中央歴1639年5月15日 〒100-8919 東京都千代田区霞が関2丁目2ー1
外務省は今日も目が回るほどの大忙しだった。
転移後、四ヶ月にも及ぶ懸命の努力の甲斐もなく、国交を開く事が出来た列強国は第二文明圏のムーだけなのだ。
壁に掛かった『目指せ! 全列強との国交締結』のスローガンが虚しい。
本当ならいまごろパーパルディア皇国とも国交が開けていたはずだったのになあ。外務大臣の新見は窓の外をぼぉ~っと眺めながら大きなため息をついた。
短気な馬鹿が暴走したお陰で今やパーパルディアは無政府状態になっちまった。これじゃあ国交どころの話ではない。
だったら復興支援の名目で自衛隊を入れて傀儡政権でも作ったら良いんじゃなかろうか。そんな意見も出た。出たのだが……
自分たちで作った政権と国交を結ぶなんてインチキじゃね? という物言いが付いて流れてしまったのだ。
そんなわけでパーパルディアに関しては政権樹立ガチャを回し続けるしかない。たまたま運良く日本と国交を結んでくれる政権が誕生する。そんな奇跡を夢見て反日的政権が誕生する度に叩き潰す。そんな不毛なリセマラが自衛隊に押し付けられたのだった。
新見は頭を振って嫌な考えを頭から追い払うと壁に貼ってある地図に目を見やる。
今やこの世界に残された列強は第一文明圏の神聖ミリシアル帝国とエモール王国、第二文明圏のムーとレイフォルの四ヶ国だけだ。
第三文明圏のパーパルディア皇国は残念な状態なんだからしょうがない。
ムー経由で得た情報によれば世界最強は神聖ミリシアル帝国らしい。とは言え、自称世界二位のムーは全くもって大した事の無い残念国だった。そうなると世界最強もたかが知れているんだろうけれど。
いったいどういうわけなのかムーはやたらと積極的に仲介してくれている。お陰であっさり国交が開けそうな予感がしないでもない。もしかすると国交を仲介するとインセンティブでもあるのかも知れないなあ。
ちなみにムーは日本から西へ二万キロの彼方だ。先日、やっとこさっとこ国交が結べたアルタラスに空港を作ったとしてもムーの南東にあるマイカルまで一万六千キロくらいはあるそうな。これはボーイング787-9の航続距離の限界ギリギリに近い。ホンの些細なトラブルが命取りに成りかねない距離だ。
何とかして第二文明圏に利用出来る空港を確保しなければならん。そのためににもミリシアルとの国交樹立を急がねば。
一方、エモール王国は人口が百万しかない吹けば飛ぶような小国だ。にも関わらす死ぬほどプライドが高いんだそうな。
面倒臭そうな奴らだなあ。こいつは放って置いても良いかも知れん。ムー、ミリシアル、レイフォルと国交が結べれば放置プレイで良かろう。
新見はエモール王国を心の中のシュレッダーに放り込んだ。
まずはミリシアルと国交。そして滑走路の使用権。マイカル辺りへの空路確保。そしてレイフォルと国交だ。
うん、これが良さそうだな。新見は受話器を持ち上げると短縮ボタンを押した。
神聖ミリシアル帝国の使節団を乗せた『天の浮舟35型』は九州まで四百海里の空を北東へと飛行していた。
速度は百七十ノットといったところだろうか。低空を飛んでいるのでジェット気流の影響も特にない。
「まもなく日本の防空識別圏に入ります。日本国はエスコートのために戦闘機を二機出したそうですよ。先ほど魔信で連絡して来ました」
「日本の領空は領土の外側十二海里しかないそうですね」
「やけに短いなあ。領空の概念が我々とは根本的に違うのかも知れんぞ。機会があれば詳しい話を聞いてみよう」
「それにしても遠かったですねえ。あと二時間が待ち遠しいですよ」
情報局員ライドルカは狭い座席の中で精一杯に手足を伸ばす。外交官フィアームもジタバタと体を動かした。実際問題、エコノミークラス症候群は油断できないのだ。
「本当に遠すぎですよ。何の因果でこんな地の果ての国と国交を結ばなきゃならんのですか? 交易にも不便すぎるし軍事的にも利害が絡みそうもないんですけど?」
