死。
それを私は待っている。ただ漠然と、なんの疑問もなく、誰かの──そう、
……生きて、いる?
「ところでここ、何なんです?」
くれあの言葉で浮遊していた思考が現実に戻ってくる。
「なんの施設です、ここ。ずいぶん僕達に都合の良い造りになってますけど」
「データベースを調べたが、どうやら物理学の研究所らしい」
エーミールが応える。
くれあは一瞬だけ難しそうな顔をして、それから──それから、なんだろう。どういう感情だろう。訝しげ、とでも言えば良いのだろうか。なんだかよく分からない変な顔をした。
「馬鹿みたいに頑丈で広い地下室のある? しかもこんな設備の揃った? 周辺をサーチするマップまで完備した? ただの物理学研究所?」
「まあそういう思考に至るわな。こいつらが訊いてこねえから俺がおかしいのかと思ってたところだよ」
ぎ、とエーミールの座る椅子が音を立てる。
「普通の物理学の研究の他に、隠しデータが、ある。あるにはある。あることは分かってる」
「ずいぶん曖昧な言い方をするんですねェ。解析進んでないんですか? あんたと鮫島、ここに残って何してたんです?」
「無茶言うな。俺はただのチビデブで灰音はただの数学オタク。作業に取り掛かってはいるが、クソ硬ぇんだよここのセキュリティ。マップ復旧させて開くだけに何時間かかったと思ってんだ」
「ふうん。ずいぶんとまあお粗末なことで」
は、とくれあはエーミールと灰音──今はキャスターか──に嘲笑の顔を向け、わざとらしく両腕を広げる。
「まあ仕方ありませんねェ、僕含め、所詮は子供の集まりですから。──ああ失敬、ひとり大人が居ましたか。でも記憶喪失なんでしたっけ。サーヴァントも真名不明。泥舟も良いところだ。ははは」
「……」
「何黙ってるんです?」
「……あ、私のことか! ごめんなさいボケっとしてました!」
いやはや、失敬なのはこちらの方だ。私としたことがこんな直接的な嫌味に気づかないとは。結果としてくれあがすべったみたいになっている。本当に申し訳ない。
……ああしかし、そうか。大人だ。私だけが。正確な年齢は覚えていないが、明らかに私は大人で彼らは十代の少年少女だ。
「頑張るよ私。年上だもん。気づかせてくれてありがとうねくれあくん」
「……」
「え……怒ってる? どうして?」
「なんか僕が勝手にペラペラしゃべってたみたいじゃないですか。この僕に恥をかかせた慰謝料をもらいたいくらいですよ」
みたいも何も実際勝手にペラペラしゃべっていたと思うのだが、それを言ったら『恥をかかせた慰謝料』として三百万円くらい上乗せされそうなので何も言わなかった。
「まあ良いでしょう。僕は部屋に行くので。ライダーもそろそろベッドだなんだを運び終えた頃でしょうし。それでは皆様ご機嫌よう。食事ができたら呼んでください」
扉が開いて、扉が閉まって。
部屋からくれあが居なくなる。
「……私も少し、休もうかな」
言って、エミリがふうと息を吐く。
それからすれ違いざまに一瞬だけ私の方を見た。
……アイコンタクト、というものだろうか。私も隣の部屋へ来るよう促している……のだろうか。分からないが、まあ私も少し横になりたかったところだ。ちょうど良いと言えばちょうど良いだろう。
私も廊下に出て、隣の部屋へ移動した。
ベッドがひとつ減っている。恐らくライダーが持っていったのだろう。エミリは一番奥のベッドに腰かけていて、そのすぐ傍でアーチャーが姿勢よく佇んでいた。
「良かった。アイコンタクト気づいてくれたんですね、久堂さん」
エミリはこちらを見て微笑み、自らの隣をぽんぽんと軽く叩く。私はされるがままエミリの隣に座り、「何か話したいことでも?」と問うた。
「はい。話したいことがあるっていうか、少しお話ししてみたくて。……久堂さんと、ふたりで」
恥ずかしそうに手を膝の上でもじもじとさせつつエミリは言葉を続ける。
「久堂さんと私って、似たもの同士な気がするんです」
「似てる──かな。似てるのかな」
「ふふ。おんなじこと二回言いましたね」
きゅ、と指を結んで。
エミリは言う。
「久堂さん──他人のこと、どうでもいいって、思ってますよね」
「……え」
どうでもいい? 他人がどうでもいい──私が?
