寝て起きてすぐに活動再開。
のはずが、思っていたより肉体や精神が疲労していたらしく、私は目覚めたあとも寝ぼけまなこでぼんやりとベッドに横になっていた。まほらばとエミリはすでに起きて隣の部屋に行ってしまったのか部屋に他の誰かの気配はない。強いて言えば霊体化したセイバーが居るのかもしれないが、それも分からない。
──と、ふいに扉が開いて誰かが入ってきた。
「久堂」
ぶっきらぼうでどこか諦観じみた声音。ああエーミールだなと思った。
いつまで寝てる気だ、と叱りに来たのだろうか。全く情けない、仮にも大人の男が寝坊で叱られるなど。
「あの紙見せろ」
すっかり叱られるものだと思い込んでいた私は、予想外の言葉に思わず首を動かしてエーミールを見る。彼の顔にこれといった表情はなかった。
「見せろって」
「あの紙って……あれ?」
「あれ以外にどの紙があるんだよ」
「そうだよね。はい」
後生大事に置いておいた紙切れをエーミールに見せる。
エーミールは文字列をゆっくり目でなぞって、眼鏡の奥で目を細めた。
「この倉高エミリ、倉高エーミール、遠木まほらば……この紙に書いてあるとおりの順番で行けば次は才賀日奈子か」
「まあそうなるね。順番はあんまり関係ないと思うけど……」
「お前に特にこだわりがねえんなら、この鮫島灰音ってやつを先に連れてきた方が良い」
「良いって、何が?」
「効率が」
意味がよく分からない。
私が眠っている間に解析が進んで、また何か新たな情報を得たのだろうか。……そういえば、エーミールはいつ眠っているのだろう。休憩らしい休憩など、それこそ食事のときくらいしかしていない気がするのだが。
「分かんねえか? 分かんねえだろうな。説明してやるからさっさと起きろバカすけ」
……ああ、やっぱり叱られた。
隣の部屋には、想像どおりのメンツが揃っていた。ソファに浅く腰かけて足を組んでいるまほらば。彼女の肩にもたれかかるようにして半分座りながら立っているランサー。向かい側の壁際にエミリ。その隣に姿勢良く佇んでいるアーチャー。セイバーも私が部屋に入ると同時に霊体化を解いて姿を現した。
「結論から言う」
扉を背にして真正面にあるモニターの前。エーミールは椅子の上にあぐらをかいて面倒くさそうに話し出した。
「周囲の解析が進んだ結果、生体反応がひとつ発見された」
「ひとつ? サーヴァントとマスターじゃなくって?」
エミリの問い。
まあ聞け、と無言で視線を送りエーミールは言葉を続ける。
「そいつはサーヴァントだ。そして人間でもある。ふたつの反応が重なり合うようにしてひとつの存在として発見された」
「あ、分かった! 疑似サーヴァントだ!」
「そういうことだ。案外察しが良いな馬鹿女」
「馬鹿女じゃないでーすまほらばちゃんでーす」
「うっせえ。……話を戻すが、俺の予想が正しければこの疑似サーヴァントの依り代は恐らくは鮫島灰音だ」
「どうして分かるんだい?」
訊ねると、エーミールは少し考えるようにして一瞬黙った。
「……
「鮫島灰音……くん? ちゃん?」
「くん」
名前から性別が読み取れず迷っていると、すぐさまエーミールが応じた。
「そっか。灰音くんとエーミールくんは、知り合いなの?」
「知り合いっつーかまあ……いや、知り合いっちゃ知り合いだな。ネット上で交流があった。SNSでユザネを本名フルネームにしてた馬鹿だ。自撮りも上げてたな。やっぱ馬鹿だ。会話もあやふやでイラつくぼんやりバカすけ。だが魔術師と数学者しての才能は認めざるを得なかった。そういうやつだよ」
「……エーミールくんさ」
「ん?」
「灰音くんと仲良しだったんだね」
「あ?」
「いや、人物描写が丁寧だから」
「……」
ぎ、という擬音が似合うふうな目つきで睨まれる。エーミールはそのまま私の言葉を無視してさらに話を続けた。
「鮫島家は魔術師としての血が薄まったほとんど一般人の家系だが、灰音の魔術回路は特例の突然変異だった。底なしの器のように何もかも受け入れる体質。教えたら教えた分だけ、注いだら注いだ分だけ、灰音は魔術を覚え魔力を増幅させる。ならば、まともに現界もできねえ出来損ないのサーヴァント──あるいは神霊クラスのサーヴァントひとり抱え込むくらい可能だと考えて差し支えねえだろうと俺は睨んでる」
