IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK   作:TAC/108

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第三章 未明の荒野を歩む者
Part-16 三者択一


その日は、朝から雨が降っていた。空には雷が燻るように低い音を鳴らしており、誰もが否応なく「嵐」の一文字を想起する悪天候である。午後には更に雨足が強まり、本格的な嵐となるだろう。

ヒューマギア中立組織・フラタニティの管轄区域にも、その影響は出ている。来訪者を待つ面々を除けば、誰も外出していない。皆が各自の住居や作業場に引きこもっている。まるで波乱と不吉の予兆を感じ取ったかのように。

「雨は苦手か?」

管轄区の入り口付近に立つ不破諌が、傍らのヒューマギアに問う。素体ヒューマギアの姿をしたDr.コトブキは、首を横に振った。

「我々は雨程度で壊れるほどヤワではございません。ただ……どこかに、人間に近い感性はあるのかもしれませんね。これから雨の勢いが増すと考えれば、どうにも嫌な予感はするというものです」

「……冗談なのか本気なのか時々分からんな。ヒューマギアが『予感』とは」

彼らの後ろには、四つの人影が並ぶ。天津垓、滅、ハウ、フー。フラタニティの新たなる主戦力となった面々が、一同に会してただ一人を出迎えようとしている。フーを除いて全員が傘を差しており、身長の低い彼女は垓の傘に入って雨を凌いでいる。

全員で出迎えるとはいくら何でも大袈裟では、と垓は疑義を唱えた。しかし、それが来訪者からの要請であるとコトブキは語ると、垓はそれ以上の言及を避けた。

諌にしても滅にしても、疑問が無いわけではない。正体不明の来訪者は、聞けばフラタニティ創設に携わった重鎮でもあるという。それが長く行方をくらましていたのに、狙ったようなタイミングで接触を図ってきた。

怪しすぎる、というのが率直な感想であった。諌は謎めいた『アイン』なる来訪者に対し、半ば無意識のうちに警戒心を強めていた。

 

「そろそろごとうちゃくのようです」

フーが全員に聞こえるように言った。雨音に混じって、エンジン音が聞こえてくる。アインはバイクに乗ってきているらしい。木々を掻き分けて走行する影が、降り続く雨の向こうに見える。

フラタニティ管轄区のある森の中に踏み入ってまともに移動できるのは、基本的にはフラタニティのヒューマギアのみである。敵対者の存在を感知した時、森に張り巡らされた無数のジャミング装置が牙を剥く。

果たして、バイクは森を抜けて管轄区の入り口手前で停車した。地面にタイヤ痕を残しつつ、フルフェイスヘルメットを着けたライダーがゆっくりとバイクを降りる。

諌は目を細めてその姿を注視した。ヘルメットに収まり切らないほど長い髪。黒いレザージャケットから僅かに露出した白く柔らかな質感の肌。裾の広いデニムから若干ながら垣間見える下半身の体つき。どことなく女性的な雰囲気のある姿だった。身長は百六十五センチメートル前後といったところで、格別に低くもなければ高くもない。

バイクの後部に括り付けていた折り畳み傘を開きつつ、ライダーがヘルメットを脱ぐ。人工的な質感の長髪が揺れ動いた。

人間で言えば十八歳ほどの少女を思わせる、幼さを残した顔立ちをしていた。軽く手で髪を撫でつけると、波打った長髪に青色のメッシュが入る。瞳は透き通るような青色で、幼子のように瞬きしながら、驚いたような表情で待ち人達の顔をじっくりと確認している。

「コトブキが言ってたのはアンタで間違いないな?」

諌が少女に尋ねた。快活な印象の笑顔を返し、少女が答える。

 

「そうだよ。久しぶりだね、フラタニティ。そして——初めまして、仮面ライダーの諸君。僕の名前はアイン、しがないヒューマギアの一体だ」

 

◆◆◆◆◆◆

 

管轄区域の中心、電波塔の二階。構造組み替えの機能によって円形の会議室となったこの場所に、コトブキ達にアインを加えた七人が集まっていた。雨風を凌ぎつつ、ゆっくりと話せる場所が欲しいというアインの要求によるものだ。

