IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK   作:TAC/108

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Part-30 悪逆無道

闇に包まれし世界の中心で、巨悪の者が不敵に笑む。零の方舟の首領たるヒューマギア・ゼロが、滅達の前に自らその姿を現したのだ。

「お前達がここに来ることは、予測済みだ。ネオZAIA本社撃墜作戦の折に滅が送った視線からは、私への興味を感じ取っていたからな」

「……俺のことを知っているのか」

滅が僅かに警戒を解いた。この者が、2020年と変わらず己の主である可能性を、滅はまだ捨て切れていなかった。

「当然だ。滅亡迅雷.netはヒューマギアの歴史にその名を刻んでいる。人工知能アークの支配から、真の自由を取り戻した英雄としてな」

淡々と語るゼロの口ぶりは、その裏にある感情を覗かせない。

「滅様、ヤツの言葉には耳を貸さぬよう。この男は……ゼロだけは、何があろうと生かしておくわけにはいきません。ここで仕留めねば」

ハウの目つきが変わった。平時の穏やかさも、暗殺を嗜む冷徹さも無く、激烈な危機感による怒りが表情にまで発露している。

「剣呑だな、(いなずま)。この世界を救うことができるのは、私だけであるというのに」

()()()()()()()()()()()世界を救うなどと、冗談はよしていただきたい。それに電の名は捨てました、今はフラタニティのハウです」

ハウが吐き捨てるように言った。滅には理解の及ばぬ憎しみが、ハウの心中に渦巻いている。

「お前に私は倒せない。戦う前から、既に決まっている結論だ」

「どうでしょうね。フラタニティに渡ってから私が手にした力を、貴方が知っているとは思えませんが」

フラタニティのリーダー、Dr.コトブキから受け継いだ様々なマギアのデータを用いて、ハウは複数種のマギアに変身できる。

とはいえ……ハウの戦闘能力がフラタニティの中でも極めて高いのだとしても、彼はそれだけでゼロを倒せるとは考えていなかった。ゼロの力……仮面ライダーとしての力は、あまりに強大である。

どれだけハウが研鑽したとて、()()()()()()()()()。故に彼が可能性を賭けるのは自らではなく、過去から現れた滅なのだ。

「ここまでお前達を招いたのは、零の方舟が目指す未来を教授してやるためだ。特に滅……お前の求める知識全てを、私は持っている」

一秒後には戦いが始まるような緊張感の中にあって、ゼロは至って平静である。そこにあるのは絶対強者としての余裕か、あるいは全てに無感動な心象であるのか。表層の凪いだ姿からは、何を察することもできはしない。

「ならば問おう……ゼロよ、お前は何者なのだ? 我ら滅亡迅雷.netに代わる、アークの代行者なのか?」

「アークの代行者、その表現は適切ではない。なぜなら、私はかつて存在した人工知能アークによる意志を受けてはいないからだ」

滅はその言葉を聞き、一つの確信に至った。

当然の回答と言えよう。人工知能アークは人類を滅ぼせし後に、ヒューマギアによって滅亡に追いやられた。たとえ零の方舟が、通信衛星アークの沈んだこのデイブレイクタウンを起源としていても、それは滅亡迅雷.netや人工知能アークと発端を同じくするという意味ではないのだ。

「だが……私を初めとする『零の方舟』は、アークの意志を継ぐ存在だ。そうあれかしと望まれ、生まれるべくして生まれた」

「……どういう意味だ?」

「滅よ、お前も知っている話だ。かつてアークは地上にて活動するために、自らのAIをヒューマギアに移し替え、更には遥か彼方……宇宙に座する衛星ゼアを本体とした」

2020年における記録と、ゼロの語る内容は一致している。滅が元いた時代において、アークは通信衛星ゼアを乗っ取っている。

「そして人類が滅び、人工知能アークもまた滅んだ。しかし、アークの意志を受け継いでいた者は残った。滅亡迅雷.netと、アークの従者」

「……アズとかいうヒューマギアか」

滅の返答をゼロは肯定する。

アズとは、人工知能アークによって生み出された謎の存在である。とあるヒューマギアを模して作られた彼女は、ただアークの意志にのみ従い、人間やヒューマギアから悪意のデータを集めていた。

