元白浜ケンイチは、(平穏に)白浜ケンイチを見守りたい   作:turara

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連れ去られる太郎!


劣勢

 追いかけていたのは良くも悪くも彼一人のようだ。彼の行動についていける部下などいないからなのかもしれない。

 

 しかし、これは好都合である。俺がこいつを引き留めている間は、この少女を逃がしてあげられる。

 

 シルクァット・ジュナザードはヘリからやってきた。ババババという音を立て、怪しげな黒い仮面。そして、片手にリンゴをもち、齧りながら空から降ってくる。

 

 俺は、後ろへ少女を庇うと、背中を強く押す。

 

 「俺が言ったとおりの場所に行ければ、必ず助かるから。」

 

 梁山泊までかなり近づいたが、やはりまだ少し遠い。せめて15分ぐらいはこいつの相手をしないといけないみたいだ。

 

 俺は、少女に梁山泊へ向かうよう指示を出す。しかし、少女は俺をおいていけないと思ったのか、もたもたしていた。

 

 「助けをよんできて。早く呼んできてくれたら、俺も助かる。」

 

 そう俺が少女に諭すと、少女は理解したのか、すぐさま走り出した。

 

 俺は少女が走り去っていくのを確認した後、目の前の敵、シルクァット・ジュナザードに向かい合った。彼は、彼女が去っていくよりも、俺のほうに興味を示したのか、追いかけていく様子はなく、俺のほうをのんびり観察している。

 

 「カッカッカ。ずいぶんおもしろそうな若者じゃのう。」

 

 太郎は、すぐに心を落ち着け、静の気を整える。

 

 「その年で、気の扱いに関してはマスタークラスか。」

 

 少しずつ進んでくるジュナザードに、太郎は一挙一動に集中した。

 

 体力も筋力も何もかも恐らく敵わないだろう。前世で得意とした、何百もの技も今の太郎の身体能力では繰り出すことも不可能。自分の身体を犠牲にし最後の捨て身の攻撃になるだろう。

 

 太郎が唯一できることと言えば、前世で培われた圧倒的な武術への経験、そして相手の心を読む流水制空圏で相手の攻撃をかわし続け、少女が逃げられる時間を少しでも長くすることだ。

 

 ジュナザードは、良くも悪くも俺という存在に興味を持っている。恐らく、すぐに殺してこようとしてくるわけではない。

 

 彼は、前世でもシラットを継承する弟子を育成することに餓えていた。以前、美羽をさらったのも弟子にするつもりであったし、いく人もの弟子を殺し合いさせ、シラットを継承するものを探していた。

 

 俺は、武術の才能が全くないわけだが、この年で達人クラスに達しているのは俺ぐらいだろう。興味を持たないはずもなかった。

 

 

 

 じりじりと二人の間に重い空気が流れる。

 

 

 先に動き出したのはジュナザードの方だった。

 

 「地転蹴り(トウンダンアン・グリンタナ)!!!」

 

 太郎は、一瞬ともいえる時間のあいだに繰り出された重い蹴りを流水制空圏を使いすんでのところでよける。ビリビリとした蹴り圧が頬を掠める。太郎は、目を細めた。

 

 恐らく、まともに受けていたら内臓がやられていたかもしれない。

 

 太郎は、ひさびさの戦闘に体をふるわせた。一瞬一瞬の攻防戦。すんでのところで避け続ける途方もない精神力。

 

 太郎は、これが武術だ。と久々に体で実感した。長らく忘れていた感覚である。

 

 

 

 ジュナザードは、はじめの攻撃をかわきりに、縦横無尽の連続攻撃を仕掛けてきた。

 

 シラットは、変則的な組技の応酬。隙のない縦横無尽な攻撃によって形作られる。組技一つ一つに命を刈り取るような急所の攻撃が連続で繰り出される。

 

 一つでも対応を誤れば、太郎は即死するだろう。

 

 「木上落とし!!!」

 

 ジュナザードの縦からの攻撃が太郎を襲う。太郎は、それを両手で受ける。重い突きに太郎は思わず「くっ。」という声を漏らした。太郎の鍛えていない足腰がジュナザードの攻撃に耐えられるはずもなく、痛々しげに悲鳴を上げる。

 

