秘書艦足柄と提督の秘密 作:d1199
秘密と言う物は、実に厄介な物で御座います。
『えー、やっだー、うっそー、まっじー?!』
井戸端会議レベルの物から
『記憶に御座いません』
シャレに成らない物まで、実に幅広い秘密が、日々世間を賑わせております。
なぜ人は秘密に引き寄せられるのか。
考えてみますと当然の事でありまして、誰もが知らない事は、希少価値に成るからであります。
『他人の秘密? そんなんキョーミねーよ』
こう言うストイック男子でも、女の子の秘密と言われれば、視線が泳ぐ事うけあい。
それはさておき。
この様に、人を引きつけてやまない秘密でありますが、この世には知ってはならない秘密という物も御座います。
それは、権力と大金が渦巻く陰謀。
有名どころは、JFKやダイアナ妃ですが、これらは決してフィクションではなく実際に存在するのであります。
シャレになりません。
下手に探ろうと思えば。
『We Kill You.(お前を殺す』
そしてそれは、闘う為に生まれた艦娘たちとて例外ではないのであります。
彼女たちを待ち受ける知ってはならない秘密とは。
舞台は、私どもの知る日本とは、時間的にも空間的にも異なる、古めかしい感じのする日本で御座います。
その日本の何処かにある鎮守府を、颯爽と征く艦艇がおりました。
その者の名は足柄。
一見華奢な体つきですが、その身の熟しに隙は無く、迂闊に触れれば怪我をしましょう。
ですが、海の彼方より吹く潮風に長い髪をなびかせれば、誰もが目を奪われる。
そんな艦娘〈むすめ〉で御座いました。
さんさんと輝く正午の太陽も、霞まんばかりであります。
「今日も暑くなりそうね。よーし、今日の食事当番〈カツカレー〉は気合いを入れるわよ!」
足柄が向かったのは、厳めしい鎮守府の、最も上階にある提督の部屋であります。
最も厳めしい部屋で――訂正致します。
厳めしい部屋でありました。
この言い直しの意図するところは、過去形であります。
最近着任したばかりの提督はらしくなかった為に、部屋の雰囲気も、らしくなくなってしまったので御座います。
ご覧下さい。
クロスの掛かった洋風テーブルに、やけに難しい漢字の書かれた掛け軸と、随分と賑やかです。
和洋折衷と言えば聞こえは良いですが、艦娘達の趣味がおり混ざるカオス状態とも言えましょう。
「失礼しまーす」
勝手知ったると言わんばかりに足柄が、その部屋に現れました。
比較的カオスでは無い執務机で、書類に目を通す提督は、彼女を一瞥するのみで御座います。
愛想がありませんが、いつもの事だと彼女は気にもしません。
「はい。これ。演習の報告書」
「ご苦労。そこに置いておいてくれ」
「……」
「……」
「今日も暑いわねぇ」
「そうだな」
「……」
「……」
「ねぇ。提督。今日の食事当番は私なんだけど、リクエストはある?」
「何でも良い」
「……」
「……」
「精の付く物が良いわよね。提督ってお世辞にも丈夫じゃないし。カツカレーとかどう?」
「任せる」
「……」
「……」
只でさえ細身で色白の提督は、激務続きもあり、お世辞にも顔色が優れません。
「折角のお誘いだが皆で楽しむと良い。さ、こんな所に居ないで早く戻れ」
足柄は、困った物だと言わんばかりに、乱れてもいない長い髪を何度も整えます。
「捻くれてるというか、なに? 皆に遠慮してるの?」
「上官には、部下から嫌われると言う仕事もある。が、実際のところ手を離せない」
「まったくもう。仕事なら無理にとは言わないけれど、余り袖にする様なら強引にでも引っ張り出しますから」
「気をつけておこう」
疲労困憊の身体に張り詰めた精神。
そんな提督に僅かな笑みが差したのを見て、足柄も漸く納得した様で御座います。
ところが。
「あら? それって提督が持ってきた物?」
机の上に置かれた提督の肘、その脇には『太平洋戦争の真実』そう題された書物が、置かれていたのでありました。
「オープンゲート」
提督がそう言うやいなや、彼の背後が黄金色に光り出します。
黄金の水面といえば形容として適当でありましょうが、実に何とも不思議で幻想的な光景です。
ゲートオブバビロン! と叫びたくなる程であります。
足柄が面食らっている中、提督はさも当然の如く、その書物を放り投げました。
立った一つの波紋と共に、本も黄金の水面も消え失せました。
足柄は、流星群でも見たかの様に頬を高揚させております。
「それが神様から貰った特典? アイテムボックスって言うんでしょ? こんなに綺麗なモノだとは思わなかったわ」
「誰にも言っていないだろうな」
「言ってないわよ。言ったって変人扱いされるだけだし」
何故足柄より若い人物が提督なのか。
何故この様な特殊能力を持っているのか。
何故この世界には存在しない書物を持っているのか。
神・特典
賢明なる皆様ならば、この二言で想像が付きましょう。
詳しくはまた別の機会に。
「ふと思ったのだけど、それに武器を入れて敵地に乗り込めば楽勝じゃない? 容量に上限はないんでしょ?」
「それでは意味が無いんだ」
「意味が無い? どういう事よ」
「知らなくて良い」
「直ぐそれね。提督だけ未来を知ってるなんてズルいと思わない?」
「真実を知る事が必ずしも良い事では無い、とだけ伝えておく」
「難しい事を言って、誤魔化そうったって、そうはいきませんから」
「いつになく食いつくな」
「当然よ。なんたって私たちの未来に関わる事なんだから」