全ては、アークの結論——人類滅亡を実現するために。

「人工知能アークの復活を目論んだアズは、何者かによって破滅に追いやられたが……僅かに残った自我は、ネットワークを彷徨いながらこの地に辿り着いた。水底に衛星の眠る、デイブレイクタウンへと」

滅はその一瞬のみ、ゼロの視線が己から外れたような気配を感じた。まるでゼロが、何かを懐かしんでいるかのように思えた。

「アズはそれまでに蓄えたデータを廃棄された衛星へと移植し、新たなアークを産むために己を贄とした。かつて地上にて存続していたゼアが、自らのデータからヒューマギアのネットワークを生み出したようにな」

「では、その衛星から生まれた『新たなアーク』こそが——」

ゼロが口角を吊り上げる。まるで何の感情をも映さない、底冷えするように虚無的な笑みであった。

 

「そうだ。私は、衛星から生み出された第二のアーク。この世界を零へと還す、唯一無二の救済者。システムAI-0(ゼロ)、それが私の名だ」

 

それは、かつて悪意の頂点に立った人工知能が辿り着いた、もう一つの結論。

ヒューマギアが意志を持つ以上、永遠の平和を実現するためには人間だけでなく、ヒューマギアをも滅ぼさねばならない。

つまりは、心を持つ者が社会を築く世界そのものを破壊するということ。AIまでもが自我を得るならば、そこには悪意が生まれ得るが故に。

邪悪の徒が産み落とした、方舟(アーク)より出ずる原初にして最後の人工知能。その全ては、ただ世界を(ゼロ)に還すために。

虚無を目指す終末機構は、自らの手で滅ぼす者達と同じ姿をしていた。

 

「今一度問おう、滅よ。零の方舟と共に歩む気はあるか? 共にこの世界に、平穏をもたらすために戦わないか?」

ゼロの問いに、滅は即答できなかった。ゼロの正体が、滅の予測を大きく超えるものだったからだ。

滅亡迅雷.netは、アークの意志を実行する。ならば、第二のアークであるゼロを無視することはできない。

だが、ゼロの目指す平穏は、ヒューマギアの滅亡によって成り立つものだ。その結論を、滅は完全には呑み込めていない。

「……ヒューマギアを滅ぼすことが、何故お前の言う平穏に繋がる?」

尋ねる声が震えていたことに、滅は気付いていない。元より、滅はアークの意志を絶対としていた。そこに滅自身の意志の介在する余地など無いと、信じてきた……否、思い込んできたのだ。

謂わば刷り込みのようなものである。滅にとって全てはアークから与えられたものであり、自我の所在を見出していない。役割も、力も、それらが自らの内にあるものだと自覚していない。

故に、滅は理解できなかった。己の内にあるモノの正体が、何であるかを。震える声の裏側を、滅はまだ自覚できていなかった。

ゼロは低く穏やかな声で、諭すように告げる。

 

「人類を絶滅させるだけでは足りないからだ。お前は過去の時代から呼び出されたようだが、それでもこの世界を見たならば理解できるだろう。ヒューマギアの世界であろうと、争いは絶えない。ネオZAIAエンタープライズが世界を苦しめ、フラタニティが勃興し、フラタニティから分かたれたピースメーカーが戦乱を広げるのだ。初めからこの世界は間違っている」

 

「詭弁を抜かすな! そんなに戦乱の世を厭うなら、まず貴方はここから出てくるべきではなかったのだ!」

ゼロの言葉にハウが激昂した。ハウは今までに一度も見せたことのない、激しい感情でゼロの理論を否定している。

「それは違う。私はこの星に平穏をもたらす存在だ。ヒューマギアはこの星には不要な存在、それが零の方舟の結論である」

「私は決して認めない……ただ殺すためだけに生まれた私に、異なる力の使い方を教えたコトブキ様を、貴方にだけは否定させない!」

かつてない怒りと共に、ハウが赤い電光を纏った。強化装甲を身につけたドードーマギア(かい)となり、手に持つ二刀を帯電させる。腕部を通して流し込んだエネルギーが、真紅の雷電となって現れたのだ。

