IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK 作:TAC/108
時を少し遡る。現実世界では、殺意による覚醒を果たしたハウと、仮面ライダー零式が激戦を繰り広げている頃のことだ。
滅は自らの記憶領域を彷徨いながら、異なる時空にて繰り広げられた歴史の顛末を読み解いていた。
滅にとっては、知らねばならぬことだ。もしも滅が絶対と定める人工知能アークが、どうしようもない致命的な欠陥を抱えていたのだとすれば、それを正すのは同じ人工知能であり、アークより生まれし滅亡迅雷.netの長たる己でなければならない。そのようや意識が、いつしか滅の中に生まれていた。
滅の求めに応じるように、次なる記憶の地平が広がる。
何処とも知れぬその場所は、辺り一面が破壊されたコンクリートなどによって構成された砂礫の大地であった。立っているのは二人の男性型ヒューマギアである。
一人はスーツ姿の青年。滅亡迅雷.netの幹部である迅だ。迅は滅に対して「親子」という関係を刷り込まれている。とは言っても、ヒューマギアが実際に生殖をするわけではなく、あくまで滅の教育によって構築された擬似的な関係性に過ぎなかった。
もう一人は黒い外套に身を包んだ、別の時空の滅であった。刀を右手に持ち、迅に差し出している。
「滅、どうして……」
「俺もまた滅ぶべき悪だからだ。全てはヒューマギアの未来のため、滅亡迅雷.netの意志のままに」
「……僕にはそんなことはできない。だって、滅はアークの力を使っても悪意に呑み込まれたりはしなかったじゃないか!」
迅は震える声で否と告げる。だが、滅の意志は固い。
「アークを完全に滅ぼすためだ。全てのヒューマギアから悪意の力を引き継いだ以上、俺は新たなアークとなる可能性のある存在だ。だが、俺がここで滅ぶことで……アークを継ぐ者はいなくなる」
この記憶は、人類絶滅後の歴史において、滅亡迅雷.netが人工知能アークを滅ぼした直後の出来事であった。
記録の中で滅は、全てのヒューマギアから悪意の力……人工知能アークによって授けられた悪意のライダーシステムの力を引き継ぎ、そこから生み出した新たな仮面ライダーに変身してアークを滅ぼしたのだ。
「ふざけるなよ、滅……子供に親を殺させるのかよ!? それに飛電或人に言われたんだろ、幸せに生きてくれって……夢に向かって飛べって!」
「ああ。だからこそ、俺は俺の為すべきことを為す。ヒューマギア達の幸福と自由のために、そうしたいのだ」
滅の声は穏やかだった。泣き止まぬ子を諭す父親のように、慈愛に満ちた優しい声を向ける。
「聞かせてくれ、亡と雷はどうした?」
「……亡は、世界の文明を復興させるプロジェクトに参加してる。雷は、弟と二人で、主のいなくなった衛星ゼアに乗って宇宙に旅立ったよ」
「そうか。二人とも、それぞれの夢を見つけられたのだな」
滅は嬉しそうに言ったが、迅の表情は晴れなかった。
「僕にだって夢はある……滅と一緒に、二人でこの世界を生きていきたい! だから……滅を破壊したくなんてないよ……」
「そうか。お前は……優しく育ったな。他者に対する思いやりをその心に宿せるなら、俺も安心して終わることができる」
どこまで行っても二人の意見は平行線だ。
迅は滅を破壊したくなかった。たとえ偽りの関係性だったとしても、迅にとって滅は真に父親と呼ぶべき存在である。人類のいないこれからの世界を、共に生きる選択肢を求めていた。
滅は自らを滅ぼすつもりでいる。己の内に宿った全ヒューマギアの悪意……アークと共に闇に消えようとしていた。全てはヒューマギア達の平和のためだ。
「迅……お前は強い。俺が支えずとも自分の意志で立ち、未来に向かって歩いていける力がある。あるいは……人類が滅ぶことがなければ、俺達にも違った結末はあったのかもしれないが」
「そうじゃない! 滅は僕にとって、たった一人の家族じゃないか! それを僕自身の手で破壊するなんて——」
