元白浜ケンイチは、(平穏に)白浜ケンイチを見守りたい   作:turara

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風林寺美羽

俺は、痛々しく腫れた頬に手を当てながら、うんざりといったような表情で数学の授業を聞いていた。

 

あれからどうなったのかというと、とりあえずはこうやって無事に授業を受けていることから生還はできているわけだ。しかし、いいか悪いかで言うと全くよくはない。

 

全く修行を行ってこなかった太郎にとって、特A級との戦いはかなりきついものだった。ジュナザードとの戦いは、死ぬ気で技を放ったため少しは攻撃ができたが、実際は数分で勝負がつけられていた。それにジュナザードの方も、本気ではなかったのにも関わらずである。

 

そんな状態の俺が、特A級の達人相手に余裕で勝ち越すことなどできるはずがなかった。本気で特A級の相手と戦って、叶に俺の実力を見られた後、都合よく本郷に助けられた。

 

恐らくは、ジュナザードの弟子で全く強そうに見えない謎に包まれた俺の実力を確かめるために仕掛けられた任務だったのだろう。本郷は、すでにUSBを確保していたし、遠くから気づかれないように俺を観察していたわけだ。

 

「やられた」

 

そのあと、叶はよく俺に話しかけてくるようになったし、俺が戦えるということはYOMI全体に広がり、一応は一目置かれる存在になった。

 

 

 

俺は、ため息をつきながら窓の外を眺めた。今日は恐らく、白浜ケンイチという男にとって転機となる日になるだろう。昨日は、俺の転機となった日かもしれないが、今日は違う。

 

何故なら風林寺美羽という転校生が今日学校で紹介されたからである。白浜ケンイチは、前と変わらず遅刻し、先生に黒板けしを投げられ廊下に立たされていた。

 

「ということは思い出す限り、これから空手部に入り梁山泊の弟子としての道を歩んでいくのだろうな。」

 

俺は、悲しいような嬉しいような何とも言えない複雑な気持ちになった。本当なら、俺は白浜ケンイチとして梁山泊の一番弟子として武術の道を歩んでいくはずだったのである。

 

「梁山泊の一番弟子」これは、俺にとって心の支えでもあり誇りだった。

 

自分からその選択を外したはずなのに、いざ始まってみると胸が締め付けられるような気持になる。

 

いつのまにか、避け続けてきた武術の道に足を踏み入れているし、梁山泊と敵対している闇に所属している。

 

自分は、そもそも活人拳、殺人拳という話のレベルにまで達していない。

 

戦いを避け続けている。

 

その時点で、武術家として失格であるし、梁山泊に顔向けなどできるはずはない。白浜ケンイチとして、どこまでもひたすらに大事なもののために戦い続けてきた「梁山泊の一番弟子」はもう自分の中にはいない。

 

果てのない戦いの末に、辿り着いた自分は、とてもみじめに思えて仕方がなかった。

 

 

 

昼休み、俺は屋上に出向いた。昨日の傷の包帯を変えるためである。体は普通の人間と同じ、生身の人間であるため前世のように治りが早いわけではない。腹につけられたかなり深手の傷が開き、血が滲み始めていた。

 

「医者に診てもらうべきだったな。」

 

前世と同じように考えたのが、間違いだった。このくらいなら自分で手当てできるだろうと適当に処置した結果がこれだ。

 

体のあちこちは痛いし、ぱっくりあいた腹の傷からは血がにじんでいる。

 

とりあえず上着を脱ぎ、結んでいた包帯を外した。保健室から盗んできた消毒液で軽く消毒し、また包帯を巻きなおす。

 

 

 

屋上に誰かが登ってくる気配を感じた。

 

 

俺は、すぐに近くにあったTシャツを着て、包帯をポケットに隠す。足音からして、誰がここへ向かっているのか、大体見当がついていた。

 

ガチャリと扉が開き、風林時美羽が姿を現す。

 

振り向いた先で、風林寺美羽と目が合った。

 

 

「どうしたんですの。その傷。」

 