「コトブキ君、最後に会った時とは随分と様変わりしたようだけど」

「フラタニティも色々ありましたからね。そちらは?」

「創設前と大して変わらないよ。ヒューマギアの自由のため、ってね」

Dr.コトブキは本体……兵器製作の機能を持つ特殊筐体に戻っている。アインはフラタニティ創作後まもなく消息を絶ったようで、コトブキの姿に最初は戸惑いを見せたが、すぐに受け入れていた。

「えらくコトブキと仲が良いんだな」

諌がアインに話しかける。アインは人の好さそうな笑みを浮かべ、言った。

「僕とコトブキ君は、いわば先輩と後輩のような間柄なのさ。僕が飛電インテリジェンスに関する調査をしていた際に、アシスタントになってもらったことがあってね」

「偉大な先人です。私も多くを教えていただきました」

「……ん? だったらアンタは何でフラタニティのリーダーにならなかったんだ?」

諌の頭に疑問が浮かぶ。年功序列を重んじるわけではないが、コトブキがそのように認める人物ならば、アインがフラタニティのリーダーでない理由が謎となる。

「コトブキ君も最初は僕を推薦したんだけど、海外にもネオZAIAの勢力がいて、そこで苦しむヒューマギア達がいる。彼らを助けたくて、僕はこの国を離れることが多かったんだ。リーダーは後に続く者に寄り添ってあげられるヒトが良いと思うし」

「寄り添ってあげられるヒト、か……」

諌の脳裏に浮かぶのは、戦友たる飛電インテリジェンスの社長・飛電或人の姿だった。どれほどの苦境に立たされようとも、ヒューマギアに対して正面から向き合おうとする姿勢だけは決して崩さなかった。かつてはヒューマギアに激しい憎悪を向けていた諌が、やがてはヒューマギアを守るための戦いに挑むようになったのは、或人の真っ直ぐな精神に影響されたという側面もある。

「耳が痛い話だな……」

諌の横で垓が声を絞り出す。かつての彼は横暴の限りを尽くした悪徳社長であった。ZAIAエンタープライズジャパンを経て飛電の新たな社長となった後も、部下に対する冷徹な対応や事業の強引な実施などに加えて、違法行為にも手を染めていた。今では深く反省しているが、その分アインの話には身に沁みるものがあったらしい。

アインはコトブキやフラタニティの現状に加え、過去から呼ばれた仮面ライダー達にも興味津々といった風で、あちらこちらに視線を巡らせている。

「それで、わざわざフラタニティに顔を出した理由は何だ?」

そんなアインの様子を見て、滅が冷然と問いかける。何か話があるからわざわざ集まったのだろう、と言外に訴えているのを察し、アインが一つ咳払いをした。

「いや、申し訳ない。そろそろ本題に入るとしようか」

 

アインが懐からプログライズキーを取り出す。キーが起動し、壁面に映像が映し出された。高層ビルを写した一枚の写真であった。

「仮面ライダーの諸君。一応聞いておくけれど、この時代に召喚された時にはコトブキ君からどのような説明を受けたかな?」

アインが諌達に質問を投げかける。

三人の仮面ライダーが2020年から呼ばれたのは、フラタニティに対する助力のためだ。その最終目的は、ネオZAIAエンタープライズ・零の方舟・ピースメーカーという三大勢力の撃破にある。

「三大勢力を倒すのを手伝ってくれ、とは言われたが」

「そうか。で、その後は? 君達は用事が済んだら元の時代に帰らなければならないでしょ。まあ、行きの手段はコトブキ君が用意したから、同じ理屈で帰りの便もなんとかなるとは思うけど……君達がそのまま帰るとこちらとしては大変なコトが起こるんだよね」

何か妙な答えに誘導されている、という直感がある。アインの語り口に怪訝そうな表情をする諌であったが、一方で垓は何かに気付いたような素振りを見せていた。

「なるほど、SF小説じみてきたな……我々の行動によって()()()()()()()()()が起こるというワケか」

「垓さんは鋭いね、まあそういうコトなんだ。少し難しい話をするけど、できればついてきてほしい」

 

キーを通じて画像を切り替える。2020年から2220年への時間跳躍についての簡単な説明が記されたイラストであった。

「不破さん達は2020年からこの時代にやってきて、目的を達成したら元の時代に帰れると過程しよう。元の時代に帰ったら、君達は何をしようと考える?」

「ダメだ、質問の意図が全く分からねえ」

「簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()()()。対して滅は、人類を確実に絶滅させるべく動く。そうだな?」

