魔王だからやられるために彼を主人公に育てたら恋愛ゲームの主人公みたいになってしまいました 作:茶蕎麦
そしてパンツ、パンツです!
私は空を飛べます。もっとも鳥さんのように羽がないので、邪道にも魔力で引力に対抗してふわふわと浮いてから創った風に乗って飛んでいくばかりなのですね。
でもまあ、こんなの私みたいなバカ魔力でもなければなかなか出来ないことでしょう。
だから、私は一人誰とも目線合わないところにて、ゆっくりと蒼穹に抱かれることを楽しめるのです。
あ、カモさんみたいな鳥さんが上を過ぎていきました。あのV字の編隊ぶりはなんだか格好いいですね。
「うーん。気持ちいいです!」
思わず、私は地に足も付けないままふわふわと伸びをしました。おっと、急に動いたせいで空を漂っていたトンビみたいな鳥さんを驚かせてしまいましたね。いけません。
まあ、こんな風に安心してしまうくらいには、高いところは大好きです。
だから、公務といいますか、どこぞのお偉方とお話をした後で緊張した気を紛らわせるのに、お空の散歩をするのは存外よくあることでした。
そういえば、空を飛ぶと言えば、アルトナの前王が創ったのだという空飛ぶ乙女のお話は面白かったです。
ずっと前からその存在は知っていたのですが最近エイガナ語に翻訳されたものが出回ってきて、私もようやく手に入れることが出来たのですよ。
いや主人公の子が銀髪なところとか、親近感が溢れちゃいますね。全体的にとても写実的なお話でしたが、誰かモデルとかいたのでしょうか。気になるところです。
「先王のお名前は確か、エドモン君でしたっけ。やんちゃな子でしたねー」
最近のことは正直なところ今ひとつのぼやぼやなってしまいましたが、少し昔のことであるならば、つい先日のことのように思い出せるものです。
エドモン君とは、確か世界を滅ぼそうとしている的な団体が潜んでいると聞いた私が、髪を魔法で染めて子供として当時断交していたアルトナの城下街に潜り込んだ際に初めて出会ったのでしたね。
きゃっきゃとお子様ロールプレイングを楽しみすぎて、大人たちに囲まれた彼にぶつかった私に、やんちゃにもエドモン君は切りかかってきたのです。
まあお子様の癇癪なんて簡単に撚ってあげたのですが、それがどうにも気に食わなかったようで、いや何度も挑まれましたね。
実は件の悪の組織が子供達が創ったデマだったということを知るまでアルトナに滞在していた私は、それこそ両手で数え切れないくらいにエドモン君と遊びました。
最初は剣で。それが駄目なら魔法で。そうして飽きた私が語りかけるようになったら、次第に彼も大人しく子供らしい遊びに付き合ってくれるようになったのですね。
泥んこのエドモン君は、最初の俺様系振りからしたら、中々魅力的に感じるようになりましたが、しかし自国の危機を聞いたら私も黙ってはいられず、泣く泣く帰郷を果たします。
いや、私手製の祭太鼓が壊れてエイガナ建国祭のピンチだ、と言われてしまえば別離に潤む少年の瞳もなんのその。新しい太鼓の革はドラゴンさんがいいかなと思いながら正体がバレるのも構わず変身を解いて、空を飛んで帰ったのですね。
これも五十年くらい前のお話になりますか。懐しいものです。
「エドモン君とはそれっきりですが、彼が健在の内に、一度は再会してみたいものですね」
「んー? エドモンって、ひょっとしてー、お隣の国の紙幣に描かれている人のことー?」
「あ、そういえばそうですね。エドモン君の肖像は一番おっきな単位のものに使われているのだそうです……って、わわっ!」
そんなこんなを想起しながら、うんうんと頷いていた私に質問が。それに疑問も思わず答えたところでしかしバカな私にもようやくクエッションマークが。
空を飛ぶ。それは基本的には鳥さんの得意。人間でそれを出来るのは私以外にいないはず。
