Fate/Memento   作:九良川文蔵

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少年と悪魔

 

 

 拠点である地下室に戻り、ひとまず息をつく。エーミールが「倉庫に無事なのが少しあった」とコーヒーをいれて待っていてくれた。

 それを啜りながら、どうにものんびりした雰囲気で灰音は口を開いて──はいないが、スピーカー越しに声を発する。

『して、ハムハムさん。』

「エーミールで良いって。高校時代のユザネ晒される俺の身になれ」

『そうですか。すみません。では、エーミールさん。僕に聞きたいこととは。』

「お前の中のサーヴァントは、神霊か? それともなんの役にも立たない幻霊レベルのものか?」

『どちらとも言えます。……代わりますか。』

 ……代わる?

 私がどういうことか訊ねる前にエーミールが答えを出した。

「そうか。サーヴァントと人格は別々なんだな」

『はい。記憶と知識は共有していますが、意識は混ざっていません。言わば半人半霊の二重人格ですね。』

 会話に入る隙間がないので、私は黙って灰音を観察する。

 ……やはり首輪のようなスピーカーが気になる。本当に声が出ないゆえのものなのか、ふざけてつけているだけなのか、他に理由があるのか……。

 灰音は目を閉じてしばらく胸の辺りをとんとんとノックするように軽く叩き、大きく深呼吸をした。

 そして次に目を開くと──。

『──何やらお呼びのようで。』

 相変わらず声は合成音声だが、目つきが。

 目つきが完全に先程までの灰音とは違う。もっと軽薄で、機嫌良さげな、それでもなんと言えば良いのだろう……少し胡散臭い印象を受ける不思議な目つきに変わっている。

 私含め周りは唖然としているが、エーミールだけは表情ひとつ変えない。

「お前か、神霊で幻霊のサーヴァントは。クラスはキャスターか?」

『ご明察です、さすがは灰音(マスター)のご友人。』

「真名は?」

『ふむ……思ったよりせっかちな方だ。ま、良いでしょう。我が真名は、──()()()()()()()()()()。』

「……ああなるほど。なるほどな」

「ねーねーつまんない。あたし達にも分かるように言ってよ意地悪お兄ちゃんと、えーとマ……マ……なんちゃらの悪魔くん」

 しびれを切らしてまほらばが文句を言う。

 お前にお兄ちゃんと呼ばれる筋合いはねえとエーミールは予想外のところに文句を返した。

 一方灰音──ではなくて──キャスターのサーヴァント、自称マックスウェルの悪魔は微かに声を上げて笑った。が、機械に笑い声を再現させるとどうにも不自然なものになってしまうのだな、と私も私でどうでも良いところが気になった。

灰音(マスター)は我が友。数学の友です。数字に人格を感じ数式に感情を求める。ゆえに彼は──悪魔を愛した。』

「その悪魔が分かんないって言ってるのあたし! もー何とかしてよエリザー!」

(アタシ)だって知らないわよ。悪魔って響きには多少パッションを感じるけど、それ以上はパス」

『おやおや騒がしいお嬢さん方だ。では少々講義の時間にしましょうか。』

 キャスターはどこか楽しそうに話し始める。

『悪魔とは、数学や論理学、物理学において普遍的に名づけられる仮の名前です。悪魔の曲線や、自分で言うのもなんですが──マックスウェルの悪魔なんかが代表例ですね。』

「へー。数学って悪魔多いんだ。ロックだね」

『ええロックです。そして灰音(マスター)はその全てに生命を感じ、全てを同一人物として心の内で友として練り上げた。』

「んーと……じゃあつまり、数学とか物理学? だっけ? の悪魔が全部あなたの中に入ったってこと?」

『まさにそのとおりですお嬢さん。あなたはきっと地頭が良い。』

「やったねやったね。あたし最高」

『ゆえに私は、ラプラスの悪魔をも取り込んだ。』

「ラプラス?」

『はい。因果から計算して未来を暫定的に決定する、超越的概念です。』

「ざんてーてきにみらいを……ちょうえつてきがいねん……?」

「要は未来が見える、って解釈で良いのかな」

 まほらばに限界が来たようなので、僭越ながら私が助け舟を出す。キャスターは大仰な仕草で頷いた。

『簡単に言えばそういうことです。だからきちんとビルの前で待っていたでしょう? あなた方が来ると計算済みでしたから。』

「ま、待って」

 今度はエミリが口を開く。

 ……ああ、何だろうこの感覚は。懐かしい、と言えば良いのだろうか。目の前の課題に対しごちゃごちゃとみんなであれこれ言い合うのが懐かしくて仕方ない。

「ラプラスの悪魔って、確かもう否定されてる……よね? それでも未来が見えるの?」

『そこなんですよねえ。もう完っ全に木っ端微塵に否定されています。ゆえに私の因果律から未来を導き出す能力の精度はとても低い。あなた方が来ることも、先程はカッコつけましたがせいぜい危険ではない誰かが来る、という程度です。』

「なのに完全にできない、ってわけではないの?」

『ええ、灰音が──我がマスターが、まだ悪魔()を信じていますから。脆弱な悪魔に、まだ夢を見てくれていますから。』

 キャスターは心底嬉しそうにそう言って、言葉を続ける。

『とはいえ戦闘面では一切役に立ちませんよ。果物ナイフで刺されたら一撃で逝きます。』

「サーヴァントに物理攻撃は効かないんじゃねえのか」

『例えです例え。まあ実際死ぬかもしれませんが。……さて。そんな私ですが、私なりの演算の結果、いつかあなた方の役に立つと思われます。穀潰しと追い出すのも自由ですが、私としては灰音(マスター)にだけは死んでほしくありませんので──ここに置いてくださるとありがたい。』

「もちろんだよ。ね、お兄ちゃん」

「俺に訊くな。お前らで勝手に多数決しろ」

「意地悪。じゃあ、良いよねみんな。アーチャーもまほらばちゃんもエリザちゃんも、セイバーさんも久堂さんも」

 当然異論はない。仮に擬似サーヴァントでもない一般人だったとしても、彼らは頷いただろう。もちろん、私の答えも変わらない。

 キャスターはありがとうございますと深々と頭を下げ、それからふうと息をついた。

『感謝ついでに横になれる場所はありますか? この身体(灰音)、そろそろ体力が限界なので。』

 そう言って。

 そのままキャスターは──あるいは灰音は、前のめりに倒れた。

 

 

 

 

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