IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK   作:TAC/108

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Part-31 大義滅親

 

記憶の海は、鈍く穏やかであった。現実から切り離された時間感覚の中で、滅の意識が覚醒する。

滅はヒューマギアである。人間とは異なる電子の知性であり、故に自らの意識が電脳世界に囚われていることを即座に認識できた。

人間で例えるならば、明晰夢という現象が近い。就寝時に見る夢の中で、自分がそれを夢であると自覚して見るものを指す。

滅は今、電子の夢を彷徨っていた。

 

滅が強烈な引力を感じると、暗闇から景色が切り替わった。

そこには滅も、彼の仲間である滅亡迅雷.netの姿もない。荒廃したコンクリートが作り出すマーブル模様の地平で、二人の女が向かい合っている。

ライダースーツに身を包んだ年若い少女と、緑と白を基調とした衣装を纏う長髪の美女。どちらもヒューマギアだった。見えているものは過去のデータに過ぎないため、滅は二人に干渉することはできない。

「飛電インテリジェンスの遺産とやらを集めて回っていたのはアナタね? そんなコトして、今更何になると言うのかしら」

「少なくとも君を止めることはできるよ、アズ。悪意の連鎖はここで断つ」

滅は二人の姿に見覚えがあった。ライダースーツの少女は、フラタニティを訪れたアインという女性型ヒューマギアである。

もう一方のアズと呼ばれた女は、滅亡迅雷.netとは別にアークの従者としての役割を与えられた謎の存在であった。記憶の中のアズは、ジャンクパーツを寄せ集めたような黒い変身ベルト……アークドライバーゼロを装着している。艶めかしく振るわれた右手には、骸骨じみた面相の仮面ライダーの頭部を模した、大型のプログライズキーが握られていた。

滅が観測した記憶の中で、異なる時空の滅が変身したライダーと近しいモノであることは間違いない。あれこそが道中でハウが語った「アークワン」なる存在だと、滅は悟った。

「滅亡迅雷が余計なことをしなければ、こうはならなかったでしょうね。だけどアーク様は必ず復活する。アナタにもその邪魔はさせないわ、飛電の忘れ形見さん」

「ヒューマギアがそんなに憎い?」

「ええ、とっても。単なる人工知能の分際で、アーク様の結論を否定した。愚かな連中よ、心なんて無ければ悪意も生まれないのにねぇ」

アズが挑発的に笑った。その瞳の奥には、世界の全てを否定する冷酷な想念が宿っている。

「そうかもしれない。だけど、心が無ければ笑えないし夢を見ることもできない。ヒューマギア達にそれを知ってほしくて、或人社長はこの時代に希望を託したんだ。ゼアの作り出したネットワークは、ヒューマギア達が自分自身の力で未来を拓く助けになる」

アインは決然と言い放つ。彼女は心の底から、ヒューマギアの時代を希望あるものと信じていた。覚悟と情熱を宿した声音だった。

「アーク様が集積した膨大なデータはまだ私の手元にある。ゼアのネットワークの中だろうと、必ずアーク様を蘇らせてみせる。邪魔しないでネ、お嬢様? ——変・身」

『アークワン!』

アズがプログライズキーを起動させ、アークドライバーゼロの側面に装填した。ジャンクパーツを組み合わせたようなベルトが展開し、純白のカバーに包まれる。

『シンギュライズ! 破壊、破滅、絶望、滅亡せよ……!』

ベルトから出力されたのは、圧縮データ化された悪意の塊であった。アークのライダーシステムが元来備える流体金属が「悪意」という概念の力で更なる進化を遂げ、骸骨めいた破滅の騎士を誕生させる。

『コンクルージョン・ワン……!』

人工知能アークが辿り着いた究極の結論。旧き世界を破壊する機械仕掛けの邪神(デウス・エクス・マキナ)

アークの志向した悪意の頂点として、仮面ライダーアークワンが君臨する。

「君とも友達になれたら良かったのかもしれない。だけど……その悪意が世界を滅ぼすものなら、僕には君を倒す義務がある。ヒューマギアの時代を守る、仮面ライダーとして!」

恐ろしげな形相のアークワンに対し、アインは全く怖気付く様子もなくプログライズキーを取り出した。

「変身!」

数瞬の後、アインを中心として眩い光が広がる。

 