ですので、私は理解出来る言葉がこの空高くに届いたことにびっくりしたのですね。けれども、下方からふわりと上がってきた見知った容姿の彼女はのほほんとした表情を変えずに、首を傾げるのでした。
「んー? どうしたの、魔王様ー。何かびっくりすることあった?」
「あの、その、私以外に空を飛べる人がいるなんて、びっくりしてしまいました!」
「そーなんだー。でもあたし、昔から空飛べるよー?」
「それは知りませんでした……流石はアイリスさん。僅か齢十にして特待でエイガナ国立学校に入学した才媛というだけはありますね……」
小柄な私よりは少し大きい、けれどもいかにも幼気な容姿のアイリスさん。
幼いながらも、アイリスさんは逸した魔法使いではあります。なんか私謹製のスカウターが壊れてしまうくらいに凄まじい魔法力を誇るようなのですね。
もっともあのスカウター、私やバジル君を調べてもボンボン壊れてしまうのであまり役に立たないのですが。一般的な力なら小数点以下まで数値化可能なのですけれど。空想のモノを魔法で無理に現実化したが故に脆いのですよね。
しかしまあそれはつまり、魔王やその四天王の一角の魔法使いとアイリスさんの魔法の才能がほぼ同等である証拠でもあります。確かに、彼女なら気軽に空を往けるのも頷けますね。
けれども、こうして見るとアイリスさん空を飛ぶやり方は面白いです。彼女はただ魔法の力を渦にしてそれに乗っているばかり。私のやり方とは随分違うのですね。勉強になります。
と、彼女はぼさぼさ長髪を気にも留めずに、しかし先の私の言葉に気になるところがあったのか、首を傾げて言います。こてり、と小さな顔が右に倒れました。
「んーん。今あたし、ここのつだよー?」
「九歳! なんとアイリスさんは一桁でしたか!」
「だよー。魔王様はー、三桁だから凄いよねー」
「改めて聞くと私、凄いおばあちゃんですね!」
小さな彼女のお口から語られる事実に、私は戦慄を覚えます。いや、実際おばあちゃんどころじゃありませんよね。それこそ桁違い、として私は全世界の生き物の上に年を重ねています。
それは魔王なんて神話生物扱いもされる筈ですよ。寂しいので出来れば平均寿命をもっと上げたいところですが、流石に数百私と年月を重ねてくれる方はいらっしゃらないでしょう。
きっと、それはこのお空まで付いてきてくれたアイリスさんだって一緒。思わず嘆息しながら、私は彼女に向かいます。
「はぁ……流石に生き過ぎというのも困りますね」
「んー? ひょっとして魔王様、寂しいー?」
「それは、まあ……」
「ならー、あたし、頑張るよー」
「はは、期待してますね……」
言葉足らずな私に、しかしお優しいアイリスさんは頑張りのポーズで応えてくれました。
多分、私のどうでもいい真意なんて分かっていらっしゃらないのでしょうが、なんとも目の前の愛らしさは私にはとても嬉しいもの。
何となく、私もこれから
「あ、そういえばどうしてアイリスさんは空を飛んでいたのですか? アイリスさんも、空を楽しんで?」
「んー……それはねー……」
そして、私は目を開けているのか閉じているのか不明なくらいには細目のアイリスさんが、どうしてこんな高いところにいるのかようやく気になりだします。
すると、どうしてだか言いにくそうにするアイリスさん。これはどうしたのかと、近寄る私にへにゃりと笑んでから彼女は言いました。
「魔王様パンツ見えてるよ、って言うために来たんだー」
「え? えっと……あぁああっ!」
そして私は一気に紅潮します。それもそうでしょう。何せ今日、私の姿は会食した際のドレスのまま。つまりすーすースカートということです。
更に、悪いことに今日の私はドロワーズを忘れていました。
つまりなんということでしょう。私のしましまおパンツが民の皆様には丸見えだったのですね!
これは、恥ずかしいです!