「さっき戦闘機が二機来るって言いましたっけ? ワイバーンじゃないってことは飛行機械ですよね。ムーが旧式の中古機でも売ったんでしょうか。どんな骨董品が飛んでくるのか楽しみで楽しみでしょうがないですよ」
外交官フィアームの脳内を複葉で固定脚の帆布張り戦闘機が百ノットくらいで飛び回る。
情報局としても手に入った情報は細大漏らさず伝えていた。伝えていたのだが…… 碌な情報が無かったんだからしょうがない。受け取った資料には人口が一億だとか異世界から転移して来たといった明らかなデマとしか思えない様な話しか書かれていなかったのだ。
そんなわけでフィアームは先入観なしで日本の事を受け入れようとしていた。
「フィアームさん。一切の先入観を捨てて下さいね。頭を空っぽにした方が純粋に楽しめますから」
「解ってますってば。新鮮な気持ちで楽しみましょうね」
「それにしても日本の飛行機械ってどんなんでしょうね。待ち遠しくてしょうがないですよ」
wktkを抑えきれないといった顔の技官ベルーノが話に割り込んで来た。
三人が揃って窓の外を見た瞬間…… 機体から左右に百メートルほど離れた所を灰色の物体が目にも止まらぬ速さですれ違う。その速さはまるで砲弾かと…… いや、砲弾よりも速そうだ。
一瞬遅れて何かが爆発する様な轟音と共に機体がブルブルっと震えた。
「な、なんじゃ? 今のは」
「う、撃ってきたのか? 対空砲でも撃って来たんじゃなかろうな?」
三人は呆然と窓の外を眺める。だが、その飛行物体の正体については見当すらつかなかった。
実はすれ違った物の正体はF-15だった。初見で舐められたくない空自がいろいろと無理をしてデモンストレーションを行ったのだ。
クリーン状態のF-15がマッハ0.8からマッハ2.3に加速しようとするとアフターバーナーを使っても4分半ほど加速しなければならない。これを行うためには搭載燃料を半分以上も消費することになる。
まあ、アフターバーナーさえ切れば残った燃料で千キロ以上飛べるので帰って来る分には問題ないんだけれども。
それよりも大きな問題はミリシアルの航空機がF-15から見れば超低空を飛んでいたことだった。戦闘機がマッハ2とかを出すのは空気の薄い四万フィート辺りなのだ。
仕方がないのでF-15はミリシアル機の二十キロほど手前から降下してマッハ2を維持しつつ擦り抜けるという無茶をやったのだ。
勿論、こんな状態で長時間飛行することはできない。機体の表面温度が上がり過ぎると燃料が沸騰するし風防ガラスにも悪影響があるのだ。
F-15はアフターバーナーを切ると慌てて急上昇して行った。
とは言え、これで終わったら一発芸でしかない。ちゃんと後からF-35も二機飛んで来る。こいつらはマッハ1.2でスーパークルーズが出来るのだ。
F-35は見せつけるように『天の浮舟35型』の周りを行ったり来たり、行ったり来たりする。
「明らかにムーの飛行機械ではないな。どこからどう見てもプロペラが無いぞ。あれは! 機体側面の開口部は空気取り入れ口じゃないのか? ま、まさかムーは魔光呪発式空気圧縮放射エンジンを実用化して日本に提供しているというのか?」
技官ベルーノは呆れるのを通り越して感心していた。
「それにしても無茶苦茶な速さだなあ。天の浮舟と比べるのもおこがましいぞ。時速千キロ以上は出てそうだな」
「さっきからドン、ドンって音が聞こえるでしょう? アレは音速を超えた時に発生すると言われる衝撃波ですよ」
「奴らは超音速で飛行しているというのか? こっちは時速三百キロで飛んでいるというのに。もしかして奴らは阿呆なんじゃないのかなあ」
「実はゆっくり飛ぶ事が出来ないのかも知れませんねえ。だったら着陸はどうするつもりなんだろう。降りられなかったら笑っちゃいますね。ぷぅ~、くすくす」
武官アルパナが茶化すと技官ベルーノも腹を抱えて大笑いした。
