに説明不足すぎないか。

 

「あぁ早坂さん、仮にも広報誌に載るのですから、もう少し笑顔でいてくださらないと困りますわ」

「だから何なんだし!」

 

 急に被写体になった早坂は、紀かれんの急なオーダーに食ってかかった。カメラ担当の巨瀬エリカも困り顔で見てきているが、困っているのはこっちだ。

 

「何って、文化祭号の校内新聞だけど」

「まあ巨瀬ちん紀ちんがいるからそうかなって思ったけど。でも何でみぃと写真撮られてんの? いちおーフツー生徒なんだけど」

「それは私が説明しましょうか」

 

 早坂が厳正なる説明責任をマスメディア部に求めていると、後ろから居丈高な声を出しながら一人の女子生徒が顔を出してきた。この人三年生か、と脳内データベースから女生徒の情報を引っ張り出すと、続けてある事を思いだした。

 

「……あっ。みぃに着物着せて脱がして楽しんでたドヘンタイ茶道部じゃん」

「は、早坂さん……! もうちょっと詳しく」

「誤解だよ!」

 

 契約恋人から抜け出して付き合いたての頃に美城に着物を着せてひん剥いていた茶道部の生徒だ。脱がせるうちに楽しくなって……という言質まで取ったあいつである。

 

「で? 人の彼氏使って今度はどんなプレイしたい訳?」

「ねえ君の恋人何か当たり強くない?」

「愛も色々と忙しいのです。大目に見て頂けませんか」

 

(あの子が忙しいってより、君が忙しいから怒ってそうなんだけど……)

 

 茶道部女子は怒りのボルテージを上げる早坂を見ながら、美城に対して感想を抱いたが言わないでおく。何より彼の忙しさに加担している側の人間なのだから。

 

「えっとね早坂さん、これも茶道部が目立つためだよ。いつもの茶室から出て、我が家の移動茶室も出すのに、お客さんが来なかったら寂しいじゃない」

「ふーん。で? じゃあそれはいいとして、何でウチ呼ばれたし?」

 

「それは私の相手役が欲しかったからですよ」

 

「みぃの?」

「はい。茶道部の野点に相手役が私の他に必要なのですが、何故か皆さん一緒に立つのを嫌がっておられる様子で」

「そりゃそうだよ」

 

 秀知院で一二を争う美貌の美城と並んで比べられるのは、中々にストレスとなりそうである。しかも女子ならまだ負けを認められても、美城は男子なので無駄に心に傷が増えそうだった。

 

「ですから、私の隣に喜んで座ってくれる愛をぜひ呼びたいと言う次第です」

 

 なら並んでいる事に喜ぶ人間が傍にいた方が良い、と美城が思うのも分かる話だし、早坂も呼ばれて悪い気はしない。正直言うと茶道部に聞くより先に自分に話しを持ってきて欲しい。すぐ頷くのに。

 

「本当?」

「本当です」

「……じゃあ、いいけど」

「ありがとうございます、愛」

 

(チョロ甘ですわ~!)

 

 ここにきたばかりの早坂は少し怒り気味だったのに、美城の言葉ですぐ機嫌が良くなっていて、恋の力をかれんは思い知らされた。

 

 その時、ふと閃いた! この経験は白×かぐ妄想漫画に活かせるかもしれない!

 かれんの成長につながった!

 (妄想)パワーが5上がった。

 

「じゃ、最後にあれ持って写真撮ろうか」

「は? 何あのでっかい傘」

「歴史物とかで見た事ない? 花魁道中とかで差してるでっかい傘」

「あー、そんなんもあんだね」

「紀さん、悪いけど持ってきてくれる?」

「会長の……いえかぐや様が……永久に響く甘い言葉と……」

「かれん?」

「はっ! 何でもありませんわ! 傘ですわね。少々お待ちを」

 

 同級生のイチャラブから新たな経験を得ようとぼーっとしていたかれんは、エリカの言葉に正気を取り戻して動き出した。茶道部の女生徒が持ってきた物は朱色の傘で、持ち手は漆塗りという豪華な物であった。

 それをかれんから受け取ると、美城はパッと広げて見せた。

 

「まあ、よくお似合いですわ~」

 

 朱色の下に、確かな存在感で佇むのは白色と金色の見目麗しい人である。持ち手の漆の黒色を、細く白く這う指が支えている姿など、儚さと同時にいじましさなど覚えてしまう所だ。