垓の返答に、滅が頷く。答えを先に言われたようでやや不満げだったが、それ以上は特に反応を見せなかった。

「そういうこと。多分そっちの時代だと人工知能アークはまだ健在なんじゃないかな。だから2220年(ここ)で得た知識を活用して、人類の滅亡を防ぐために動く。滅さんは滅亡迅雷の一人として、アークの下でより確実な人類滅亡を推し進めようと考える。じゃあ……その結果、()()()()()()()()()()?」

「我々の未来が、『この2220年』に繋がらなくなる」

滅が首を縦に振った。アインも同様の反応を見せる。

 

「そういうワケ。最悪の場合、せっかく世界を平和な方向に持って行ったとしても、過去から生じるタイムパラドックスで()()2()2()2()0()()()()()()()()()()()()()。今の状況、放っておいたらこちらとしてはヤバい」

 

アインの説明は簡潔で淡々としていたが、真に迫るものがあった。故に、その場にいた誰もが、先へと言葉を繋ぐことはできなかった。ヒューマギアであるハウやフー、更には滅ですら絶句している。

恐るべき真実である。諌は驚きに口を開けながらも、コトブキの方を見た。黒い筐体はこの上なく無表情のまま沈黙を保っている。

知っていたのか。疑念のような思いが、諌の心中にて首をもたげる。

「コトブキ……」

諌は何かを言おうとしたが、頭の中で整理がつかずにコトブキの名を呼ぶのみであった。聴衆の様子を見かねてか、アインは笑顔を繕う。

「安心してほしい。そんなことにならないように、()()()が……僕がここに来たんだ。飛電の遺産を探す旅の中で見つけた、世界を救う方法を実行するためにね」

「飛電の……遺産だと?」

滅が怪訝そうに言った。人類滅亡後も、この時代に至るまで飛電インテリジェンスが何かを遺していたというのだろうか。

「コトブキ君が不破さん達を呼び出すために行った時間跳躍は、飛電インテリジェンス……もっと言えば衛星ゼアに由来する技術を基にしている。そうだよね?」

「ハイ。衛星ゼアが持っていた凄まじい演算能力を部分的に再現し、時空の流れに干渉できる仕組みを構築しました。本家本元の衛星ゼアは、()()()()()に複数の可能性を同時に実現させることもできたとか」

「同一世界上……何だって?」

諌は気合と筋力でテクノロジーを超越するタイプの人間である。肝心のテクノロジーそのものには疎い部分があり、コトブキの話を完全には理解できていない。

「そういえばもう一人の私……骸が言っていたな。衛星ゼアの演算能力を以てすれば、並行世界(パラレルワールド)すら観測できるとか」

垓が思い返すのは、己と同じ顔をしたヒューマギア・骸との戦いである。あの時、骸は「ゼアの演算能力は並行世界の観測をも可能とした」と言っていた。

「ゼアには何がどこまで見えていたのか、今となっては分からない。人工知能ゼアは一つの巨大なネットワークと化して、個我を失ってしまったからね。でも、その力は今も健在だ。どこで眠っているのかは長いこと謎だったんだけど、ようやく在り処を突き止めた」

「ゼアが……健在!?」

他の人工知能を超越する力を持つ、人工知能ゼア。それが二百年もの間、何らかの形で存在し続けていた。

 

諌はふと、ある事実を思い出す。諌がこの時代に呼ばれる直前に目撃した、人工知能アークの化身を倒す仮面ライダーの姿。その力の源は、何であったか。

「新しいゼロワン……ゼロツーとかいう仮面ライダーのキーが、どこかに残っているのか?」

「大正解。人工知能ゼアの、地上におけるバックアップと化していたプログライズキーがある。その名をゼロツープログライズキー、飛電の社長にのみ許された最強の仮面ライダーのキーだ」

AIテクノロジー企業・飛電製作所にて開発された、究極にして最強の仮面ライダー。飛電製作所の社長秘書ヒューマギア・イズが実行した無数のシミュレーションから創造された、もう一つの衛星ゼア。人間と人工知能の合一、即ち人機一体を成し遂げた存在。

0と1の二元論を超越し、新たな未来へと飛ぶための力。仮面ライダーゼロワンの後継にして集大成、その名を仮面ライダーゼロツーという。

しかし、この時代において飛電の社長……飛電或人は既に亡くなって久しい。如何にしてゼロツーの力は、今に至るまで残っていたというのか?