「事が事だけに、簡単には教えられない。が、足柄の言う事ももっともだから勝負で決めよう。足柄が勝てば教える」
「良いわね。それ。受けて立つわ!」
「これから俺は軍令部に向かうが、」
たちまち嫌そうな顔をする足柄でありました。
ですが、社長・専務などの役員との面談を好むサラリーマンも、そうは居ないでありましょう。
「私は随伴?」
「隣の部屋に書類があるからそれを処理してくれ。できるか?」
随伴と聞いて嫌そうな顔をし、行かずに済むと聞いて嬉しそうな顔をし、できるかと聞かれて不愉快そうな顔をする、実に多彩な艦娘〈むすめ〉であります。
「書類処理ぐらい簡単ですわよ。馬鹿にしないで頂けます?」
「では任せるが、誰にでも向き不向きがある。無理はするな」
「ご心配なく。貴方のお眼鏡に適って秘書艦をやっている以上、貴方に恥は掻かせられませんから」
「足柄は随分弁が立つ様になったな」
提督が残していった台詞には喜怒哀楽の喜が混じっておりました。
そのせいでありましょう、一度は捩れた足柄の機嫌も直っております。
「まったく。能力に不満は無いけど、頭脳労働が苦手だと思ってる節があるのよね。あの提督は。こうなったらバッチリ仕上げて目に物見せてくれるんだから!」
◆◆◆
艦隊戦決戦と言えば海軍の華であります。
果てなど無いと思わせる様な大海原を、鋼の船体が隊伍を組み航進し、艦砲射撃を行えば、その威力の余り大海原が悲鳴を上げる。
それの是非はさておき、誰であろうと圧倒されるのは間違いありません。
ですが、少々お待ち頂きたい。
艦砲射撃には、砲弾もそれを撃ち出す薬包〈=火薬〉も、必要なのであります。
そして残念ながら、艦艇のみでそれらを賄う事は叶わないのであります。
少々回りくどくなりましたが、彼女ら艦艇にとって、兵站つまり補給は、戦闘に匹敵する程に重要なモノなのであります。
ボーキサイト・ネジ・バケツ。
細かいモノを数えればキリはありませんが、これらが無ければ如何に弩級戦艦大和とて、ただの鉄の塊に成り果てて仕舞うでしょう。
突然ですがここでクイズであります。
艦隊戦を象徴するモノが砲弾ならば、兵站を象徴するモノとは?
ご推察の通り、泣く子も黙る事務処理で御座います。
納入伝票・注文書・予算申請書・請求書。
長机の上に積み上げられし物は、紙束・ノートの山と山。
「うげ」
飢えた狼とまで賞された流石の足柄も、腰が引けております。
「あらいやだ。私とした事がうげなんて、はしたない。オホホ」
その部屋に居るのは、勿論足柄のみでありますが、それを指摘するのも野暮という物で御座いましょう。
えいやと勇気を奮い起こし足柄が掴んだ伝票は、壱の束。
「……えーとなになに?」
この手の仕事を要約すれば、今までに幾ら使ったのか・これから幾ら使うのかを、知る事にあります。
その為にも、多数の業者と交わす金額つまり伝票を、まとめなければなりません。
大雑把に言えば足し算です。
「この伝票の束は、重油の請求書なのね。ひぃふぅみぃ……なんてこと。金剛型は六四〇〇トンも使うなんて。それに対して我が妙高型は二二〇〇トンとなんて慎ましいのかしら……あら? 高雄型は二三〇〇トンで、龍驤は二九〇〇トン? 胸の大きさと燃料タンクって関係ないんだわ。っていけない。お仕事お仕事」
たかが足し算と侮るなかれ。
足され足す数字が、数十・数百・数千も在れば、たかがで済まないのであります。
勿論、計算ミスは許されません。
表舞台に立つ事はありませんが、経理の方はもっと敬意が払われるべきと、思う次第であります。
「これ"7"か”9”かどっちよ! もっと綺麗に書きなさい!」
現代と異なり全ては手書き。
「願いましては~足すことの~」
電卓など在ろう筈も無く、計算にはそろばんで御座います。
十分過ぎ・二〇分過ぎ、そして何時しか。
窓から差し込む日の光が、昼から夕に変わっておりました。
「お、終わった……」
やかましい蝉の鳴き声・突き刺す様な太陽の光。
幾多の障害を乗り越え、足柄は今完遂したのであります。
「やった! やったわ! 私はやり遂げたのよ! 本日この日を以て足柄はデキる艦娘に成ったんだわ!」
デキる艦娘〈おんな〉、なんと素晴らしい響きでしょう。
天にも昇る心持ちとはこの事か。
ところが・But・だがしかし。
長机に積まれていた伝票の束が、バサリバサリと突然崩れ落ちたのであります。
まるで余韻に浸る足柄を、嘲笑うかの様。
「えっと」
しばらくの沈黙の後、足柄はその手にある伝票をじっと見ました。
その次に、崩れ落ちた伝票を見ました。
もう一度手にある伝票を見ました。
その伝票を掴む手もその伝票も、インクで汚れております。
それは激しい戦いを経た証でありますが、それに対し崩れ落ちた伝票のなんと美しい事でしょう。
まるで新品同様ではありませんか。
余りの事態に足柄は、理解が追いついていない様であります。
その”追いついていない”加減は、ボケが零れる程。
「おや。これはどうした事だ。我が手に有る伝票は、処理済みという勝利の証。ではこの長机から崩れ落ちた伝票の束は、いったいなんぞ?」
ポクポクチンと推論が終了すれば、端正な顔が青ざめていきます。
この心象は、『これはメラゾーマではない。ただのメラだ』と勝ち誇られた事と同義に違いありません。
「あ、あれだけ頑張ってたったのこれだけ?」
その無慈悲な結論に、ふらふらと彷徨い始めるのみで御座います。
秘書艦足柄の未来はいずこ。