魔王だからやられるために彼を主人公に育てたら恋愛ゲームの主人公みたいになってしまいました 作:茶蕎麦
シンシアさん回ですね!
「ごくごく」
うまうまと、白い液体を嚥下し、口元をぺろり。そして私は称賛の声をあげるために口を開きます。
なるだけ内容は簡単で率直な方が良いでしょうね。色白メイドのシンシアへ向かって私は言いました。
「シンシアのおっぱい美味しいです!」
「……もー、シンシアのじゃなくてシンシアの飼っているお牛さんのお乳っすよ? 全く魔王様は言葉足らずなんすから。気をつけるっすよ?」
「そうでした! でもこのおっぱい美味しいです!」
本当に、さらりとしていて甘みがあると言いますか、とても上質極まりないのですね。四天王の一人である大農ロバートが育てている牛さんのものであってもこうはいきません。
ですので、何時もシンシアが朝一番に持ってきてくれるこのコップ一杯のおっぱいには感謝しているのですね。あまりの美味にすっきり目覚める感じがします。
「それにしても、魔王様はおっぱいおっぱいって……赤ちゃんみたいっす」
「むしろ私なんてお婆ちゃんも良いところですけどね。何時も日が出るあたりで起きちゃいます!」
「魔王様無駄に早起きなんすから、それに合わせて乳搾りするのがもー、大変っす……」
シンシアの愚痴に申し訳なく思いますが、しかし年寄りの早起きはどうしようもないのですね。それでも毎日すっと寝起きにおっぱいをくれる彼女には本当に感謝です。
でもそういえば、私がお乳をおっぱいと言うようになったのは、何時からでしたっけ。
ああ、そういえば飼っていたみなしごの馬――二百年近く前ですので付けた名前忘れちゃいました……――が小さい頃に他の馬さんから借りたお乳をあげるときに、おっぱいですよと言うと直ぐ寄ってくるから、というのがきっかけだったかもしれませんね。
そこではた、と動物を飼う大変さを思い出した私はシンシアに問います。
「あ、シンシア。飼っている牛さんのお世話が大変だったら言って下さいね。何時でもお休み取らせてあげますし、なんなら私もお世話手伝っちゃいます!」
「あー……それは大丈夫っすよ。そう言ってもらうだけでシンシアも……その、お牛さんも、もー、大感激っすから」
「そうなのですか?」
イマイチ要領を得ない感じの返答に、私は首をこてんと傾げました。ただ、疑問を呈します。
でもちっちゃな私は何時も見上げてばかりで、エイミーさんにほど近いレベルの巨乳が邪魔してシンシアの表情は中々伺えません。
困らしてしまったかと思っているとシンシアは私に視線を合わせるかのように腰をかがめます。彼女は、透き通るように透明な睫毛が重なるほど深く微笑んでいました。
「魔王様は、もー、シンシアのことなんて気にしないで良いんすよ。何時も通り、楽しく呑気に暮らしてくれてればそれでいいっす」
「お気持ちはありがたいのですが……私だって頑張って日々暮らしてるのですよ? それに、大好きなシンシアのことが気にならないわけないじゃないですか!」
「魔王様は、呑気に判を押すだけの簡単なお仕事をしていた方が面倒がなくて良いんすけどね……あと、シンシアのことを好きって言ってくれるのは良いっすけど、ノエルくん放っといて良いんすか? 学校に遅れちゃうかもっす」
「あ、忘れてました! ノエルー! 朝ですよー、おっきして下さい!」
シンシアの親切な指摘に、驚き慌てる私。そうです。のんびりとしていましたが、そういえばノエルねぼすけさんですので、私が起こさないとですね。
つい、私はシンシアへの質問すら忘れて、とことこ駆け出すのでした。でもノエルの寝所は直ぐそこです、こういう時は住居区間が近いというのは良いですね、と思いながら。
「ノエル、おっきしてますかー?」
「……母さん、大丈夫だ。おきてる」
「んー? 寝てますよ? 毛布剥がした方が良いですか?」
「大丈夫だ……いや、本当に大丈夫ですから止めて下さいお願いします」
「?」
またまたよく分からない言葉を使いながらベッドの上でゴネるノエルに、再び私は首をこてり。
皆なんだかよく分からない、そんな朝の一幕でした。
「ふぅ……魔王様におっぱいの出どころがバレるのは、もー、流石に拙いっすからね……ただ、誤魔化すためにあのクソガキ使ったのはアレっすね」
「じー」
「……はぁ」
今私は、こっそりこっそりシンシアの後をつけています。そろりそろりと、小さな私が物陰を行けば、そうそう見つかるものではないでしょう。