 

そんな疑問を誰もが抱き始めた矢先のことだった。

会議室の扉が開き、緑のツナギを着た男が入ってくる。フラタニティ所属の運送業に特化したヒューマギアであった。

「何事ですか。今は取り込み中なのですが」

「ハウ隊長! これは失礼……じゃなくて大変です! 広場がいきなり爆発したと思ったらデカい穴が開いて、中からネオZAIAのヒューマギアが……!!」

「何だと!?」

ハウが迅速に立ち上がり、赤色の風となって外へ出て行った。僅か二秒後には戦闘の音が、開け放たれたドアの先から聞こえてくる。

移動できないコトブキを除いた全員が、急いで電波塔を降りていく。雨の勢いが以前にもまして強まる中、三つの屍を転がしながらドードーマギアが四人目に剣を突きつけていた。

「そういうことか……」

ドードーマギアは視線を対手の遥か向こうに動かしている。黄金のトリロバイトマギアは、フラタニティ管轄区にある広場から出てきたようだ。爆砕された地面には半径六メートル前後の穴が開いており、泥土がそこかしこに散らばっている。

ハウは異変に気付けなかった己の不覚を呪った。マギアの顔面を蹴倒しつつ、周囲のヒューマギアに大声で尋ねる。

「怪我人は! 犠牲者はいないか!?」

恐怖に震えるヒューマギア達の中から、幾つか声が返ってきた。死者こそいないが、爆発の衝撃を受けて軽い傷を負ったヒューマギアが数名いるという。

ハウはヒューマギアの修理を得意とするフラタニティ医療班に救援を要請すると、ネオZAIAの尖兵を拘束した。

駆けつけた諌らの背後に追いついた素体ヒューマギアが、ドードーマギアの方に駆け寄った。ドードーマギアはコトブキに対して頭を下げる。

「申し訳ありません。私の不注意でした」

「頭を上げなさい。流石にこの展開は予測できるものではありません」

二人に向かってアインが歩み寄り、深く頭を下げた。

「申し訳ない。謝るのは僕の方だ……君達を僕の話のために拘束したことで、対応に遅れが出てしまった。特にハウ君には迷惑をかけたと思う」

「アイン様……いえ、構いませんよ。責めるとすれば仕掛けてきたネオZAIAだ。貴方の責ではありません」

「ありがとう。一つ借りを作ってしまったな……」

アインは拘束されたマギアに向き直り、彼に向かってしゃがみ込んだ。

「さて、どうする? 何しに来たのか素直に答えれば、悪いようにはしないけれども」

「答える義務は無い」

トリロバイトマギアが無機質な声で言った。アインは残念そうな表情で、穴の方をちらと見た。

「もう一人。誰かいるね? 多分ネオZAIAじゃない誰かが」

諌達が身構える。次の刹那、大穴をよじ登るようにして、一体のマギアが上半身を出した。灰色の重装甲。バトルマギアであった。三大勢力の一つ、ピースメーカーの幹部たるAB(アルファ・バレット)であることを示している。

「ABか!?」

諌がショットライザーを向けた次の瞬間、ABの一人が上半身の力だけで大きく跳び上がり、一団の前に着地した。左腰に反りのある刀剣めいたものを差している。跪きつつ、左手は鞘を離さない。いつでも鯉口を切り、抜き打てる状態であった。

「銃を下ろしてくれ。私には諸君らと敵対する意思など無い」

「ピースメーカーを信用しろとでも?」

ABはあくまで冷静を保った声で語る。諌が引き金に指を掛けた瞬間、垓が彼を静止して前に出た。

「話の分かる御仁であると期待しよう。一体何の用で古巣に戻ってきた?」

「初めに自己紹介をさせていただきたい。私の名はエンデュランス、ABの五番手を務めている」

エンデュランスと名乗ったバトルマギアが、左手で握手を求めてきた。垓はひとまずこれに応じると、フーを呼んだ。フーに傘を投げ渡され、手に取った垓がそれを開く。

「フラタニティが迎え入れた新戦力によって、ネオZAIA本社の撃墜作戦が成し遂げられた。その後、本社が地上にて妙な動きを始めたので、私はその調査を仰せつかった」

「なるほど。それで、ネオZAIAは一体何を?」

「フラタニティとピースメーカー、零の方舟の三組織を一網打尽にすべく、巨大な地下道を建設している。ネオZAIAがフラタニティ管轄区に至るためには、森林地帯に張り巡らされたジャミングを避ける必要があった。故に、ジャミングの届かぬ地下に侵攻ルートを作ったのだろう」