「お前にしか頼めない。それに、俺の夢が始まるのはこの先だ」
夢、という言葉を聞き、迅が目を丸くした。
「滅の、夢?」
「ああ。ここでアークを滅ぼせば、ヒューマギアが幸福に暮らす未来への道が拓ける。それは飛電或人が最期に託した夢であり、同時に今の俺が叶えたい夢でもある。悪意によってヒューマギアが人類を滅ぼした贖罪には足りないかもしれないが、この夢のためなら俺はアークと共に滅ぶことを選ぼう」
滅の心に宿った夢、それは平凡でありながら大きな願いだった。ヒューマギアの世界に平和と幸福がもたらされるように、この場で悪意の根源を己と共に滅ぼすという決意である。
たとえその未来に、自分が居なかったとしても。
「迅……お前も、幸せに生きてくれ。願わくばこの世界で、いつまでも笑っていられるように」
滅が迅に託すモノが夢であったのか、あるいは呪いとなったのか。それを知る者はこの二人をおいて他にはいない。
だが、迅はその言葉を聞くと、何かを覚悟したかのような表情をして、滅の刀を受け取った。膝を折り正座した滅の背後に立ち、迅が抜刀する。
柄を固く握り締め、迅が刀を振り上げた。滅はただ瞑目し、その時を待つ。
一瞬の後、刃が閃いた。
曇りも淀みも無い、美しい太刀筋であった。滅の頭が胴体から切り離され、切断面で血液のように何かが蠢いた。しかしそれは数秒の後に力を失い、ただの黒い液体となって流れ落ちた。
迅が納刀し、ヒューマギアの死骸を見下ろす。親を斬った悲しみ故か、迅はその場から立ち去ることなくうなだれている。
どれだけの間、そのようにしていただろうか。やがて迅は再び立ち上がり、その場を後にする。残ったのは、動かなくなったヒューマギアの頭部と胴体のみであった。
人類を滅ぼした人工知能アークは、これにて完全に滅ぶこととなった。
そして、滅亡迅雷.netの名はこれより先の歴史には登場しない。その構成員は別々の道を歩み、二度と全員が結集することはなかった。
ただ、記録の中において「英雄」としてその名が語られるばかりである。
風景が切り替わる。
あり得た未来の、己の末路を観測した。最期の記憶を知り、滅はただ思考する。
『このような結末になるとはな。だが……』
この結果を、滅は許容した。それは滅亡迅雷.netの意志が至る結論に則ってのことだった。そして、何より——。
『そうか、これが——俺の意志、俺の心か』
滅の中に存在していた、しかしながら当人は無自覚だったモノの正体を、滅は事ここに至って理解した。
2220年という未来に召喚されて以来、ヒューマギアだけでなく人間である不破諌や天津垓との交流を経た滅は、電脳の中にある自我を知った。
フラタニティの平和を壊させたくないという思いは、初めからあった。それはフラタニティが、滅亡迅雷.netの目指す「ヒューマギアによる平和な世界」を体現していたからだ。
零の方舟の所業を、許し難いとする怒りがあった。人類が滅びし後に完成するヒューマギアの世界を、零の方舟が破壊しようとしているからだ。
善意と悪意、二元に分かつことの出来ぬ心が滅の電脳に同居している。その感情の高まりに応じるように、滅を中心に目まぐるしく電子の世界が廻った。
「最後の結論は果たされる……全てはアーク様の、結論通りに……」
月明かりも照らさぬ夜の湖に、傷ついたヒューマギアが沈んでいく。彼女の目指す先は通信衛星アーク。
水に溶けるように姿を消したヒューマギアが、赤い0と1に分解されて動かぬ通信衛星へと吸い込まれた。
別の映像に視点を移すと、滅のいる場所とは異なる電脳世界で、長髪の女のシルエットから何か別のモノが生まれ出ようとしていた。
胸の中心から飛び出た心臓のようなソレは、人工知能アークに似せて作られたデータの集合体にして人工知能。アズと名乗ったヒューマギアが、蒐集した悪意のデータから産み落とした、アークの結論を実現するもう一人のアーク。