金色の髪に、三つ編みが軽く揺れている。ひどく懐かしい気持ちになった。

 

 

「すごく痛そう。」

 

上着を着て、けがを隠していたつもりだったが、顔の傷だけは隠しきれなかった。

 

 

「転校生さんだよね。」

 

俺は、何事もないようにそう答える。

 

「どうしてここに?」

 

 

風林寺美羽は、俺の方に少しずつ近づいてくる。

 

「教室にいたときから、その傷気になってたんですの。よく見ると、頬だけではなさそうですし。」

 

彼女は、どうやら俺の傷が気になっていたようだ。うまく隠していたつもりだったが、流石に隠し切れなかったようである。俺は、前世のころを思い出して、懐かしくなった。あの頃も、よく傷を隠して平然とふるまっていたが、どうやっても強がりがばれてしまう。

彼女には、なぜか隠し事がばれてしまう節があった。

 

 

 

白い手が頬の傷に軽く触れる。

 

かつて好きだった人の高校時代の姿に、俺は動けなくなってしまった。

 

 

「ただの傷ではないですよね。誰かからつけられたんですの?」

 

 

そう問われ、俺はどきりとした。とっさに彼女から距離をとる。かつて愛した人の若いころの姿で、自分に話しかけられているということに動揺してしまった。

 

「あ、これですか。ちょっといざこざに巻き込まれてしまって。」

 

「ははは」と平静を取り繕う。彼女に対して、隠し事をするのは、いつだって苦手だった

 

 

そっと、Tシャツをめくられる。巻きかけの、痛々しい傷が彼女の前であらわになった。

 

隠していたはずのであるのに、どうしてこんなにも簡単にばれてしまうのだろうか。まだ、初対面で、知り合ってもない彼女に、弱みを簡単に握られ、動揺させられてしまう。

 

今思えば、初めて会ったあの時だってそうだった。彼女は、自分の弱いところにすんなり入ってきてしまう。どれだけ年を重ねて強くなっても、彼女の前では無駄なことだった。

 

 

「ひどい傷ですわ。どうしてこんな状態で放置してるんですの。というか、こんな状態でよく普通に登校できますわね。」

 

思った以上に、ひどいかった傷を見て彼女は驚いている。

 

「大したことないですよ。見た目は、痛そうですけど、実際は意外と平気ですから。」

 

そういうと、彼女は怒ったように言う。

 

「平気なわけないですわ。こんな傷で、痛くないわけないです。上、脱いでくださいですわ。」

 

巻きかけの包帯を取り、新しく包帯を巻きなおす。

 

 

彼女は、こんな状態まで放っておいたことに怒りながら、けがの処置をしていく。

 

 

「誰にやられたんですの?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

流石に、こたえられるはずもない。黙って答えない自分に、彼女はあきれたような顔をする。

 

 

「あの、あまり聞かないでもらいたいです。関係ないですよね。」

 

 

 

彼女に対して、こういうことを言える自分に驚いた。彼女に触れられ、うれしいはずなのに、出てくる言葉は自分の意に反するものばかりだった。

 

 

「でも、こんな傷を見て放っておけるはずないですわ。私の知り合いに診てもらうといいですわ。ちょっとここでは、医療道具も足りないですし」

 

 

「いや、大丈夫です。このあと病院に行くはずだったので。」

 

 

 

俺は、とっさにそう噓をつく。おそらく梁山泊に連れていかれるのだろう。これまで避け続けてきた梁山泊に、こうも簡単に連れられてしまうのはかなりの抵抗があった。彼らの姿を見て、普通の精神状態でいられる気はしなかった。

 

 

「絶対嘘ですわ。こんな状態まで放っておいて、病院に行くつもりあるわけ無いでのもの。」

 

 

「本当に、ちゃんと行きますよ。本当に大丈夫です。」

 

 

迷惑そうに、そういうと彼女はしぶしぶ引き下がる。

 

 

「本当ですの?明日、確認しますですわ。」

 

 

俺は、無理やり立ち上がると、彼女を避けるように屋上から逃げ出した。

 

 

 

 


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