Fate/Memento   作:九良川文蔵

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馬鹿と宝具と力比べ

 

 

 

「……」

 とても今更な自己分析なのだが。

 セイバーは欠陥のない人間など居ないと言った。となると、私に欠けているのは恐怖心でエミリに欠けているのが猜疑心だとしても、『欠けている部分は人間ひとりにつきひとつ』という機械的なものでもあるまい。

 私には他にも欠けているものがある気がする。

 ……薄々気づいてはいた。私には危機感がない。他に考えるべきことがある場面でどうでも良いことが気にかかる。セイバーの見た目だとか、キャスターの笑い声だとか、エーミールが文句を返した場所だとか、そんなところが気になって思考がぶれる。これは今の状況だと相当まずいのではなかろうか。

 ということを、私は考えている。

 

 

 ──目の前で激しい戦闘が行われている中で考えている。

 

 

「あっ助太刀!? 助かるー!」

 まほらばが一瞬だけこちらを見てすぐに戦場へ視線を戻す。

「あ、アーチャー! エリザちゃんとまほらばちゃんに加勢して!」

「はい」

 アーチャーが弓をひく。光の矢が放たれる。その矢はランサーの頬を掠めて敵──敵なのだろうか。ひとまずサーヴァントではあるだろう、()()へ真っ直ぐ向かっていく。

「ちょっと! (アタシ)に当たったらどうしてくれるの!」

「余所見をしている暇はありませんよ、ランサー」

 アーチャーの声音は相変わらず冷たくてトゲがある。

 しかし言っていることは決して間違っておらず、()()はその光の矢を一発の銃弾で弾き返した。

 

「はは! なに、お仲間の登場かい? 良いじゃないか、かかって来な!」

 

 と、ここでようやく私は思考と観察をやめた。それは私自身の意思ではなく、サーヴァントであろう()()の銃口が私に向けられ、セイバーがその攻撃を眼前で防いだからだ。さすがに我にかえった、と言うべきか。

「ご、ごめんセイバー。君も加勢して」

「我が主を批難したくなどありませんが……いいえ、叱咤は後にしましょう。今は魔力の供給と御身を守ることに集中を。よろしいですね、マスター」

「はい……すみません……」

 セイバーは流し目で私を見て、前線へ飛び出していった。

 ランサーの槍をかわし、アーチャーの矢をいなし、セイバーの剣を弾く。このサーヴァント──クラスはまだ分からないが、かなり強力だ。

「チッ……さすがに数が多いね……マスター! 聞こえてるんだろう? アタシにありったけの魔力寄越しな!」

 私は魔術師としてそこまでの力を持っているとは感じていないが、それでも「まずい」と思った。空気が痺れるほどに濃い魔力反応。

 それは通信機の向こうのエーミールも観測したらしく、彼の切羽詰まった声を初めて聞いた。

『お前ら今すぐ撤退──クソ、間に合わねえ! あいつ宝具を──』

 

 

「──令呪をもって命ずる! エリザ、宝具展開! 相殺するよ!」

 

 

 はっとさせられる声。まほらばの令呪が光を放つ。

「ええ子ブタ。魔力、搾り取るわよ!」

 眩いまでの魔力反応がふたつ。私の体にはやや刺激が強すぎる。その中でも私はなんとか叫んでセイバーに撤退を指示した。遠距離で攻撃していたアーチャーはまだしも、敵のすぐ傍で戦っていたセイバーでは両方の宝具に巻き込まれてしまうだろう。

 

 

「アタシの名前を覚えて逝きな──」

「──サーヴァント界最大のヒットナンバーを、聴かせてあげる」

「テメロッソ・エル・ドラゴ──」

「──飛ばしていくわ。にゅーにゅー無様に鳴きなさい」

 

 

 ぎりぎりでセイバーの退避が間に合った。あとは衝撃と轟音と、飛び散る瓦礫から身を守ることを最優先に──

 

 

「──太陽を落とした女ってな!」

「──『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』!」

 

 