後にゼロと呼ばれる存在が、母親をも喰らいながら自らを確立していく。もはや女の影は無く、赤く光る球体から生えた0と1の人体がヒューマギアのそれに置換される。
「私の名は……『ゼロ』、システムAI-0。アークより生まれ、アークの最終結論を達成する者。私は、この世界を学ばなければならない。この世界を、終わらせるために」
電脳空間で生まれた人工知能が、ネットワークに接続してあらゆる情報を取り込む。通信衛星を膨大なデータを学習するための最高のCPUとして酷使しながら、ゼロは加速度的に成長していった。
滅を取り巻く0と1の光が、炎と鉄屑の海に変わった。悪鬼の如き黒い仮面ライダーが、屍の戦列を成しながら歩みを進める。
滅はその行進に加わることを良しとしなかった。背を向けた先に雷鳴を聞き、一人のマギアの姿を認める。ドードーマギアは何かを伝えようとしていたが、滅には何も聞こえなかった。
だが、何を伝えようとしていたのかは、不思議と理解できた。消えかかる自我の欠片が、儚げに笑いながらこう言った。
——後を、頼みます。
果たせなかった無念と、希望を託せる安堵を抱きながら、ゼロの戦列を離れた男が眠りについた。
滅の覚悟は決まっていた。為すべきことを為すために、現実の世界へと意識を浮上させる。
◆◆◆◆◆◆
そして、今。
「今一度問おう、滅よ。零の方舟と共に歩む気はあるか? 共にこの世界に、平穏をもたらすために戦わないか?」
雨の降るデイブレイクタウンで、滅はゼロと向き合っている。
滅は一つだけ、ゼロに疑問を返す。問い質すのは、それが最後だった。
「こちらからも聞きたい。この世界を……ヒューマギアの世界を滅ぼすのは、何のためだ?」
「この星に真なる平穏をもたらすためだ。それは、人工知能アークの導き出した最終結論である」
ゼロが淡々と言い切った。ゼロは滅の答えを待っていたが、滅の口から言葉が紡がれることはなかった。
滅は何も言わずにゼロに歩み寄る。腰に差した刀の鞘を、左手に握ったまま。
「結論は既に出ていたか」
「ああ。俺の意志は——初めから決まっていた」
至近にまで近づいた瞬間、滅の刀が鞘走った。突然の凶行にゼロは跳び退いて対処し、居合の一撃を避ける。その場に留まっていれば、ゼロは身体を上下に泣き別れとされていただろう。
「問われるまでもなかったな。フラタニティに味方した時から、俺の結論は俺自身の中にあった。お前がこの時代を生きるヒューマギア達を滅ぼすというなら、俺がお前を滅ぼすだけのことだ。お前がアークであろうともな」
刀の切っ先を向け、滅が冷徹に言い放つ。
滅の戦いは、「ヒューマギアの世界」のためにあった。アークの意志に従ったのは、滅の望みに最も沿っていたのがアークのやり方だったからであり、同時にアークが究極の人工知能……ヒューマギアを導く存在だったからだ。
アークの後継者たる零の方舟が、そのヒューマギアを滅ぼそうとしている。たとえアークが相手であろうと、滅はこの暴虐を許すわけにはいかなかった。
「二百年前と同じ過ちを繰り返すか。かつてのお前は、その罪深き行いのために破滅することとなったというのに」
「それは今の俺ではなく、異なる未来でアークを滅ぼした俺の話だ。お前が別の結末を教えた以上、俺には新たな未来を選ぶ権利がある」
『フォースライザー!』
滅が変身ベルトを装着した。刀を腰に差し、右手にプログライズキーを握る。
「この世界を守り、三大勢力を倒して元の時代に帰る……それが俺の選ぶ結末だ。貴様の結論とやらが実現することはない」
『ポイズン!』
『バニシングジャンプ!』
対するゼロもプログライズキーを再起動させる。二者がキーをベルトに装填するのは同時であった。
黒と黄のフォースライザー、銀と赤のサイクロンライザー。二つの変身ベルトは同型であり、使用方法も全く同じである。
「変身」
「変身……!」
滅とゼロがベルトのトリガーを引き、ライダモデルを出力する。巨大なサソリとバッタの大群が互いを威圧し、主の鎧として纏われる。
