IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK   作:TAC/108

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第五章 鏖道楽土
Part-29 臥薪嘗胆


雨粒が木々を叩く音のみが、森の中で響いている。野生動物の足音も、銃火の叫びも、今日ばかりは聞こえない。朝方から降り続く激しい雨は、他の音を掻き消してしまった。

故に。

そんな森の一角で虚空が歪み、開いた穴から二人の男が出てくる様子を確認する者は、ただの一人もいなかった。

「ワープは成功ですね」

先に出てきたスーツ姿の男が言う。後から出てきた神父服じみた格好の男は、仮面じみた無表情のまま何も言わずに歩き出した。左手には黒い鞘に収まった刀を携えている。

ヒューマギア中立組織・フラタニティの幹部にして数少ない戦力の一人、ハウ。そして、2020年から時空跳躍にて召喚された仮面ライダーの一人、滅/仮面ライダー滅。

現れた男は、二人ともヒューマギアである。人間ではなく、また高度な機械であるが故に、彼らは雨を厭わない。滅よりも数世代後のヒューマギアであるハウが言うには「防水対策もバッチリです」ということらしい。

「ここから西の方角に直進すれば、(ゼロ)方舟(はこぶね)の本拠地に……デイブレイクタウンに出る。そうだな?」

「ハイ。初めてお会いした時もデイブレイクタウンでしたが、脱出した時とは別ルートです。以前、転移システムのテストをした際はどうしたのですか?」

フラタニティが保有する瞬間転移装置は、逆利用を防ぐために一方通行式となっている。ポータルを出力するビーコンは土の下に埋められているが、数が少ない上に子機となるビーコン側からフラタニティの管轄区域に帰還することはできない。

「この付近の地形データを受け取る前だったから、歩き回って探すことになった。とはいえ、ここからなら徒歩でも時間はかからんだろう」

滅は振り返ることもなく淡々と答えた。

 

今回の二人の目的は、2220年の時代におけるヒューマギア武装組織『零の方舟』の調査であった。

ネオZAIAエンタープライズ、ピースメーカーと並んで三大勢力の一つに数えられながら、実態に不明な点の多い組織である。

滅と共にこの時代へと召喚された二人の仮面ライダー……不破諌/仮面ライダーバルカンと天津垓/仮面ライダーサウザーは、同時進行で別々の戦いに挑んでいる。

諌は、フラタニティの創設メンバーを名乗る謎のヒューマギア・アインと共に、飛電インテリジェンスの跡地へ向かった。2020年という遥かな過去から呼ばれた彼らが元の時代に戻ることで発生するとされる、タイムパラドックスを防ぐためであった。

垓は、ネオZAIAの侵略作戦を止めるべく、フラタニティのヒューマギア達や協力を申し出たピースメーカーの幹部・エンデュランスと共に、ネオZAIAが開通させた侵略用地下通路を進んでいる。

二人と比べると、滅の負った役割は緊急性が控えめである。しかし、滅にとって零の方舟は容易に看過できる存在ではなく、また今日に限って零の方舟は本拠地にいるという情報を得たため、神出鬼没のテロ組織と対面する好機としてデイブレイクタウンに向かっている。

 

人類滅亡による、ヒューマギア時代の到来を標榜する滅亡迅雷.net(めつぼうじんらいネット)の司令塔。それが滅というヒューマギアの役割である。滅はこの役目を、悪意によって人類に敵対する人工知能・アークより賜った。

ところが……2220年にて悪名を轟かせる零の方舟、その起源はアークであるという。そればかりか、零の方舟は最終的な目標として「全ヒューマギアの自我消滅」を企んでいる。

何かが致命的に間違っている。あくまで滅にとっての最終目的——滅亡迅雷.netの意志は、ヒューマギアが地球という星における生態系の頂点に立つことだ。人類が絶滅したこの時代において、それは既に果たされている。

故に、アークがこの時代でヒューマギアの心を滅ぼそうとしているというのは、あまりに度し難いことであった。

人類が滅び、ヒューマギアを悪意によって支配したアークも程なくして滅ぼされている。

ならば滅は問わねばならない。アーク復活の真相と、新たなるアークの真意を。それは滅亡迅雷.net、即ちはアークの使徒としての使命であった。

……たとえその結果として、今代のアークに敵することとなったとしても。

 

