Fate/Memento   作:九良川文蔵

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鳴り物入りのランサー

 

 

 

 何か、とても大切なことを忘れている気がする。

 自分の名前よりずっと大切なこと。自分が何者であっても構わないと、例え何者でもなくても構うものかと、そう思えるくらいに大切な、大切な──。

 

 

「……」

 こんな状況だ。眠れないかもしれないと思ったが、存外深く眠れた。今は何時だろう。夜だろうか昼だろうか。記憶喪失により体内時計まで紛失したらしい。

 固いベッドに申し訳程度の毛布。体を横向きにして壁を見ていながらも、傍らにセイバーの気配があることくらいは分かる。

 記憶喪失のサーヴァントには記憶喪失のマスター。

 エーミールの言うとおりだ。……サーヴァントをペットと呼ぶのはどうかと思うが。

「……ねえセイバー」

「はい」

 やはり傍らに居てくれたらしく、セイバーは静かな声で返事をしてくれた。私の気配察知能力も捨てたものではないらしい。

「記憶がなくて不安じゃない?」

 男の泣き言など見苦しくて仕方ないのは承知で訊ねる。そうですね、とセイバーは少し考えるように黙った。

「……全く不安ではないと言えば多少の偽りにはなるのかもしれませんが、私の剣に曇りはありません」

「剣?」

「はい。守るべきものははっきりしていますから。貴方が正しい主である限り私は全力をもってして尽くします。それだけが私の──騎士としての矜恃です」

「正しい主、ね……。正しいのかなあ私。分からない。君はどうして私を『正しい主』だと思っているの?」

「貴方がここまで来たからです」

 私は体の向きを変え、セイバーの方を見た。肩より少し下までの長さの赤い髪。無意味な装飾はないがそれでも風雅な鎧。長身で凛とした体格。騎士というイメージをそのまま具現化したような姿だ。

 私がそんな余計なところを観察しているうちに、セイバーは再度語り出す。

「……私は二度、マスターを探しにこの地下から外へ出ました。一度目、貴方は居なかった」

 つまり私は、記憶を失う前にここまで歩いてきたということか? この紙切れを頼りに歩いて、力尽きて倒れて、記憶を失った?

 ……ああ駄目だ、違う、今はセイバーの話に集中しなければ。自分から訊ねておいて話を聞いていなかった、なんて不誠実もいいところだ。しかし……気になることが、分からないことが、あまりにも多すぎる。

「二度目になって貴方は自らここに来た。……その紙を大切に、大切に握りしめて。私を警戒してそれをズボンのポケットに隠すときでさえ、貴方はそれを守るような手つきだった。切実に守るべきものがある人に、どうしてそれが間違いだと言えましょう」

「……優しいんだねえセイバーは。君こそ清く正しいって感じ」

 笑ってみせる。セイバーはやはり涼しげな顔で「身に余るお言葉です」と従者としては在り来りなことを言った。

「……この七五三千早って人」

 ポケットから紙を取り出して改めて眺める。

 お世辞にも綺麗とは言えない字だ。乱筆の人間がさらに走り書きしたような字。ギリギリ読める、というレベルの。

 それでも何かとても重たいものを感じる。なんたって世界を人に託す内容なのだから。

「私の大切な人だったのかなあ」

 エーミールの言うところの、良く言えば斬新悪く言えば無茶な研究をしていた魔術師兼学者。名前にも肩書きにも全くピンと来ないが、こんなことを託すくらいなのだから七五三千早にとって久堂紘平は大切な人──少なくとも信頼している人だったのだろう。

 私は。久堂紘平は。

 七五三千早をどう思っていたのだろうか。

 私は身を起こし少しストレッチをしてからベッドから立ち上がった。それなりに体力も回復した。隣の部屋に戻ろう。

「行こうか、セイバー」

「はい」

 宿直室を出てその隣の扉を開く。光景は眠る前に見たものと変わらない。強いて言えば先程は佇んでいたエミリがソファに腰かけていることくらいか。

「あ、おはようございます久堂さん。よく眠れましたか?」

「おはようございますエミリさん。うん、夢も見ないくらい寝たよ」

 言いつつ、手近にあった事務机の付属品であろう回転椅子に腰かける。使い古された形跡のある椅子だ、宿直室のベッドと同じくクッションがぺたんこになってしまっていて固い。

