「な──」
何なのだろうこの子達は。
当の二人は満足げにハイタッチをしている。隙だらけだ。弓を引くアーチャーを、それでもエミリは無言で制し会話を試みる。
「あ、あの、ランサーさん……」
「聞いてなかったの? エリザよ! エ・リ・ザ!」
言って、エリザと名乗るランサーは再び戦闘態勢に入る。先ほど動けなかった一瞬で私はセイバーから戦闘面での信頼を失ったらしく、彼は私を抱えてランサーから距離を取った。
「──マスター! 残念ながら会話の通じる相手ではないかと!」
アーチャーの声。撃ち放たれる何本もの光の矢。ランサーはそれをいなしたり槍で弾き飛ばしたりして互角に渡り合う。
「子ブタ! もっと魔力回しなさい!」
子ブタ──というのがマスターのことか。
「セイバー」
抱えられたまま声をかける。はい、と簡潔な返事が返ってきた。
「ランサーのマスターの方から崩せないかな。できるなら味方にしたいとするとそっちからのアプローチも──」
「なるほど」
言い切る前に、セイバーは私を抱えたままアーチャーとランサーが交戦している最中へ飛び込んだ。矢も槍もひらひらと避けて、真っ直ぐにマスターの方へと向かう。頬を刃がかすめることもあったが、不思議と怖くはなかった。ただ容赦ないなあと思っていた。
「うわわわ」
ランサーのマスターは私達が目の前に現れると、少し焦ったような顔をした。灰色のキャップ帽の下に見えるのはまだあどけない女の子の顔だ。
「待って。私達は君と戦いたいわけではないんだ」
「サーヴァントに抱っこされてる状態で言われてもなあ」
「あ、ごめんなさい。おろしてセイバー」
「失礼しました」
数分ぶりに地面に足がつく。背後でアーチャーとランサーが激しく戦っている音が聞こえる。ランサーのマスターはニコニコ笑いながらこちらを見ている。
「私は久堂紘平。君は?」
「あたし? あたしは遠木まほらばちゃんです!」
──あの紙切れにあった名前だ。
まほらばなんて珍しい、というより正直変な名前だと思ったから覚えている。ということは彼女も──やはり味方につけるべき存在か。
「ねえ、一旦あのランサー止めてくれないかな。話をしよう」
「人と話すのは好きだから良いけど、あたしエリザに逆らわないって決めてるからなあ。命令っていうかちょっとお願いしてみる程度になっちゃうけど良い?」
「逆らわない、って……」
どういうことだろう。セイバーやアーチャーの恭しい態度から見ても、私はどこかでサーヴァントを従者だと思っていた。しかし考えてみれば一騎当千のサーヴァントとただ魔術師であるというだけの人間、立場が逆転してもおかしくはない。それを生き残るすべとするマスターも居るだろう。
まほらばは私の思考を察したのか、「ああいやいや」と笑いながら手のひらをこちらに向けた。
「あたし別に無理やり従わされてるわけじゃないよ。その辺は心配しないで。あたしはあたしの意思でエリザを推してるの。じゃあちょっと頼んできまーす」
ねえエリザ! とまほらばは大声でランサーを呼ぶ。
「子ブタ! 何してんの!?