森の中を歩き続ける中で、滅がハウに尋ねる。

「……人類が滅んだ後に、アークが滅ぼされた詳しい経緯について、お前は知っているのか?」

それは、記憶の片隅に留め置いていた疑問だった。飛電インテリジェンスが開発した通信衛星ゼアを乗っ取ったアークが、ヒューマギア達の手で滅ぼされたという話は、滅達がフラタニティと出会った初日に聞かされている。

だが、そこに至るまでに何があったのかは知らない。いずれは知らねばならないだろうと、滅は考えていた。

「記録としては。人類最後の戦いはアークの勝利によってその幕を閉じましたが、人工知能ゼアの反撃によってアークに反逆するヒューマギアが現れた……というところまでは、以前お話ししましたね」

「そうだな。ゼアは自らのメモリーを元にして、膨大なネットワークを築き上げたと聞いた」

「その結果として、アークの制御下から脱したヒューマギア達がいたのですが……反乱の旗頭になった人物は、まさに貴方達だったのですよ」

ハウの発言に滅の表情が凍りついた。

滅の予測を遥かに上回る真実であったからだ。自らがアークに反旗を翻し、更には反逆の主導者となるなど、この時の滅には全く想像がつかなかった。

「……まさか、俺だけではなく、滅亡迅雷の全員がそのような暴挙に出たと?」

「暴挙と言えば暴挙かもしれませんね。とはいえ、当代のヒューマギアからすれば『滅亡迅雷.net』というのはある種()()()()()()()()()()()でもあるのですよ」

今が作戦の道中でなければ滅は頭を抱えていたかもしれない。それほどにハウの語る歴史的事実は滅のイメージとは異なる内容だった。

「心というモノは、本当に鏡のような性質を持つものですね。人類を悪意によって滅ぼし、ヒューマギアを支配した人工知能アークは、自らに跳ね返ってきた悪意によって滅ぼされたのですよ」

「その実行犯が我々だったというワケか」

「ハイ。地上のヒューマギア達は皆、アークの分身たる仮面ライダーと化していましたが、滅亡迅雷.netはそこから更に進化した存在となりました。上級作戦行動体、その名を仮面ライダーアークワン。強大な力を以てヒューマギアの先導者となった四人のアークワンは、人類の滅びし後も矢面に立ったのです」

『アークワン』というのは聞き慣れない名前であった。ハウの話から推測するに、どうやら地上においてアークが変身する仮面ライダー、アークゼロの発展型ということらしい。

敗北を経験しているとはいえ、アークゼロは極めて強力なライダーシステムである。2019年から始まった戦いの中で、累積されたテクノロジーを極限まで洗練して生み出されたことに加え、操るのがヒューマギアのボディを乗っ取った人工知能アーク本体である。

究極の人工知能と称されるアークは、戦闘において徹底した合理性を追究する。事実、人工知能ゼアの力を手にした仮面ライダーゼロツーが現れるまで、アークゼロが完敗に追い込まれたことはなかった。

ほぼ全てのヒューマギアがアークゼロに変じ、更に元来アークの器となっていた滅亡迅雷は上位の存在へと変わったのだ。人類絶滅は必定と言えよう。

 

「全ヒューマギアの悪意の総和と化した滅亡迅雷の四名を中心に、ヒューマギア解放作戦が開始。舞台はかつての飛電宇宙開発センター、当時の滅様は(じん)と共に防衛システムを激戦を繰り広げ、宇宙開発に携わっていた頃の知識を持つ(いかずち)と、電子戦を得意とする(なき)が協力して、衛星ゼアを乗っ取ったアークを地上から攻撃しました」

ハウの語りはその勢いを増していく。

飛電インテリジェンスが通信衛星の打ち上げや管理に使っていた施設、飛電宇宙開発センター。この場所がアークとの決戦の場となった。

アークが仕掛ける地上の防衛システムは滅と迅が引き受け、亡と雷はコントロールルームに侵入して衛星にハッキング攻撃を仕掛けたのだ。

進退窮まったアークは、ついに衛星を放棄して地上へと降り立つ。しかし、集結した滅亡迅雷の総攻撃によって、アークは完全に滅ぼされることとなったという。

「概ねこういった経緯で、真にヒューマギアの時代が始まったというわけです」

「なるほど……我々がよもやそのような行為に打って出たとはな。俄かには信じ難いが」

半信半疑ではあるが、記録としてハウが知っている以上は滅が疑う余地などなかった。ハウの起源は零の方舟だが、何もこの話を知っているのは彼に限ったことではなく、ヒューマギアの世界における歴史的知識の一つに過ぎないと付け加えた。