「うう……穴があったら入りたいです!」
「棺桶に入りたいのー?」
「そういう訳ではないのですがっ!」
ぽやぽやしたままのアイリスさん。その隣でスカートを押えながら騒ぐ私。
穴があったら入りたいと言いましたが、とてもではないですけれどもおパンツを披露してしまった地上の方々のところに直ぐさま向かう勇気は持てずに。
「よしよしー」
「うーっ……」
しばらくは、涙目火照りが治まるまで九歳児に撫ぜられる、三百歳児がお空に漂っていたそうです。
「ノエルー?」
「はぁ。アイリス、助かった」
呼ばれ、母さんと別れて空から降りてきた少女、アイリスを俺は素直にねぎらう。
それも当然のことである。身内のことであるのに、俺ではどうしようもない、それこそ雲の上の事態を何とか出来るのはアイリスしかいなかったのだから。
今回くらいは曲がった性根であっても真っ直ぐにありがたいと思う。
そんな俺の考えを知ってか知らでか、アイリスはマイペースに続ける。
「うんー。流石に、布切れ一枚で都市機能がマヒし続けるのはよくないからー」
「母さんの人気にも困ったもんだ……」
母さんはそれこそ、目麗しい国の母。そして、この国はマザコンでロリコンばかりが集っている。
そんな中で、母さんが魅力的なその、なんだ、ケツを披露してしまったら大混乱が起きるのは自然なこと。
馬車の拍車も止まり、男は望遠鏡を買い求め、ときに女ですら空を見上げる、そんな事態に俺も見上げてばかりではいられなかった。
そのため、母さんと同じく空を飛べる【魔に愛された少女】、【次代】ことアイリスに助けを求めたのだ。
相変わらずぼんやりとしたまま、アイリスは言う。
「魔性、っていうのも困るよねー。あたしはそういうのないからいいけどー」
「……好かれる、っていうのも良し悪し、っていうのは俺も母さんを見て知ったよ」
「あの人多分、魔力なくても凄かったと思うよー」
「……かもな」
美人、綺麗、愛らしい。そんな言葉すら陳腐に思える魅力の塊。
抜けているところ、その他どうでもいいと思ってしまうところにすら惹かれる。
アイドル性、或いはカリスマ、と言いかえても良いのだろう。バカ魔力だけでなくそんな要らないものを母さんは持ち合わせていた。
これで無慈悲な性格だったら、それこそ魔王らしかっただろう。
また、アイリスの言の通り、魔力がなくてもひとかたの人間として頭角をあらわせていただろうことは明らか。とんでもない相手を俺は殺そうとしているのだと、実感する。
と、溢れ出そうになった殺意を抑え込んから俺は誤魔化すように口を開くのだった。
「だが、魔力がなかったらその不死性もなしだ。この国も続いてなかっただろうし、きっと俺もアイリスも出会うことはなかったろうな」
「ねー。だからまあ、仕方ないのかなー」
「仕方ない? 何がだ?」
俺の疑問にどうでもいい路地裏、煉瓦敷きの辺り。そこにふわと風が舞う。
それが、ただアイリスが意を周囲に向けただけ、というのに俺は遅れて気づく。魔王にすら従いきれない自由な魔素すら彼女の意思には従う。
力で従えるのではなく、愛によって報われる。それがアイリスという少女の得意。そんな次に王位を継ぐのではと口さがないものに噂される程の少女は、言う。
「んー? あたしがあの人の次の魔王になるってのも、仕方ないよねー」
そして、アイリスも
何を空で話したのかは知らないが、アイリスは母さんと同等になることに、ようやく踏ん切りがついたのだろう。
彼女に従い、辺りは力が逆巻く。まるでそれは、魔素が身体をぶつけ合う拍手。そんな少女に対する祝福を。
「はっ」
俺は一笑のもとに殺した。
凪ぐ、周囲。ぷくり、と眼の前の少女は頬をふくらませる。
「どうして笑うのー?」
そんな、幼さの愚問。純粋無垢な少女に向けて、俺は誰よりも悪く笑んで。
「言っておくが、あの人の次はないんだよ。――――俺が全てを滅ぼすからだ」
悪魔らしく、そんなことを言うのだった。