「あーごめんねちょっとストップ!」
振り向いて戦況を見ると、確かにアーチャーの方が優勢であるように見えた。縦横無尽に飛び回る矢。そのひとつひとつが地面をえぐるほどの威力を持っている。ランサーはそれを凌いではいるものの攻撃に移れないようで、防戦一方だ。
「アーチャー! エミリさん! ストップストップ!」
私も声を張り上げる。アーチャーとエミリはアイコンタクトをして、一旦攻撃をやめた。
「あのねエリザ、この人達話をしたいんだって。聞いてあげたいんだけど良い?」
「……」
「ねえエリザお願い! このとーり!」
「……ま、良いわ。許可してあげる。アイドルとしてファンサービスは欠かせないものね」
「さすがエリザ! ありがとう! 可愛い! 最高!」
「当然!」
私達は何を見せられているのでしょう──とアーチャーが小さな声で呟く。私もそう思う。仲が良さげで良いとは思うが。
「それで、なんの話? あなた達もエリザファンクラブ入る? 部員あたししか居ないけど」
「いや、違くて……えっと」
『俺が話す。聞けバカすけども』
通信機の向こうからエーミールが説明を始める。どうして突然説明役を買って出たのかと不思議だったが、エーミールの状況説明能力はなかなかのものだった。分かりやすい言葉で簡潔に、必要のないところは省略して、大切な部分だけを効率良く伝える。
……エーミールは合理主義の人間なのか。ここに居る誰よりも自分が一番説明が上手いと判断した。だからそれを実行した。周囲の解析だったり状況の説明だったり、明らかに天才の域であるのにどうしてああも態度が悪いのか。
閑話休題。
話を聞き終えたランサーとそのマスターであるまほらばは、ふうむともっともらしく唸った。
「なるほど……じゃあ今回は別に殺し合いしなくて良いんだね。今回はっていうか、あたしこれが初めての聖杯戦争なんだけど。エリザはどう思う?」
「関係ないわ。どうせ
「そっかあ……じゃあこの人達について行こっかなー。生き残る可能性は一パーセントでも上げときたいし」
「あ、あの! 遠木さんとランサーさんは」
タイミングを慎重に窺うようにしてエミリが口を開く。
「まほらばで良いよ。まほろばじゃなくてまほらばだから注意ね。そこんとこよろしく」
「あ、うん……まほらばちゃんとランサーさんは、今までどうしてたの? 街、かなり酷いことになってるから」
「スーパーマーケットだった建物があったからそこで食料補給してー、エリザ召喚してー、あとは……」
「あとは?」
「ずーっと聴いてた! エリザの歌!」
ふへへ、とまほらばは笑う。
そういえば最初にアイドルだとか歌だとが言っていたなあと思い出す。私は音楽やアイドル文化には疎い──というかそもそも自分のそういった嗜好についての記憶自体がないのだが、今の『私』も別段心惹かれはしなかった。ただ、そういうものもあるのだなあと、それだけ。
「特別にワンフレーズだけ披露してあげるわ!」
エリザ──ランサーが言う。
まほらばが大きく拍手をした。
なんというか、ずっと置いてけぼりだ。ふたりだけの世界が出来上がってしまっている感じがする。横を見ると、アーチャーもエミリもセイバーも困惑した顔をしていた。
「狩りはマジカル♪」
まほらばの手拍子とともに歌が始まる。
これは──。
「あたしクビカル♪」
──これはまずい。
「チェイテ城から♪」
まずいというか、やばい。
「ガシガシ届け♪」
そろそろ限界だ。
「今夜もアナタを監禁♡させて♪」
「──もううんざりだ! やめなさい!」
ランサーの声を食うようにして張り上げられる大声。私はその声が一瞬、誰のものか分からなかった。あまりにも彼に抱いていた印象からかけ離れていて。あまりにもその声が怒気をはらんでいて。
「せ、セイバー……?」
「限界です、いくら私とて限界というものがあるのです」
肩で息をしながらセイバーは頭を振る。
「侮辱だ……それは音楽への侮辱に他ならない……」
「ちょっと何よ!
「エリザ、エリザ。落ち着こうね、常人には理解できないのも仕方ないよ。エリザの音楽はレベルが高すぎるから」
「ふん。哀れな家畜ね。まあ良いわ、行くわよ子ブタ」
「え? どこに?」
「アナタも頭が哀れね! そこのやつらと一緒に行くんでしょ? 興醒めしちゃったからさっさと行くわよ」
「あ、なるほどね。あたしの意見は尊重してくれるんだね。さすがエリザ! 超可愛い!」
言いながら、ランサーとまほらばは見当違いの場所へすたすた歩いていってしまう。それを慌ててエミリが軌道修正する。
いっそそのまま歩かせておけば良かったのに、とセイバーが呟く声が微かに聞こえた。
私は呆気に取られてセイバーの横顔を眺める。確かにランサーな歌は酷いものだった。歌詞にもメロディにもセンスは感じないしむしろ不快な類いのものだったし、声質こそ良いが歌唱力が絶望的だった。端的に言うとどうしようもなく音痴だった。
