自重しない日本国を召喚   作:スカツド

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第4話 食べろ!鹿煎餅を

 福岡にとんぼ返りした神聖ミリシアル帝国使節団は今度はエアバスA320に乗せられると慌ただしく飛び立った。

 

「先ほどより随分と大きい飛行機械ですな。次はどこへ連れて行ってもらえるんでしょう?」

 

 技官ベルーノは永倉参事官に話しかけた。

 だが、永倉は答えをさり気なくはぐらかすことにする。なぜならこういうのはサプライズ感が大事なのだ。だってどこに行くのか分かっていたら驚いてもらえないんだもん。

 

「これは旅客機としては中ぐらいと言ったところですかね。って言うか、たいていのLCCは機体をB737かA320に統一してるんですよ」

「そ、そうなんですか。では帰りはB737に乗れたら良いですね。とろこで随分と高く飛ぶんですね。いったいどれくらいの高さを飛んでいるんでしょう?」

「うぅ~ん? 見た感じ、二万数千フィートくらいじゃないですかね? 路線や天気次第で臨機応変なんですよ。東京・大阪くらいの短距離だと偏西風にもよるけれど二万四千フィートから三万フィートくらいを飛びますね。だけども近距離だと上昇で使う燃料が燃費向上と比べて割に合わないんでしょう? だったら国際線ならばもっと高く飛ぶと思いますか? ところがぎっちょん! 長距離飛行だと燃料を山ほど積んでるですよ。だから始めは低く飛ぶんですね。例えばアメリカ西海岸に行く旅客機は始めは三万一千フィートくらいを巡航。三万三千、三万五千と上昇して西海岸手前では三万九千くらいまで上がるんですよ。と思いきや、二時間とか三時間くらいのフライトだと最初から軽いんでいきなり三万七千とか三万九千まで上昇して一気に目的地まで言っちゃう事が多いんですね。ちなみに旅客機だって荷物が空で燃料が少ない状態ならば五万フィートくらいまで上がれるんですよ」

「……」

 

 永倉の旅客機の飛行高度に対する熱い思いが伝わったんだろうか。ミリシアル使節団はドン引きの顔で黙り込んでしまった。

 と思いきや、技官ベルーノが急に口を開く。

 

「そう言えば、日本には時速三百キロの高速鉄道があるそうですね。ムーの技術者がやたらと褒めちぎっていましたよ。それには乗せて頂けないのでしょうか?」

「ああ、新幹線のことですね。アレは駄目ですね。駄目駄目です。だって福岡・東京は九百キロも離れているんですよ。新幹線に乗ったら五時間くらい掛かっちゃいます。それが飛行機なら九十分で行けるんですよ。東京・大阪ならともかく福岡・東京なら飛行機の一択ですね。まあ、急に出張が決まったりしてチケットが取れない時は仕方無いですけど」

「そ、そうなんですか」

 

 今回の永倉は飛行機の営業が主な任務だ。鉄オタを敵に回さないギリギリの線で新幹線をディスる。

 そんな説明で納得してくれたんだろうか。ミリシアルの連中は今度こそ本当に黙り込んでしまった。

 

 

 

 羽田に到着した一行はその足でJALスカイミュージアムを訪問する。ここは完全予約制なのだが大人気の施設なので普通は半年先まで予約が埋まっているそうな。

 だが、見学日の一週間ほど前に送られて来る確認メールのタイミングでキャンセルする人もいるらしい。根気よくチェックしていれば運良く予約が拾えることもあるのだ。

 まあ、今回はミリシアルの発着枠確保という重大ミッションが掛かっているのでJALさんに無理を言って割り込ませていただいたんだけどれも。

 ちなみに見学自体は無料だ。これで予約さえ取り易ければ言うことないんだけどなあ。永倉は心の中で小さくぼやく。

 

 受付で首から下げる入館カードを貰う。ストラップの色は全部で十三色がランダムに配られるそうだ。

 

「フィアームさんは赤がもらえたんですね。いいなぁ~、私も赤がほしかったなぁ~」

「それじゃあ私のと交換してあげますよ。ベルーノさん」

 