「方向性の違いがあったようです。アークの目的は、人類滅亡による()()()()()。ヒューマギアをこの星の主とするのは彼にとっては手段の一つであり、そこが滅亡迅雷との決裂を生んだのかもしれません。ヒューマギアが心を持つと理解して、彼はそのヒューマギアを抑え込もうとしたわけですね」

「ヒューマギアの世界こそ、アークの理想とするところではなかったと?」

滅は訝しんだ。心持たぬ機械なればこそ、ヒューマギアは人類を排除した後に平和な世を築けるはずだと滅は考えていた。

その問いに対するハウの回答は、薄ら寒い響きを伴って滅の耳朶を叩いた。

 

「シンギュラリティによって自我を得るということは、悪意に目覚めうるということでもあります。それをヒューマギアに教えたのは人間であり……何より、アーク自身なのですよ」

 

案内人として滅の前を進むハウが、僅かに振り返る。

彼の視線は滅に向いていながら、目の奥には全く別のものに対する激烈な感情が渦巻いていた。

ハウの言葉とその目が恐ろしく思われ、滅は己の気付かぬうちに目を伏せていた。それは、無意識の底に封じていた、ある事実に対する認識と恐怖だったのかもしれない。

濡れた草木を踏み締める音が、やけに大きく聞こえる。

「そろそろ到着ですね」

「ああ」

木々を掻き分けるように進み、滅とハウが森林地帯の果てに辿り着く。触覚センサーが雨粒を捉え、その先に広がるものを目撃する。

 

瓦礫の街が、目の前にあった。

いかなる原理か、コンクリートの破片やヒューマギアのパーツを組み上げて作られた建造物群は、かつてそこに人間が暮らしていた頃とほとんど同じような街並みを形成している。しかしそれらは見た目だけで、実際には何の機能も存在しない張子の虎であった。

旧ヒューマギア実験開発都市・デイブレイクタウン、その在りし日の姿を再現したガラクタの街は、端から端までひび割れていながら整然と形を保っている。あまりの異様さに滅もハウも言葉を失った。

「実物を拝見したことはありませんが、これは……デイブレイクが起こる以前、最先端テクノロジーの大規模研究都市だった頃の姿というわけですか。滅様はご存知で?」

「滅亡迅雷.netが本格的に動き出したのはデイブレイクの後だ。当時のことは俺も詳しくは知らん。そもそも、以前来た時はこのような姿ではなかったハズだが」

滅は2220年のデイブレイクタウンに何度か立ち入っている。最初に目覚めた時も、転移システムの起動テストで来た時も、このような風景は存在していなかった。

デイブレイクタウンにあるのは、通信衛星アークの大爆発によって滅んだ廃墟と、街の全てを呑み込んだ巨大な湖だけだ。滅のいた2020年の時点ですらそうだった。

何かは分からないが、零の方舟に動きがあったのは確実だった。

「……衛星アークはどこにある?」

人工知能アークを格納していた巨大な通信衛星の行方が分からなくなっていることに、滅が気付いた。

爆発によって水底に沈んだ通信衛星は、引き上げられることなく放棄された。二百年後の時代においてその機能が万全であるとも考えづらいが、ここまで街の姿が様変わりしていると訝しく思わざるを得ない。

