映画は好きです。座頭市は大好きです。食事シーンに生命の泥臭さを感じます。
目を瞑ってしばらく経ったが一向にエンドロールは流れなかった。
おかしい…あの捜査官は私を見逃したのか?
そんな僅かな好奇心に負けて目を開けた。
すぐ目の前に男の端正な顔が迫っていた。
侮蔑も、軽蔑も、恐怖も、はたまた哀れみもその男は顔に貼り付けていなかった。
ただ、真っ直ぐと自分を見ている。
良し悪しにかかわらず初めての経験に、言葉にならない羞恥心を抱いた。密かに溜まった頬の熱を逃すように、勢いよく顔俯けた。
「ここにあるお金で、ありったけの食べ物を買ってきてくれ。」
間も無く男の声が降ってきたが、彼女には男の意図を理解できなかった。
これは実験だ。
自分の体が明らかに異常な特質をもつことは明らかである。
先程致命傷を負わされたはずの右腹部にはかすり傷一つなく、黒く丈夫な毛が露わになっている。
服はだめだったようだ、無念。
それはさておき、私の体は傷が治りやすいのか?
それとも体の再生速度が異次元のレベルなのか?
それを実験するために必要なもの、それが食べ物と喰種だ。
現在片方が欠けているため、こうして彼女に頼むこととなった。
「はぁ、なんでアタシが、食べられない人間の食べ物をわざわざ買わなきゃならんのさ〜。見張り付きとはいえ、こんだけ離れてるんだから逃げるんじゃないか、とか考えないのかな…」
ゴリフレッドの圧に屈して渋々といった様子で買い物カゴに食べ物を入れていく。
たまに消臭スプレーやら明らかに食べ物ではないものが入っているのはわざとなのか、知らないのか、ゴリラは特に気にすることもなく彼女の買い物風景を外から眺めていた。
案外に従順なロマの姿を見て、安堵と期待に身体が温まる思いのゴリラであった。
買い物を終えて、レシートまで律儀に渡すあたりは何処か外見相応の愛らしさを感じさせたが、ゴリラは心を鬼にして次の一歩を踏み出した。
「俺の腕を囓ってくれ。」
「…ぅえ?」
何を考えているんだこいつは?
齧る、歯を立てて肉を食いちぎれ。
そういうことか?
「うん…」
確認のために投げかけた言葉はどこか控えめに肯定された。
状況が理解できていないロマを置いて、ゴリラは経費を着服して買ってきてもらった今日の朝昼のご飯に舌鼓を打ち始めた。
もぐもぐもぐ…
…バナナを買ってきてくれた頼まなくて…ごくん…正解だったな。
バナナオンリーの食卓は流石に勘弁願いたい。
…あ、この子からは人間に見えてるのか。
まぁ、箸は入ってなかったのでね。
案の定野生児スタイルでの食事である。
お惣菜のやきそば、ね、いい趣味してるよ。
ずぞぞっ…ムックムック…
やはり、スーパーマーケットのお惣菜は美味しいのだな。
調理されたもののありがたみを感じる。
おっ!なんとなんとアイスクリームじゃないの!
ほんっとに久しぶりだな…ソフトクリームかぁ。
上半分(本体)のソフトをプラスチックの蓋を外す時にさらわないように注意して食べなければ。
カポッ…まぁおん。
…ひと口、ね…。
まゴリラだし、つぎつぎ……
一通り食べ終わったのか、ゴリラは満足げである。
「どれどれ、私のランチは終わりましたからね、今度はお嬢さんの番ですよ。」
目の前の男は特に躊躇うそぶりも見せずに、その艶やかで色が白く逞しさが弾ける左腕を私の口元に差し出した。
「…本気なのか?…いいんだな?……変なヤツッ…」
何度も確認をとる自分がバカらしい。
そう思っても、気が引けてしまった。
不可解な現象の矛先が私に向けられるのは怖かった。
確認を更にとるために、目の前の男の顔を見た。
私の目線にまで身を縮こませた男の顔は真剣そのもので、瞳は私が今までの人生で感じてきた苦悩や、苦痛を見透かしているように澄んでいた。
腕を差し出す仕草は、子犬にミルクをやる飼い主のように穏やかであった。
私への否定の情の一切がそこに介在することはなかった。
信じてみようと思った。
端的に言えばそう感じたに限る。
命を奪っては、それを貪り自身の命を繋いだ。
私を哀れむものもなく、私に対する負の感情だけが鼻をついた。
肉を食む私の顔はいつも何処か苦しそうに歪んでいた。
奪ってしか来なかったから。
グッ
ミチ…
ギチ…
ブチ…
ムグ…ムグ…
コク…ン
初めて与えられた糧は私に穏やかな命の甘みを覚えさせた。
私は穏やかな顔の自分を今に見た。
生きることは食べることである。
そこに貴賎はなく、皆一様に命をつなぐためにただ泥臭い。
草木の青い匂いに同じく、生きることは当然の在り方である。
食と生を肯定することがさいだいの自己肯定であることを忘れてはいけない。
なんだかしんみりしてしまいました。
口調とか、あんまり正確とは言い切れないんですけども、温かい目で見てくだされば嬉しい限りです。