 ライドルカと換えっこしてもらったベルーノは大満足といった顔だ。

 

 QRコードをエントランスゲートにかざしてエレベーターで三階へ上がる。目の前に展示エリアが現れた。みんなの興奮が最高潮に高まって来る。

 はやる気持ちを抑えて教室へ移動。荷物を席へ置いたら展示エリアの奥にあるお土産物コーナーへダッシュだ。まあ、走ってはいけないんだけれど。とにもかくにも航空教室までの三十分がお土産タイムなのだ。一同はここでしか買えないお土産を買い込んだ。

 

 次に向かったのは衣装体験コーナーだ。ここでは機長やCAの制服を着て旅客機の写真パネルの前で記念写真を撮ることが出来る。

 他にも各種旅客機の座席、マーシャラー体験コーナー、歴代CA制服、VR体験コーナー、B-787のコクピット、エトセトラエトセトラ…… ミリシアルの面々は大興奮の様子だ。

 

 やがて三十分の航空教室が始まる。ここでは羽田空港や機体に関する説明を受けた。

 トイレ休憩の後にいよいよ待ちに待った格納庫の見学だ。一同は案内係の人の後ろに金魚の糞みたいにくっついてM1へと移動する。

 高い所から見下ろす飛行機械は下から見上げるのとは違った風情が感じられた。

 

 成田空港の格納庫は呆れるほど巨大だ。飛行機械が大きいのだから広さが必要なのは理解が出来る。だが、高さはここまで必要なんだろうか。天井までどれくらいあるのか見当も付かない。

 飛行機械の周辺には不思議な形をした専用車両や背の高い足場が立ち並んでいる。

 

「点検は随時行っておりますが、ここでは十八ヶ月ごとに行う十日ほどの整備。それと七年に一度の重整備を行っています。その際は客室内のあらゆる物の撤去はもちろん、塗装まで剥がして機体構造を徹底的に点検するんですよ。一月くらいは掛かりますね。その際にはエンジンもパーツ単位に分解。洗浄、検査、修理、再組み立てしたうえで試運転を行います」

「ほ、ほほぉう。随分と安全性に気を配られておられるのですねえ」

 

 ゾロゾロとM2へ移動する。一同は貸し出されたJALの赤いヘルメットを被った

 格納庫の隅っこにはナセルを外した空気圧縮放射エンジンが置いてある。直径が人の背丈よりも大きなエンジンだ。

 

「この直径二メートルもある大きなファンブレードは一分に二千六百回転もしています。ところが外側との隙間は五ミリしか無いんですよ。チタン製で一枚が一千万円もする物が二十二枚なのでこれだけで二億二千万円ですね。他にも高価な部品が山ほど使われておりますのでこのエンジン一基で八億円くらいでしょうか」

「エ、エンジンってお高いんですねえ」

「エンジン内部にある圧縮ファンは毎分一万一千三百回転もしています。その遠心力は凄まじいんですよ。だから万が一にもタービンブレードが飛散すると大惨事になりかねません。まあ、外側をケブラー繊維で覆ってはいるんですけどね。車や電車が故障しても止まるだけですけど飛行機が故障したら落ちちゃうでしょう? とにもかくにも我が国は航空機の安全性に細心の注意を払っているんですよ」

「そ、そうですか。それを聞いて安心しました」

 

 そんな事を話している間にも目の前のC滑走路では数分おきに飛行機械が離発着を繰り返していた。

 

 

 

 見学を終えた一同は一本道を歩いて行く。なぜならばJALの工場見学では駐車場は使えないのだ。

 羽田空港の有料駐車場も土日祝や夏休み・春休には満車気味なので諦めて歩いた方が早い。って、いったいどこへ向かっているんだろう?