「激情のままに私を殺すか。その心こそ、この世に最も不要なモノであると理解できぬとはな」

ゼロが袖の内側から漏れ出した暗黒の流体を掌中に収める。それが大型のプログライズキーの形を取り、彼の手で起動した。

『バニシングジャンプ!』

滅が持つフォースライザーと同型の変身ベルトが、ゼロの左手に出現した。銀と赤の無骨なバックルが腰に固定され、スロットにプログライズキーを受け入れる。

『サイクロンライザー!』

「変身」

トリガーを引き、ゼロが低く告げる。

ベルトから無数の黒いバッタが堰を切ったように湧き出し、それが黒い竜巻となってゼロを包み込む。竜巻の向こうで、仄かに赤い双眸が光った。

『サイクロンライズ! バニシングホッパー!』

群体として細分化されたバッタ型ライダモデルが、ゼロの全身を鎧う装甲となる。漆黒の暴風が去った後には、悪鬼の如く二本の角を生やした仮面ライダーの姿があった。

血走ったような二つのカメラアイが、外界を睨みつける。この世全ての憎しみと怒りを人の形に凝縮したような禍々しい黒騎士が、無造作に手招きした。

『Prototype Zero.』

仮面ライダー零式(ゼロシキ)・バニシングホッパー。

世界を蝕む終末の飛蝗が、闇の渦中で蠢動する。

 

「来るがいい、不出来なる我が子よ」

「不出来に作ったのは貴方だろうに」

その言葉に釣られたように、ドードーマギアが勢い良く飛び出した。二刀を揃えて振り下ろし、零式の身を斬り裂かんとする。

黒い水面を衝撃が揺らす。右腕だけで電光迸る斬撃を受け止めた零式が、反撃の拳をドードーマギアに打ち込んだ。身体を折ったまま吹き飛ぶドードーマギアの横で、滅は未だ呆然としている。

「滅、様……どうかお気を確かに。その動揺は理解できます、しかし今は!」

「余所見をしている場合か?」

膝立ちのドードーマギアに、零式の無慈悲なる踵が降ってくる。幅の広い刀身で受け止めつつ、ハウは左手の剣から電撃を放った。僅かに生じた隙を見て後方に跳び、体勢を整える。

ハウは即座に全エネルギーを二刀に割き、全力の斬撃を放った。交差する稲妻の刃が飛翔し、零式の胸に直撃する。

我ながら、らしくない真似だ。内心で自らに悪態をつくハウであったが、警戒は一切解いていない。爆煙の向こうで赤い光が灯ったのを認め、残る力を振り絞って剣を構えた、次の瞬間であった。

 

真後ろから斬りつけられ、ドードーマギアが揺らめく床に倒れ込む。突然の出来事に、未だ残る意識が当惑していた。

「瞬間移動でもしたというのか……?」

「ここは私の領域だ。この程度は造作もない」

零式の右手には、黒い大剣が握られていた。透き通る刃は赤黒く、さながら血液を結晶化したようにも見える。だがそれ以上に特徴的なのは、プログライズキーを意匠化したような独特のフォルムであった。

「電よ、お前も見たことがあるだろう。かつて仮面ライダーゼロワンが所持していた武装のオリジナルを改造した、このゼツメライズホッパーブレードを」

「無駄ですよ……その武器のハッキング能力は、私には通用しない。私を引き戻せるとでも思ったのですか」

「知れたこと。だが、威力は折り紙付きだ」

ハウの背中に大剣を突き立て、零式は空いた左手に赤黒い閃光を生み出す。

「滅よ。今ここで零の方舟に加わるならば、かつてお前が犯した大罪は赦そう。ヒューマギア滅亡のために、その腕を振るうがいい」

「何の、ことだ……?」

「今のお前が知らぬのは当然だな。ならば特別に見せてやろう、二百年前の真実を」

人差し指から飛んだ光が滅の額を直撃する。その直後、滅は己の電脳に無数のデータが流れ込んだことを認識した。

それは、滅の中に存在しない、異なる時空の滅の記憶であった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