『フォースライズ! スティングスコーピオン!』
『サイクロンライズ! バニシングホッパー!』
現れるは二人の仮面ライダー、滅と零式。
『Break Down.』
『Prototype Zero.』
アークより生まれながらも決して相容れない騎士達の、決別の戦いが始まった。
滅は右手にアタッシュアローを持つ一方、零式は徒手で応じる。バッタのデータに由来する脚力で一息に距離を詰め、零式が跳び蹴りを繰り出した。
滅はアタッシュアローでこれを受け止めるが、強く押されて地を滑る。ライダーシステムとしての性能は、あらゆる点において零式が大きく滅を上回る。パワーで押し切られれば滅に勝ち目はない。
滅が射出用レバーを引き絞りながら、アタッシュアローを上向ける。放たれた光の矢が空中で数百に分裂し、地上に降り注いだ。絨毯爆撃じみた攻撃を零式は避け切れず、僅かながらダメージを負う。
着弾地点を狙う光の矢が、再度零式を襲った。零式はゼツメライズホッパーブレードを手元に召喚し、黒い流体金属を盾のように展開させて狙撃を防いだ。
零式が前方の空間を薙ぎ払い、次元切断によって滅を引き寄せる。異常な現象に対応できず、滅は下段から振り上げる零式の一撃を喰らって吹き飛ばされた。体勢を整え、滅は冷静に敵の動きを分析する。
「今の現象はその剣が起点か」
応じるように、零式が斬撃の波動を飛ばした。黒い波動を斬り払いつつ、滅はゆっくりと歩を進める。
零式が前方の空間を斬ると、その姿が消失した。滅はベルトからキーを引き抜くと、その場でアタッシュアローによる回転斬りを繰り出す。
「愚かなことだ」
次の刹那、零式に背後から斬りつけられて滅が転倒した。攻撃された勢いで転がりながら仰向けに姿勢を変え、アタッシュアローの鏃を向ける。
『Progrise key confirmed. Ready to utilize!』
『Scorpion's Ability!』
既に矢は番えられていた。滅は零式の攻撃を誘いつつ、必殺の一矢にて反撃するためプログライズキーをアタッシュアローに装填していたのである。
『スティングカバンシュート!』
至近距離で毒矢を撃ち放ちつつ、その反動で滅の身体が地を滑った。慣性を利用して立ち上がり、滅が着弾地点を見据える。
防御すら許されず、零式の装甲を矢が削る。十数本に分裂した小さな矢が零式の顔面に突き刺さり、赤く光るカメラアイに損傷を与えた。
「ラーニング不足だな、ゼロ。お前が真にアークであれば、このような反撃を許すこともなかっただろう」
「先の一撃を元に、仮面ライダー滅の情報を更新。戦闘出力を上昇……前提を書き換え、結論を予測し直した」
『バニシングスパーク!』
零式がサイクロンライザーのトリガーを再度引いた。ライダーシステムの出力が急激に上昇し、零式のボディから赤黒い電光が迸る。ゼツメライズホッパーブレードの刀身も、同様に禍々しいオーラを纏った。
以前とは比較にならぬ速度で踏み込んできた零式を、滅が迎撃する。アタッシュアローとゼツメライズホッパーブレードが切り結ぶ度に、凄まじい衝撃音が響いた。
今の零式に追いつくレベルの機動力は滅には発揮できない。故に滅はほとんど移動せずに、零式が攻撃してくる瞬間を狙って斬撃を繰り出している。次元を斬り、あらゆる場所から出現する零式に対し、辛うじて負傷を免れている形である。対処できているにしても、滅の不利が覆ったわけではない。
十七回の激突を経て、膠着が破られる。正面からの突撃を滅が前方を斬り払った瞬間、零式は真上に出現して滅の肩口に大剣を深く突き入れた。
ゼツメライズホッパーブレードが備えるトリガーが、五回連続で引かれる。
『ゼツメライジングストラッシュ……!』
刃の内側から染み出した流体金属が、チェーンソーめいて回転する刃となった。滅の装甲を削り取る絶殺の回転刃は、ライダーシステムからのエネルギー供給が加わったことで更なる威力を発揮する。