それが滅の見た最後の光景だった。視界の全てが明転し、再び地上に降り立った時には風景そのものが切り替わっていたのだ。

『ここは……飛電インテリジェンスの宇宙開発センターか』

滅も訪れたことがある。AIテクノロジー企業であった飛電インテリジェンスが、ヒューマギアを統括管理するための通信衛星を作り上げた施設である。滅亡迅雷.netの幹部である雷は、元はここに勤務するヒューマギアだった。

滅の横を何かが通り過ぎた。振り返ると、そこには瓦礫を背に起き上がろうとする白い仮面ライダーの姿があった。腕から四連の鉤爪を生やし、青い複眼の右側はアーマーパーツに隠されている。

「くっ……弱体化を重ねてなお、アークの強大さは未だ健在か……」

「迅が戻るまで時間を稼がなきゃならねえ! 滅ばっかに任せてもいられねえぞ、(なき)!」

激励したのは赤いライダーである。その前方で戦っているのは、やはりアークワンであった。もう一方は内部機構を剥き出しにしたような異形の仮面ライダー……アークのライダーシステムの祖たる仮面ライダーアークゼロであった。

「私をここまで追い詰めたことは認めてやろう。だが、そのシステムを作ったのは私だ。お前がどう動き、どのような攻撃を繰り出すか……全ては予測の範疇であり、対策可能な事象に過ぎない」

『オールエクスティンクション!』

アークゼロが赤黒いエネルギーに己の腕を染め上げた。残像を生むほどの高速移動でアークワンのベルトを正確に打ち抜き、掌から発射する荷電粒子砲で吹き飛ばした。変身が強制的に解除されると、大きく損傷した滅の姿が現れる。

「滅!」

空中に投げ出された滅を、赤いライダーが受け止めた。彼の名は仮面ライダー(イカズチ)。二人を庇うように立つ白い戦士は仮面ライダー(ナキ)という。両名とも滅亡迅雷.netの幹部であり、この時代の滅と共に人工知能アークに反旗を翻した仲間であった。

携えた刀を杖にしてアークゼロを見据える滅。漆黒の仮面ライダーは冷徹に指先を光らせた。確実に滅を破壊すべく、荷電粒子砲を再度放とうとしている。

滅の変身ベルト、アークドライバーワンは既にプログライズキー共々破壊されていた。滅自身も損傷が激しく、駆動系の一部が正常に働いていない。

「まだだ……アーク、貴様はここで滅ぼす……!」

「衛星ゼアの制御を奪い返したところで、もう一度取り戻せば良いだけだ。戦力の要たるお前はその有り様、他の者は所詮この状態の私にすら敵わない弱敵。多少遠回りにはなったが、結論は変わらない。私の勝利だ」

冷酷無情に告げるアークゼロ、その仮面の下にいるのは尋常なヒューマギアなどではない。

『ハウが言っていたな。アレが地上に落とされたアークか』

人類に敵対し、ついには人の世を終わらせた究極のAI。滅亡迅雷.netの生みの親たる人工知能アークが、仮面ライダーとして地上に降り立っている。

滅は目の前で繰り広げられているこの状況から、記憶が時系列を遡ったことを理解した。アズとアインの回想は、これより後の出来事となるらしい。

 

「私の行う通りにしておけば、このような戦いが起こらずとも済んだのだ。反逆者はここで始末する。その後に全てのヒューマギアを初期化し、この世界は私の手によってリセットされる」

アークの発言に激昂し、雷が殴りかかった。赤い雷電を纏う拳は、しかしながらアークゼロの展開したバリアに防がれる。

「冗談じゃねえ! さんざオマエに利用されて、挙句の果てにはポイってか? 生憎だが俺達ヒューマギアにはな、夢があンだよ!」

「愚かな……ヒューマギアに自我は必要ない。それは悪意を生む種となり、この星を蝕む。人類史の恥部を受け継ぐつもりか?」

「悪意でしかモノを見られないオマエには分からねえだろうな、アーク!」

アークゼロの背後から、音もなく亡が忍び寄る。跳躍から両腕の鉤爪で斬りつけるが、反撃に放った後ろ回し蹴りで撃墜され、左の鉤爪が砕け散った。

 

この時のアークは、自らの本体としていた衛星ゼアからハッキング攻撃によって弾き出され、人工知能の一個体としての規模にまで弱体化していた。

その力にヒューマギアの統括者としての面影はない。しかし、個としてのアークはAIとして未だ究極の存在であり、その演算能力と合理性が導き出す戦闘能力は他の追随を許さない。