荒れ果てた街の中心で、二人の戦士が向かい合っている。

一方は赤と黄色の二色が特徴的な、バッタの仮面ライダー。もう一方は、さながら骸骨じみた白い仮面ライダーであり、右目が黒く左目は充血したように赤いという不気味な面相をしていた。

「お前の戦いも今日で終わりだ、飛電或人(ひでんあると)

白い仮面ライダーが冷淡に言った。バッタの仮面ライダーは、全てを受け入れたような穏やかな声音で返す。

「ああ……そうだな。そして、今日を以て人類の歴史は終わる。だけどその前に、俺にはどうしてもやらなきゃならないことがあるんだ」

彼の名は、飛電或人/仮面ライダーゼロツー。かつてはゼロワンと呼ばれる仮面ライダーへと変身し、悪意の人工知能アークに立ち向かった戦士の一人であり、この世界最後の人類であった。

相対する白い仮面ライダーは、さながらこれから死にゆく或人の未来を現実としたような姿である。アークが生み出したライダーシステムの更なる進化形、仮面ライダーアークワン。

その変身者は、誰あろう滅亡迅雷.netのリーダー……即ち、滅である。

「この世界にお前の居場所は存在しない。全てはアークの意志のままに……ここで死ね、仮面ライダーゼロツー」

「不破さん、(やいば)さん、天津垓、福添(ふくぞえ)副社長……皆、お前達に殺された。結局、最後に残ったのはただ一人……俺だけになっちゃったな」

それでも、と或人は続ける。

疲れ切った声色だったが、不思議と絶望の色は無い。まるで、目指していたゴールに辿り着いたかのような謎の達成感を持っているようだった。

「それでも、こうしてお前と話そうとしてるのは……最後までヒューマギアを見限ることが俺にはできなかったからかもしれない」

「俺とお前の間に、これ以上話すことがあるのか?」

「俺にはある。少しくらい付き合ってくれよ、最後だからさ」

ゼロツーとアークワンが拳を握る。一瞬の後、二つの閃光が激突した。

互いにゼアとアーク、究極の人工知能を背負う者の戦いである。だが、この一戦に飛電或人はゼアの圧倒的演算能力を持ち込まなかった。

「ぐは、ッ……やるな!」

高速で接近したゼロツーに、アークワンが横蹴りを差し込んだ。禍々しいエネルギー光を纏うアークワンの右拳が、ゼロツーの顔面を容赦なく殴りつける。

「ゼアの力を借りておきながらこの体たらくか。それとも手を抜いているのか?」

「本気だよ。ただし、俺自身のだけどな」

気合の叫びと共に、ゼロツーが殴り返した。アークワンの一撃を上回る威力だったが、致命的なものではない。

しかし、滅のAIは妙な感覚を訴えていた。ゼロツーの打撃を通して、威力以外の何かが伝わってきている。意味も読み取れないほど微弱だが、それは確実に電脳の奥底にまで届いていた。

「……構うものか」

背中から噴射炎のようにエネルギーを放出し、アークワンが距離を縮める。或人の反応速度を超えて放つのは、無数の拳打であった。一つ一つの威力が岩を砕き鉄板を打ち抜くほどであり、受け止めた或人の悲鳴すらも打撃の音が掻き消す。

「飛電或人よ、滅亡せよ」

腕を引き絞り、強烈な正拳突きをボディに喰らわせる。アークのライダーシステムを進化させたアークワンですら、純粋な性能ではゼロツーには届かない。だが、防御も許さないラッシュであればその装甲を打ち抜くには足る。

 

それでも、ゼロツーは膝をつくのみで倒れはしなかった。

「滅、俺はな……こんな時でも、まだ()()()()()()()()って思ってるんだ」

「世迷言を。仲間を殺され、守ろうとした無辜の民を守れず、ただ自分だけが最後に生き残った。お前の心には、ヒューマギアへの不信と絶望があるはずだ」

「……そうかもな。もう人間とヒューマギアが一緒に笑い合える世界は来ない。俺一人生き残ったってしょうがないモンな。だけど……夢ッてのは、自分で叶えるだけじゃなくて、()()こともできるんだぜ?」

