ゴリラ的人生哲学   作:ヤン・デ・レェ

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前回の続き、前回は伏線の答え合わせと今後重要になる要素です。性癖的な意味で、です。今回は人間社会への梯子です。


VはVananaのV:2

「お、お、おれは…俺、は…クウウッ……功善、私は…私は、齬理羅だ。」

 

「ふん、まあ今はいい。」

 

「あぁ、だが、私はゴリラではない、人間たるゴリラの 齬理羅 だ。」

 

悩んだが答えというものはそうそう難解なものではないと、そう考えるべきだろう。

 

ちっぽけ…まぁ図体は大きいが、そんな一ゴリラの苦悩など。

 

大切、元より何かを支えるものというのは、自分のあり方を自分で決める勇気だろう。

 

自分の決断や行動を正しいと認める、自分の存在を最初に認める者は自分その人なのだから。

 

なんだかんだ言いながら、私は自分を人間だとは認識できなかった。

それが答えとしては適当だろう。

 

悩まないことは不可能である。

 

哲学とは芸術や科学以上に、ただ思考を磨くそういうものなのだと思う。

 

自分を認める、良くも悪くも、今私の掌に有る物はそう多くない。

 

強いていうならば、先ほど千切りとった赫子の肉片の、昼飯のステーキの肉片…肉片しかないな。

 

まぁ、あとは自分の身一つ、裸一貫のゴリラの戯言である。

 

人間は断定の執行を自分の手から抜け落ちることのない、完全な権利か何かだと勘違いすることもあるだろう。

 

しかし、人間とは社会であり、これらを生み出したヒト、今は加えてグールたちの、手のひらからすでに摘まれているモノと言ってもいいだろう。

 

ヒトやグールが社会の残酷に身を打ち払わせるのは、誰かはナニかの限られたものたちの意思や意志などにはよらず、ただ"唯"社会をもとい人間を、我々が野放しにしてしまったというだけなのだ。

 

二人以上の人間によって行われる何かは、もはや誰の何も介在しない、自立した冷徹に他ならない。

 

淡々と物事は罷り通るのである。

 

 

 

 

私は自分をゴリラと認めることで、そこへ自らの無垢な人間を見出すことにした。

 

ゴリラは人間ではない、ヒトでもなく、グールでもない。

 

しかし、ゴリラたるゴリラは自分を決してゴリラだとは認め得ぬであろう。

 

私は自らを認める、人間たるゴリラだと。

 

私はこの時から、人間たるゴリラ、齬理羅として生きていくことを、目的の一つとして胸に灯した。

 

「ふ、ふっふふぁははははッククククク…クク…そうか、お前は齬理羅というのか。」

「名前までゴリラとは、恐れ入った。」

「ふふふ、はぁ…なるほどな、たしかに、ゴリラは見れなかったが、"タダ"のゴリラではなかったということか。」

「それもそうだな、お前のようなゴリラがあってたまらんな。」

「私にお前は明確な変化をもたらした、それは紛れもない事実だ。」

「ついてこい、これからVのもとに案内する、っと、その前に服を買おう。」

 

ーーー案外、私以外にもお前を人間に認める奴がいるかもしれんぞ。

 

 

 

ゴリラとして生を受けて早1週間余り、ようやく齬理羅は人間の理不尽にたいして宣戦布告を果たした。

 

「焼いた肉を食べたいのだが、どうにかならないか?」

 

「ヒトの肉のか?」

 

「いや、普通にヒト以外の肉でお願いするよ。」

 

「ファミレスには入れんしな、やはり一度Vの元へ向かおう。」

 

「お、そうだな。」

 

 

 

 

 

 

 

 




はい!まだゴリフレッドはVと接触していないというね。
次回やっとかな?何というか申し訳ない。指針はあるけど狂ってるんです。
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