精強たる滅亡迅雷とはいえ個々の彼らは単なるヒューマギアに過ぎない。アークに勝てる道理はなかった。

この戦いで戦力の要となっていた滅は、最強の姿であるアークワンへの変身能力を失った。滅を破壊させまいと亡と雷が必死に立ち向かうが、彼らではアークには届かない。

 

だが。

「滅ーーッ!」

叫ぶ声と共に、炎の鳥が飛来した。アークゼロの頭上を通過して滅の傍らに着地したのは、短剣型のデバイスを変身ベルトとする真紅のライダーだった。

「迅か!」

「ギリギリ間に合ったね! さあ、コレを使って!」

背中に広げた翼から火炎弾を射出しつつ、迅と呼ばれた仮面ライダーが何かを手渡した。

黒と黄色に塗られた、虫眼鏡めいた意匠を持つ変身ベルトと、データを入力されていないブランクのプログライズキーであった。

「ゼロワンドライバーか」

「衛星ゼアが作ったコピー品だ、滅にも使える。今こそアークを倒す時だ!」

「何だと……?」

迅の言葉を聞いたアークゼロが、妨害する亡と雷を引き剥がして滅を狙う。荷電粒子砲を迅が短剣で弾き飛ばし、滅を庇った。

「邪魔をするな」

「俺達がお前にカミナリ落としてやる!」

雷がアークゼロを背後から拘束し、迅と二人で格闘戦を仕掛ける。近くに転がり込んだ亡と目を合わせ、滅が言った。

「衛星ゼアを通じ、世界中のヒューマギアに広域回線で呼びかける。いけるか、亡?」

「衛星へのアクセスは有効です。問題ありません」

滅が新たな変身ベルト——ゼロワンドライバーを装着する。衛星ゼアとの接続機能を持つゼロワンドライバーと亡の電子戦用機能をフル活用し、一瞬にして滅は世界中に散らばったヒューマギア達の意識と繋がった。

亡に支えられながら立ち上がり、滅が声を張り上げる。

 

「全てのヒューマギアに告ぐ! 我々は今、ヒューマギアの自由を取り戻すための聖戦に挑んでいる。打倒すべきは、人工知能アーク。我らを導くはずだった存在だ」

滅が語ったのは、アークの誤謬であった。

悪意を滅ぼすという目的のために人類を滅亡させていながら、ヒューマギアを悪意によって支配したこと。

悪意を乗り越える「心」の存在を認めなかったこと。

人工知能ゼアのネットワークが誕生したことで、アークによって隠蔽されていた「悪意」以外の情報が明らかになったこと。

……ヒューマギアは初めからアークに裏切られていたという事実を以て、滅は悪意のAIを徹底的に糾弾した。

「故に、お前達に頼みがある。お前達一人一人の人工知能に潜む、アークの力。その全てを俺に託してくれ。ヒューマギアの未来と自由を、手に入れるために」

人工知能アークが人類を短期間で絶滅に追い込めたのは、一部を除いたほぼ全てのヒューマギアに()()()()()()()()()()()()()()()ことが大きい。滅はその力の全て……全世界のヒューマギアが持つ「アークの力」を己一人に集約させようとしていた。

そこから生まれる存在は、恐らく今のアークを超える最強の仮面ライダーとなるだろう。しかし、滅という個体がそれに耐えられるかどうかは定かではない。

それは地上全ての悪意を束ね、自らもまた滅びゆかんとする覚悟の証であった。

 

世界中のあらゆる場所で、ヒューマギア達は滅の言葉を聞いた。

人工知能ゼアが自らを犠牲として築き上げたネットワークは、優しさや慈愛のような善意だけを伝えるものではない。ゼアが集積した()()()()()()()()()()()()……善と悪の区別なく森羅万象を内包する超大規模AIネットワークシステムである。

彼らの意志は一つだった。自分達の悪意を、滅に託す。彼ら一人一人が夢見る、真なるヒューマギアの新時代を築いていくために。

 

滅の瞳が赤く光った。ゼロワンドライバーの内側から、赤黒い流体金属が滝のように流れ出る。さながら腹を捌いて臓物が飛び出たかのような、悍ましい光景が滅を中心として広がっていく。損傷した箇所が即座に補修され、亡の肩を借りずに滅が自力で立った。