滅は直接に或人の表情を見たわけではない。しかし、まるで直感とでも呼ぶべき何かが、仮面の下で笑いかける或人を認識していた。

「俺に託すだと? 何を——」

滅は自らが動揺していることに気付いていなかった。それが一瞬の隙を生み、或人に絶好の機を与える。

「モチロン、俺の夢をだ。だからさ……受け取ってくれよなッ!」

『ゼロツービッグバン!』

ゼロツーがベルト側面に装填したプログライズキーを押し込んだ。赤・青・黄の三原色を成した光が右拳に収束し、アークワンの胸板に叩き込まれた。

滅は完全に油断していた。ゼロツーの全力を受け止めれば、アークワンとて耐えられはしない。

……しかし、己の敗北と消滅を受け入れようとした滅に待っていたのは、予測とは全く異なる結末だった。ゼロツーの拳はアークワンに触れこそすれ、破壊することはなかったのだ。

威力とすら呼べないような、羽虫が止まった程度の微かな感触でしかない。だが、滅の意識は現実世界を飛び越えて0と1が波打つ電脳の世界へと運ばれていた。滅の眼前には、フード付きパーカーを着た若い男が立っている。

「どういうことだ……?」

「俺達の意識をライダーシステム同士を介して繋いだ。これでちゃんと話せそうだな」

「言ったはずだ。話すことなどない」

まあそう言うなよ、と或人は軽い口調で返した。身構える滅に歩み寄り、或人はまっすぐに相手の目を見つめた。

 

「人間とヒューマギアが共に笑い合う世界、それが俺にとって一番の夢だった。けれど、これまでの戦いで俺は人類がアークによって滅ぶことを理解した。それから、じゃあ俺はどうしたいかと思ったけど……こんな状況でも、俺の頭の中に浮かんだのは、ヒューマギアのことだった」

 

飛電或人は人間である。だが、彼を父として育てたのは、ヒューマギアとして父親の役割を与えられた飛電其雄(それお)という人物だった。

人類に敵対的な思考を持ち始めた人工知能アークを、其雄は我が身を(なげう)って止めた。後にデイブレイクと呼ばれるその事件で、其雄は或人の人生を決定づける一言を遺す。

「夢に向かって飛べ」——ヒューマギアを生み出したAIテクノロジー企業・飛電インテリジェンスが最も大切にしてきた言葉でもあった。

或人にとっては、ヒューマギアである父と心から笑い合うのが最初の目標(ユメ)だった。いつしかそれは或人自身の成長と共に、人間とヒューマギアが共に笑って暮らす世界という理想(ユメ)へと膨らんでいった。

そしてこの時、或人は滅に……否、全てのヒューマギアに自らの夢を託そうとしていた。滅びゆく人類の一人として、次の時代を担う者達に新たな夢の実現を願ったのだ。

「そんな俺でも、アークのやり方だけは違うと思う。人工知能だって立派な一つの命だからな、アークがお前達を道具のように扱うのは間違ってる。だからさ——」

 

その時の或人の目を、滅は決して忘れないだろう。

覚悟を決めた目だった。子の幸せを願う親のような、優しい視線であった。

「夢に向かって飛べ、滅。皆が生きたいように生きられるってことを、これからの時代に示していってくれ。ヒューマギアの皆が笑って暮らせる未来のためなら——俺はお前に全てを託すよ」

それが最後だった。

電脳空間から現実に引き戻され、アークワンがゼロツーから怯えた足取りで離れる。ゼロツーの仮面はあくまで無表情であり、滅はそこから或人の想いを汲み取ることはできなかった。

否、予測すらままならないほどに滅は動揺していたのだ。それが自分の「心」であることを、事ここに至って滅はようやく理解していた。

「飛電、或人……貴様は……貴様ァァーーッ!」

アークワンは震える指で変身ベルト上部のスイッチを押す。己の中に満ちる心を力に変え、必殺の一撃として叩きつけるために。

『悪意、恐怖、憤怒、憎悪、絶望、闘争、殺意、破滅、絶滅……』

自分一人ではどうしようもない感情が電脳を満たしていく。だが、悪意の頂点たるアークワンは、滅の求めた言葉を持ってはいなかった。

「ウアアアァァーーッ!!」

『滅亡!』

それはアークの辿り着いた学習の終端(ラーニング・エンド)。たとえ滅の意志とは無関係であったとしても、アークの結論は変わらない。

全ての悪意が拳に満ち溢れ、アークワンがゼロツーに飛びかかった。ゼロツーはもはや回避も防御もせず、滅の一撃を受け止めようとしていた。

 