エンデュランスは淡々と語った。彼の話が真実ならば、フラタニティ管轄区域への直接侵攻ルートは、先の爆発でほぼ完成してしまったということになる。

 

「ピースメーカーの拠点にも襲撃の報告があった。加えて、ネオZAIAの本隊は真っ先にこの管轄区へと歩を進めんと企てている。彼奴らの企てを阻む機は、今をおいて他には無いと見るが」

「フラタニティを抜けた身で、何故そのように?」

「ネオZAIAは共通の敵、利害は一致している……それに、自ら抜けたとはいえかつての古巣だ。怨敵に焼かれて滅びゆく様を何もせずに見届けるなどすれば、明日の寝覚めが悪くなる」

垓はエンデュランスから警戒の気配が完全に消えたことを察した。全くのデタラメを言っているわけでもないらしい。

しかし、あと一手が足りない。1000%の信頼に足る一手が。エンデュランスを信じるか否か、垓は決めかねていた。

——そういえば、零の方舟は何をしているのだろうか。彼らの本拠地であるデイブレイクタウンが攻め込まれると考えると、その動向は気になるところであった。

垓はその旨をエンデュランスに訊くことにした。

「零の方舟か。あれは今のところ動きが見えない。恐らくはデイブレイクタウンにて籠城しているのだろう。街の方にも出現したという情報は無いが」

「……という話らしい。滅、お前はどうする?」

垓が後ろを向いた。思わぬ報告に驚愕する滅。彼の中に逡巡が生じる。

フラタニティを防衛するべきか。それとも本拠地に立て籠る零の方舟の調査に向かうか。優先順位を決めかねる中で、垓が決定的な一言を放った。

 

「ようやく決心がついた。私はフーやエンデュランスと共に、フラタニティ管轄区域の防衛を行う」

 

垓の言葉に周囲がどよめいた。諌やコトブキ達はおろか、半ば聴衆と化していたフラタニティのヒューマギア達もが、彼の決意を予測できなかったのだ。垓は傘を片手に、大仰なジェスチャーを交えながら声を張り上げる。

「フラタニティのヒューマギア諸君。これよりしばらくは苦しい状況が続くだろう。ネオZAIAはこれで、いつでもここに攻め込むことができるようになったのだからな。では、我々はどうすべきか? 私の考えはこうだ。たとえ一人であろうとも、ネオZAIAに挑む」

垓は情動を煽り立てるために心にも無いことを言っているのではなかった。フラタニティのヒューマギア達に、本心から呼びかけている。

私は好きにする。お前達はどうするのか、と。

「そこで聞きたい。何故君達は武器を捨てた?」

質問は端的かつ明瞭であった。故に、口々に周囲から返答が寄せられる。

親友を何人も失った。戦いたくて戦っていたわけではなかった。今も完全には直っていない大きな損傷がある。戦いが得意ではない。

彼らの声には一様に、戦うことに対する恐怖があった。殴れば殴り返されるというのは戦いの常であるが、怖いものは怖いのだ。まして彼らは生まれつきの戦士などではない。ある者は医師であり、ある者は運転手であり、またある者は料理人であった。戦いに自ら赴く戦士達は、皆ピースメーカーへと離れていってしまった。

彼らは殴り返されなくなった代わりに、ネオZAIAに抗う牙を失ったのだ。今のフラタニティにおいて、戦士たるヒューマギアはほとんどいない。

 

「その恐怖を私は認めよう。許容しよう。だが、敢えて問わねばなるまい。君達はネオZAIAに服従し、零の方舟に蹂躙され、ピースメーカーの論理が正しかったことを認めるのか?」

目の前にピースメーカーの使者がいることもお構いなしに、垓は雄弁を振るった。声は大きく、語調は強く、それでいて言葉選びは慎重に。社長としての政治力をフル活用し、垓はヒューマギア達の心に訴えかける。