 かれんは必至に脳内で白銀とかぐやに置き換えて目の前の光景を記憶している。すぐにでもノートにまとめたい所だ。

 

「五条くん。本番に向けて一言」

 

 相棒が邪な事を考えているとは知る由もないエリカは、読者数倍増間違いなし、と思いながら、記事の最後を締めくくるコメントを求めた。

 

「はい。本番では愛の事を男らしくリードしたいと思います」

 

「五条くんに意外なセリフが飛び出した所で今日の取材はここまでね」

「そうですわね。では私達これから記事本文の執筆にまいりますので、記事を楽しみにしておいてくださいませ」

 

 美城が支えるように恋人の腰に手を回してギュッとしたら早坂がキュンとした所で取材はひとまず終わったようである。二人から完全な死角となる位置でしていたので、早坂以外には悟られずにその場はお流れとなっていった。

 

 

 

「よく考えたらさ、美城は他にもコンビ組んでる人がいるんだよね」

 

 茶道部に傘を返して二人きりになった時に、早坂は少し恨みがましく言葉を美城に当てつける。散々放っておいたのに、必要になったら呼び出す所が、時間を経るにつれてちょっとムカついている感じだ。

 

「……もしかして怒っていますか?」

「別に……怒ってないし」

 

 嘘だ、と言うには確信が持てないくらいの口の尖らせようである。怒り二割にその他八割と言った感情の割合かな、みたいに美城は思ったのだが、ここで怒りを指摘しても何も良い事は無い。逆にもっと怒らせてしまうかもしれないので、早坂がこうなっている理由を、少し考えてみた。

 

 つーんとそっぽを向く彼女の心の形を考えれば、すぐ分かる事であった。

 

「ふぇっ!?」

 

 目つきも口も尖らせた彼女を、有無を言わさずに抱きしめる。背中に回した手をそろりと頭まで持って行き、なだめるように艶やかな金糸の髪をそっと指で梳いた。

 突然の事に早坂も青い目を見開いて、所在なさげに細くたなびく雲のような彼の髪を見つめるだけだった。

 

「寂しい思いをさせてしまって申し訳ありません」

「ちょっ、別にそんな事言ってないから!」

 

 頭が追いついてきた所で離してと体で表現するが、いくら見た目は女の子みたいとは言っても美城も男で、ギュッと抱きしめる力は強かった。

 

「よしよし」

「ちょっと、もぉ……」

 

 美城が愛情をつぶさに伝えるために撫でていると、抵抗していた小さな体からゆっくりと力が抜けていく。

 観念したように彼の体に頭を預けると、甘えた声音で囁いた。

 

「……嘘だよ。本当は構ってくれなくて寂しかった」

 

 突っぱねるように出していた手を、今度は受け入れるように美城の背中に回して抱きしめ返す。

 大胆な行動に絆されたようで負けず嫌いな所がいたく刺激されるのだが、それと慈しみを込めた指先のどちらに価値があるか、と聞かれたら考えるまでも無い。

 

「申し訳ありません、としか今は言えないのが心苦しいです。ですが、愛のために行動していると、それだけは信じてくれませんか?」

 

 ゆっくりと金髪に手を入れていた美城は、身を預けてくれている恋人に囁き返した。

 いつもハッキリとした物言いをする彼の、なんとも曖昧な言い方にむしろ意思の硬さを感じる。正しい事も、ふざけた事もしっかり口にする人が喋らないと言う事は、それ相応に喋れない理由があるのだろう。

 

「……うん」

「ありがとうございます」

 

 恋愛において、都合の良い女になってはいけないという教訓があるが、かといって無理に美城の隠し事を聞こうとする気にもならない。

 信じて、と言っているのだから、信じてあげるのが嫁(暫定)の役目でしょう。

 早坂は彼の言葉にこう結論付けることにした。

 

 それはそれとして……

 

「愛?」

「んー?」

 

 もぞもそ肩口にうずめた顔を上げると、白雪に彩られた紅玉を見ながらおねだりをした。

 

「これまでとこれから放っておくぶん、甘やかしてね」

 

 美城に思惑があって、それが自分のためだと言うなら飲み込んであげる事は出来る。

 とはいえ放っておかれた数日間、寂しかったのもまた本当の事であって……

 

「はい」

 

