自重しない日本国を召喚   作:スカツド

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第1話 赤鬼は泣いているか?

中央暦1639年3月22日午前 首相官邸 オーバルルーム

 

 このヘンテコな異世界に日本国が転移してからそろそろ二ヶ月余りの日々が過ぎようとしていた。

 

「それで? クワ・トイネは約束分の食料を輸出する事が出来ないと言っているんだな?」

「いいえ、違います。輸出することが難しくなってきたと言っているのです」

 

 丸眼鏡のブリッジを左手中指でクイッと持ち上げながら食料産業局の近藤局長は答えた。

 

「いったい何があったんだね、局長? まさか値上げ要求じゃなかろうな?」

「いえいえ、そんな話ではありません。クワ・トイネの西方、ロウリアとの国境が騒がしくなっているようです。正確な数は未確認ですが膨大な兵を集めているのは間違いありません」

「戦争の脅威が迫っているということだな。んで、クワ・トイネに勝ち目はあるのか? 勝てるとしても戦争に注力すれば食糧輸出どころではないぞ」

「残念ながら全面戦争となればクワ・トイネに勝ち目はありません。そして仮にロウリアがあっさり勝利し、彼らと友好関係を結べたとしても食糧輸出再開まで最短で数ヶ月を要するのは間違いないでしょう」

 

 近藤局長はまるで他人事みたいに気楽に言って退けた。まあ、本当に他人事なんだけれども。

 だが、居並ぶ閣僚たちにとっては他人事ではないらしい。苦虫を噛み潰したような顔で互いに顔色を伺い合う。

 やがて火中の栗を拾うように首相が口を開いた。

 

「ロウリア? だっけかな? そいつらに開戦を思い留まらせる事は出来そうかな? なるべく安上がりで」

「極めて難しいと思われます。ロウリア王のハーク・ロウリア三十四世とやらは亜人根絶を主張しているようです。金では動かんでしょう」

「しょうがない、先制的自衛権を行使しよう。それが一番安上がりだ。攻撃プランを策定してくれ。どれくらい掛かる?」

「既にいくつかのプランが出来上がっております。安上がりな順にご説明致しましょう」

 

 ドヤ顔の防衛大臣は顎をしゃくるとプロジェクターを操作した。

 

 

 

 

 

中央暦1639年3月29日夜 ロウリア王国 王都ジン・ハーク上空

 

 王都ジン・ハーク沖五百キロに浮かぶヘリコプター搭載護衛艦いぶきのスキージャンプから発艦したF-35Bは高度五万フィートを五百ノットで飛行していた。

 電子・光学式照準システムEOTSで撮影された映像がいぶきCICの大型モニターに表示されている。

 

「どうですか、先生?」

「これが滑走路ですから…… ワイバーンの厩舎はこれですね。だとすると竜騎士の宿舎はこちらでしょう」

 

 マイハーク防衛騎士団団長イーネがドヤ顔を浮かべながらモニターのあちらこちらを指で指し示す。

 オペレーターはコンソールを操作してマップ上に次々とマーカーを設定して行く。

 

「先生、ありがとうございます。聞いての通りだ。幸いにも今日は少し風が強い。お陰で下の連中は気付いていないようだ。それにもし気付かれても夜だからワイバーンは出てこないと思われる。だが、急ぐに越したことはないな。攻撃を開始せよ」

「了解!」

 

 偵察のF-35Bは上空で旋回を続ける。新たに発艦した五機のF-35Bは目標から三十キロほど手前で二千ポンドLJDAMを二発ずつ投下した。

 

「アレって自分でレーザー照射しないといけないんでしょう? 大変ですねえ」

「まあ、ほとんど機械が勝手にやってくれてるんですけどね」

 

 爆弾が命中するまでにたっぷり五分は掛かる。十発の二千ポンド爆弾は寸分違わぬ精度で命中した。滑走路はズタズタになり厩舎や宿舎も全壊してしまう。

 

 続いて六機のF-35BがMark77七百五十ポンド焼夷爆弾を機外ハードポイントに七発ずつ搭載して軍港へと向かう。

 従来型の焼夷弾は特定通常兵器使用禁止制限条約の附属議定書の三において文民や人口密集地付近の目標に対して使用することを禁止された。この焼夷爆弾は条約を回避するために作られた物なのだ。従来型はガソリンを主成分としていた。それを灯油に切り替えることで規制を逃れようとしたんだそうな。

 

「焼き殺される方にしてみればガソリンだろうと灯油だろうと関係ないんじゃないのかなあ」

 

 空母いぶきの山南艦長はモニターの中で燃え盛る木造船を見ながら小さく呟いた。

 

 

 