「武器を取れとは言わない。フラタニティにはフラタニティなりの()()()があるということを、コトブキ氏は証明したはずだ。森の中にジャミングを張り巡らせ、外敵の動きに目を光らせ続け、ついには過去から我々を呼び寄せた。彼の戦意は未だ潰えてなどいないことは、彼自身が示している」

眼前に大敵は迫っている。勢力規模で上回るネオZAIAに痛恨の一撃を与えられるのは、今この時をもって他にはない。

もはや逃げ場など存在しない。だが、武器を取らぬ戦い方をコトブキは示し続けてきた。ならば……フラタニティはまだ戦える。天津垓はそう信じていた。この戦いを1000%の勝利で終わらせるためには、彼らの力が必要だと考えるが故に。

 

「刃を取るのは私達だけで事足りる。だからこの一時だけで構わない。フラタニティのヒューマギア諸君よ、我らの剣となってくれ。完全を超えた至高の勝利を1000%の確率で導き出すためには、君達の協力が必要だ!」

 

即興演説の幕が降りる。準備も何もあったものではなく、後で振り返れば不恰好なものだと己を笑うかもしれない。

しかし、彼は持てる全てを端的に、言葉の中へと注ぎ込んだ。後は受け取った者達の反応を待つのみである。

 

「俺達も……戦えるのか?」

「でも、今度こそ死ぬかもしれないぞ」

「だけど……ここで滅ぶくらいなら、もう一度くらいは」

「戦いたくはないけど、ネオZAIAの好きにさせるのもな」

「私達の平和を、幸福を守れるのは……私達だけなの?」

「それでも、やっぱり戦いに行くのは怖えよ」

聴衆の反応は芳しいとは言い難い。垓の言葉を聞いたエンデュランスは、結果を見定めるように沈黙を貫いていた。可能性を示したとて、恐怖が勝る者が多いのだろう。これまでか、と垓が顔を俯けたその時であった。

 

「まだわたしたちはたたかえます。あまつさまは、そうしんじてくれたではありませんか」

幼い少女の声が、雨天の下に響き渡った。垓の傍らに駆け寄ったフーが、声を上げている。不完全な会話機能で、すくみ上がったヒューマギア達に叱咤激励を飛ばしていた。

「ことぶきさまがかめんらいだーのみなさまをよんだのは、それがたったひとつのほうほうだとわかったからです。かれらはみずしらずのわたしたちをしんらいして、きょうまでたたかってくれたのです」

雨に濡れるのも構わず、フーは言葉を繋ぐ。

喪失感、空白、不安、信頼。到底言語化しきれぬ複雑な情動は、常に彼女の中に存在し続けていた。彼女自身ですら気付いていなかった心を照らし出したのは、他ならぬ天津垓だったのだ。

「あまつさまはわたしにやくそくしてくれました。わたしのゆめを、ともにおいかけてくれると。だから……わたしはあまつさまを、しんじてみたい」

記憶が無い身の上に抱く不安。埋まらない電脳の空白領域と、それが生み出した喪失感。それは非力な彼女一人では到底解決できない問題だった。自らは戦う力を持たず、自らの出自について知るためには強大なネオZAIAに立ち向かわねばならない。戦いを厭うフラタニティの中では、彼女の謎は永久に解かれないままであった。垓が一言、彼女の夢をサポートするという言葉をかけるその時までは。

 

「ねおざいあはきょうだいです。けれど、かめんらいだーはたちむかうゆうきをわたしたちにしめしてくれたのではないのですか。あまつさまはにんげんなのに、だれよりもまえにたとうとしています。わたしたちは……ただみおくるしかできないのですか」

 

フーにとっては初めての激情だった。制御できない心が、言葉にできない思いが溢れ出す。たとえサウザーが一騎当千の仮面ライダーであり、エンデュランスが強壮を極めたABの一人だとしても、ネオZAIAの本隊にたった二人では死にに行くも同然である。彼女の中に芽生えた夢……己の出自を、その正体を知るという夢を失いたくない。そういった思いが、彼女の電脳を満たしていた。

 

