元白浜ケンイチは、(平穏に)白浜ケンイチを見守りたい   作:turara

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太郎は鳥籠!


ジュナザード

 ジュナザードは、黒い仮面をはずす。隣にあった机にからんという音がなる。

 

 仮面の中からは、彼の年とは思えないほどの美形の青年の顔が現れた。中性的な顔立ちに美しい銀髪をなびかせる。先ほどの戦いをしていたものとは到底思えない顔立ちだった。

 

 彼は上機嫌に、自分の腕につけられた傷を撫でる。二の腕には、傷つけられた10cmほどの浅い傷があった。

 

 「かっかっかっ。」

 

 彼は、その傷を掴み満足げに笑う。

 

 「たまには、外へおもむいてみるものじゃのう。」

 

 

 10cmの傷。それは山田太郎がつけた傷であった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ジュナザードは、太郎に対し、ある意味本気で戦ってはいなかった。むしろ、太郎との戦いに楽しさを見いだしていた。

 

 この年で信じられないほど極められた美しい「静」の気。これほどまで完璧に練られた気をジュナザードもほとんど見たことがなかった。

 

 彼は、太郎との戦いの中で、湧き上がる喜びを隠せないでいた。

 

 強い者と戦う喜び。それは、武術家である限り誰もが持つ感情である。しかし、自身が強くなればなるほど、その喜びと出会えることは少なくなってくる。

 

 ジュナザードのようなレベルまで来るとそれが顕著に現れていた。自身の喉の渇きを潤すような刺激を追い求め、彼は強者を渇望していた。

 

 

 太郎は、武術家として足りない部分が多すぎる程あったわけだが、それを超越するほど気の扱いに長けていた。

 

 ジュナザードは、見たことのないほど美しい静の気に目を奪われる。

 

 ジュナザードは、彼の土俵に上がり、自分の攻撃がかわされることを楽しんでいた。

 

 どこまでこの静の気の運用だけで通用するのだろうか。

 

 ジュナザードは、冷静で静かに技を受け流していく太郎に致命傷となり得るえげつない技をどんどん繰り出す。

 

 ジュナザードは、それを避けられるたびに、太郎の美しい静の気に魅せられた。

 

 「美しいのう。」

 

 

 ジュナザードは、太郎の身体能力を向上させたらどうなるのかと思う。どこもかしこも武術家として足りないところだらけの太郎に、自分が基礎を教えたらどうなるだろうか。

 

 

 

 ジュナザードは想像しただけで喜びで体が震えた。

 

 ジュナザードは、これまで自分の後継者にふさわしい弟子を探し求めてきた。一国を支配し、強さを与え、国民を戦いあわせた。生き残った者同士で殺し合いをさせ、最強の弟子を作ろうとした。

 

 しかしどれも失敗に終わる。誰も彼も、彼の理想についていけるものはいなかった。

 

 しかし、この青年はどうだろう。彼なら限りなくジュナザードの理想に近い後継者にまで成長させることが出来るかもしれない。

 

 ジュナザードは、戦いの中で太郎が欲しいと強く感じていた。

 

 

 しかし、ジュナザードもこの戦いが限りのあるものだと分かっていた。本当は、もっと色々な技を試してみたい所だったが、もうそろそろ追っ手が来てもおかしくない頃である。

 

 ジュナザードの本当の目的はあの少女であったが、今では完全に太郎へと変わっていた。

 

 「そろそろ決着をつけねばならぬな。」

 

 ジュナザードは、この青年をどうしとめようかと吟味する。

 

 ジュナザードは、本能的に彼の奥義である「転げ回る幽鬼」を彼に試してみたいと思い始めていた。太郎はジュナザードが思った以上の使い手であった。しかし、流石にこの技は耐えられないのではないかと思う。

 

 しかし、彼は思い直す。自分が、特定の誰かのことを殺すに惜しいと思うのは変だと。

 

 ジュナザードは自分の欲望のまま、彼の奥義「転げ回る幽鬼」を太郎に放った。

 

 

 

 

 

 

 しかし、ジュナザードにとって、規格外のことが起きたのはこの先の戦いだった。

 

 

 

 

 

 

 

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 「転げ回る幽鬼」ジュナザードの奥義が太郎に向けられたとき、太郎は最後のあがきとして自らのリミッターをはずした。

 