ですので、安心しながら私は定時上がりのシンシアの買い物風景を眺めるのでした。おっと、お尻が物陰から出ないようにしないといけませんね。頭隠して尻隠さず、という言葉がたしかありましたし。
「尻だけ隠してなにしてんだ、魔王様は?」
「シンシア嬢ちゃんのことを見てるみたいだが……あれか? 隠れてるつもりなのか、これ?」
「嘘みたいだろ? この人が我々の国のトップなんだぜ?」
「だがそれでいい」
「相変わらず愛らしいあんよだ……」
むむ。集中していて聞こえにくいですが、周りの喧騒がちょっとうるさいですね。シンシアが果物屋さんと喋っている内容が聞き取れません。
思わず、私は更に身を乗り出してしまいます。あ、とうとうお尻を顕にしてしまいました。スカートひらひらこれじゃあバレちゃいます。と思って慌てたところ。
「ん? 魔王様じゃん。こんにちは」
そこに姿を見せたのは、魔王たる私の直属の部下四天王の一人であるバジル君でした。
あいも変わらず私と変わらぬサイズのボディに可愛らしいお顔。これで坊主頭じゃなければ女の子に見えちゃうところです。
まあそんな可愛い男の子なバジル君の挨拶に、私も笑顔で挨拶を返しました。
「あ、バジル君です! こんにちはです!」
「どうしたんだよ魔王様、こんな街中で。珍しく……はないか。でもこそこそしてるのはあんまりないな」
「いえ、私はシンシアの後をつけていまして……あれ、シンシアは?」
「後ろ」
「後ろがどうしました……あ」
ちっちゃな指先に合わせて身体を向けると、そこにはなんとぷんぷんした様子のシンシアの姿が。
どうしてでしょう、私の隠密は完璧だったはずなのに。つまり、なるほどさすがはシンシアの察知力といったところなのでしょう。さすがは彼女も
シンシアは、柳眉を怒らせ、私を叱りました。
「もー、魔王様……シンシアの後をつけていたんすか? めっ、すよ」
「バレちゃいました! ごめんなさい!」
私はシンシアのその迫力にびくっとしてしまいます。戦闘力的には私のほうが上でしょうが、怒られるのってやっぱり怖いものですね。
こんなことが起きたのは、私の好奇心のせいなのです。蟻の巣を見つけたら指を突っ込んでみるようなところが悪いのですね。反省です。
「はぁ……魔王様、シンシア姉ちゃんのことどうして急に気にしだしたんだ? 前まで、シンシアのすることなら安心安全です、って何するにも放置気味だったのに」
「そこはシンシアも気になるところっすね……何がきっかけっすか?」
「ええと……プリンです!」
「はぁ?」
「本当ですよ?」
「魔王様、あのお夕飯の時って置いておいたとっておき、もー食べちゃったんすか……」
「はい……ごめんなさいです!」
「……なあ俺、もう帰っていいか?」
「ダメっす」
「マジか……」
なんだか二人ごちゃごちゃ言っていますが、たしかにそれは、おやつに美味しいプリンを食べたせいでしょう、そういえばシンシアのお家ってどこでしたっけという疑問が沸き起こったのです。
その牛乳感の強い美味しさからぴーんとシンシアの牛さんを想起したのですね。ならば、その飼い主のシンシアを思うのも自然でした。
「ということで、シンシアのお家に連れてって下さい!」
「どういう流れでということになったかは分からないが……シンシア姉ちゃん、良いのか?」
「まあ、良いっす。ただ、お牛さんについてはトップシークレットっすよ!」
「トップシークレットですか! なんだか格好いいです!」
「粗雑な誤魔化しをするメイドに、雑に騙される魔王……何なんだよこの主従……」
どうしてだか頭を抱えるバジル君に反して、私はきゃっきゃします。牛さんを見れないのは残念ですけれど、お家にお呼ばれというのは嬉しいことですね。
シンシアは中々家族のことに関して話しませんし、楽しみです。
「それじゃ行きましょうか、シンシア、バジル君!」
「あ、そっちじゃないっすよ魔王様。バジルは魔王様が迷わないように手を引っ張って欲しいっす」
「当然のように俺、付いて行くの前提なのな。はいはい、分かったよ……」
そして、私達は和風な屋根を被ったレンガ建築なシンシアの家に行き、皆でおやつをはむはむしたのですね。
素朴な甘味に締めのさっぱりおっぱいが美味しくて、たまりませんでした。また行きたいです。
そういえば、牛さん影も形もなかったのにどうやってシンシアはおっぱいを用意したのでしょう……謎ですね!