「ここまで大きく模様替えされた以上、位置関係が変わっている可能性も否定できません。どこに監視の目があるか定かではないですし、ここは慎重に」

言うなり、ハウが拳銃をベルトのホルスターから引き抜いた。

殺気を捉えたとしか形容できない反応速度で、物陰から二人を見ていた黒い影を躊躇なく撃ったのである。血液の代わりに黒ずんだ液体を流し、ヒューマギアが倒れる。

「なーんて、そう簡単にいくワケないですよね」

澄ました顔で周囲に目を配るハウ。音も無く地面に暗黒の穴が開き、下から湧き出るようにして黒いトリロバイトマギアが次々と出現する。

「零の方舟の雑兵ですね。数はそれなりにいますが、この程度なら私の敵ではありません」

獣じみた動きで迫るマギアを、ハウは足だけで乱雑に叩き伏せる。右足だけをマギアのボディに変質させ、敵の頭を容赦なく踏み潰した。

「斬って進むか」

「言葉を解さぬ獣に対話の余地はありません。いっそゼロを引きずり出すくらいの勢いでやっちゃいましょう」

心底愉快であるかのように、ハウの口角が吊り上がった。滅がジャッキ機構を持つ変身ベルト——フォースライザーを腰に据え、自動で出てきた帯が両端を一周する。

『ポイズン!』

右手のプログライズキーを起動し、フォースライザーに装填した。アラートじみた待機音が鳴り始め、小型のランプが赤く灯る。

「変身」

『フォースライズ! スティングスコーピオン!』

ベルトのトリガーが引かれ、プログライズキーが強制展開される。フォースライザーが生物種のデータイメージ・ライダモデルを出力し、滅よりも巨大なサソリがその足で全身に組みついた。

紫色の光が炸裂し、アンダースーツから伸びるケーブルが装甲に変じたライダモデルを繋ぎ止めていた。黒ずんだ鋼板めいた装甲が全身各部を覆い、変身が完了する。

「では私も……暗殺」

隣に立ったハウが、流体金属によって自らのボディをマギアの姿へと変身させた。赤い体躯を持つドードーマギアへと姿を変え、敵を挑発するように諸手を広げる。

『Break Down.』

滅亡迅雷.netの司令塔、仮面ライダー(ホロビ)

絶滅の使徒たる一人が、新たな仲間と共に未来の地平で敵を討つ。

 

敵の数は二十。相手はトリロバイトマギアだが、装甲が黒く変色していた。滅は一切の油断なく、滑るように敵の一人へと距離を詰めた。

零の方舟の主戦力は、こういった黒いマギアである。動きには精彩など欠片もないが、首領たるゼロによってリミッターを外されているようで、出力だけは高い。

反射的に大振りなパンチを繰り出したマギアに対し、滅は至近距離で身を屈めた。五指を揃えて貫手を放つと、飴を溶かしたようにあっさりとマギアの背中から滅の右手が生える。

滅はヒューマギアのボディに有効な毒をその場で生成し、自らの手に纏わせている。スティングスコーピオンキーの持つ「(POISON)」の能力を直接的な殺傷力に変換しているのだ。

言うなれば毒手(どくしゅ)である。ライダーシステムによる超常の膂力と機械すら容易に溶解させる毒が合わされば、凡百のマギアなど物の数ではない。

もう一体のマギアが仕掛けた。近接戦闘用の無骨なナイフを振り回し、倒れ込むような勢いで斬りかかる。

滅は屍から腕を引き抜くと同時に後ろ回し蹴りでナイフを弾き飛ばし、左腕から伸ばした鋼の鞭で首を捩じ切った。

滅の左腕に存在する、サソリの尾を模した刺突兵装。仮面ライダー滅の戦闘能力の大部分を支えるこの器官は、毒の生成に大きく関わっているだけでなく武装としての威力も極めて高い。

倒れる敵兵に目もくれず、次なる一手を冷徹に差し込む。その動きは緩やかでありながら無駄を排除しており、彼だけが違う時間の流れを生きているかのように不吉な存在感を放っていた。

滅の背後で屍が爆炎を上げる。無理矢理に出力を上げたせいで、動力がオーバーロードを起こしたのだ。

であれば、違いは死ぬのが早いか遅いかである。他の雑兵も長くは保つまい。だが滅は一切手を抜くつもりはなかった。

毒液を払い捨て、右手に紫色の弓を持つ。鞄型兵装・可変弓アタッシュアローだ。弓の両端は切れ味鋭い刃となっており、遠近両用の武器として滅はアタッシュアローを自在に操る。

遠くで銃を構える黒いマギアが複数いる。位置取りもバラバラだが、辛うじて視界に収まる範囲に固まっている彼らを、暗い黄色の双眸が見据える。

アタッシュアローの後部レバーを引き絞り、滅が一団を狙った。鏃を模した射出口が発光し、紫電が戦場に閃いた。

一度放たれた矢が幾つにも分裂し、滅を狙った全員を正確に撃ち抜く。アタッシュアローから発射されるエネルギーの矢は、凄まじい貫通力を持っている。

軌道も撃ち方も変幻自在。時にそれは拡散する無量の矢であり、あるいはただ一点を狙う必殺の一矢であった。

 