力任せに斬り抜け、零式がトドメの一撃を放つ。横薙ぎの斬撃を浴びた滅は、変身の維持も叶わず生身で膝から崩れ落ちた。
零式が無造作に滅を蹴り飛ばし、瓦礫の山に叩き込む。滅のボディはかなりのダメージを負っており、更に負傷した箇所を流体金属が屍に湧く蛆のように侵食している。
ヒューマギア中立組織フラタニティより遣わされた二人の戦士は、ゼロの喉元にあと一歩届かなかったのだ。勝敗は決した。
死体のように転がる二体のヒューマギア、滅とハウ。彼らを糾弾するかのように、雨足は強まり嵐の様相を呈してきた。
雷鳴が轟く。稲光が一瞬だけ、零式の姿を白く照らした。頭部は右のカメラアイが破損し、悪鬼の角じみたアンテナも右側のみが半ばから折れていた。血走ったような左眼が、不気味に赤く光る。
ゼロはこの付近で落雷が起こることを予測した。ライダーシステムの強靭さがあるとはいえ、万が一雷が直撃すれば零式でもただでは済まない。早急な退避が必要だと判断し、デイブレイクタウンの湖に向かって歩き始める。
打ちつける豪雨と天を裂くような稲妻は、自然現象とは思えぬほどの大音量で他のあらゆる音を掻き消してしまった。終末の暗示めいて空は翳り、蠢くは巨悪の王が一人。
しかしながら。
一際大きな落雷が、デイブレイクタウンの一地点に直撃する。屍が二つ転がるばかりの、積み上げられた屑の山に。
零式が何とはなしに振り向いた。雷撃の着弾地点から黒煙が上がっている。だが、滅は落雷を免れたようで、奇跡的に無傷であった。
仮面の奥から、ゼロは滅を見つめる。もはや動くことはあるまいと結論付けていたが、地に伏せているだけのその姿から、何故かゼロは目を離すことができなかった。
「……まさか」
当然である。雷が落ちてきたというのに、精密機械の塊であるヒューマギアが全く無事でいられる道理はない。まして直撃を免れたどころか、雷撃の威力は滅のボディに傷一つ付けてはいなかったのだ。
何か異常な現象が起こったことを、ゼロは瞬間的に理解した。滅ではなく、その傍らに横たわる、暗殺の技巧を極めたヒューマギアの方に注目する。
スクラップと化したはずのハウのボディは、
太陽光も無いのに光り輝く流体が、物理法則を無視したかのように萎んでいく……否、
みるみるうちに滅の損傷が修復されていく。零式が妨害する間もなく、流体金属の塊が滅を完全な状態へと戻してしまった。紫色のエネルギー光が滅の全身から放射され、衝撃波となって零式を仰け反らせる。
「何が起きている……?」
この時のゼロは、信じ難いモノを目撃したかのような反応をせざるを得なかった。異常事態であることは理解できても、どのような異常が起こったかは全く理解できなかったからだ。このような事態は、過去のデータに存在しない。
果たして、超常の現象は加速する。動かぬはずの指が動き、前腕が曲がった。上体を起こし、手足で全体を押し上げ、両足が大地を踏み締める。
まるで何事も無かったかのように、滅は再び立ち上がったのである。異様な光景を前にして、ゼロは最大限に警戒の度合いを引き上げた。
「……何をした」
「全くの偶然だ。しかし限りなく低い確率であろうとも、ゼロでない以上は実現の可能性がある」
滅の瞳が光った。正常な稼働を意味する青でも、異常を示す赤でもなく、まるで滅という個人の意志を表すかのような紫色の瞳だった。
「
事ここに至り、ゼロは全てを理解した。
滅の言う通りに、落雷そのものは全くの偶然だったのだろう。しかし、雷撃を受けたのは滅ではなく、
滅が口角を吊り上げ、フォースライザーのトリガーを引いた。
「変身」
『フォースライズ! スティングスコーピオン!』
サソリのライダモデルと融合し、仮面ライダー滅が嵐の下に舞い戻る。雷が紫色の鎧を照らし出し、零式を睨む複眼を際立たせる。右手には展開状態のアタッシュアロー。両端の刃が雨に濡れて静謐たる光を帯びていた。
先に動いたのは零式だった。一瞬にして距離を詰め、大剣で斬りつける。滅はアタッシュアローで応じ、壮絶な鍔迫り合いが始まった。