 しかし、太郎も避けてばかりはいられない。うまく力を殺し、受けきるしかない。

 

 「ほう。これに耐えるか。」

 

 ジュナザードは、太郎を試すようにありとあらゆる技を繰り出していく。

 

 太郎から距離をとり、一気に加速したかと思えば太郎のこめかみをめがけて掌底がうたれる。

 

 太郎はそれを完璧に受け流し、その力を使いジュナザードの懐へ入り込む。

 

 致命傷になり得るいくつもの技を受け流していく中で、太郎は少しずつ戦いの勘を取り戻していくのを感じていた。

 

 ビリビリとぶつかり合う殺気と攻撃。太郎は、白浜ケンイチだったころの集中力、精神力が最大まで高まっていた。

 

 「ここまでわしの攻撃をすんでで避け続けるとは、なかなかの精神力じゃの。」

 

 いくせんも太郎とジュナザードと視線が絡み合い、どちらも相手の思考のさらに上をいこうとする高レベルの戦いになっていた。

 

 そういう戦いにおいて、太郎はジュナザードよりも一歩先をいっていた。これまでの武術の経験から、相手の呼吸を読み、次に繰り出されるであろう技を予測することは、太郎の得意分野であった。

 

 遙かに劣る、肉体的、身体的能力を相手の呼吸を読み切ることで避け続ける。

 

 しかし、この戦い方ほど精神力、集中力が要求されるものはない。圧倒的に太郎が不利な状況だった。

 

 「しかし、惜しいのう。ここまで静の技を極めていながら全く体がついていっておらぬ。」

 

 ジュナザードは太郎の弱みを的確に見抜いていた。

 

 太郎はジュナザードからの攻撃をすんでで避け続けているものの、ジュナザードへの攻撃は全くと言っていいほど届いてはいなかった。

 

 まさにじり貧の状態である。

 

 このまま避け続けても勝つ見込みは全くなく、太郎の方が先に体力的限界が来て、ジュナザードの技をまともに受けてしまうだろう。

 

 しかし、太郎はもとより勝つということを前提とはしていない。少女を逃がすための時間稼ぎである。ジュナザードが太郎に興味を持ち、こうやって戦っていること自体、太郎にとっては思惑通りのことだった。

 

 無理に捨て身の攻撃に入る必要はない。倒す必要はないのだ。少女が無事にたどり着けば、恐らく数分もしないうちに梁山泊の人がここへ助けに来るだろう。そうなってはジュナザードもいったん引くしかない。

 

 太郎は、怪物的な精神力でジュナザードの攻撃をかわし続けた。

 

 

 

 しかし、ここで太郎が誤算だったのは、ジュナザードも太郎の思考に気がついていたということだ。ジュナザードは、太郎の戦い方からある男の姿を思い浮かべていた。

 

 長老である。元、梁山泊の弟子として指導を受けていた太郎。いくら年月がたち、自己流の技を身につけようとも長老をよく知るジュナザードには染み込んだ根底にあるものは隠しきれないようだった。

 

 太郎と梁山泊にはつながりがある。そう分かってしまえば、あの少女を向かわせた先は自然と分かるものだ。

 

 「そろそろ潮時かの。」

 

 ジュナザードは、これまでとは打って変わりシラットの奥義の一つ、「転げ回る幽鬼(ハントゥ・グルンドゥン・プリンイス)」を繰り出した。

 

 ジュナザードは太郎を生かして連れて帰ることを諦めたのか、確実に太郎をしとめにかかった。これを受けて生きて帰れるものはいない。ジュナザードは太郎がこれを受け生きていればラッキー、死ねばそれまでという最終的思考に入ったのだろう。

 

 

 「転げ回る幽鬼」はシラットの奥義の一つ。相手のかわす道全て無くした究極の奥義。

 

 太郎は、これまで身体的能力の理由から柔術を中心に受け流してきた。しかし、もうそれだけの技ではこの奥義を防ぐことはできない。太郎は、せめて致命傷だけは避けようと、これまで身体的な理由で封じてきた技の一つを繰り出した。

 

 恐らくこの奥義からは抜けられても、体がついていかず、自滅してしまうだろう。それでも、即死するよりはましである。

 

 太郎は、自分の中のリミッターをはずした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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