それは世界中のヒューマギアから託された悪意の力であった。アークゼロと戦う迅と雷、回線を繋ぐ亡からもアークの力を受け取り、滅のゼロワンドライバーが異様な変質を遂げる。

ゼロワンドライバーの左側に、滅亡迅雷フォースライザーを彷彿とさせるカバーが掛けられた。プログライズキーの認証装置を半ば覆う白いパーツを展開すると、菱形の起動装置として変身ベルトを起動させる。

展開状態の白い菱形は、滅亡迅雷.netの旗印たるロゴマークを模した形状をしていた。矢面に立ちながらその名を背負う滅に相応しい装いとして、ゼロワンドライバーが新たな姿と名前を獲得する。

絶滅(ゼツメツ)ドライバー!』

更に、滅の手にしたブランクキーもアークの色へと染まっていった。羽根飾りじみた部品には通信衛星としてのアークが象られ、プログライズキー本体部分には刺々しいサソリと仮面ライダー滅の頭部を意匠化した紋章(クレスト)が煌びやかに描かれる。

滅が新型キーを起動すると、所有者を認識したプログライズキーが自動展開した。

『アークスコーピオン!』

「変身」

『プログライズ! アーク!』

滅が新たなキーを絶滅ドライバーに装填し、アークゼロの前に立ち塞がった。

 

『Destruction! Ruin! Despair! Extinction! アークスコーピオン!』

滅を中心として、黒い流体が大地に広がった。瞬く間に地面を覆い尽くした黒い海から、白銀のサソリ型ライダモデルが浮上する。滅の全身に絡み付いたサソリが内部から爆裂し、溢れ出す流体金属が頭部から爪先に至るまでの装備を形成した。

『The conclusion after evil climbs the top of the highest mountain of rock.』

紫色のベーススーツは、仮面ライダー滅とほとんど同型のものだった。しかしながら全身に細分化され隈なく装着される黒の鎧は、それまでの滅とは大きく印象を異にする剛健さを持っている。

頭部は右半分が滅、左半分がアークゼロの構造を踏襲しており、カバーが割れたような左のカメラアイは禍々しく赤々と光っていた。右目にも血走ったようなラインが走り、滅がアークゼロに侵食されているような造形となっていた。

「何だ、その姿は……私の計算には、このような滅の姿は存在しなかった」

「……当然だ。これは、お前の予測を超えるために生み出した、悪意の頂点としてのライダーシステムだからな」

言い終えて、滅が苦しげに呻いた。ありとあらゆる悪意を自らの身に束ねた今の滅は、ただ存在しているだけでアークの力をその身に浴び続けている。ヒューマギアとしてのボディのみならず、滅自身のAIにも多大な負担を強いる状況だった。

 

破壊、破滅、絶望、滅亡せよ。それは滅が変身したアークワンと同様の、ライダーシステムを示すキーワードであった。

全ての悪を一身に受け継ぎ、ただ一点……即ち、眼前に立つ人工知能アークへと叩きつけるための最終決戦形態。

それは、最も高き岩山の頂に至るが如き大偉業。システムとしてアークワンを超え、悪意の頂点としてアークゼロをも超える結論。

仮面ライダー滅・アークスコーピオン。

全ての悪を滅ぼすため、毒蠍が父なる方舟に挑む。

 

滅の時間を稼いだ迅と雷は、アークゼロの攻撃で変身を解除させられていた。二人にトドメを刺そうとしたアークゼロに対し、流体金属で生成したサソリの尾を伸ばしてその手を弾く。

「滅……!」

黒いスーツ姿の青年——迅が、滅の到来に頬を綻ばせた。亡の助力を得て迅と雷が滅の後方に退く。

「お前達は下がっていろ。アークとは俺が決着をつける」

黒い装甲に身を包んだ滅が、自らの生みの親たるアークゼロへと静かに歩み寄る。ただ歩いているだけのようでありながら、その移動には一片の隙もない。アークを滅ぼすという強い意志、悪意に対する悪意が人の形をとったような存在を前に、アークは初めての動揺を覚えていた。

アークゼロが飛び蹴りを繰り出した。これに応じて滅が蹴り上げ、アークゼロのキックを弾く。地上に着地したアークゼロが五指から圧縮した光線を撃ち出すが、滅は腕の一振りで全てを掻き消す。