 「静動轟一」それは、白浜ケンイチが奥義としていた技の中でもトップクラスに危険な技だった。

 

 それは奥義として不十分な技でもある。

 

 かつて白浜ケンイチだった頃の親友、朝宮龍斗はその技を使い心身に深刻なダメージを負い、長期間にわたる車椅子の生活を余儀なくされた。

 

 静と動の気を同時に解放する「静動轟一」は、気の運用の中でも絶対的タブーとされる。少しでも使ってしまえば激しい気の乱れにより、致命的なダメージを精神ともに受け廃人と化してしまう。

 

 大きすぎるリスクに、短い時間のリターン。おおよそ、通常の武術家なら使うことのない技である。

 

 山田太郎自身、ほとんど使ったことのない技であった。しかし、修行を全くしてこなかった弱々しい肉体を、一時的にでもカバーしうる可能性があったのは、この技だけであった。

 

 「死ぬよりはましだ。」

 

 そう振り切った者ほど怖いものはない。ある意味の開き直り。まさに手負いの獣である。退路を絶たれ逃げ場を失った獣は、それこそ死に物狂いで抵抗する。

 

 太郎は自分の死と生の瀬戸際で、無意識に開き直っていた。太郎が晩年、敵無しになる前。若かった頃はよくこの瀬戸際の感覚を経験したものだった。

 

 (あっ。これやばいやつだ。)

 

 そう本能的に理解する。

 

 才能のない白浜ケンイチが、達人になるまで生き延びることができたのは、やはりこの開き直りが大きい。どれだけ死にかけても、結局は生き延びている。その事がまさに彼の才能であったのかもしれない。

 

 彼が最後のあがきに使った静動轟一は結果として彼の身体能力を飛躍的に増大させた。

 

 パワー、スピード、テクニック、あらゆる能力が太郎の限界を超え、彼を一時的に超人へと押し上げた。

 

 太郎の白目が黒く染まり、気が高ぶり立つ。これまでの完璧で美しい「静」は消え去り、「静」と「動」の気が混ざり合い、激しく彼を燃え上がらせた。

 

 

 

 ジュナザードから技が放たれるまでの一瞬の間の出来事。そのほんの一瞬で太郎は、最強の武術家にまでレベルをあげる。

 

 ジュナザードから放たれる奥義「転げ回る幽鬼」に対し、受けるダメージを最小限度まで下げ、その手に入れたスピードで完璧に近いまでに受け流す。

 

 「なに!?」

 

 ジュナザードは、少なからず太郎の急な成長に驚く。

 

 太郎の姿は、さっきまでの静かで穏やかな気とはうって変わり、静と動が混ざり合う非常に不安定で荒々しい状態になっていた。

 

 太郎は、飛躍的に底上げされた身体能力により、ほとんどかつての白浜ケンイチだった頃に近い実力になる。

 

 太郎は、ジュナザードの奥義を受け流すと、今までとうってかわり急な反撃へと移り変わる。

 

 彼の腕を正確につかみ上げ、受け身のとれない状態へ体をひねりあげる。

 

 そして、固いアスファルトが数十メートル吹き飛ぶほどの威力でジュナザードを叩きつけた。

 

 ドカーンという音が周りに響きわたり、真っ白い埃が舞う。

 

 しかし、そんな攻撃に太郎は留まるはずもない。太郎は、続けざま追撃を繰り返す。

 

 彼は上からジュナザードのいる地面へ急加速する。何十メートルも上から風を切り一瞬のスピードでジュナザードへ近づく。

 

 埃の舞う中、的確に彼の急所へと殴りかかる。

 

 しかし、ジュナザードもやられてばかりではない。先ほどの油断とは打って変わり真剣な態度になる。ふり下ろされる拳をすんでのところで避けると、彼の腹に重い蹴りを繰り出す。

 

 太郎も、もちろんそれを避けきる。そして逆の足でジュナザードの横腹を蹴り飛ばした。

 

 ジュナザードは、すごい勢いで横へととばされる。しかし、太郎の攻撃は分かっていたので、ある程度、攻撃を受け流し、大げさにとばされただけでほとんど無傷であった。

 

 

 

 しかし、ここで太郎の身体に限界がくる。太郎は、ジュナザードを蹴り飛ばすやいなや、膝から体が崩れ落ちた。

 

 彼が、静動轟一を使ってからほんの数秒の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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