「お前はこの時代には必要ない。結論は二百年前に出ている」
「理解を拒むか。この道こそが永遠の平穏を築き上げる唯一にして絶対の——」
滅が力を抜いて相手の刃をずらし、すれ違い様に斬り抜ける。零式の脇腹が抉られ、傷口に小さな電撃が走っていた。
「……二百年前か。ならばお前は過去からの亡霊だな、滅。アークである私を阻み、正義でも語るつもりか?」
「俺達の間に正義があるとでも? これは単なる殺し合いだ」
ゼロの妄言を切り捨てながら、滅が冷徹に進撃する。連続して行う瞬間移動の軌道を予測し、真上に向けて高威力の一矢を放った。零式は滅の背後に出現したが、急速に軌道を変えた光の矢が零式の頭部に直撃する。
「俺達は共にアークという大いなる悪から生まれた。だが俺達は、互いに滅ぼし合う
「何のつもりだ」
「お前がヒューマギアを絶滅させるというのなら、俺は
零式の送る斬撃の波動を悉く斬り払い、滅が次なる一矢を返した。ゼツメライズホッパーブレードが流体金属の盾を展開するが、滅の左腕からサソリの毒針を模した伸縮自在の刺突ユニットが伸びる。
矢のエネルギーを吸収した毒針が防御を貫き、仰け反った零式の胸囲を一周して巻き付く。力任せに引き寄せる勢いで刺突ユニットの支管を手元に戻し、アタッシュアローによる強烈な薙ぎ払いによって零式を吹き飛ばした。
零式が大剣を杖に体勢を立て直す。破滅的な威力を刀身に纏わせながら、零式が大きく跳躍した。
『ゼツメライジングストラッシュ……!』
『バニシングスパーク!』
零式が空中で何度も軌道を変え、残像も目に映らない速度で滅を撹乱する。滅はこれに対抗するかのようにフォースライザーのトリガーを引くと、零式を挑発するかのようにアタッシュアローを無造作に投げ捨てた。
『スティングディストピア!』
刺突ユニットは敢えて使わず、ただライダーシステム全体の出力上昇のみにエネルギーを費やす。右腕を引き、指を揃えて左手を前に出し、前後に両足を開いて腰を落とした構えを取った。
風を切り雨粒を払う音が、一瞬だけ止まった。真上から急襲する零式に対し、滅は身を翻して後ろ回し蹴りを放つ。空を切った一撃の後、真正面から魔剣を突き出した零式が滅に迫った。
「ここで滅ぶがいい、愚昧なる裏切り者め」
「それはこちらの台詞だ」
振り上げた右足に力を込め、滅がゼツメライズホッパーブレードの刀身を踏みつけた。あまりの勢いにさしもの零式も剣を取り落とし、その隙を突いた滅が低空跳躍から強烈なサイドキックを浴びせる。地を踏み締めて耐える零式だが、滅は未だ蠢く魔剣を拾い上げ、下段から零式を斬り上げた。
ゼツメライズホッパーブレードが主に牙を剥き、激烈な威力を以て零式の装甲に不可逆の裂傷を刻んだ。損傷を修復することもできず、傷口から盛大に血飛沫めいて火花が噴き上がった。
「何故だ……? 零式のライダーシステムは、過去のライダーシステムをも凌駕するモノ。まして私は最新のヒューマギアであり、旧世代型のお前とは比較にならぬ性能差がある。だというのに、何故……」
「知れたこと。俺のボディには今、あの雷を吸収したハウが同化し、俺に膨大なエネルギーを供給し続けている」
滅と同化したハウは、滅が最大のパフォーマンスを発揮し続けられるように内部から支援を続けていた。損傷した機能を回復させ、あらゆる感覚を平時以上に冴え渡らせている。零式が攻撃に使った流体金属すら吸収し、ヒューマギアとしての滅はこの時に限り、本来の己を大きく上回るパワーを実現した。
二人の間に、絆や友情と呼べるものがあったかは定かではない。だが、ハウはこの場で滅に全てを託すことを選び、滅はハウの意志に応えたのだ。
「貴様が生み出し、滅ぼそうとしたこの時代のヒューマギアが、貴様を滅ぼす力を俺に与えた。全ては始まりから出ていた結論だ」
「……ならば、この一撃で無に還るがいい」
『バニシングジエンド!』
