秘書艦足柄と提督の秘密   作:d1199

3 / 3
後編

 戦闘開始であります。

 戦闘とは準備の結果に過ぎないと織田のノブさんが言っておりますが、かと言って満足のいく準備がいつもできるとは限りません。

 足柄が相対するのは、そう言う分の悪い戦いでありました。

 ですが、妙高〈おねえちゃん〉という強力な助っ人〈プロジェクトマネージャー〉を得たならば、百人力です。

 ご覧下さい。

 艦娘達の獅子奮迅ぶりを。

 立ち直った足柄の旗艦ぶりを。

 まずは電。

 

「数字を写して線を敷いて確認。また数字を写して……」

 

 足柄は、地味なれど着実な電の姿に、感心しきりであります。

 

「電。はい、お茶。電はこういうのが得意なのね」

「この伝票さんには、皆さんの気持ちがこもっていますから。一生懸命やらないと」

「なんて可愛いのかしら!」

「はわわっ!」

 

 続いて暁。

 

「この○△商事の書類は多いし字が汚いし! この暁が死ぬ程頑張ってるのに書類の山は全く減らないじゃない! ぷんすか!」

「初春・若葉と初霜を送るからそれで何とかして」

「なのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃ」

「この初春、壊れてない?」

「初春型は繊細〈トップヘヴィー〉だったーっ!」

 

 お次は木曾。

 おっぱいの付いたイケメンと名高い流石の彼女も、いつもと勝手が違う敵に手を焼いている様子。

 夏の暑さも加わって、マントの中の肢体は汗でびちょびちょであります。

 白い制服が濡れ、肌に張り付く様は、風鈴の音に匹敵する夏の風物詩に違いありません。

 

「ねぇ、木曾。そのマント脱いだら?」

「代わりに服を脱ぐ」

「それはだめ!」

 

 まくれ上がったセーラー服の裾。

 それが落とす影からチラリと見えた南半球は目の毒でありましょう。

 龍驤はと申しますと。

 

「この書類まちがってるわよ。物品購入許可申請にブラがあるじゃない」

「小さいだけや! 小さいと無いは違うから!」

 

 お前は泣いて良い。

 最後は雷。

 

「みんな! お夜食持ってきたわよ! 沢山食べて! 食べて!」

「カレー・八重歯……ライバル!?」

 

 なんと士気の高い事でありましょうか。

 タイトル候補は、【絶体絶命最終防衛ラインを死守せよ!】とか【大波乱! 鎮守府の大整備!】が適当と存じます。

 きっとデイリー任務。

 

「やってられるかーーっ!」

 

 事務所と化した食堂の片隅で、KYと化したのは摩耶でありました。

 突然の事で、皆様はさぞ驚きでありましょうが、摩耶には摩耶の事情があるので御座います。

 伝票の束が宙に舞う理由はチェック担当高雄のダメ出し、インクだらけの手は苦難の証、慣れない仕事の心労押して測るべし。

 

「あたしは艦艇なんだぞ! 海を走って敵を倒す事が使命なのに、なんで事務処理なんてしなきゃならねぇんだ!」

「摩耶。うるさいで」

「あれを見やがれ! 龍驤! 栄光ある艦娘が、机の下・椅子の上・部屋の片隅に、インクまみれで寝転がる無様な姿を! 散っていった仲間達に顔向けが出来ねぇ!」

 

 一隻も撃沈はされておりません。

 念の為。

 

「足柄だって分ってんだろ! こんなのは艦艇の仕事じゃねえぜ!」

「摩耶のバカ! 摩耶には皆が見えないの!? 辛くても苦しくても支え合って、必死に闘っている皆の姿が!」

 

 足柄の指の先には、もう動かなくなってしまった姉妹たちに、黙祷を捧げる響の姿があったのです。

 

「暁・雷・電。大丈夫だよ。私は一人でも。なんといっても不死鳥だからね」

 

 響が伝票の束を掴む姿は、悲痛以外なんと言えましょうか。

 足柄は今にも泣き出しそうでありました。

 