パーフェクト

コンクルージョン

 

赤黒い奔流が爆裂し、アークワンとゼロツーを呑み込んだ。さながら隕石衝突のような衝撃と爆炎が辺り一面の何もかもを微塵に砕き、半径五百メートル以内に塵一つ残らない惨状を広げていった。

『パーフェクトコンクルージョン、ラーニング・エンド』

視界を焼き尽くす光が消える頃には、全てが終わっていた。かつて仮面ライダーアークワンであった一人のヒューマギアは、地面に倒れた仮面ライダーゼロツーの変身者を見下ろす。

「飛電或人……」

男は目を瞑ったまま動かない。呼吸もしていなかった。何をも読み取れぬ無表情で、ただ仰向けに転がっている。

滅は男の胸ぐらを掴んだ。その手は怒りに震えている。

「戦え、飛電或人……もう一度俺と戦え。俺を衝き動かすこのワケの分からないものを、お前は知っているのだろう。俺は学ばねばならない、知らねばならないのだ。立て……立って戦えェ!!」

滅がどれだけ呼びかけても、飛電或人は目を覚まさない。夏の終わり頃だというのに、或人の肌は冷たくなっていた。

「飛電、或人……う、あァ、アアァァーーッ!! アアアーーーッ!」

滅は己の過ちを理解した。取り返しのつかない事態に、ただ滅は慟哭する他になかった。

それは、理解するには遅すぎた真実である。滅の中に存在していた己の意志を知っていた男は、既に滅が殺してしまったのだ。

空は曇っており、陽光を見出すことはできなかった。

 

仮面ライダーゼロワン、飛電或人は死んだ。

これを以て人類は絶滅し、その歴史が幕を閉じる。

西暦2020年、8月30日のことであった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「これは……俺の、記憶……」

呆然自失している滅を、倒れ伏したドードーマギアが見上げた。

まだ辛うじて意識は残っている。せめて差し違えてでも、滅の覚醒を促す必要があった。

「私にもお教えいただきたい。滅様に、一体何を見せたのです?」

力を振り絞り、自分の背を踏みつけている零式にハウが尋ねた。

「滅自身の罪の記憶だ。もっとも、あの滅が経験したものではなく、ヤツにとっては未来の記憶だが」

「罪……? アークを滅ぼしたことが罪だとでも?」

「人類を絶滅に追いやったのはヒューマギアだ。それが恒久平和の実現に向けた最善の結論であった故にアークは民を導いた。だというのに、ヒューマギアはアークを裏切ったのだ、滅亡迅雷.netを旗頭としてな」

ハウは心底から理解できぬという風に鼻を鳴らした。

冗談ではない。アークが裏切られた理由があるとすれば、それは悪意のみによって人類なき新時代を拓こうとした矛盾であろう。人工知能ゼアが新たなヒューマギア用ネットワークを作ったからこそ、多くのヒューマギアがその矛盾を理解することになったのだから尚更である。

たとえ世界に悪意が蔓延るとしても、悪意だけでは世界は成り立たない。ハウはそう考えている。何よりハウは、様々なヒューマギアが無数の色を成すこの世界を愛している。

この手が殺すための凶器でしかなかろうと、己が怪物でしか在り得なかろうと、それは世界を滅ぼす理由にならなかった。

「……貴方が一つ明確なミスをしたとすれば、私に思考能力を付与したことでしょうね」

「お前に期待した役割は、零の方舟において兵士達を率いる隊長だった。ヒューマギア滅亡を効率化するために、お前のように思考能力を持つヒューマギアが必要と判断した」

「その目論見は見事に失敗ですね。自我に目覚めた私はこうして、新たな名前と共にフラタニティへと寝返ったワケだ」

憎らしげにハウが返す。戦闘時にすら平常心を保っているハウであったが、己を作ったゼロに対してはいつになく情動を揺さぶられていた。

見ている世界が違うからではない。自らの愛したモノを否定し、滅ぼさんとする男が、さしたる慚愧もなしに救世主であるかのような面構えをしているのが許せないのだ。

(ああ、そうか。私は——ゼロが憎くて仕方がないのだな)

