『
あなたには本当に感謝しています。
あなたが居なければ今、私は存在し得ないでしょう。
私どころかこの研究所も、下手をすれば大勢の顔も知らない人々の命さえあなたは救ったのかもしれない。
だからあなたに、もうひとつだけ頼み事をしたいのです。
あなたばかりに重荷を背負わせて申し訳ないとは心底思います。それは言い逃れのしようのない私の未熟さゆえの罪であり、生涯あなたに頭を下げ続けなければいけないことです。それでも、どうか聞いてほしい。
下記の人間を集めてください。きっとあなたの力になるでしょう。
倉高エーミール
彼らを集めてください。そして、どうか世界を救って。
「……」
何も分からない。何も覚えていない。
それでも私は、この七五三千早というおかしな名前の人物から受け取ったらしい汚れた紙切れを決して離さぬよう握りしめていた。世界を救えと。懇願するような筆跡の紙切れを。
何も、何ひとつ、自分の名前さえ分からない。
それでも私は久堂紘平なのだろう。この身に余るものを私に託した七五三千早が、それを証明していた。
瓦礫と焦げたにおいと、燻る煙。そして目の前には半壊して、それでもなお倒れまいとしている建物があった。壁は煤で汚れ、窓には罅が、扉には大きなへこみが。それでもその建物は建物として機能しているらしかった。
私は擦り傷と打撲で痛む体を無理やり動かしてそこへと近づく。扉は大した抵抗もなく開いた。中は案外無事らしく、リノリウムの床もオレンジががった白い壁も多少焦げてはいるもののそこまで汚れていない。
ここは何かの研究施設なのだろうか。誰か、人は居ないのか。生存者は。
正直、何も覚えていない不安で気が狂いそうだった。誰でも良いから、せめて人に会いたかった。
ずるずると足を引きずるようにしながら廊下を進む。突き当たりの扉を開けると、広い部屋に出た。手前には画面に罅が入りジジジと不快な音を出しているモニターや電子機器がそこら中に転がっていて、奥にはさらに広い空間があった。
その広い空間はどうやら手前のモニター室とはガラスで区切られていたらしく、向こうにもこちらにも透明な破片が飛び散っている。
そして。
その本来ならばガラス越しに見るはずだった広く白く何もない空間に、誰かが佇んでいた。
威厳と清潔さを感じる鎧に身を包んだ、赤い髪の美しい男。
「……あ、あの」
私は安堵と戸惑いを同時に感じつつ彼に呼びかけた。彼は私をまっすぐにじっと見て、口を開く。
「──問おう」
その声は柔らかくも鋭く、ひどく魅力的だった。
「──貴方が私のマスターか」