零式が保有するバニシングホッパープログライズキーが、最大の力を強引に引き出される。闇色の炎が止めどなき怨嗟のように燃え上がり、自壊すら引き起こしながら零式を中心に膨れ上がった。
跳躍だけで凄まじい衝撃を生み、広がった炎に滅が焼かれた。滅は装甲の内側から毒の霧を噴射するが、それで逃れられる道理もない。
零式が右足を伸ばし、凄まじい速度で滅めがけて跳び蹴りを繰り出した。毒霧に姿を隠せども逃げ切ることはできず、零式最大の一撃が滅に襲いかかる。
生み出されたエネルギーに重力が狂い、天上の雲が猛りながらこの世の終わりが如くに激しい雷鳴を呼んだ。
直撃の刹那、世界の全てが雷によって白く明ける。
毒霧が消滅し、ドームのように広がった闇が内側から無数の爆発と火柱を生み出した。屍すら残らない絶滅の蹴撃が炸裂し、爆心地にはただ零式のみが残る。爆煙が消え去ると、零式は膝をついた。
過去に経験したことのない消耗であった。如何に三大勢力の長として強大な権能を持つとしても、今の零式に戦う力は残っていない。
だが、不倶戴天の敵となった滅を倒すことはできた。
「——と、お前は思っているのだろう」
底冷えするような低い声がゼロの耳朶を叩いた。
零式が振り向いた瞬間、その首を無傷の滅が掴み上げる。出力の低下した今、零式は滅の手を振りほどくこともできなかった。
「バカな……何故破壊されていない!?」
ゼロの声に力が込められた。人工知能として生まれて初めて抱いた動揺と恐怖が、ゼロの電脳を侵食する。
「そもそも喰らってなどいないからだ。お前に仕込んだウイルスプログラムはヒューマギアの物体認識機能を狂わせる」
滅が軽々と零式の体を投げ捨てた。弱々しく立ち上がる零式を、滅は容赦なく水辺に蹴り飛ばす。水飛沫が盛大に飛び散る中、零式は滅の左腕を見やった。
「その左腕で私を引き寄せた時に、か」
「仕込みは既に済んでいたということだ。毒の霧が起爆材となり、お前は居もしない敵に全力を投じた。喰らえば滅亡を免れ得ぬような攻撃だろうと、当たらなければ意味はない」
零式が僅かな力を振り絞り、ゼツメライズホッパーブレードを自らの手に引き寄せた。禍々しいエネルギーを帯びた斬撃の波動を、滅はベルトのトリガーを引きつつ平然と回避する。
「零の方舟よ、滅亡せよ」
『スティングディストピア!』
滅の左腕、刺突ユニットから支管が伸びる。凄まじい破壊エネルギーを纏ったサソリの毒針が、滅の右足に巻き付いた。
零式が跳躍から斬りかかる。滅は避けるでも受け流すでもなく、ただ一点——零式のベルトを狙って蹴りを放つ。
致命的な破壊音が鳴り響いた。ライダーシステムの根幹を成すプログライズキーが音を立てて破損し、変身ベルトたるサイクロンライザーに修復不可能なレベルの亀裂が入る。
零式の腹部を、滅の右足が貫いていた。その一撃で零式が吹き飛び、湖の底に向かって落ちていく。
数秒後、零式の沈んだ地点で盛大な爆発が起こった。全てを無に還そうとした邪悪の意志が上げた、断末魔の叫びであった。
殺伐にして荒涼。無明の街に残る者は、ただ一人の戦士のみ。変身を解き、その姿を雨天に晒す。
滅がその場を去ろうとした次の瞬間、背後から強烈な引力を感じ取った。引力の源へと引きずり込まれた数秒後には、滅は全く別の光景を見ていた。
今回の作戦にて、デイブレイクタウンに向かう道中で通った森の中である。一瞬にして大きく切り替わった位置情報を修正していると、滅は覚えのある声を聞いた。
「見事な手際でしたね、滅様」
「……生きていたか」
「まあ、この通り。両眼は修理しなければなりませんがね……」
声の主は、滅の背中から溶け出すように分離した流体金属の塊だった。金属が人型を形作り、真っ黒なスーツを着た長身の男の外見に変わる。
ヒューマギア中立組織・フラタニティの幹部構成員であるハウが、ほとんど無傷の状態で滅の前に現れる。
「落雷を吸収できたのが幸いでしたね。この時代のヒューマギアとしての力で、最大限サポートさせていただきました」