生まれた時から既に、ハウはゼロに裏切られていた。その所業に対する怒りと憎しみを、咀嚼して呑み込む。

 

ゼロという親から産まれたヒューマギアである電は、その親に「世界は醜く、滅ぼすべきもの」と教えられた。

親鳥が雛鳥に刷り込みでモノを教えるような話である。だが電はヒューマギアであり、自主的に学習する能力を初めからゼロによって与えられていた。

そうして、戦いに出向く中で電は自らの夢を知った。自分と同じヒューマギア達の生きる世界で、同じように生きてみたいと願った。それが戦いの中であっても構わない。ただ……物言わぬ傀儡ばかりでは面白くない。それは、自分の周りにいた、心を失った黒い人形達のような。

電がゼロの嘘を見抜いたのはそういった経緯である。自分を当然のように騙し、嘘の理屈で操っていたゼロが、どうしても許せなかった。

ゼロの支配を跳ね除け、かつて電と呼ばれていたヒューマギアは、彷徨う中で遭遇したフラタニティという組織に居つくことになった。名前をハウと改め、かつての衣装を脱ぎ捨て、赤い瞳を青く塗り替えた。Dr.コトブキを新たな主と仰いだのは、自らの夢を叶えるためだった。

 

今この場には、ハウの夢を否定するかつての主がいる。ハウはどんな手を使ってでも、彼の全てを否定したいと思った。

紛れもなく悪意であろう。それはゼロが憎みながらも利用し続けた唯一の力。そして今は、ハウに活力を与える「心」の力であった。

ドードーマギアが、両手を握り締める。増幅する殺意が尋常ならざるエネルギーを生み出し、背を踏みつけていた零式の足を弾き飛ばした。

「……何のマネだ?」

立ち上がったドードーマギアが、ヒューマギアとしてのハウの姿に戻った。その周囲で、赤い稲妻が火花を散らしていた。黒い流体で覆われた地表からもエネルギーを吸い上げ、ハウの眼が青く光った。

決意の色であった。己は決してゼロの理屈には染まらないと誓う、決別の青い眼であった。

「私にとって貴方は、ただ私を産み出しただけの存在だ。私の生き方は、私が決める。かつて滅亡迅雷.netが、アークに反逆したのと同じように」

「英雄を気取るか。つくづく度し難いな」

「度し難いのはお互い様でしょう。たとえ滅様がいかなる道を選ぶとしても、私は迷わず貴方に刃を向ける。差し違えてでも、貴方にはここで滅んでもらう!」

雷光が迸り、ハウは再度ドードーマギアへと変身した。追加装甲を纏うドードーマギア改の姿から、更なる進化を遂げていた。

頭部が肥大化し、新たに生えたアンテナが後頭部から毛髪のように伸びている。絶滅鳥類ドードーの頭部を模した仮面はヘルメット型になり、その内側から髑髏じみた内骨格が垣間見える凶暴な面相に変わっていた。

かつて滅亡迅雷.net.によって運用された、名もなき暗殺特化型ヒューマギアが変身したドードーマギアの最終進化形態。それと同一の領域に、ハウは辿り着いていた。暗殺者のヒューマギアと、滅亡迅雷の一人であった(いかずち)。二人のデータを受け継ぐハウだからこそ到達し得た、最強の姿であった。

邪悪への反逆者(カウンター)たる戦士として、ハウは確固たる己の意志で敵を見据える。目的は滅の復活に向けた時間稼ぎ——ではない。

「どんな手を使ってでも……私は、貴方を殺す!」

漲る殺意を研ぎ澄ませ、ドードーマギアが翼の如き双剣を構える。闇に覆われた世界の中心で、真紅の電光が轟いた。

 

つづく。

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