まほらばはずっとあれを聴いていたのかと思うと彼女の正気まで疑ってしまうが、それにしたってセイバーの豹変ぶりには驚かされた。彼は音楽に何かしら思い入れがあるのだろうか。
「セイバー、もしかして少し記憶が戻った? 歌とか好きだったの?」
「いえ……分かりません。分かりませんが、なんと言ったら良いのか……私は常人より聴覚が敏感なようです。申し訳ありませんマスター。見苦しい姿を晒したこと、お許しください」
「ああそれは全然良いんだけど。歌じゃなかったら楽器かな……とにかく、セイバーは音楽に関して才のある人なのかもしれないね」
『終わったか。歌が酷すぎて途中で通信切ってたんだが』
通信機からのエーミールの声。
「あ、うん」
『だったら帰ってこい。食事の用意ができてる』
「食事? 作ってくれたの?」
そういえば、瓦礫の山で目覚めてから何も食べていない。そう認識すると一気に空腹感を感じた。食べなければ死ぬ、どうしようもない生き物のさがだ。
「久堂さーん! ランサーさん達歩くの速いです! 置いてかれちゃいますよー!」
「あっごめんなさい! 今行きます!」
エミリにつられて敬語になりながら後を追う。
曇天の空から僅かに覗くほとんど沈みかけた夕日を見て、夜が訪れたことを知った。
「──!」
机に並べられた料理。確かに質素なものではある。有り合わせの非常食をアレンジしたものだ。ものなのだが。
「エーミールくん、これ、すっごく美味しいよ!」
「ほんとだ! 美味しい! まほらばちゃんビックリ! スーパーマーケット、カップ麺くらいしか無事なのなかったしそれもお湯なしでボリボリ食べてたからさー、もう感動だよ泣いちゃいそう」
「ふふん。お兄ちゃんはすごいんです。なんだってできるんです」
「食事中にしゃべんな。さっさと食え」
「ねえ、エリザも一口食べてみてよ!」
「要らないわよそんなばっちいの。家畜同士で食べてれば?」
「えー、美味しいのに」
「しゃべんなっつってんのが聞こえねえのか」
エーミールの小言が飛んで、みんなが黙る。それでも表情は柔らかい。美味しいご飯はピリピリした空気も地下室の切迫感も和らげると知った。
食事を終えると、エーミールは使った紙皿を黙って片付け始める。
「手伝うよ、エーミールくん」
「ありがとう」
「……!」
失礼にあたるかもしれないが少し面食らってしまった。エーミールが素直に、ストレートな言葉で私に礼を言ったことが意外だった。
なんだよ、とエーミールはまたいつもの不機嫌そうな声音で言う。
「俺が礼を言ったらいけねえのかよ」
「そんなことないよ、ごめんなさい。ただちょっとビックリした」
「……手伝うっつったんだからさっさと手伝えよバカすけ」
「はーい」
思わず笑みが零れる。
片付けているうちに気づけばエミリの姿がなく、まほらばに訊くと「ちょっと寝るって言ってアーチャーと隣の部屋行っちゃった」と返ってきた。
「エリザもつまんないって霊体化しちゃうし、今度はあたしがつまんないや」
はーあ、とため息をついてソファに寝転がるまほらば。ここで寝るなよ、とまた小言を言ってエーミールは再びモニターに向かった。
「まほらばさんは、どうしてランサーの──」
「エリザ」
「──ごめんなさい。どうしてエリザさんがそんなに好きなの?」
「あ、それ訊いてくれるの待ってた!」
言って、まほらばは体を起こしてその勢いでそのまま立ち上がった。
「
ばっちりポーズを決めてまほらばは言う。当然意味は分からない。それでも彼女は嬉しそうだ。
「あたしね、この世界が大好きなんだあ。嫌いなものがひとつもないの。甘いのも苦いのも辛いのも、勉強も運動も、大人も子供も、みんな好き。だけどみんな同じように好きだから、『特別』がひとつもなかった。それってつまり、好きなものがないのと一緒でしょ?」
「それは──そうなのかなあ。……いや、そうかもしれないね。全てを同じ水準で見ているなら、好きも嫌いも現れない」
「そう。そうなの。でもエリザは違う。『アイドル』っていうひとつの特別なものを持って、そのひとつだけに真っ直ぐ傾いてる。それって、それってさあ──」
まほらばは、瞳を宝石のように輝かせて叫んだ。
「──それって、最ッ高に可愛くない!?」
「うるせえなお前ら!」
エーミールの怒号が飛ぶ。まほらばは「ごめんなさあい」と笑った。私はなんというか、胸の奥というか腹の底というか、とにかくその辺りがじわりと温かくなった。最高に可愛い、か。ああそうか。それはとても、素敵だ。
「でもやっぱりあたし元の世界も好きだから──これほんとね。こうして世界滅んで痛感した。だから絶対、みんなで世界救おうね」
「……うん。絶対ね」
ひとつのものに真っ直ぐ傾くことは、最高に可愛い。
胸の内で繰り返す。
何も覚えていないのに、私はどうしてかその言葉を、昔からずっと渇望していたように思えた。