外交官フィアームも人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべて吐き捨てる。
「馬鹿な野蛮人どもだなあ。せっかくムーの好意で高性能なエンジンが手に入ったというのに文明圏外国には使いこなすことが出来んのだろう」
「だとすれば我々が技術協力してやることも可能でしょう。ミリシアルの優秀な技術とムーのエンジン。WinWinの関係を結べるかも知れません」
「糞みたいな任務だと思っていたが意外と楽しめそうだな。俺はワクワクしてきたぞ!」
外交官フィアームは五月蝿く飛び回るF-35に熱い視線を送った。
戦闘機に誘導された天の浮舟35型は九州の上空を通って大きな空港に着陸した。
「日本は魔法を使わずにこんな大きな滑走路を作ったのか? ムーの支援があったとは言え、凄まじい規模だな。って言うか、ムーにすらこんな大きな滑走路はないはずだぞ」
「先ほどの超音速機を着陸させるためではないでしょうか? ゆっくり飛べないから長い滑走路が必要になるんでしょうね」
これ以上はないといったドヤ顔を浮かべた技官ベルーノが勝ち誇った様に宣言する。
だが、そのドヤ顔が一瞬にして変顔に変わった。
F-35は急激に速度と高度を落とすと滑走路の端っこで空中停止してしまう。
実は空自に倣って海自もミリシアルに良い所を見せようとF-35Bを用意していたのだ。
「な、なんじゃありゃ~!」
外交官フィアームはあらんかぎりの大声で絶叫する。
耳がキ~ンとなった情報局員ライドルカは顔を顰めた。
天の浮舟35型は誘導に従ってハンガーへと格納される。
想像を絶するほど巨大な建物の中には後退翼に空気圧縮放射エンジンをぶら下げた飛行機械が何機も並んでいる。
そのどれもが天の浮舟35型の二倍、三倍ある様な大型機だ。
使節団が機を降りると日本国が出迎えに来てくれていた。
「遠い所をようこそお出で下さいました。外務省第一文明局参事官の永倉です。どうぞよろしく。よくもまあ、こんな小さな飛行機で一万キロも飛んで来られましたな。さぞやお疲れでしょう」
「外交担当のフィアームです。こちらこそよろしく。しっかし日本の飛行機械は随分と大きいですな。我が国にもこれほど大きな飛行機械はありませんよ」
外交官フィアームは素直な感想を口にした。つまらん嘘を付いてもすぐバレるに決まっている。だったら先に手札を晒した方が気が楽だ。
だが、永倉参事官は図星を突かれたといった風に大げさに驚いた振りをして見せた。
「いやいや。航空機、大きいが故に貴からずですよ。実を言えば国際線が飛ばなくなったお陰で大型機の需要が激減しているんです。そんなわけでリージョナルジェットですか? ああいう小さい航空機に注目が集まっていましてね。ですが、ミリシアルさんが我々の航空機を受け入れていただけるのでしたらムーへの空路も開けます。皆様方には日本の優秀な航空産業をご覧いただき、日本の航空機がいかに安全で快適かをご理解賜りたいと思っております」
「そ、そうですか。それは良かったですね……」
ぐいぐいと詰め寄ってくる永倉の勢いにフィアームは気圧されて若干引いてしまった。
一行は休む間もなく空自の多用途支援機U-4に乗せられるとその足で種子島へ飛ぶ。
たまたま偶然にも情報通信衛星の打ち上げ予定があったのだ。
SRBを四本取り付けたH-IIBロケットが凄まじい炎と轟音を立てて飛んで行く。
「永倉さん。アレは一体どこへ飛んで行ったんですか。いったいどうやって降りて来るんでしょう?」
「いやいや、アレはどこにも降りては来ませんよ。上がったっきりです。まあ、寿命が切れて何十年もすれば落ちてくるかも知れませんけど」
「そ、そうですか……」
そんな物を飛ばして何が嬉しいんだろう。外交担当のフィアームは口まで出かかった疑問を飲み込む。
技官のベルーノだけはその意味に気が付いた。だが、空気を読んで何も言わなかった。