「……っ!」

 声にならない声が漏れる。さんざん『来るぞ来るぞ』と覚悟を決めていたが、それでも呼吸さえできなくなるほどに大きく圧倒的で、尚且つ純粋な力のぶつかり合い。

 完全に互角で勝算は五分といったところだが、しかしそれでも相手の真名のヒントは得られた。

 テメロッソ・エル・ドラゴ。

 太陽を落とした女。

 史実では男性のはずだが、このふたつの言葉が揃えばもう九分九厘確定だ。

 彼女は恐らく──フランシス・ドレイク。当時最強とさえ言われていたスペインを壊滅させたと言われる海賊。となると、クラスはライダーか。

「マスター! ご無事ですか!」

 アーチャーの声が聞こえる。まだ息苦しく視界もチカチカしているが、勝敗はついたらしい。

「大丈夫、ありがとうアーチャー。それよりエリザちゃんとまほらばちゃんは──」

 ああそうだ。まず心配すべきはそちらだ。

 必死に目を凝らして土煙の向こうを睨む。まほらばは──地面に膝をついているが、後ろ姿でも肩で息をする動きが彼女が生きていることを示していた。

 そしてそのさらに奥で、槍を杖がわりにしながらも確かに立っているランサーが見える。

「勝、った……?」

 ほとんど無意識にぼんやりと言葉を発する。やっと土煙が晴れてきて、その向こうのサーヴァント──ライダーは。

「あーあ! 負けた負けた!」

 彼女は地面に仰向けに倒れ、なぜか清々しそうにそう言ったのち体を起こした。

「しっかしアンタ怖いくらいの音痴だねえ。思わず攻撃がぶれちまったじゃないか」

「エリザは、可愛いから、いーの!」

 呼吸が乱れたまま、まほらばが言い返す。喉からヒューヒューと音が鳴っていていかにも苦しそうだ。無理してしゃべらなくても良いのに……。

「ははは。女の音痴はほんっとに駄目だね。悪いねマスター、負けちまったよ。アタシを殺そうがマスターごと殺そうが、身ぐるみ剥がそうが有り金強奪しようが、あとはアンタらの自由だ」

「……あ、そうだ、マスター。あなたのマスターはどこに居るんですか?」

 エミリが問う。

 ライダーはまた綺麗な顔に似合わず豪快に笑った。

「アタシのマスターはみみっちくて姑息で情けない貧弱男でねえ。少し離れた場所から見てるよ。探しな」

「探せって言われても……」

 まほらばとランサーはしばらく動けないだろう。このふたりを残していくのは少し心配だ。

 エミリと顔を見合せ、無言のうちにどうしようかと考える。

「とりあえずライダーには、もう襲ってくる意思はない……のかな?」

「あン? もうアタシのクラスと真名に辿り着いたのかい。なかなか鋭い男じゃないか、アンタ。金持ってんなら雇われてやっても良いよ」

 ひらひらと手を振りながらライダーは笑う。

 気に入られたのならば何よりだが、どうにも調子の狂う人だ。

「……エーミールくん、生体反応見つけられる?」

『無理だな。今の宝具のぶつかり合いで計測機がバグった。復旧するまであと三十分はかかる』

「そっかぁ……」

 じゃあ少し休憩してから行こうか、と提案してみる。先ほどの自己分析で私が出した結論のように「危機感がない」と叱られるかもしれないなと思ったのだが。

「大賛成……ほんと……疲れちゃったよ……頑張ったえらいあたしえらい……」

「うん、えっと……ライダーさん? にも敵意はもうないようだし、私も賛成です」

『僕も賛成です。』

『お前が賛成してもどうにもなんねえよバカすけ。まあ、お前らがそう判断したならそうしろ。俺は復旧作業に戻る』

 ……満場一致で賛成されてしまった。

 今まで片膝をついていたまほらばはどさりと腰を下ろし、大きく息を吐いた。

「酒が飲みたいねえ。誰か持ってないかい?」

「ないよそんなの。あたし達未成年だし。……あ、久堂さんは違うか」

「だからってお酒持ってないよ私」

「なんだい、しけてんね。歌もそこの音痴女が居る限り期待できないし……アンタら何楽しみに生きてんだい?」

「エリザは! 可愛いから! いーの! てゆーかあのちょっと初々しい歌声のチャーミングさが分からないなんて……」

「アンタ耳おかしいんじゃないかい?」

 それは私も若干思う。

 ……口には出せないが。

「あっはっは、まあ仲が良いってのは退屈だけど悪いことじゃないさね。コメディとしては上出来だよ」

 しかしこのライダー、何事もなかったかのように距離を詰めてくるな、と思う。先ほど彼女に殺されかけたし、彼女を殺しかけたのだが。顔を合わせれば切った張った、利害が合えばパートナー、そんな時代を生きた人物ならではの切り替えの速さだろうか。

 どうやらしばらくこのままなようだから私も座ろうかな、と思ったとき。

 

 

「ねえ! 馬鹿ですかあんた!? 馬鹿ですか馬鹿ですねよーく分かりました!」

 

 

 ややヒステリックな、それでいてなかなか綺麗な声が近づいてきた。誰だろう、と一瞬思って、この状況ではライダーのマスター以外に居ないだろう、と思い直す。

 我ながら馬鹿だなあと思いつつ声のした方へ視線を向けると、華奢で顔立ちの整った金髪の少年が瓦礫の陰から出てきた。

「ああマスター。先にやってるよ」

「何が『先にやってるよ』ですかライダー! 次の! 攻撃に! 移りなさいよ!」

「だから言ったろう? アタシは純粋な力比べで負けた。あとは勝った方の自由さ」

「ああもうこれだから脳筋海賊は……!」

「こんちゃすヒステリー少年」

 まほらばが呑気な声で言う。

 ヒステリー少年──もといライダーのマスターはまほらばを睨み、さらに声を荒らげる。

「僕がヒステリー少年ならあんたはボケカス耳腐り女ですよ!」

「む、何だぁその言い方はー! 喧嘩なら買うよ名を名乗れ!」

「あーあーあーこの際だから名乗りますよ耳が腐ってますからどうせちゃんと聞こえないんでしょうけど!」

 ライダーのマスターはやはりややヒステリックな印象を受ける声音で言った。

 

 

「──極楽寺くれあ! 言いたいことは分かりますよキラキラネームでごめんなさいね!」

 

 

 

 

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