ニワカ知識で穴だらけだが気にするな。
「―――――では、最後の授業を始める。」
とある研究所の一室。
学び舎に酷似した部屋の中で、白衣の男はいつものように話し始めた。
“オーバーカウント1999”
1970年、イギリスのとある地方で行われた儀式をきっかけに、大気に満ちていた魔力が枯渇。
後に大崩壊と呼ばれる地殻変動を呼び起こした。
神代の終わり。
西暦の始まり。
かつて二つの衰退期を乗り越えた魔術であったが、これをもって過去のおとぎ話となる。
だがそれでも、完全に潰えてなどいなかった。
彼らの意思、魔術理論を継ぐ者達がいたからである。
それが“
魔術回路を体内に持ち、かつ自身の本質を明確に
―――――ここまでは基本だ。
裏世界の人間ならば誰もが知っているであろう事柄。
こと電脳戦において彼らの右に出るものはいない。
「だが、それも数年前までの話。
事の発端は“白騎士事件”。あれを機に、
“篠ノ之束”。
IS―――――インフィニット・ストラトスを開発した天才。
彼女によってISの存在が発表されてから一ヶ月後、それは起きた。
日本を射程距離内とする軍事施設のコンピューターがハッキングされ、2341発のミサイルが日本に向けて一斉に放たれたのだ。
しかし、その半数を搭乗者不明のIS『白騎士』によって迎撃されてしまう。
それを見た各国は、白騎士を捕獲ないし破壊するために様々な戦闘機や戦闘艦を遣わす。
が、その大半は無力化された。
世界はこの事件をきっかけに、ISとその驚異的な戦闘力に関心が高まることとなった。
以上が『白騎士事件』の簡単な内容。
しかし、魔術師(ウィザード)の世界を本格的に揺らしたのはこの事件ではなく、のちに定められた一つの法律だった。
―――――『アラスカ条約』
軍事転用が可能となったISを規制する法律。
その中には電脳ダイブ―――――
ISには同調機能、ナノマシンの信号伝達によって操縦者を電脳世界へ送り出す能力があるらしい。
電脳ダイブの規制は、
以降、彼らの活動は目に見えて少なくなる。
そんな中、彼らが次に目をつけたのは、ほかならぬISだった。
ISのコアは、開発者である篠ノ之束以外には知りえないブラックボックスである。
それは
数多の時代の困難をくぐり抜けた彼らであっても、一からISを作ることは叶わなかったのだ。
―――――だから彼らは、コアを模倣した。
かろうじて読み取れる情報をベースに、
その方法とは、英霊を召喚する事。
英霊の座から魂を呼び出し、機体を器として現世に留める。
当然、限界はある。
呼び出せるのは意識のみ。
英霊の能力も、本人のごく一部までしか再現できない。
コアが破壊されれば英霊は元の場所へと還り、役に立たない塵のみが残る。
―――――それが彼らの作り出した装備。
ISの皮を被った、一級品の魔術礼装。
「それが『無銘』の正体だ。
初めてISを起動したあの日、君は“誰か”と会ったはずだ。」
「………!」
確かにそうだ。
カードに意識を傾けた瞬間、五感は途切れ、どこか別の世界へ放り出された。
きっとあれが、いわゆる“電脳ダイブ”というやつだったのかもしれない。
そうして自分は招かれた。
自らをアーチャーと名乗った、見知らぬ男に。
「その様子からすると、やはり会ったようだね。
彼こそがその機体に宿る英霊にして、君の力の源。
いわば、君を守ってくれる存在だ。可能な限り仲良くしておいたほうがいいだろう。」
「……………。」
懐から一枚のカードを取り出す。
名前は『無銘』というそうだ。
その意は、『製作者が不明な刀』
品質の保証がないということであり、一般的にその性能は高くない。
だが、無銘の名刀も確かに実在する。
言ってみれば、これは未知の剣。
初めから銘が彫られていない失敗作か。
あるいは、あらゆる宝剣にも引けを取らない名刀か。
果たしてこのISはどちらだろうか…………
「君にはISについて理解を深めてもらうため、IS学園に転入してもらう。」
「IS学園…………確か、ISは本来女性にしか使えなかったような………」
「ああ、その通りだ。
君がIS学園に入れば、それは間違いなく世界中に知れ渡る。
当然、多くの人間が君に接触しようと近づいてくるだろう。」
…………やはり、そうなるのか。
「………?