果たして。

一人のヒューマギアが、天津垓へと歩み寄る。会議室に現れた、運送業者のヒューマギアであった。

「俺……まだ戦えますかね?」

「その意志が、君の中にあるならば」

「そうですか……分かりました。俺に何ができるか分からないけど、手伝わせてください」

垓と運送業者が握手を交わした。それを皮切りに、聴衆の中から明るい声が聞こえ始めた。

「そうだよな。仮面ライダーだけど、天津さんは人間だ。そんな人があれだけ頑張ってるんだ、僕達だって!」

「コトブキさんは、俺達はまだ戦えるって信じてくれてたんだ……」

「あのフーちゃんだって危険な前線に行ってるってのに、俺らが腰引けてんのはちょっとカッコ悪いよな!?」

「私達は……戦える!」

かつて、飛電インテリジェンスの社長であった飛電或人は言った。

『ヒューマギアは、人の心を映す鏡だ』と。

天津垓の思いは、フーを通してフラタニティの端から端まで伝わっていった。湖面に投じられた一石が波紋を広げるように、垓とフーの熱意はフラタニティから恐怖を払い除け、勇気を沸き上がらせたのだ。

ネットワークを通し、フラタニティのヒューマギア達は己の感情を共有する。ネオZAIAの侵攻からこの場所を守るという決意が、フラタニティのネットワークに接続した全てのヒューマギアへと伝播していった。

 

「それらしい振る舞いは、できたということかな」

垓が一つため息をついた。彼らの協力を取り付けられる確証が無かっただけに、内心では不安が大きかったのだ。

「凄えな、伊達にZAIAの社長やってねえってコトか」

「多少は評価を修正する必要があるな。天津垓、油断ならぬ男だ」

「君達……まあ、今は賞賛と受け取っておこう」

垓は背後に立つ諌と滅に目を向けた。二人は口の端を歪ませ、それとなく笑みを浮かべている。どことなく剣呑さを含んだ言い方だが、諌も滅も今回に関しては垓を褒める気になったということである。

「それで、この後は?」

垓が背後の一団に尋ねる。アインがその中からひょっこりと手を挙げた。

「僕はゼロツープログライズキーを探しに行くんだけど、できれば一人は同伴者が欲しい。不破さん、頼めるかな?」

「俺か? まあ……この様子ならフラタニティはZAIAの社長に任せても大丈夫だろうしな。この世界がピンチだって話が本当なら、付き合うのもやぶさかじゃねえよ」

垓は滅に視線を向けた。何事か決心を固めたように、右拳を握り締めている。

「俺はデイブレイクタウンに向かう。零の方舟……この時代のアークの動向は、調べておく必要があるだろう」

「でしたら、私も同行させていただきたく。これでも元は零の方舟所属、案内人程度なら務まりましょう」

ハウが恭しく滅に礼をする。それぞれの目的地が定まったところで、コトブキが垓に歩み寄った。

「ありがとうございます、天津垓様……私だけでは、決してこのような結果はもたらし得なかったでしょう」

「構いません。コトブキ氏、貴方はどうか彼らに寄り添うリーダーでいてあげてください。それは、私にはできなかったことだ」

「私は管轄区からサポート致します。我々を信じていただいた恩は、返さねばなりませんね」

垓と素体ヒューマギアが、開いた傘の下で握手と抱擁を交わした。そこにもう一人、ヒューマギアの少女が近づく。

「ですぎたまねをしました。もうしわけありません」

少し後ろめたいような面持ちで、フーが垓に謝罪の言葉を告げる。垓は彼女と目線を合わせ、微笑んだ。

「謝る必要はない。君の尽力が無ければ、こうはならなかっただろうさ。100%……いや、1000%の働きだったと私は思うよ」

 

かくして三つの道は開かれた。

不破諌は新たなる愛機・ライズランペイジャーに跨り、謎の来訪者アインと共にフラタニティ管轄区域から走り去っていった。

天津垓はフラタニティのヒューマギア達や、意外なる協力者エンデュランスと力を合わせ、ネオZAIAの掘り進めた地下道へと歩み始めた。

滅は2220年におけるアークとの対峙を果たすべく、ハウの故郷でもある零の方舟の本拠地・デイブレイクタウンへと向かった。

 

三者択一。

あり得ざる交わりを経て、三人の仮面ライダーは再び別々の道を征く。ヒューマギアの戦国時代を駆け抜けた先にある、新時代の暁へと辿り着くために。

 

つづく。

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