 白皙の美貌がくしゃりと笑うと、まばゆい金糸をそっとかき分けた。綺麗な丸みを帯びた額が露わになって、そこに美城は優しく口づける。

 

「ねえ、もっと」

 

 これくらいの役得はあっても罰はあたらないはずでしょう。

 早坂はどこか自己弁護めいた事を思いながら、愛されている実感をたっぷりと味わった。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ理解のある彼君って最高ですね」

「……それは喧嘩を売っているのよね? 買いますけど? 一本買いますけど?」

 

 その夜、四宮別邸では館の主人が使用人に半ギレしていた。

 かぐやの事情を知る早坂が言うと、当てつけも160キロを超えている。剛腕メイドの早坂を金銭で黙らせてしまいたい所だ。ちなみに一本はマーケット用語で100万ドルの事なので、こんな小競り合いに一億円以上の金が動こうとしていた。

 

「落ち着いてくださいかぐや様。私はただ愛する人からのナデナデは最高ですねって言っただけですよ」

「それがもう! 『っもう!』なのよ!」

「ごめんねってチュッってしてくれましたし……えへへへ」

「危険球ですよね。もうそれ危険球退場ですよ」

 

 かぐやの言葉にも慣れきっている早坂は、強い言葉を使われつつもお惚気が止まる様子がない。

 

「……で、結局どんな感じですか?」

 

 というかかぐやもちょっと欲しがってる所があった。純粋培養混じりっけないお嬢様の彼女は、そういう事に興味津々である。

 

「こう……ふにゃぁ、って感じになります」

「ふにゃぁ……」

「かぐや様もそうしてくれる相手早く作ればいいのに」

「はいイエロー三枚累積警告早坂退場です」

 

 ちょっと参考になったがかぐやをマウンティングするファールを犯してイエローカードが出てしまった。これ以上はかぐやの心が持つか危険な領域に到達している。

 

「申し訳ありません。ちょっとおふざけが過ぎました」

「ちょっと……?」

「私が言いたいのは、かぐや様には文化祭を期に相手を捕まえて充実したクリスマスをお過ごしになっていただきたいと言う事です」

(本当かしらこの子)

 

 今まであまり疑った事のない早坂に対して大いに疑念の湧く所であった。

 

「……ああ、そう言えば早坂、こう言う物を用意して欲しいの」

 

 恋人アリのエグいマウントに忘れかけていたが、そもそも今夜はこの話をしようと思って早坂を呼んだ事をようやく思いだした。まったく人騒がせな駄メイドである。

 

「こう言う……ってしれっと要求がエグい」

 

 先ほどまで恋愛脳に染まっていた早坂も、主人のお願いとあらば使用人モードが呼び起こされてきた。

 かぐやが要求してきた物とは、水玉のハンカチ……だが、一つだけ目立たないようにハートマークに置き換えた非常にニッチなニーズの下に考え出された物だった。手書きのコンセプトアートには、ここだいじ、と書かれている。

 

「発注して作ったらいいんじゃないですか?」

「それだと当日間に合わないかもしれないでしょ!」

「当日……と仰りますと、もしかして奉心伝説の『ハートを送ると永遠の愛がもたらされる』という言い伝えの事ですか」

 

 言葉に詰まったかぐやが、早坂の言葉にピクッと肩を震わせた。どうやら図星のようだが、

 

「これを贈るっていう事はもう告白みたいなものですよ?」

 

 いままでのかぐやから言えば、いささか直接的に感じられる。物証が残るし、意図もいままでの回りくどさに比べると明け透けだ。

 

「……ですが、ハンカチとは目の付け所が良いですねかぐや様」

「そう……かしら」

 

 しかしこれは彼女なりの勇気だろう。早坂は心意気を汲んで、まずは褒めてあげる事にした。

 

「私も美城にハンカチを贈るつもりでしたから」

「そう……でしたか……ん? あなたも?」

「はい。こういう物を贈るつもりです」

 

 それに、自分も似たような物を贈るつもりであった事だし。

 

 給仕服のポケットから一枚のハンカチを取り出すと、興味深そうに眼を輝かす主人に向けて広げてあげた。

 見事な純白で、いかにも上品な風格を匂わせる一枚の布である。白が良く似合う五条美城にはピッタリだろう。

 

「……言葉の割にはいたく質素な物ですね」

 