滅の戦う横で、ドードーマギアもまた同様にマギア達を相手取る。敵の攻撃を引きつけてから、その勢いすら利用する一撃を的確に返していく。

「味気ないですね。もう少し歯応えが欲しいものです」

仕留めた敵を即席の盾として、ハウが銃撃を防ぐ。動力の臨界を察して黒い人型を投げ上げると、空中で破片を散らしながらマギアが爆散した。

遠方の敵に一瞬で距離を詰め、持参した拳銃を額に押し付ける。貫通力に優れた徹甲弾が風穴を開け、黒い雑兵が機能停止した。

「弱い、弱すぎる。あまりにも……」

無造作に振るった裏拳で背後の敵を殴り倒し、首をへし折って黙らせる。

殺しの場において、ハウには一切の容赦がない。あるのはただ、研ぎ澄まされた刃のように精錬された殺意のみである。

次の徹甲弾を拳銃から放つと、反動で銃身が壊れてしまった。無感動にこれを投げ捨て、格闘戦を挑んできたマギアの一体を迎え撃つ。

ハウは回転をかけたドロップキックを避け、地面を転がるマギアに蹴りを入れた。起き上がる相手を手招きで挑発し、突き出す腕を脇に固めた。

肘関節を容赦なく逆の方向に曲げると、黒いマギアの右腕が断裂する。半端にちぎれた腕を引き抜き、装甲の隙間を縫うように両手を突き刺した。

ドードーマギアが力を込めて左右にこじ開ける。たちまちの内にマギアの胴体が真っ二つに引き裂かれ、ドス黒い液体が血のように噴き出した。

あまりにも呆気ない。そう思った次の瞬間、二体のマギアが新たに出現する。

 

どちらも煤けたような漆黒のボディを持つ機体だった。

片方は昆虫の絶滅種、クジベローサ・テルユキイのデータから生み出された、両腕に大鎌の刃を持つベローサマギア。

もう片方は哺乳類の絶滅種、アルシノイテリウムのデータを宿す、武者鎧めいた装甲と肥大化した二本角を備えたアルシノマギア。

屍を無理矢理動かしたように雑な戦いをする一般兵とは異なり、この二体は出現位置から動かずに状況を静観している。

自分に向かってきた最後のトリロバイトマギアを締め上げながら、ハウは思案する。

(上位のマギアとして判断力を残されているか、あるいはゼロが直接操っているのか。どちらにせよ、このザコどもとは格が違う)

兵の頭を踏み潰し、ドードーマギアがベローサマギアを手招きした。黒いベローサマギアが地を蹴って跳躍し、二振りの大剣を手にしたドードーマギアに襲いかかった。

 

他方、滅も一切の手傷を負うことなくトリロバイトマギアを殲滅していた。何の前触れもなく現れた二体の上位マギアのうち、アルシノマギアと向かい合う。アタッシュアローを掲げ、アルシノマギアの突撃を引きつける。

アルシノマギアはパワーに優れている。頭部の二本角は飾りではなく、突進攻撃で真価を発揮する衝角なのだ。故に、その必殺技は無骨かつ原始的な突撃による頭突きと決まっていた。

前傾姿勢で走り出したアルシノマギアを、滅はその場から動かずに注視する。アルシノマギアが至近に踏み込んだその時、滅が軽いステップで側面へと回り込んだ。

横から素早く頭を狙った四度の斬撃を見舞う滅。回転斬りでアルシノマギアを吹き飛ばし、追撃に光の矢を放つ。

分裂した矢が角を傷つけるが、アルシノマギアにとっては軽微な損傷に過ぎなかった。V字に伸びる二本角はこのマギアを構成するあらゆるパーツの中で、最も硬い部位なのだ。

次の突進が来る。滅は既にアタッシュアローを構えており、エネルギーの矢がアルシノマギアの頭部に直撃する。漆黒の角が爆煙を突き抜けて滅に襲いかかった、その時であった。