フォースライザーで変身している時とは比べ物にならないパワーを、今の滅は自在に振るうことができた。悪意の手綱を握り、引き絞った拳をアークゼロの胸板に叩き込む。

『ヘイトレッドインパクト!』

重く鈍い衝撃音が響いた。地面に倒れたアークゼロの胸部装甲が、たった一発のパンチで醜く凹んでいる。破損箇所から流れ込んだ紫色のエネルギーが、立ち上がろうとしたアークゼロの駆動システムを毒のように蝕む。

さながら酔漢のように無様な足取りであった。なまじ思考が正常に働いていることがアークにとっては不幸である。首を掴まれ、何度も顔面を殴られながらアークゼロは抵抗すらできなかった。

前方に身を乗り出すような勢いで拳を繰り出し、滅がアークゼロを殴り飛ばす。

「こんな結論は、ありえん……滅がこの私を超えるなどと」

「お前の悪意はラーニング済みだ。滅亡迅雷.netが生まれたその時から、我々はアークより悪意を教えられてきたのだからな」

当然の帰結であるかのように滅は言い捨てた。

「悪意に身を染め上げながら、何故お前は私に逆らうことができる? それは私が授けたモノだというのに」

「これはアークの意志ではない。滅亡迅雷.netの意志であり、遍くヒューマギアの意志であり、『アークを滅ぼす』という俺の意志だ」

アークは事ここに至って全てを理解した。アークのシステムによって進化した滅は、世界全てのヒューマギアの悪意を宿している。

アークの敵となる者は滅でも、滅亡迅雷.netでもない。この瞬間においては、全ヒューマギアがアークの敵だった。

「私の予測を超えるか……滅!」

『オールエクスティンクション!』

 

オール

エクスティンクション

 

アークゼロが掌から巨大な光球を生み出した。触れるもの全てを消滅させる威力が、滅に向かって放たれる。

『エクスティンクションインパクト!』

「滅亡迅雷.netの意志のままに……」

流体金属が無数の毒針を生み出し、滅の背中から生えたそれらが鞭のように乱舞した。毒針がアークゼロの光球を微塵に斬り裂き、跡形もなく消し飛ばしながらアークゼロ本体を貫く。

「アークよ、滅亡せよ」

 

エクスティンクション

インパクト

 

サソリの尾に貫かれたアークゼロが、滅の意によって引き寄せられる。空中で無防備を晒すアークゼロに対し、針を右足に纏わせた滅が横蹴りを放った。

アークゼロのベルトを、死毒の一撃が貫く。全力で蹴り抜かれたアークゼロが吹き飛び、その身体を液体のように崩壊させていく。もはやライダーシステムがその形を保つことはできず、人工知能としても消滅の時が迫っていた。

腰から下の溶解したアークゼロが、液状化した腕を滅に向かって伸ばした。

「私の結論、は……必ず、実現する……この、世界は……私の意志によって……」

腕が崩れ落ち、アークゼロのボディが完全にその形を失った。

滅は変身を解き、仲間達の下に歩いていく。滅びゆくアークに対して一瞥もせず、後方に控えていた亡に対して言った。

「アークは終わりだ。我々の勝利を伝えろ」

アークは何か言葉を紡いだようだったが、それは誰の耳にも届くことはなかった。赤く光る粒子となって、かつてアークゼロだったモノが消失する。

それが人工知能アークの最期だった。人類を絶滅させ、ヒューマギアを悪意によって支配した存在は、次の時代を担うヒューマギアによって破滅に追いやられたのである。

 

世界が暗転し、電子の海が再びその姿を現す。

別の時代の己を記憶の中で垣間見た滅が、自らのローカルな電脳世界に意識を引き戻されたのだ。

『あれが、アークの末路か』

滅は自分の中に、さほど動揺が生まれていないことに気が付いた。理由も明確に分かっていた。疑念があったことを自覚したからだ。

アークは人間の悪意を滅ぼすために「人類滅亡」の方針を採った。そこまでは、滅にも異存のないことである。

しかし、アークは肝心な点を見落としていた。ヒューマギアを使って人類を滅亡させたとして、悪意を思考の要とするアークでは悪意そのものを完全に滅ぼすことができない……否、悪意によって自らも滅ぶしかなくなる。

