Fate/Memento   作:九良川文蔵

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損得とその他

 

 

 ──極楽寺くれあ。

 七五三千早に託されたあのメモに並んでいた名前だ。勝手に女性、それも字面の印象から勝手に少女だと思っていたのだが……そうか、少年だったか。灰音のときもそうだったが、性別の判別がつかない名前が今どきの流行りなのだろうか。

 そういえば私の下の名前はなんだったかな、と私はポケットからメモを取り出して確認する。

 久堂紘平。

 紘平の『紘』の字が少し珍しいかな、と思う。

 まあ、まほらばだの灰音だのくれあだとに比べればありふれた名前に属する方だと思うが。

「実感わかないなあ……」

 正直に言って久堂さんと呼ばれることにも違和感があるし、現実味も何もあったものではない。本当にこれが私の名前なのか甚だ疑問なほどだ。

 まあそれは置いておいて。あまり思考に集中していると今度こそ本当にセイバーかアーチャー辺りに本格的に叱られそうだ。

 あの、とくれあへ呼びかける。彼は不機嫌そうにこちらを見た。

「初めまして、私は久堂と言います。くれあくん、ひとまず話を聞いてほしいんだけど」

「……それは僕にとって儲けになる話ですか?」

「儲け?」

「言葉の意味くらい分かるでしょ、あんた見たところいい歳の大人なんだから。金ですよ、カネ。かね。金銭。それ次第で話を聞くかどうかは決めます」

「お、お金……?」

 あまりにも予想外の言葉が返ってきて、私は思わずおうむ返ししてしまった。

 くれあは鼻を鳴らして私へ嘲笑を向け、近くにあった平らな瓦礫に腰を下ろして足を組んだ。

「まあどうせあんた方の味方をしろだの何かしらの目的に協力しろだのそんな話でしょうけど、あんた方まさか大義があれば無償でなんでもできるなんて思ってませんよね? こっちだって急に世界滅んで現金で保管してた分の財産はほぼ全滅なんですよ。生きるってのはとかく金が要るんです、お分かりでしょう?」

 早口にまくし立てるくれあに圧倒されただ唖然としていると、そのくれあの後頭部をライダーが引っぱたいた。

「ぁ痛っ! 何するんです? 僕何か間違ったこと言ってます? 言ってませんよね?」

「ああ確かに筋は通ってるさ。でもアタシらはひとまず敗者。乗るかどうかは報酬次第でも、聞くだけ聞くのが道理ってもんじゃねえのかい?」

「あんたが勝手に負け認めただけでしょ!? どうやらそこの耳腐り女より僕の方が魔術師としての能力はずーっと上みたいですし、なんならもう一発宝具撃って──」

「くどい!」

 平手打ちがアッパーカットに変わる。

 くれあは心配になるほど簡単に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 恐らく反射的な行動であるのだろうが、エミリがくれあに駆け寄って彼を抱き起こす。

「っ──サーヴァントがマスター殴るって何事ですか! 脳筋! 野蛮人!」

「あ、あの、極楽寺くん、喋らない方が良いです。鼻血出てるから──」

「ああもう触らないでください!」

 くれあはエミリの手を払い、自らのシャツの袖で鼻血をぬぐう。

「それから苗字で呼ぶのやめてください。くれあなんていかにも馬鹿っぽい名前も死ぬほど嫌ですけど、あんな家の人間だと思われる方がずっと屈辱なので。次呼んだらあることないことこじつけて訴えますからね」

「あ、うん……ごめんなさい、えっと……くれあ、くん」

「まあそこのアホマスターの言うことなんか気にしないで良いよ。とにかく、令呪だっけ? そういう強制性のあるもん使われない限りアタシはアンタらに協力的なサーヴァントだと思って良い。で? 何をしろって?」

「それは、えっと、お兄ちゃん──あ、私達が拠点にしてる施設の地下室があって、そこに居る私の双子の兄が説明するのが一番効率的、だと思います。だから、ひとまずくれあくんと一緒に来てもらえませんか。って言ってもまだ分からないことだらけなんですけど……」

「ふうん、上等じゃないか。良いよ。アンタ名前は?」

「倉高エミリです。そこに居るアーチャーのマスターです。兄は倉高エーミール、あそこの帽子被ってる子が遠木まほらばちゃん、その手前がランサーのエリザちゃん、その奥がセイバーさんと、さっき話してた若白髪の彼が久堂紘平さん、それから──」

 ……ん?

 若白髪? さっき私、若白髪の彼って言われた?

 そんなに若白髪あるの私? いやいやそんな、だって鏡で見る限りまだ三十路そこそこ行くか行かないかくらいの顔立ちだし、いやまあほぼ金髪みたいになっていることは薄々気づいていたけど脱色した跡かなとか思ってたけど若白髪なのこれ本当に?

 えっ、私年齢いくつ? ただ童顔なのか鏡では自分の顔を贔屓目に見てしまって実はもっとおじさんっていうかおじいさんっていうか、いやそんな、まさかまさか。まさかね。ははは。

 ……本当に何歳なんだろう私。

「──それから、兄と一緒に拠点からサポートしてくれているのが鮫島灰音くんです」

 私が難問を前にして熟考しているあいだに、エミリは全員の紹介を終えた。するとふいにくれあが目を丸くする。

「鮫島灰音? まあ灰音なんて名前なかなか居ないんで人違いってことはないとは思うんですけど──()()鮫島灰音ですか?」

『はい。あの鮫島灰音です。』

 通信機から灰音が相変わらずの合成音声で返事をする。

『お久しぶりです、くれあくん。』

「お久しぶりですーって、何ですその声。ついにバーチャルアイドルになったんですか?」

『黙秘。』

「その雑な逃げ方……相変わらずムカつきますね」

『黙秘黙秘。』

 大きくため息をつき、くれあはまた垂れてきた鼻血をもう一度袖でぬぐった。

「良いでしょう。ぶっちゃけここで殺し合っても一銭の得にもならないことくらい僕も分かっています。癪ですがライダーの言うとおり、聞くだけ聞いて差し上げましょう。話に乗るかどうかは別ですがね」

「あ、ありがとうくれあくん。じゃあさっそく地下室に──あ、まほらばちゃんとエリザちゃん、もう立てる? もう少し休まなくて平気?」

「だいじょーぶい。あたしそんなヤワじゃないよ。エリザも、ね」

「当然。行くならさっさと行きましょ」

 ランサー陣営も体力が回復したようだ。セイバーと目配せをして、先陣切って歩き出す。

 それから別に気にしているわけではないし禿げているわけでもないのだからそもそも気にする必要など一切ないしなんとなく本当になんとなく手持ち無沙汰だったから口に出しただけなのだが、「私って白髪多いかな」とセイバーに訊ねてみた。

 

「ええ、ほとんど真っ白です」

 

 

 久堂紘平。

 人生で初めて、心が折れる音を聞きました。

 

 

 

 

 

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