「エミリ、久堂。聞け」

 エーミールがモニターを見たまま突然言葉を発する。

「周囲の状況の解析が少しだが前進した。これでこの研究所を中心に半径二キロメートルに居る生命体やサーヴァントは感知できる」

「エーミールくん、そんな作業してたんだね……すごいや……」

「無駄口は要らねえ。俺は聞けっつったんだよ」

「あ、ごめんなさい」

 反射的に口元を両手で隠す。エミリが少し笑った。

「北北西八百メートル先にサーヴァント反応。すぐ横に人間。恐らくマスターだろうな。どうする、行くか?」

「行くよ! 味方が増えるし、もし怪我とかしてたら手当てしなきゃ! ね、アーチャー、行こうよ。久堂さんとセイバーさんも」

 エミリはやや大きな声でそう言って立ち上がった。壁に寄りかかっていたアーチャーも動いて、エミリの隣へ移動する。

「マスターのご決断ならば。貴方方はいかがなさいます」

「うん、私達も行くよ。ここでじっとしていても始まらないから」

 セイバーは黙って頷いた。

 と、エーミールが不意に振り返る。

「これ持ってけ、通信機だ。使えそうなやつがけっこうあった。使えるもんは使っといた方が良いだろ。マスターでもなんでもねえデブのサポートもないよりは良い」

「お兄ちゃん、自虐はほどほどに。でもありがと」

 私も礼を言い、エーミールから小型の通信機を受け取った。

 そして部屋を出て、階段をのぼり、外に出て、瓦礫の山を見る。絵に描いたような世界の終わりだ。『対聖杯戦争』がどれほどの規模の戦いか思い知らされる。これは、世界を救う戦いだ。

「北北西ってどっちでしょうね」

 エミリがキョロキョロと辺りを見回す。

『お前が見てる方向から九十度左』

 通信機からエーミールの声がする。

「よし、行きましょう」

 意気込むように深呼吸をして歩き出すエミリの後を追う。それから一応年上の男として彼女の前に出た。セイバーもそれについてきて、私の斜め後ろを歩く。アーチャーも同じようにしてエミリの後ろを歩いているようだ。

 いやに暑くて焦げ臭い道をひたすら歩く。

「マスター」

 背後でアーチャーがエミリを呼ぶ声がする。

「近いです」

「……うん。私もなんかこう……ガツンとくるの分かる」

 その点においては私も同感だった。大きな魔力を感じる、とでも言えば良いのだろうか。空気がひりついている。『何かが居る』と第六感じみたものが叫んでいる。

 そしてその『何か』は、すぐに正体を現した。

 

 

「来たわね、幸運で哀れな子イヌ達!」

 

 

 高らかに鳴る少女の声。

 セイバーが剣を抜く。同時に槍が──正確には槍の切っ先をこちらへ向けた少女が──()()()()()

 金属と金属がぶつかる音がして、火花が散る。

「お下がりくださいマスター!」

 セイバーの声。私は一瞬怯んで動けなかった。

「アーチャー!」

「──狙わずとも!」

 エミリが叫んでアーチャーが応じる。

 放たれた光の矢を躱し、少女は少し距離を取って体勢を立て直した。

(アタシ)の初撃をやり過ごすとか生意気にもやるじゃない。まあ良いわ。子ブタ!」

 少女──恐らくサーヴァント──は、誰かを呼んだ。瓦礫の影からもうひとり、キャップの帽子をかぶった長い髪の女の子が出てくる。

「はーい」

「この世間知らず達のために、(アタシ)が誰か教えてあげなさい!」

「はいお任せをー。こちらに居られるはキュート・クール・ジェノサイドの三拍子揃ったサーヴァント界最強のトップアイドル! クラスはランサー特技はお歌にダンスの完璧ドラゴン娘!」

 だだだだだだだ、どん。

 女の子は口で雑なドラムロールを奏でてから、さらに声を張り上げた。

 

 

「その名もエリザ! エリザベート・バートリー!」

 

 

 

 

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