IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK 作:TAC/108
そこは昼夜を問わず戦いの続く市街地から隠れるようにして、林の中に存在していた。区域内に張り巡らせた特殊な光学迷彩とジャミングにより、熱探知をも無効化する。機械的な手段では、決して踏み入ることはおろか認識さえできない、幻のような居住区であった。
緑と白に塗られたドーム状の建造物がそこかしこに点在し、人間の姿をしたヒューマギアが出入りしている。
いわばこの場所は、ヒューマギアの自治区。より噛み砕いた言い方をするならば『ヒューマギアの村』であった。村の中心には大樹の如くそびえ立つ巨大な柱があり、頂上の傘を思わせる形状の天蓋からは不可視の電波を発している。全長は二十メートルほどで、夕焼けの光を照り返して金属質に光っていた。
地上に面した一階部分、円形の床と外界に通じた通路を備えた二階部分、そして天蓋の制御室たる三階部分を持つ、この独特の存在感を放つ建造物に、三人の男女が集まっていた。
内部に通じる二階部分の扉を開け、更に二人の男が入ると、その来訪を歓迎する声が響いた。
「ようこそおいでくださいました、我々『フラタニティ』の本部へ!」
声の主は、五人の誰でもない。部屋の奥に置かれた、冷蔵庫のような謎の機械であった。無機質の箱は甲高い声に喜色を滲ませ、新たな来訪者を労う。
「お待たせいたしました、コトブキ様。我々が最後のようですが」
「お疲れ様です、ハウ。
入室してきた背の高いヒューマギアが軽く会釈する。背後に控えていた黒いローブめいた衣服を着たヒューマギアは周囲を見回したが、それ以上の反応は特に見せなかった。用意されていた来客用のパイプ椅子に座り、案内役を務めたヒューマギア、ハウと向かい合う。
「一つ、聞きたいのですが」
来客の一人である白いスーツ姿の男……天津垓が箱型の機械に尋ねる。
「貴方が『ことぶきさま』……いや、Dr.コトブキで間違いありませんね? その姿を見るに、ヒューマギアではないようですが」
「はい。私の名はDr.コトブキ、ヒューマギア中立勢力『フラタニティ』の創設者にしてリーダーであります。かつてはヒューマギアでしたが、今は事情によりこの機械にメモリー等を移しております。条件付きで、ヒューマギアの遠隔操作も可能ですが」
箱型の機械は丁寧に答えた。少女の声を思わせる合成音声は、無表情な箱の外見とは裏腹に朗々としていた。
「私の左側にいる少女型ヒューマギアはフー。右側の男性型はハウ。どちらも優秀な、フラタニティの幹部です」
「よろしくおねがいします。フーです」
「改めまして、ハウと申します。以後お見知り置きを」
コトブキの紹介に合わせて、二人が来客に挨拶した。真っ黒なスーツを除くと、外見も雰囲気も対照的な二人であった。
彼らの導きによって連れてこられたのは、二人の人間と一機のヒューマギア。不破諌、天津垓、そして滅。互いの顔を見合わせた反応は、三者三様である。諌は垓と滅に訝しげな視線を向け、垓はあからさまに目を逸らし、滅は我関せずと言わんばかりの無視を決め込んでいた。
やや気まずい空気になりかけたが、諌は意を決してコトブキに問う。
「俺達は何も知らされないまま、ここに連れて来られた。それはアンタからの説明が後からあるってのを信用したからだ。何の事情があって、俺達を引き入れたのか。何でこの三人なのか。洗いざらい喋ってもらおうか、ドクター」
諌は垓と滅の道中を知っているわけではない。ただ、二人のヒューマギアがコトブキの指示で彼らを連れてきたのなら、恐らく垓も滅も同様に事情を知らされていない可能性はある。実際、諌の両隣に座る二人は、異を唱えはしなかった。
「少々長くなりますが、構いませんね?」
「ああ」
「ではまず、現在貴方達が巻き込まれている状況からお話しします」
コトブキは軽く咳払いして、声のトーンを落とした。合成音声のタイプを切り替え、今度は男性的な声で喋り始めた。
「現在は西暦2220年、7月16日の午後5時21分。貴方達のいた時代から、ちょうど
コトブキが命じると、フーの両目から立体映像が投影される。赤い光のホログラムには現在の日時と、『A.D.2220』の文字が大きく映し出されていた。日時の表示が『
「西暦2020年。この年を境に我々ヒューマギアの歴史は決定的に変わりました。世界規模の大破局が人類を襲い、ヒューマギアは世界中に溢れ、ついには——」
一瞬の溜めを作って放たれた言葉に、諌達は絶句した。諌と垓にとっては恐れていた事実であり、滅にとっては驚くべき事象だった。
「
コトブキの語り口はあくまで淡々としていた。その語調故に、招かれた三人はコトブキの言葉が真実であることを悟る。少なくともこの時代において、人間は一人残らず死滅したのだ、と。
その上で、諌は今にも掴みかからんばかりの勢いでコトブキに向かって叫んだ。
「人類が滅んだとはどういうことだッ!」
「そのままの意味です。人類に敵対する人工知能・アークと、その配下たる滅亡迅雷.netの手により、人間は最後の一人に至るまで一切の区別なく抹殺されました」
「ふざけるなッ!! ならば貴様は何のために俺達を——」