じゃあ他国に捕まる危険がある以上、学園には行かない方がいいのでは?」
「いや、その心配はない。
IS学園はアラスカ条約によって設置された学園だ。いかなる国家や組織であろうと、学園の関係者に一切の干渉は許されない。
まあ、あくまでも“表向きには”だがね。」
「う………」
表向きには、か。
つまり、法律では禁止されていても裏ではこっそりと何かがあったりするんだろうか……?
「不安を煽るようなことを言ってすまない。
だがそれでも、君にはIS学園に行ってもらいたいのだ。
何しろ向こうには君と同じく専用機を持つ、多種多様な代表候補生がいるからね。彼女達と戦い、『無銘』の戦闘データを収集。そしてあわよくば、他の専用機持ち達のデータも収集したい。」
「………!」
成程。
基本的にIS学園には一切の干渉が許されない。
だから各国は国の代表とも言える搭乗者―――――“代表候補生”を送り出すことで、合法的に情報を収集しているということか。
「………貴方は俺に、代表候補生と同じことをやらせたい、ということか?」
「いや、そんなつもりはない。
各国の上層部は彼女達を通じて色々と画策しているかもしれないが、我々は違う。
純粋な興味だよ。魔術を使ったISがどこまで戦えるのか、ただ知りたいだけだ。
無論、バックアップは全力でさせてもらうつもりだ。万が一君に危険が及んだ場合、我々が総力を上げて保護しよう。」
「どうしてそこまでしてこれの………『無銘』の能力を知りたいんだ?」
そもそも、これを作ったのは彼ら“
なら、このISの能力は全て知っていると思うのだが………
「なに、単純な話だ。開発した我々ですらそれの性能を全て把握していないからだよ。」
「! ちょっと待て。そんな危険なものを預けたのか」
「いや、
英霊はただの飼い犬ではない。主を選び、お互いが合意を得て初めて彼らは力を発揮する。
その英霊は君という人間を選んだ。だから、君に能力を報告してもらいたいんだ。」
「…………能力を知って、その後はどうするんだ。」
「それは結果次第だ。既存のISと同等、あるいはそれ以上の能力を発揮した場合、我々“ハーウェイ”は本格的に製造を開始する。
女尊男卑の世界を壊し、男女平等の世界を取り戻すことができるだろう。
既存のIS以下だった場合、それを糧に再び試作品を作ることになるかもしれないな。」
「男女平等………それが、ええと、ハーウェイ?の目的なのか?」
「ああ、そうだ。ISの影響で社会は今や女尊男卑。その意味は、君でもなんとなくわかるだろう?」
「…………。」
篠ノ之束がISを開発したことで、社会は女尊男卑が当たり前となった。
陽の当たる世界では、それは大した影響ではないかもしれない。
しかし社会の裏ではきっと、雄という生き物は様々な非人道的手段で虐げられているのだろう。
ましてや。
それが裏の世界で生きる
男女平等を実現する方法は、大きく分けて二つ。
一つはISそのものをなくすこと。
だがこれは現実的ではない。それは世界を敵に回すことと同義だからだ。
もう一つは、男女が互いに釣り合うこと。
性別を問わずISが使えるとなれば、女尊男卑は根底から崩れ去る。
おそらく、全世界の人間は後者を目指しているだろう。
………ハーウェイもそのうちの一つ、ということか。
「とはいえ、そこまで深く考える必要はない。君だって学園の生徒になれば、私達からのバックアップを全て拒否することもできるのだからね。
協力するもしないも君の自由なんだ。悩む時間は三年。その間に答えを出してくれたら、それで構わない。
手続きは全てこちらでやっておく。
君は年相応に、学園生活を楽しんでくるといい。」
そうして白衣の男は小さく、穏やかに笑った。
ハーウェイが何を考えているのか、何を隠しているかは知るよしもない。
けれど―――その笑みだけは、心から信じてもいい。
ふと、そう思った。