 ただ、かぐやはハンカチを見ると興が削がれたように輝きを失った目に早変わりしていく。まあまあ失礼な事をされた早坂だが、そんな反応もお見通しとばかりに、流れるように次の説明を続けた。

 

「そう見えるかもしれませんね。ですが、このハンカチには大きな秘密が隠されているんですよ」

「ひ、秘密?」

 

 ハンカチをポケットに収めると、逆のポケットから今度は糸を取り出した。ミシン糸のように円柱状のプラスチックに巻かれている。

 

 

 秘密、と言うにはありふれた物のように見えるけど……。

 

「とか浅い事考えているんでしょうね」

「見透かしたような事言わないでください」

「これは異形断面糸と呼ばれる物で、その名の通り断面が普通の糸と異なる形状を持つ特別な糸です」

「はぁ」

「Y字型断面糸から着想を得た物で、断面が『♡』なんですよ」

「はぁ……はあ!?」

 

 

質素なハンカチに謎の糸、と来てテンション下がり気味のかぐやであったが、ようやくこの質素な布切れの持つ秘密が分かってきた。

 

「つまりこのハンカチは100%私考案の♡糸で構成されたハンカチと言う事です」

「無駄に壮大――!!!」

 

 何をやっても上位に位置するかぐやだが、この時ばかりは早坂に発想のスケールで負けたと思った。糸の断面というミクロの世界の話となると、きっと彼女だけの力ではないだろう。恐らく四宮の科学研究所のどこかの協力を得たはずだ。何人、何十人の手を煩わせたのか、考えたくもない。

 他人を自分のフィールドに引き込んでおきながら、平然と行動する彼女の恋人の性質を徐々に受け継いでいると、そう実感するかぐやであった。

 

「当日の美城はいろいろな手伝いで忙しくするでしょうから、きっとハンカチが必要です。その時に恋人から渡されたハンカチがあれば……ふふっ……。美城、私が近くにいなくても、私の♡で美城の汗を拭いてあげますからね」

「こわぁ……」

 

 同時に若干……若干? の恐怖を覚える所である。かぐやの顔が漢字の(谷)みたいに歪んでいた。

 ハンカチの軽さとは裏腹な激重感情が込められたこれを受け取った美城の明日はどっちだ。

 平然と『ありがとうございます、愛。そんなに思ってくれて嬉しいです』とかあの男は言いそうだった。少なくとも引いたりはしなさそうだ。つよい(小並感)。

 

「そういう事ですねかぐや様」

「えっ、あっ、はい。そうですね」

 

 そういう事になった。

 

「ようやく会長の事が好きだとお認めになってくださいましたね……」

「ちょっと! 私は何も」

「違うんですか?」

「違……わないけど」

 

 

 

「私は白銀御行の事が好き……ですけど」

 

 

 

「ここまで長い闘いでしたね……」

 

 口を開けば好きじゃない好きじゃないと否定ばかり繰り返す主人が、ようやく好意を認めてくれたことに、早坂は感動で目頭が熱くなって来た。♡糸のハンカチで目元に浮かんだ涙を拭った。ちなみにスペアがあと五枚あるので(涙が)多い日も安心。

 

「もー! なんだか私が思っていた感じと違います!」

「仕方ありませんよ。恋愛とは得てしてそう言う物ですから」

「順調極まりないあなたに言われると無性に腹が立ちますね」

 

 天上天下唯我独尊に最も近い少女が、何も持たない一般出の少年に惹かれていると認める、彼女にとって一世一代の告白の時間は従者のハチャメチャによって若干の敗北感に浸る間もなく過ぎて行った。

 

 思い通りにならない。

 認めるのは癪だが、恋愛において少し先輩の早坂が言うのだから間違いないのだろう。

 

「そうそう、かぐや様の仰る水玉に紛れ込ませた♡が一つ模様のハンカチですが、私が刺繍する事も可能ですよ?」

「……私は私で何とかしますから、早坂は五条くんにだけ集中しなさい」

 

 ただ、その中でも少しくらい抗う事は出来るはずだ。かぐやは自分をそう慰めながら、すぐに迫る文化祭・奉心祭への決意を新たに、まず第一歩としておせっかいの従者を部屋から追い出すのであった。

 

 

 

 

「きっと上手く行くでしょうが、それが最高の物になる事を祈ってますよ」

 

 

 本日の勝敗 早坂の勝利

 

 

 


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