オレは、母さん――魔王――がシンシア――怪力無双牛女の四天王――のところでバジル――氷結系最強の魔法使いな男の娘四天王――と遊んだとの話を夕餉に聞いた。
正直、国でも滅ぼす会話でもしてんのかと思えるくらいに一人ひとりが化け物で戦力過多な面子が、茶菓子を食むことばかりに終始していたというあたり、脱力ものだ。
全体平和主義が過ぎる。四天王でマトモなの黒騎士くらいだよなとオレは思う。こう、シリアスが欠片でも残っているのはアイツくらいな意味合いにおいて。
「まあ、アイツも母さんを護る者であるからにはオレの敵ではあるんだがな」
一人に対し依存する全体。好きという感情のみを頼りに生き続ける哀れ。
しかし母さんが創り出しているこの不自然な幸せのゆりかごに不愉快を示しているのは、オレだけだ。そんなのは、とうの昔から分かっていたこと。
それでも、オレは。
「っと」
「っす」
そんなシリアスに再び沈もうとしていたからか、珍しいことにオレは誰かとぶつかりそうになった。
いや、それも当然のことだったか。何しろ相手は
「なんだ牛女か……」
「文句あるんすか、クソガキ」
「あるに決まってんだろ。母さんに変なもん飲ませんな」
「ケッ、もー、これだからクソガキはダメっすね。シンシアのお乳がどれだけあの方の回復に寄与していると思ってんすか?」
「それが分かってるから言ってんだよ。あの人を無理に生かすんじゃない」
丑神の体液。母はそんなものを日常的に摂取しておかないと、もはやあの奔放な全体を保てないほどに劣化している。
もし、彼女が元の形を保てないほどに壊れてしまったとしたら。そんな恐れが現実になる前に介錯をするのが、オレの責務。
そう断ずるオレを。
「――――この親不孝者が。お前が魔王様の息子でなかったらこの場で百回は地獄を見せてやったというのに」
豊穣の白い牝牛は、その金剛不壊の全身から怒気を噴出して断じた。
そこには、何時ものおちゃらけた部分など欠片もない。震えすら許されないその圧力を前にオレは反して笑みを作ろうとし、それすら出来なかった。
仕方なく凍りついた表情をそのまま、オレはくだらない言葉だけを吐き出す。
「……オレは本当の息子じゃ、ないけれどな」
「シンシアは、このシンシアの名前を貰ったその時からあの人を愛している。――何、あの方が決めた息子っす。嫌いでも、それでも認めることはするっすよ」
そして、最も壊れない身体が、何よりも柔らかなその体躯が、オレを抱いた。
驚きに声も出ないオレに、シンシアは優しく言った。
「――ヒネないでいいっすよ。あんたは、あの人の息子っす」
「っ」
そんな柔らかなオレを認める言葉を、それだけは受け入れられないと逃れる。
「ダメだっ! お前は敵で、母さんは仇で、そして救ってあげないといけなくって……」
オレは自分でも信じがたい言葉を撒き散らしながら、それでも悪くならなければと思った。
「ん……」
「っ!」
だがしかし、唐突に口元に至極の柔らかみ、少女の形の突端が触れたことで一瞬、その全てを熱に忘れた。
「くっ」
けれども、そんなことは許されない。
あっという間に色を失う両親の無念の瞳に、彼らの血を浴びた可憐すぎる少女の矮躯。あの日のそんな全てがオレには許しがたかった。
勢いよく燃え盛る復讐の念に、再び焚き付けられたオレは、弾けるようにその場から去る。
「もー……全く、ガキっすねぇ」
そんな言葉を聞いた覚えに後ろ髪を引かれながら、しかし止まることだけは出来なかった。
オレは、間違っていない。
ヒロイン編は今回で一旦終了。
ヒロインさんを一堂に会した番外を一話挟んで、次からは四天王編です!