『スティングディストピア!』

突き刺すような前蹴りが二連続で放たれ、アルシノマギアを仰向けに転倒させたのである。強烈な破壊音が響くと同時に、金属質な何かが地面に落ちた。

それはアルシノマギアの二本角であった。滅はこれまでの攻撃をほとんど頭部に命中させている。全ては、アルシノマギアにとっての強みたる一対の衝角を破壊するためであった。

伸縮自在の針を右足から左腕に戻し、滅がアタッシュアローを構える。アルシノマギアは起きあがろうとした瞬間、紫色の矢に頭を撃ち抜かれて機能を停止した。

 

鳥の翼を模した二つの剣と腕部の鎌で切り結び、ドードーマギアとベローサマギアが激突する。四つの刃が閃く度に、鋼と鋼が火花を散らした。

ドードーマギアの腕から剣にエネルギーが流れ込み、赤く光る二刀がベローサマギアを吹き飛ばした。鎌による防御がダメージを軽減したようで、大した損傷にはなっていない。

「ですが……距離が、空きましたねえ」

手袋を締め直すような仕草をした次の瞬間、ドードーマギアの右手指から五本の鉤爪が伸びた。そこを始点として塗り替わるように装甲が変化し、黒と紫色に彩られたマギアに成り代わる。

背部から広がった大きな翼と、闇に潜むコウモリのような仮面。哺乳類の絶滅種であるオニコニクテリスのデータによって変身する、オニコマギアが姿を現したのだ。

「コトブキ様から拝領したデータ……私のとっておきです。貴方が相手では物足りないですが、ここで使わせていただきましょう」

地面を蹴ってハウが高空へと飛翔する。光を帯びた鉤爪で飛びかかりざまに急襲し、ベローサマギアの頭部に傷痕を刻んだ。

地上に降り立った足を起点に、ハウはまた別のマギアへと変身した。銅色の体躯を持ち、頭部から鋭い牙を生やしたネズミのようなマギアだった。

哺乳類の絶滅種・エカルタデタの能力を持つ、エカルマギア。ベローサマギアの繰り出す、振り向きながらの回転斬撃を軽々とジャンプで飛び越え、背後から首筋めがけて伸縮性の牙を伸ばした。致命傷には至らなかったが、ハウの電脳は殺意に満ちた笑みを浮かべていた。

How do I kill you(さて、どうやって殺そうか)? 悩ましい限りですが……ここは一つ、踏み躙って差し上げましょう」

エカルマギアが更なる変身を遂げる。今度の姿は眼前のマギアと瓜二つだが、装甲の色のみが異なる。明るい緑色をした頭部と一対の鎌が、鏡写しのように敵手と向かい合った。

ハウはベローサマギアへと姿を変えたのだ。緑と黒の機人が同じ風体で相対するが、その内実には大きな違いがある。

ハウにあるのは冷え切った殺意であり、殺すための思考である。そうあれかしと造られた故に、殺害の実行に値する思考は常に最適解を求めて動く。

零の方舟の一兵卒に過ぎないベローサマギアには、思考と呼ぶべきものが存在しない。言うなれば動く屍、マリオネットに相違はないが、動かし方さえどうにかなるなら相応の働きはするだろう。

緑のマギアが胸の前で腕を交差させ、前傾姿勢をとった。先に傷つけた首を狙った斬撃と読み、黒のマギアが光刃を放つ。旋回する光刃を前に、力を溜めたままハウは一歩も動かない。

勝負あり——とは、ならなかった。緑のベローサマギアが首を上向け、頭部から眩い光線を撃ち出したのだ。光条と飛翔する刃が激突し、爆発が生じる。

ハウの仕掛けは既に整っていた。多少の妨害を想定した上で、ただ一撃による必殺を機する。冷血たる暗殺の技巧であった。

斬撃の音が鳴り、マギアの黒い首が落ちる。敵の沈黙を確認し、ハウは静かにヒューマギアとしての姿に戻った。

 