「これが戦いじゃ無いと摩耶は言うの?!」

 

 それは、摩耶がツッコミを入れるべきか躊躇う程の、勢いでありました。

 

「摩耶! 見てなさい! これが私たちが挑んでいる戦いよ!」

 

 その量は両手に一抱え。

 異を唱えた摩耶とて、数多の書類を乗り越えてきた艦艇〈=猛者〉ならば、その無茶を見抜く事など、造作もありません。

 

「足柄! その量は無茶だ!」

「この身体には皆の思いが詰まってるの! だから無茶なんてあり得ないわ!」

 

 足柄と摩耶の間に流れるのは、パチパチと言うそろばんの音と言う緊張のみであります。

 そして、それを破ったのは龍驤でありました。

 

「せやな。足柄の言う通りや」

 

 彼女もまた伝票の束をどっさり抱えたのであります。

 

「乗りかかった船や。最後まで付き合うで」

「あー、ったく、よー」

 

 ぶつくさ言いながらも、戦闘に戻った摩耶が向かうのは、伝票の山です。

 脇目も振らない龍驤でありますが、喜びは隠しません。

 

「摩耶も調子が戻った様やな」

「中途半端は大っ嫌いだからな」

 

 三人がパチパチ鳴らすそろばんの音は、今死兵の行進曲と成ったのであります。

 

「まずい! どう見ても時間が足らへん!」

「クソが! せめてもう一隻在れば!」

「諦めないわ! 最後の最後まで! 絶っ対に!」

 

 ここで終わりなのでありましょうか。

 皆の犠牲は無駄に終わってしまうのでありましょうか。

 いえ、奇跡は起るのであります。

 奇跡とは仲間の事でありますから。

 がらっと開いた扉から現れたのは、最後の艦娘でありました。

 

「ども、夜分遅くに恐縮です、青葉ですぅ! デスマーチと聞いて取材に参りましたー」

「「「道連れ〈なかま〉確保ーーーーっ!」」」

「青葉も激務ですぅぅぅぅぅぅーーーーーっ!」

 

 

◆◆◆

 

 

 時間がもどかしいとは、この事を言うのでありましょう。

 物音一つない部屋で、足柄が緊張に包まれている中、妙高は書類を精査しております。

 それは、疲労を超越した達成感と早朝の清々しい空気が、混じる少々幻想的な時間でありました。

 妙高は黙ってはんこを押すと静かに笑ったのです。

 夜が明けた瞬間でありました。

 足柄の顔にも明みがさします。

 

「妙高ねえさん。なら」

「ええ、合格よ。それも文句なしの。頑張ったわね」

「皆のおかげよ」

 

 ブロロと言う自動車の音が二隻の元へ届きます。

 

「早速提督に突き出してくるわ!」

 

 書類の束をむんずと掴み駆け出し始めた足柄は、どうした事かピタリと足を止めました。

 長机に向かう妙高は、窓から零れる朝日を背後に浴びたまま、微動だにしません。

 

「姉さん?」

 

 足柄で無くとも、様子がおかしいと思うのは当然でありました。

 

「さ。早く行きなさい」

「でも」

「行きなさい足柄。貴女が選んだ戦いなら最後までやり抜きなさい」

「……私、行くわね」

 

 妹の背中を見届けた妙高の身体は、力なく机の上に崩れ落ちたのであります。

 

「最後の日とは、今日の事だったのね。でも、もう、心残りはない……すぴー」

 

 妙高撃沈〈=寝落ち〉。

 

「どう?! 完全大勝利でしょ!?」

 

 足柄は手を胸元に添え鼻高々、それは見事な勝利宣言でありました。

 鎮守府でもっとも大きな執務机に向かう若き提督は、目に隈を作りながらも、ペラペラと書類を確認していきます。

 

「……」

「……」

 

「……」

「ぐうの音なら聞いてあげますわよ?」

 

「提出書類の頁ごとに筆跡が異なる理由は?」

「皆でやったの! 問題ある?!」

 

「問題ないな」

「え?」

「足柄一人で、と言う条件は出していないから。この勝負は足柄の勝ちだ」

 