そんなこと──。
「私分かるんです。昔から。視線の動きとか、まばたきの回数とか、息遣いとか唇の乾き具合とか、そういうものから他人が何を考えてるかだいたい分かるの。久堂さん、いっつもうわの空。常に何か別のことを考えてる。違いますか?」
「それは──」
──違わない。正しい。確かに私の思考は常に少しずれている。ああそうか、エミリは猜疑心がないのではなく、初めから分かるから疑う必要がなくて──。
「ほら、また。別のこと考えてる」
エミリは私の顔を覗き込んで、微笑む。
「……私も、なんです。私も他人なんかどうでもいい。ふふ、怒られちゃいますかね」
「別に、怒りはしない──けど。私はどうでもいいだなんて思っていないよ。たぶん」
だって。
だって私は、世界の救済なんてだいそれたことを任される男なのだから。きっと──それにあたいする人間のはずだ。少なくとも、七五三千早にとっては。
「……久堂さん。これは例え話なんですけれど」
エミリは垂れた髪を耳にかけ、すっと私から視線を外し前方を見る。
「何かしらの目的があって作られた存在、生まれてすぐにただひとつのことをなせと命じられた存在。その存在に、自我は必要だと思いますか?」
「……」
それは──どうなのだろう。
例え話とエミリは言ったが、その例えが曖昧すぎる。
「ごめんなさい。さすがに曖昧すぎましたね」
私の思考を読んだかのようなタイミングでエミリは言い、もう少し具体的にしましょうか、と笑う。前を見たまま。人形のように。
「そうですね──例えば、本来完成されたひとつが生まれるはずが不完全なふたつという形で生まれてしまって、完全な能力を得るために
「マスター」
アーチャーが鋭い声でエミリを制する。
「良いの、アーチャー。言ったでしょう? 例え話だって」
「……失礼しました。私としたことが、御無礼を」
エミリはずっと前を見ている。……いや、どこも見ていないのだろうか。
なんだか今のエミリは、少し──
「──エミリさん、寂しいの?」
「え?」
体感としては久方ぶりに、エミリの表情が普段のものに戻る。こちらを向いて、少し内気そうに焦ったような顔をする。
「寂しい……のかな。そうですね、そうかも。さっきカッコつけて分かるんですとか言って、自分の感情に指摘されて気づくなんて。かたなしですね」
「……」
「ごめんなさい、変な話ばっかりして。気味の悪い女って思いましたか?」
「そんなこと思っていないよ。不思議には思うけれど」
「……そうですか。ありがとうございます」
礼を言われるいわれはないが、まあうんと返事をして誤魔化す。
作られた。目的のために。ただひとつのことをなせと。
なんの例え話だろう。エミリは、私にどういった反応を求めていたのだろう。
分からない。しかしくれあの金への執着を聞いたときとは違う。
あと少し。あと少しだけ、ピースが揃えば。
「久堂さん、お疲れみたいですね。私も少し眠りますから、久堂さんもお休みになってください」
「……」
「おやすみなさい」
「……うん。おやすみなさい」
「ああごめんなさい、最後にひとつだけ、聞いてください」
「なに?」
「私とお兄ちゃんは一卵性の双子。二卵性でも準一卵性でもない」
「うん」
「珍しい、って私言いましたよね。でも違うんです。珍しくなんかない」
エミリは。
エミリは私に──何を求めているのだろう。
「──それは本来、絶対に有り得ないんです」