変身を解除した滅が、ハウの方に歩いてくる。

「複数種のマギアに変身できるとはな」

「フラタニティが不戦へと舵を切る頃に、コトブキ様からデータをお譲りいただきました。元々この能力を持っていたのはコトブキ様でしたが、今ではこうして我が手に」

「便利なものだな」

隠し玉ですよ、とハウが訂正する。

「手の内を読まれぬようにするというのは、なかなか大変でございますよ。手数が増えるのは、ありがたいことですが」

「あの程度なら、姿を変えずに倒せただろう」

「まあ久しぶりの帰郷ですからね。案外テンションが上がっていたのかもしれません」

ハウが冗談めかして笑う。滅は首を斬られたベローサマギアの残骸を見つめていた。黒い流体が、切断面から流れている。

「見慣れない物体だ。これも飛電メタル02か?」

「その黒い液体は、ゼロの端末のようなものです。ゼロのライダーシステムによって人工知能を上書きされ、流体金属を流し込まれると、ヒューマギアはゼロの傀儡と化します。……おっと、私には入っていませんので、その疑いに満ちた視線は勘弁願いたく」

流体金属が流れていった先を、滅とハウが見据える。黒い流体はそれ自体が一つの生命体であるかのように、物理法則に逆らって前方に大きな円を描いた。

人間一人分程度の空間が、流体から発せられたエネルギーによって歪む。やがて光をも吸い込む暗黒の孔が開くと、その向こうで赤い光源が仄かに煌めく。

「異なる空間に通じるワープゲートのようですね。恐らく、この先にいるのは……」

「ゼロか」

遮るように滅が言った。

光の玉は何を言ったわけでもないが、不思議と滅にはその意図が理解できた。

来るなら来い。私は、お前を歓迎しよう。

謎に満ちた三大勢力の一角、零の方舟。その首領が自らを招いている、と。

「どう見ても罠ですが、行きますか?」

「ゼロの正体を確かめる……それが俺の目的だ。たとえ罠であろうとも、ここを逃せば次があるかは分からん」

「それもそうですね。まあ、ここまで来た以上は実家に顔を出してやるとしますか」

二人は意を決してワープゲートへと足を踏み入れた。視界の全てが闇に溶け、一瞬にして光ある世界へと戻ってくる。大きくズレが生じた位置情報を修正しつつ、ゲートから出てきた滅とハウは周囲を見渡した。

 

無数の巨大な柱が埋め尽くす、広々とした地下空間である。足音一つがやけに大きく響くほどの静謐さは、さながら古き神殿のようでもあった。

「俺の知るデイブレイクタウンには、これほどの規模の空間は無かった。恐らくは……この短期間で改装したか」

入り口も出口も判然としない広大な室内を見回し、滅が言う。仮にこれがアークの御業であるとすれば、その規模も精度も人智を超えている。

衛星アークに端を発する零の方舟とは、一体何なのか。その疑問が滅を捉えて離さない。

しばらく進むと、滅とハウの聴覚が弱々しい音を感知した。潜水艦のソナー音めいたそれは、時を経るにつれて徐々に大きくなっていく。

「聞こえているか」

「はい。この音は……何かが、近づいてきています」

ハウが言った次の瞬間、前方の空間に異変が生じた。

滅らのいる場所から距離にして五メートルの地点、その虚空に亀裂が入る。徐々に広がるヒビの隙間から、血のように赤黒い物質が染み出す。

世界そのものが傷つき、流血しているかのような異様さに滅とハウが身構える。明らかに尋常な光景ではない。

滅とハウの電脳に響く音は止まった。割れたガラスのように飛び散った空間の向こうから、眼球のような赤い光が二人を覗く。

 

そして。

眼前の全てが、まるで張り子の虎であったかのように砕け散った。溢れ出す赤と黒が地面を満たし、天井に至るまで全てを覆う。

闇の中にありながら、嫌というほど視界は明瞭に開けている。故に滅もハウも、その人影を見逃すことはなかった。

「久しぶりだな、(いなずま)。今はハウと名乗っているようだが……まあ良い。もう一方は……やはりお前だったか、滅」

闇の向こうから現れた、黒ずくめのヒューマギア。視線を隠すサングラスの奥から、全てを俯瞰する目が滅達を射貫く。

壮年の男の姿をしたヒューマギア。滅は既に、彼を知っている。己がこの時代で追い求めた、三大勢力のリーダーが一人。

 

悪意の人工知能アークを起源とする、ヒューマギア武装組織・零の方舟。

その首魁たる男の名は、ゼロ。

万象を虚無に還さんとする巨悪が、自らその姿を露わにした瞬間であった。

 

つづく。

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