 

「永倉さん。我々はどこへ向かっているのでしょうか?」

「ああ、お次はANAの工場見学ですね。本当はANAの工場見学は平日のみなんですよ。だけども土日には対象パッケージ商品を予約・購入した人限定の見学会をやっているんです。今回はそいつに政府権限で無理やりねじ込みました」

「そ、そうですか。しかし工場見学ならさっき行ったばかりではないですか?」

「いやいやいや、JALとANAは全然違いますよ。たとえば…… たとえばJALのエンジンはGE製でしょう? だけどもANAのエンジンはロールスロイス製なんですよ。知ってました?」

「い、いや。存じませんでしたな」

 

 十分ほど歩くとANAのメンテナンスセンターに到着する。入口の大きなモニターに参加者の名前が表示されていた。受付で予約確認書を見せるように言われる。

 

「え、えぇ~っ。アレって印刷して来なきゃいけなかったんですか。申し訳ない。忘れちゃいました。てへぺろ」

 

 照れ隠しに薄ら笑いを浮かべた永倉が平謝りした。

 入館カードをもらうと開場まで時間を潰す。JALと違ってそれほど展示物は無い。巨大な模型が並んでいるくらいだ。一同は館内のセブンイレブンでANAグッズを山ほど購入した。

 

 部屋に入って航空教室を受ける。お土産のストラップが配られた。機内誌もご自由にお持ち下さいとの事なので遠慮なくいただく。

 

 ようやく待ちに待った整備工場だ。扉を開けて進むと…… 高い! 完全に飛行機械を取り囲む様に組まれた足場が現れた。高さは五階建てくらいはありそうな。こんなに間近で飛行機械が見下ろせるとは思わなかったぞ。興味津々の技官ベルーノは細部まで舐め回すように観察した。

 

 

 

 続いてJAL安全啓発センターを訪れる。ここは御巣鷹山に墜落した123便の教訓を風化させてはならないという思いと、安全運航の重要性を再確認する場だ。

 一同は後部圧力隔壁や後部胴体などの残存機体、コックピット・ボイスレコーダー、ご遺品、乗客の方々が残されたご遺書、事故の新聞報道や現場写真の展示パネルを見学した。

 事故の状況をまとめた映像資料も視聴する。

 

「うぅ~ん。飛行機械、大きいが故に尊からずとは良く言った物だな。大きいが故に一度落ちれば五百名を越える犠牲者を出す事もあるのだ。我がミリシアルも学ぶ所が多いな」

「御意!」

 

 こんな超高度な事を簡単に真似出来るとは思えんのだけれども。技官ベルーノは取り敢えず返事だけは威勢よくしておいた。

 

 

 

国土交通省 航空局 安全部 航空機安全課 航空機技術基準企画室

 

 室長の斎藤は神聖ミリシアル帝国使節団に対して日本の航空機の安全性を説明していた。

 流れているのは航空機の安全性に関する映像資料の数々。その内容は航空会社の研修で使われる物だ。

 日本の航空機がいかに安全化なのかを骨の髄まで教え込んでやらねばならない。そのためには高度な専門知識まで叩き込む必要がある。説明は徹底的なスパルタ式で行われた。

 

 

 

 三日三晩に渡った説明がようやく終わりを告げた。使節団たちの顔には揃いも揃って引き攣った笑顔が張り付き、とっても虚ろな目をしている。

 

「お疲れさまでした、神聖ミリシアル帝国使節団の皆さま。いかがでしたでしょうか? 日本の航空機の安全性に付いてご理解いただけましたでしょうか?」

「さ、さあ。私はもう何が何だかわけが分からなくなって来ましたよ……」

 

 卑屈な笑顔を浮かべた外交官フィアームが小さくため息を付く。

 

「そうですか。残念ながら補習が必要みたいですね。それではこちらの教材を……」

「ま、待って下さい。もう十分です。日本の飛行機械の安全性に関しては十分に分かりましたから。お願いですから飛行機械とは違った話をさせてはもらえませんか?」

「そうですか。確かに少しばかり詰め込みすぎたかも知れませんね。ちょっと息抜きに航空機以外の話でもしましょうか。そうだ、日本には回転翼機というのがありましてね。これの安全性に関する話でも……」

「うわぁ~~~っ!」

 