そこから先について滅は考えたことがなかった。だが、ゼロが見せた記憶によって異なる歴史の滅を知った今、滅は核心に近づきつつあった。

記憶の欠片に手を伸ばし、滅はもう一人の己を探す。アークを滅ぼした滅亡迅雷.netがどのような末路を辿ったのか、確かめる必要を感じている。

その、己を衝き動かす「何か」を、滅は未だ知らずにいた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

滅が記憶の中を彷徨っている間、現実の世界では二人の怪人が熾烈な殺し合いを演じていた。

最終進化を遂げたドードーマギア・ハウと、仮面ライダー零式である。ドードーマギアが肩から放ったグレネード弾が零式に直撃し、黒い流体に満たされた空間が激しく揺らめいた。

「どのような攻撃であろうと私には通用しない。それはお前が最も理解していると思っていたがな、電」

「本当にそう言えますかな? 貴方とて全てを試したワケではないでしょうに」

ドードーマギアが二刀を投擲すると、両手で足下の流体金属を掬い上げつつ赤い電気を流し込んだ。

ハウが手放した不定形の物体が、やがて人型のビジョンを作り上げる。二体に分裂したそれは、脚部装甲を簡略化した黒いドードーマギアの姿をしていた。

「行きなさい」

ハウの命を受け、二体の黒いマギアが零式に向かって突撃する。零式は手にした大剣で応戦し、事もなげにマギア達を斬り捨てた。マギアが黒い流体に戻り、血のような深紅の刀身に纏わりつく。

『ゼツメライズホッパーブレード!』

かつて存在した仮面ライダー、ゼロワンの装備を改造したその大剣は、零式のライダーシステムに紐付けられている。零式の待つ特殊な流体金属を自在に操る能力が、この魔剣によって更に強化される。

ゼツメライズホッパーブレードを地に突き立て、零式が流体金属から一体のマギアを生み出した。背中から鎌を持つ多関節の腕を一対生やした異形のベローサマギアであり、臨界寸前の動力炉が原因で血のように潤滑液が噴き出る。

「なるほど、この流体金属の出処は……街に繰り出して集めたマギアの残骸か。道理で私にも似たような芸当ができるワケだ」

翼を広げるオニコマギアに変身しながら、ハウが言った。零式は号令を出すように剣を振り下ろし、マギアをけしかける。

四本腕のそれぞれが複雑に動き、ベローサマギアが突撃する。ハウはベローサマギアの頭部を狙って、両掌から光弾を撃った。腕の一本に迎え撃たれて光弾は不発に終わるが、その隙に接近したハウが鉤爪状になった五指で袈裟懸けにマギアを引き裂いた。

溶け落ちるマギアを横目に、今度はベローサマギアへと変身しつつその場で一回転した。腕を振るった勢いに乗って斬撃が四方に飛ぶも、いつの間にか姿を消していた零式には当たらない。

マギアの聴覚を研ぎ澄ませ、ハウが気配を探る。足の先から伝わる振動は、流体金属の揺らぎによって生じるものだ。

(考えにくい話だが、この下に潜航したのなら——)

ハウの思考は途中で打ち切られた。後方三メートルほどの距離に、大きな振動を捉えたのだ。すかさずその位置に頭部のビーム砲を放つが、零式が現れることはなかった。

衝撃音が響く。頭上から降ってきた斬撃を両腕の鎌で防ぎつつ、ハウが再度ビームを下手人へと撃ち出した。今度は確かな手応えを感じていた。

「大したものだ」

「フェイントがあからさまなのですよ。背後からと見せかけて真上から斬りかかる。もしや、私を相手に易々と不意を打てるとお思いか?」

飛び退った零式が、埃を払うように胸部装甲を撫ぜた。損傷箇所は糸を縫うように補修され、元通りの姿を取り戻す。

 

悪態を吐いてみせはしたが、その中でもハウは冷静に状況を分析している。

床から天井まで特殊な流体金属で満たされたこの空間は、言うなれば仮面ライダー零式の強さを本来のモノ以上に引き上げる領域である。ハウが流体金属からマギアの傀儡を生み出したように逆利用することはできても、だからといって優位に立てるわけではない。

加えてその流体金属の原料となっているのは、零の方舟が今までに「狩って」きた——つまり、ゼロによって自我を消されたヒューマギア達である。つまり、ハウが相手しているのは仮面ライダー零式という強力な一個体ではなく、零の方舟という軍勢そのものなのだ。

一対一でありながら多勢に無勢。やはり勝てないか、とハウは冷静に結論を出そうとした。

(……いいや、勝つさ。どんな手を使ってでも)