 本が仕舞ってあった場所は、アイテムボックスでは無く、机の引き出しでありました。

 どうやら、足柄が達成すると提督もまた判断していたようであります。

 ”太平洋戦争の真実” そう題うった本を、提督は、机の上に置きました。

 

「ここに足柄が欲した未来が記されている。好きにすると良い」

「いいわ。そんな物」

 

「いい? それは要らないという意味か?」

「ええ」

 

「知りたかったんだろ? 急になんだ」

「嫌なんでしょ? 私が知る事が」

 

「……どういう風の吹き回しだ」

「あのですわね。貴方の秘書艦は、その秘密が単なる嫌がらせなのか、それとも辛い思いをしてまでも秘密にしている事なのか、それ位分りますわよ」

 

「なら、なぜ勝負を受けた」

「完遂すれば私がデキル艦娘〈おんな〉って証になるじゃない!」

 

 なるじゃない・なるじゃない・なるじゃない。

 執務室の何処かに木霊が要る様子。

 

「……」

「黙りこくって何よ! 文句があるならいってみたら!?」

 

「いや。感心というか少し自信が付いた」

「自信?」

 

「自分に見る目があった、ってな」

「見る目?」

 

「そう。気が張る仕事にあってその明るさは助けになる。気配りができて美人となれば――」

「うにゃーーーーっ!」

 

「足柄を選んだ俺の眼に――」

「うにゃーーーーっ!」

 

「だから――」

「うにゃーーーーっ!」

 

 

 足柄は、へっぴり腰で、両手を慌てる様に上下させております。

 狼だと日頃誇っておりますが、攻められると弱いタイプやもしれません。

 

「あのな」

「そ、そ、そそそs! それはそうと事務処理今まではどうしてたのよ!」

「ゲートオープン」

 

 しかたねーなーと言わんばかりのため息を付いた提督が、アイテムボックスから、取り出したのは薄い箱でした。

 

「なによそれ」

「スキャナー」

「すきゃ?」

「文字を読み取る機械だ」

 

 次に取りだした物も、薄い箱でした。

 

「それは?」

「タブレットPC」

「たぶ?」

「そろばんが遙かに進化した機械と言えば分るか?」

 

 最後に取り出したのはケーブルであります。

 

「……それは?」

「USBケーブル。この二つを繋ぐ部品だ」

 

 もうおわかりでありましょう。

 提督は伝票処理をパソコン処理していたのであります。

 

「いつも、それで、あっさりと?」

「そう。このために持ってきた物では無いんだが、予想外に役に立っている。地味な事務処理なんて時間の無駄だからな」

 

 "時間の無駄だからな" それは破滅の呪文。

 

「……」

「目が据わってるが、どうした?」

 

 

◆◆◆

 

 

 他者に知られて困らない秘密は、秘密ではありません。

 今回の場合は、皆が苦労している中、一人のうのうとしている事がバレれて困るパターンでありました。

 では何故提督は、バレてしまったのでありましょうか。

 それは緊張感の欠如であります。

 人間とは慣れる生き物でありますが、皆々様もうっかりには十二分にお気を付け下さい。

 慢心、ダメ、絶対。

 ところで。

 

「待ちなさい! それは没収します!」

「だめだ! これは軍事機密だ!」

 

 PC・スマホ・タブレット。

 お手持ちのそれに入っている画像ファイルの秘密レベルは、如何ほどでありましょうか。

 

「そんなインチキは雷撃処分が順当よ! それとも何! いかがわしい物でも入ってるの!?」

「何も入ってない! そんなモノは持ってない!」

 

 ”ピクチャフォルダ”

 この中身を嫁艦に曝せる猛者は、世界広といえどもそうは居ないでありましょう。

 

「だったら渡しなさい! 何見ても怒らないから!」

「そう言って怒らなかった事例は、古今東西一度も無い!」

 

 かく言う私めは、トップシークレット待ったなし。

 

「やっぱりあやしぃーーー!!!!」

 

 

 

 

 

おしまい。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。