 とうとう外交官フィアームが喚き出す。情報局員ライドルカと武官アルパナは冷たい目でそれを眺めていた。

 

 

 

 流石にこのままでは不味いと思ったのだろうか。外務省の永倉参事官が戻って来てくれた。

 

「いやいや、申し訳ありませんでした。航空局との調整が上手く行っていなかったようで随分と失礼したようですね。航空安全の説明に関してはスケジュールを全面的に見直しております」

「そ、そうですか。それを聞いて安心致しました。ところで永倉参事官に個人的なプレゼントをお渡しして宜しいですかな? これは我が国で作られた魔導計算機械です。これさえあれば掛け算や割り算の答えを瞬時に導き出す事が出来ますよ。ほら! 便利でしょう?」

 

 ドヤ顔を浮かべた外交官フィアームは紙袋から巨大な物体を取り出した。

 

「これはこれはご丁寧に。よっこいしょういち。意外と重量感がありますね。漬物石の代わりに使えそうですよ」

「重さは十四キロです。計算機械、重きが故に尊からずですよ」

「そ、そうですね。シャープが作った世界初のオールトランジスタ電卓なんて重さ二十五キロもあったんですよ。見てくださいな」

 

 永倉はスマホにシャープCS-10Aの画像を表示させる。

 

「幅が四十二センチ、奥行が四十四センチ、厚さ二十五センチって書いてありますから大きさはこっちの方がちょっと大きいですね」

「……」

「当時の価格は五十三万五千円だったんですよ。こういう物は一割引きくらいで販売しますから総務部長決裁で買える価格だったらしいですね」

「……」

 

 外交官フィアームは不服そうな顔だ。これはプライドを傷付けちまったかも知れん。永倉は咄嗟に頭をフル回転させる。

 

「そ、そうだフィアームさん。見て下さいな、これを。我々の世界で最初の電子計算機ENIACって言うんですけど高さ二メートル五十センチ、幅二十四メートル、重さはなんと二十八トンですよ?」

「……」

「だったらこっちはどうですか? 日本最高速のスーパーコンピューター富岳! 京の跡地に設置するそうですから六十メートル×五十メートルくらいあるはずですよ。ね? ね? ね?」

「……」

 

 もしかして大きい勝負は失敗だったのか? 永倉は頭を抱えたくなった。

 

 

 

 お返しにと永倉がプレゼントしたのはハローキティのキャラクター電卓だった。テンキーがキティちゃんの形、外側のキーはハート形をしている。その外見の可愛らしさにフィアームも大喜びしているみたいだ。

 永倉はほっと安堵の胸を撫で下ろした。

 

 

 

 フィアームは帝国の高度な技術力を見せびらかせば日本が悔しがるかもという微かな望みを持っていた。

 だが、その目論見は儚くも潰える。ただの計算機械をこんなにも可愛らしく飾り立ててしまうとは。日本、恐ろしい国! 何だか自分の持参した無骨な計算機械が恥ずかしくてしょうがないぞ。

 そうだ! 本国に帰ったらミリシアル製の計算機械も可愛らしいデザインにするよう提案しよう。フィアームは心の中のメモ帳に書き込んだ。

 

 

 

 翌日から使節団は日本中を観光旅行というか物見遊山というか…… 視察して回った。

 首都圏外郭放水路、東京湾アクアライン、野辺山の四十五メートル電波望遠鏡、三十万トンのタンカー、奈良の大仏、エトセトラエトセトラ……

 これでもかとばかりの大きいもの尽くしだ。

 

「フィアームさん、その煎餅は食べちゃ駄目です! いやいや、別に毒ではないんですけどね。鹿にやる奴ですから」

「確かにあんまり美味しくないですね。って言うか不味いですよ。これって何で出来てるんですか?」

「米糠と小麦粉らしいですね。そうそう、あっちで人間専用の鹿煎餅を売っていますよ。お土産にするんならそっちをどうぞ」

 

 人間専用の鹿煎餅? わけが分からないよ……

 好奇心の塊のようなフィアームはお土産屋に走って行った。

 

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