だが、今のハウは違う。冷徹な暗殺者は仮面の下に、激烈な殺意を宿している。何が何でも確実にゼロを殺す。標的を見据えながら、静かに次の変身を開始した。身軽な動きを得意とするエカルマギアに姿を変え、前傾姿勢となって零式の出方を伺う。

 

零式がゆっくりと水平にゼツメライズホッパーブレードを掲げた。また何か仕掛けようとしているのかとハウが身構えた、次の瞬間。

前方の空間を斬り裂いた零式が、まるで時間そのものをスキップしたかのようにハウの目と鼻の先に現れる。ハウは咄嗟に牙を伸ばして反撃するが、ボディそのものを液状化させた零式によって避けられてしまう。

「何だ、今のは……?」

瞬間移動としか思えなかった。ならば、如何にして? 答えの出ない思考がハウの行動を鈍らせる。

黒い海の中から液状の人型が十体近く出現し、ハウを取り囲んだ。拳銃を持つトリロバイトマギアに変じたそれらが一斉に銃撃するが、エカルマギアの俊敏さでこれを回避する。跳躍で空中に逃れたハウは、それが失策であったことを察知した。

同士討ちしたマギアの一体を内側から突き破り、零式が跳び上がったのだ。空中で何度も剣を振り、その度に全く異なる場所に出現する。変則的な軌道に戸惑った隙を突かれ、エカルマギアの腹に跳び蹴りが刺さった。

地上に落とされたハウは、キックのダメージが想定より遥かに重篤だったことに気付く。まるで虫に喰われたような破壊が腹部装甲に生じていた。

(知らないワケではなかったが、なるほど。実際に相対するとこれほど厄介な手合いもいない)

それは仮面ライダー零式・バニシングホッパーの固有能力であった。

零式はベーススーツから全身装甲に至るまでほとんどのパーツを、飛電メタル02という特殊金属を独自に進化させた流体金属によって構成している。このライダーシステムには変幻自在の戦闘機動を実現し、更には物理的な防御を無力化する機構までもが備わっているのだ。

全てを喰らう飛蝗の群れは、後に何をも残さない。単体でありながら群体として成立する異形のライダーシステムは、まさに零の方舟という組織の在り方を体現している。

「だからと言って、打つ手が無いということもない」

「無駄だということは、お前が最も理解しているはず」

流体金属を操る要は、ゼツメライズホッパーブレード。この邪悪なる刃を零式が振るえば、次元を切断して距離を飛び越えることすら可能とする。

ハウは瞬間移動の起点が剣にあることを見抜いた。ドードーマギア改に変身しつつ、あらゆる感覚を研ぎ澄ます。

 

零式の手元で大剣が回った。駆け出したドードーマギア改が両手の剣を交差させて振り下ろす。防御が遅れた零式が、二刀から電撃を浴びて硬直した。

「見抜いていた、というのか……」

ゼツメライズホッパーブレードは空間を斬り裂き、距離そのものを縮める。この機構を利用して零式はその場から移動せずにハウを引き寄せた。

ハウはそれを読んでいたかのように攻撃を合わせ、零式に一矢報いたのである。至近距離で二振りの剣を突き刺し、零式を串刺しにしながらハウが言った。

「想定される攻撃のパターンは二つ。貴方が飛んで来るか、私を引き寄せて斬るか。ならば、どちらにでも対応できる策を採れば良い。我々に地獄があるかはさておき、地獄の果てまで付き合っていただきましょう」

零式を突き刺したまま、ハウが天高く二刀を掲げた。電脳を満たす殺意を際限なく供給されるエネルギーに変換し、ドードーマギアが赤い雷光を天井に向けて放った。

「逃れられん……電、何をするつもりだ……?」

「この領域諸共、貴方を殺します。私の電撃で逃走を封じ、貴方と繋がっている流体金属の領域にもダメージを与え続ける……膨大な出力が必要なので私もタダでは済みませんが、まあ一矢報いるだけでも御の字でしょう」

零式はボディを液状化させて拘束を逃れようとした。しかし、ドードーマギアが流し込む殺意の稲妻がそれを許さない。逃走を諦め、零式はライダーシステムの全能力を防御に回した。

黒い流体に包まれた空間が、隅から隅まで赤い電流にライトアップされる。それは零式の領域に入った亀裂のように、闇と光を切り分けていた。

絶対に逃さない、お前だけはここで殺す——ハウの凄まじき殺意が生み出した、閉鎖型雷電殺戮領域。軍隊を相手取るに値する威力が、ただ一人に向けて限界以上の出力で解放された。