要は悪食の
「じゃあ、その……」
エミリがおずおずと言葉を発する。
「そのお兄ちゃんのお友達の灰音さんって、サーヴァント兼マスター、ってこと?」
「俺の予想が当たりゃあな」
「すごいね」
「はいはいすごいすごい。行くならとっとと行けよ、ほんっと無駄なやり取りが好きだなお前らは」
言い、エーミールはモニターの方へ向き直ってしまった。
「行こ行こ。エーミールはこれ以上話す気ないってさー。もし戦闘になってもあたしのエリザが居れば万事解決だよ、ほれ行こ行こったら行こ行こー」
まほらばがそう言いながら立ち上がったが、急にそんな動きをしたせいで彼女の肩にもたれかかっていたランサーが小さくずっこけた。
エミリが小さく笑い、アーチャーに「行こうか」と声をかける。アーチャーは「はい」と短く返事をした。
「……私達も行こう、セイバー」
「仰せのままに」
地上は相変らずひどい有り様だ。瓦礫と燻る煙ばかり。灰音らしき疑似サーヴァントの反応があった場所までは少し遠い。歩くのも骨が折れる。
「……」
ふと、まほらばが立ち止まる。
「まほらばちゃん? どうしたの?」
「……エミリちゃん」
「なに?」
「エーミールって、何も言ってなかったよね。疑似サーヴァントの他に生体反応が見つかったとか、そういうの」
「うん」
「……」
まほらばの視線の先を追う。
瓦礫の隙間から、血まみれの腕がはみ出していた。大きさからしてまだ子供。それも小学校低学年や下手をすれば未就学児のもの。
「子ブタ。いちいち気にするだけ無駄よ」
「……ん、そうだねエリザ。でも……やっぱり嫌だね、人が死ぬのって」
ごめん、行こっか。
そう言ってまほらばは笑う。
──何かが。今の言葉の何かがひっかかる。あと少しで思い出せそうなのに何を思い出そうとしているのか思い出せない歯がゆさ。
人が死ぬのは、嫌だ。
そんな当たり前の台詞がどうしてかとても重い。
その重みを胸中に抱えたまま、私はひたすら歩いた。そして到着したのは半壊したビル。三階から上が大きくえぐれ鉄骨の骨組みがむき出しになってしまっている。
そしてそのビルの入口前に彼は居た。
しかし私は一瞬、彼を少女と見間違えた。
中性的な顔立ちに──肩口まで伸びた黒い髪。
「──あ」
何かが見えた。いや、見えたのではない。今まで真っ白なまま何も浮かんでこなかった記憶の断片の、そのさらに細分化された欠片がフラッシュバックした。
長い黒髪。そうだあの人は黒髪だった。伸ばしっぱなしの、ぼさぼさな──
「……
「マスター? どうなさいました、マスター」
セイバーの声で我にかえる。私は今なんと言った? 誰のことを思い出した? ……駄目だ、これはあとでゆっくりひとりで考えるべきことだ。今は目の前のことに集中を。
改めて目の前の少年を見る。
黒髪が最初に目に入ったが、よく見るともっと気になるものがあった。……少年の首に、首輪──いや、チョーカー? それにしてはごついが──そんなものがつけられている。
「あなた灰音?」
まほらばが問う。
『はい。僕は鮫島灰音です。』
灰音の首元から、機械音声が鳴る。
「それスピーカー?」
『はい。これは魔力を動力に僕の意のまま話してくれるスピーカーです。』
「すっごー! オーバーテクノロジーじゃん。でね、事情はあとでちゃんと説明するからとりあえずあたしらの仲間に入ってほしいんだあ。良いかな?」
『はい。良いですよ。』
「交渉成立ー。帰ろ帰ろ」
……話が早過ぎないか?
いや、何事もなく仲間が増えることに越したことはないから別に構わないのだが……。
『灰音』
通信機越しにエーミールが声を発する。
『エーミールだ』
『ああ。ハムハムさんですね。』
『ハンドルネームで呼ぶな今はエーミールで良い』
『昔一度だけ通話アプリでお話しして以来でしたね。お久しぶりです。』
『無駄話は良いからそいつらと一緒にここまで来い。お前に話すことがある分、お前に訊きたいこともある』
『はい。構いませんよ。』
そう言って、灰音はふわりと微笑んだ。