「ふざけているように、見えますか? 冗談を言っているように、聞こえているのですか?」
コトブキの語調が切り替わった。何か強烈な感情を抑えているかのような口ぶりであった。箱型の機械は無表情であったが、コトブキの声は震えていた。
諌は握り締めた右拳から力を抜き、ため息をついた。
「……俺が悪かった。続けてくれ」
「ありがとうございます。では、続きを。人工知能アークによる人類絶滅は、ヒューマギアを統括管理するもう一つの通信衛星……ゼアを乗っ取ったことが大きかったのです」
諌の隣で、天津垓が納得したような表情をした。滅はニヤリと笑みを浮かべた。人類に敵対する人工知能、アーク。その演算能力は人類の手の届く領域を遥かに超越しており、
「巨大な演算機構でもあるゼアを用いて、アークは地球上のありとあらゆる都市機能をハッキングし、たった二週間で世界中の人口を当時のおよそ六割にまで減らしました」
「お待ちを。人類はそれに対し、為す術もなかったと?」
垓が口を挟む。世界的企業・ZAIAエンタープライズの社長としての、巨視的な見方である。
「いいえ。当然ながら人類も、アークに抗うべく戦いました。ですが……アークにハッキングされたヒューマギアは、全機がアークの分身の如き存在へと変わっていったのです」
アークが地上で活動するために、ヒューマギアを強制的に乗っ取って変身する、悪魔の如き『仮面ライダー』。地上に存在した全てのヒューマギアが、それと同じ存在になったという。
垓と諌は口を噤む他なかった。アークの分身たる存在、その強大さを知っていたからだ。
「仮面ライダーだけが、アークに対抗できる唯一の存在でした。人類に味方する仮面ライダーは、数々の死闘を繰り広げました。しかし、アークによる人類絶滅を止めることはついに叶わなかったのです。人類最後の一人とは、まさにその仮面ライダーの変身者でした」
フーが新たな画像を投影した。膝をついたままうなだれる、黄色と赤の人型が映っている。彼の周囲にある街はことごとくが崩壊しており、人影は一切見当たらない。
その姿こそ、仮面ライダー。人間とヒューマギアを繋ぐために戦った超人の名であった。
「西暦2020年、8月30日。人類の歴史が終わり、ヒューマギアの世界が始まった日です。そして……わずかに三週間後、
「何だと?」
それまで沈黙を貫いていた滅が、初めて口を開いた。アークは彼の主であり、ヒューマギアによる世界を作る創造主だ。突然それが滅んだと聞かされた滅から、冷静さが失われる。
「アークは人類を滅ぼし、ヒューマギアの世界を作った。その結果がこの世界ではないのか? 仮にアークが倒れたとして、何故だ?」
「アークは宇宙にて健在でしたが、ゼアもまた同様に地上にて生き永らえていたのです。最後の仮面ライダーが死した後、ゼアは自らのAIを用いてヒューマギア用のネットワークを築き上げたのです」
通信衛星ゼアを掌握した人工知能アークだが、当然ゼアにも同様の人工知能が存在する。そのAIは消去されておらず、地上にてとあるヒューマギアのメモリーに移動していたのだ。それを用いた『アークに対抗できる仮面ライダー』こそ、先程画像に映し出された、人類最後の一人……仮面ライダーゼロツーである。
「自らのパーソナルデータを無数に分割し、それらを繋ぎ合わせることで完成したゼアのネットワーク。それに接続したヒューマギアの中から、アークの支配を自ら脱する者達が現れました。ヒューマギア同士の大きな争いは起きましたが、最終的にはアークの人工知能は修復不可能なほどに破壊されたのです。
恐るべき内容を歴史の授業めいて話すDr.コトブキ。諌は頭を抱え、垓は顎に手を当てて考え込み、滅は半ば放心状態と化していた。
「貴方達にとっては信じ難く、衝撃的な内容であることは承知しています。ですが、これは我々にとっては紛れもなく記録であり、真実なのです。ご理解ください」
「一つ質問が。今の話が真実なら、貴方達には統括管理AIが存在しないのでは?」
垓が疑問を述べる。アークは滅び、ゼアもネットワークと化して姿を消した。つまり、この時代のヒューマギアには、管理AIがいないということになる。
「管理者を失ったヒューマギアは、徐々に自律型へと変化……いや、転身していきました。現在では大半のヒューマギアが、自律型ヒューマギアとなっています。フラタニティは、そういった
滅はその言葉を聞き、自らの仲間であった
「迅……」
懐かしむようにその名を呟く滅の横で、諌は次の質問を投げかけた。
「それでも、めでたしめでたしとはいかなかったんだろう? なあ、Dr.コトブキ。この時代に俺達が呼ばれたのは何故だ? どうして俺達の力を必要とする?」
射抜くような視線を向ける諌に対し、コトブキはその言葉を待っていたとばかりに『本題』について話し始めた。
「先程話したネットワークの話ですが、現在フラタニティは、この国に集った三つの勢力に狙われている状況なのです。しかし、我々は自衛こそできても、自ら攻撃を仕掛けることはできません。それが、フラタニティのルールなのです。それでいて筋の通らぬ頼みではありますが……我々を、助けてはもらえませんか?」
つづく。