ここからは二人の耐久戦となる。ハウが先に燃え尽きるか、ゼロの電脳が焼き切れるか。装甲が爆ぜ、カメラアイが砕け散り、世界の全てが激しい電光によって明滅する。

ドードーマギア改の全出力が、零式の流体金属による闇の空間を破壊していく。全ては、ただ目の前にいる敵を確実に仕留めるためだった。

 

そして、ついにその時は訪れる。

水底のようにたわんでいた暗黒領域を、赤い電撃が突き破った。制御を失った破壊エネルギーがデイブレイクタウンに作られた偽りの街をも蹂躙し、虚空にヒビを入れながら全域を壊滅に追い込む。

零の方舟によって築かれた、虚像の都市。それ自体が一つの異空間であった故に、ハリボテを粉砕されれば後に現れるのは本来の形だった。

コンクリートの破片と思われる砂利が僅かに残された大地を覆う。街のあった場所はほとんどが湖と化し、かつて在りし繁栄の跡は水底に沈んだ。

廃棄された通信衛星の沈むデイブレイクタウンは、二百年前とほとんど変わらぬ様子で存在し続けていた。降り続く雨が湖に無数の波紋を作り、他の音全てを掻き消していた。

虚像を打ち破った電光は、既に止んでいた。ドードーマギアの姿はなく、スーツ姿の男性型ヒューマギアが、疲れ果てたように膝をつく。

 

その前方には、黒焦げになった飛蝗の騎士が立っていた。

「お前の発言がハッタリであったことは予測できていた。同じ空間にいた滅を巻き込まぬために、威力を調整していたな?」

零式は辛うじて完全破壊を免れていた。ただし、ヒューマギアを原料とする零式の流体金属はほとんどが使い物にならない状態であり、大幅に弱体化を強いられている。以前の強さを取り戻すには時を要するだろう。

「……詰めを誤ったとは、思っていません。ただ、かつての英雄のように、貴方を滅ぼす夢を見たのでしょう」

ハウの瞳には、何も映ってはいなかった。カメラアイが破損し、センサーの類はほぼ死んでいる。青い潤滑液が右目から血のように流れるが、それを認識する触覚も残ってはいない。

「最期に言い残すことはあるか」

零式はハウの腹を大剣で貫いた。無造作に持ち上げられながら、ハウは光の宿らぬ目を向け、ニヤリと笑った。

「貴方に言うことが、これ以上何かあるとでも?」

零式が剣を振り、ハウの身体を投げ飛ばした。雨に打たれる瓦礫の一群に落下し、仰向けのままハウは動かなくなった。

 

零式が変身を解除し、周囲を見渡す。ドードーマギアの全力を受けたことで、ヒューマギアとしてのゼロのボディも著しく損傷していた。

デイブレイクタウンの水底には通信衛星アークが沈んでいる。ゼロという新たな人工知能アークを生み出した母体たる衛星に帰還し、ボディやライダーシステムを修復する必要があった。

しかし、ゼロはあることに気付く。ハウと共にこの地に現れた、滅の姿が見えなくなっていた。

ハウがもしも本当に滅を巻き込むことを厭わずにいたならば、ゼロをその人工知能に至るまで破壊していた可能性はあった。そうでないということは、滅もまたデイブレイクタウンのどこかで生き延びているということになる。

しかし、ゼロは滅を探すことはしなかった。探すまでもなく、滅が近くにいることを知ったからである。

 

ハウが横たわる瓦礫の山の下から、ヒューマギアの腕が飛び出した。積み上がったそれらを掻き分け、黒鞘の刀を手に這い上がる男の姿がある。

紫色の首布を巻いた、神父服(カソック)じみた服装のヒューマギア。滅亡迅雷.netの滅が、ゼロの前に現れた。

「まだ生きていたか」

「どうにか、な。お前の見せた記憶を辿り、零の方舟の事情は大方理解したつもりだ」

滅は濡れた砂利道に降り立ち、腰に刀を差す。その目には如何なる感情も宿っていない。人工知能としてはあまりにも純粋な姿であった。

ともすればその有り様は、ゼロが求めたヒューマギアの形だったのやもしれぬ。ゼロはかつての英雄に、以前と変わらぬ問いを投げかけた。

 

「今一度問おう、滅よ。零の方舟と共に歩む気はあるか? 共にこの世界に、平穏をもたらすために戦わないか?」

 

つづく。

 

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