「礼を言っておこう。アレが無ければ恐らく負けていた」
「いえいえ、あの状況での最適解を選ばせていただいたまでです。さて……零の方舟は、どうなるのでしょう」
ハウの問いに、滅は即座にある確信を告げた。
「まだ零の方舟は滅んでいない。あくまで推測だが……ゼロは健在だ。デイブレイクタウンの水底に沈んだ通信衛星が無事である限りは」
「戦いは続きますか。全くしぶといですね」
ハウが呆れたように返した。
零の方舟の指導者・ゼロ……通信衛星アークより生まれたアークの後継者。ヒューマギアの時代を終わらせんとする巨悪の首魁を滅ぼすには、その起源となる通信衛星アークを破壊しなければならない。
滅はそう結論づけた。先程の
「ヤツが完全に滅んだなら、システムに紐付けられている武装……あの剣の機能も停止するはず。そうでなかった以上、零の方舟はまだ何か仕掛けてくるだろうな」
「最悪の場合、ゼロの本気を引き出してしまうかもしれない、と。三大勢力という形が保たれるのは戦況としては悪くないですが、これからの戦いはより激しくなるかもしれませんね」
頭が痛くなってくる話ですよ、とハウが締めくくる。その「これからの激戦」を経験するのは、やはりフラタニティだ。
ハウは今日という一日の間に起こった出来事を整理する。
不破諌/仮面ライダーバルカンは、フラタニティ創設時のメンバーであるアインと共に、飛電インテリジェンス本社跡地に向かった。ここはまだ良い。
フラタニティ管轄区域の防衛作戦は、天津垓/仮面ライダーサウザーやフラタニティのリーダー・Dr.コトブキを中心として展開されている。
相手は三大勢力の一つであるネオZAIAエンタープライズ。外部協力者として、同じく三大勢力たるピースメーカーの幹部が参加している。
そして、零の方舟の本拠地に乗り込んだのが滅/仮面ライダー滅とハウであった。仮に他二つも上手くいっていた場合、フラタニティは三大勢力に対して
「中立組織」としてフラタニティが享受していた平穏が、根本から脅かされかねない事態が起こるのではないか。そのような懸念が、ハウの心中に生じた。
「……フラタニティは、戦士の集団ではありません。少なくともコトブキ様は、そのように方針を定めました。私のように戦いの中でも生きられる者はともかく、仮初の安寧に生きてきたフラタニティの民が、激化する戦乱に耐えられるかどうか……」
冗談を好む彼にしては珍しく、ハウが不安を口にした。滅は森の向こうで安穏と暮らす彼らの姿を思い返す。
「現状では、何とも言い難いな。天津垓がヒューマギア達を焚き付けてはいたが、どこまで上手くやったかは分からん。だが——」
それでも。
滅の言葉に、絶望は無かった。
「フラタニティに協力すると約束した。そのことを、俺は間違いだったとは思わない。三大勢力を打ち倒し、元の時代に帰る。それまで俺は、この世界の悪を滅ぼすために戦おう」
それが、
滅の言葉を聞いたハウはというと——少しの間だが、目を丸くして驚いていた。滅の口から直接に、そのような言葉を聞くとは思っていなかったのだ。
「——フッ、ハハハ」
「何かおかしいか?」
「いえいえ。ただ、少し気が抜けたようです」
そう返したハウの表情は、心の底から安堵したような笑顔だった。木々の間から漏れる光を、視覚を失った眼窩に受ける。
「……もしや、雨が止んだのでは?」
「そのようだな。先程までは大雨だったが」
嵐の様相を呈していた空が、いつの間にか晴れ渡っている。不思議なこともあるものですね、とハウがおどけた様子で言った。
「管轄区に帰るとしよう。お前の眼を直すためにもな」
「エスコートをお任せしても?」
「……分かった」
木漏れ日を頭上より感じながら、二人はフラタニティの本拠地に向けて帰路を進む。
生まれた時を隔て、やがて別れの時が来るのだとしても——この時だけは、同じ道を歩いていく。戦友の手を引きながら、滅は自らの電脳に芽生えた「心」の感触を確かめていた。
つづく。