 F-35Bが夜も寝ないで働いている間も護衛隊群はジン・ハークに向けて三十ノットで突き進む。突き進んだのだが……

 五百キロは遠い。余りにも遠い。五千隻近い軍船が集結しているという港に近付くのに九時間も掛かってしまった。

 

 水平線の向こうが夕焼け空の様に赤く染まっている。何だかとっても綺麗だなあ。

 近付くにつれて灯油や木材、さらには人肉の燃える匂いが漂ってきた。

 こいつは辛抱堪らんぞ。って言うか、五千隻の船団は全て燃えちまったようだ。

 護衛隊群はジン・ハーク沖から五インチ砲で陸軍の兵が集結していると思われる辺りにありったけの砲弾を撃ち込む。七隻の護衛艦が用意していた砲弾を全て撃ち尽くした所で作戦完了となった。

 

 

 

 

 

中央暦1639年3月30日 クワトイネ公国 西部国境から二十キロ東にあるギムの町

 

 とっても良く晴れた空の下。OD色に塗られた重機がロウリアとの国境に沿って深い塹壕を延々と掘っていた。

 所々には無理を言って空自から借りて来たVADSが据え置かれ、積み上げられた土嚢で厳重に護られている。

 騎士団長のモイジはその様子をぼぉ~っと眺めていた。

 

「精が出ますな、日本のお方。ところでこれは如何なる物ですかな?」

「ああ、モイジさん。こんにちは。これは…… 二十ミリの対空機関砲ですね。ワイバーン? でしたっけ? あの空を飛んで来る奴を撃ち落とすために置いてあるんですよ。でも、射程が千二百メートルあるし威力も凄いですから敵の歩兵や騎兵なんかも蜂の巣…… って言うか、ミンチにできますね」

「そ、そうですか。それは頼もしいですな。当てにしておりますぞ」

「礼には及びません、仕事ですから」

 

 若い自衛官がこれ以上は無いほどのドヤ顔を浮かべる。だが、元ネタを知らないモイジは曖昧な笑みを返す事しかできなかった。

 

 

 

 

 

中央歴1639年4月11日午後

 

 騎士団長のモイジは小さくため息をついた。

 

「ロウリアからの返信はないのかな?」

 

 モイジが魔力通信士の顔色を遠慮がちに伺う。若い男は振り返ることもなくぶっきらぼうに返した。

 

「こっらからの通信が届いていないはずはありません。ですが今のところは何の音沙汰もないですね」

「うぅ~ん。交渉の余地なしか。いよいよ覚悟を決めんといかんな」

「今は日本の方々の力を信じるしかなさそうですね」

 

 

 

 

 

中央歴1639年4月12日早朝

 

 東の空が明るくなり見張りの兵士たちが眠い目を擦る。

 

「定時報告、ロウリアの気配は依然として全くありません。監視を継続します」

 

 騎士団長のモイジは深いため息をつく。

 

「何故だ! 何故奴らは現れんのだ? こんなに一生懸命に準備したというのに!」

 

 不機嫌そうにモイジが喚き散らす。

 きっと泣いた赤鬼もこんな気分だったんだろうなあ。自衛官たちは遠くから冷めた目で見詰めていた。

 

 

 

 

 

中央歴1639年4月22日

クワトイネ公国 政治部会

 

 散々大騒ぎした末に結局ロウリア軍はやって来なかった。

 来なくて良かったね。で済めば話は早い。だが、世の中そうは甘くない。 

 警報が空振りに終わると誰かが責任を取らねばならないのだ。

 会議は初っ端から重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「うぅ~ん…… 軍務卿、ここは一つ泣いてはくれんか?」

 

 卑屈な笑みを浮かべながらが首相カナタは揉み手をした。

 有無を言わさぬ雰囲気に軍務卿は抵抗する気が削がれてしまう。

 いやいやいや、諦めたらそこで試合終了だぞ!

 

「ロウリアが攻めて来ないのならばこちらから攻め込んでは如何でしょうか? 小国と侮っていたクワ・トイネが事もあろうに攻め込んで来る。そんな事をロウリアが捨て置けるでしょうか? 捨て置けますまい! 反語的表現!」

「どうどう餅付け、軍務卿。とは言え、ナイスアイディアかも知れんな」

「しょ、正気にございますか! 首相?」

「何もジン・ハークまで攻め込もうと申しておるわけではないぞ。ちょちょっと行ってぱぱっと挑発してくるだけの簡単なお仕事だよ。敵のプライドを圧し折れば良いんだ。善は急げ。軍務卿、直ぐにやってくれ」

「御意!」

 

 

 

 約五千のクワ・トイネ軍は国境線を越えてロウリア勢力圏を荒らして回る。だが、意外な事にロウリアからの大規模な反撃はなかった。

 

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