IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK   作:TAC/108

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Part-33-1 明鏡止水/表

 

駆動音を響かせながら、森の中を一陣の風が吹き抜ける。

ヒューマギア中立組織・フラタニティの管轄区域に、最初の帰還者が参上する。管轄区域のヒューマギア達が、驚きの声と共に一組の男女を迎え入れた。

「一番乗りは俺達か」

「そうみたいだね?」

バイクを停車させ、二人が周囲を見渡した。雨上がりの夕暮れに似つかわしいような、謎の活気が管轄区域を満たしている。

2220年と2020年、二つの時代の繋がりによって発生するタイムパラドックスを防ぐために、飛電インテリジェンス本社跡地へと向かっていた不破諌/仮面ライダーバルカンとその同行者アイン。

別々の道を進んだ三人の仮面ライダーの中で、誰より先に管轄区に帰還したのは、彼らであった。

「おい、1000%(パー)の社長と滅はどうした?」

諌が近くを通りがかったヒューマギアに尋ねる。

「まだ両名とも帰還しておりません。ですが……少なくとも、天津様はそろそろお戻りになられるかと」

「そうか。助か——噂をすればってヤツか」

諌は管轄区域の広場に開けられた大穴に視線を移す。ネオZAIAエンタープライズの侵略作戦によって開通された地下道を、梯子でよじ登ってくる人影があった。

五本の角を生やした黄金の戦士であった。変身を解くと、酷く傷ついた服装の男が現れる。

「随分ボロボロじゃねえか」

「お互い様だろう。数時間ぶりだな、ウルフ君」

天津垓/仮面ライダーサウザーである。彼に続いて梯子を登ってきたのは、年端もいかぬ少女の姿をしたヒューマギアであった。

「フーも無事か。作戦は上手くいったみたいだな」

「その話は後々。とにかく情報量が多いので、改めて共有の場を設けたい。滅とハウが帰ってからにしよう」

「……後ろは何やってるんだ?」

垓の後方を見ると、作業員ヒューマギアが大穴を覗きながら誘導灯を振っていた。その横では釣り竿のような機械を持ったもう一人の作業員が、釣り糸を穴の中に垂らしていた。

「コトブキ氏の筐体を運び出している。地下に臨時のベースキャンプを作ったのだが、コトブキ氏も降りてしまったからな……」

「来てます来てます! コトブキ様来てます!」

作業員が釣り糸を力いっぱいに引き戻すと、フラタニティのリーダーであるDr.コトブキの人工知能を搭載した黒い筐体が、徐々に大穴から上がってきていた。

「……せめて階段かエレベーターでも作れれば良かったが、時間が足りなかったのでね」

「苦労してるな……で、残るは滅とハウか」

諌がふと視線を巡らせると、アインはフラタニティのヒューマギア達と何やら話し込んでいた。アインが諌に気付くと、相手に手を振って諌達の方へと駆け寄る。

「何を話してたんだ?」

「とりあえず、僕達のいない間に何があったか聞いてみた。なんだか色々大変なことが起こったっぽいけど、とにかく皆が無事で良かったよ」

「ネオZAIAの侵攻は防ぎましたが……恐らくは、一時的なものに過ぎないのかもしれません」

アインの隣に立ったフーが懸念を口にした。その話し方が自然であったことに、事情を知らない諌とアインが仰天する。

「……ちょっと見ない間に随分流暢に喋るようになったな!? なんか変なモンでも食わされたのか?」

「いやービックリした……男子三日会わざれば何とやらって言うけど、ホントに色々あったみたいだね?」

「ええ、それなりには。あとわたしは男性型ではありません」

無表情でキッパリと言い切る姿は、それまでのフーと変わりない。垓の隣に移動し、フーはDr.コトブキの回収作業を見守る。

 

しばらくすると、広場の集団に向かって歩いてくる二つの影があった。デイブレイクタウンに赴いていた滅とハウである。ハウの両眼は損傷しており、音を頼みに首を巡らせて状況を推測していた。

「着いたぞ」

「ようやくですか。ありがとうございます」

滅はハウの左手を掴んでいた。ハウの様子がおかしいことに気付いた諌が、滅に問い質す。

「滅、お前らの方は何があった?」

「零の方舟と戦闘になった。俺も少なくない傷を負ったが、ハウはそれ以上に重傷だ。大部分のセンサーがやられている」

「すぐに対処しましょう」

フーが手袋を締め直した。その後ろから、二人の作業員がDr.コトブキの筐体を運んでくる。管轄区域の中心にある管制塔の壁に置かれたコトブキが、作業員達に礼を言った。

諌達は互いに目配せし、コトブキの周りに集まる。

「皆、どうにかコトを成し遂げてきたようですね。誰一人欠けることなく今日という日を終えられる……これほど嬉しいことはありません」

言うなり、管制塔の二階——会議室として使われている部屋から、素体のヒューマギアが降りてくる。Dr.コトブキの遠隔操作によるものだった。

「コトブキ氏、会議室に移動しましょう。各地で何が起こったか、我々には情報を共有する時間が必要だ」

「そうですね。しかし、その前に……ハウの損傷が酷いですね。フー、修理を任せても?」

「承知しました」

フーがハウの手を引き、白衣姿のヒューマギアが常駐するメンテナンス室へと歩いていく。諌達はコトブキに促される形で、会議室に向かった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

修理を終えたハウ達が合流したのは、会議室が開かれてから二十分ほど後のことである。用意された座席に着くと、諌達はそれぞれの場所で発生した出来事について、「これまでのあらすじ」を話し始めた。

 

不破諌とアインは、特殊な方法で隠されていた飛電インテリジェンス本社ビルに類似した謎の建造物へと辿り着いた。

彼らを追ってきていた武装組織ピースメーカーの長・無銘/仮面ライダーバルカンフォースが協力を申し出たこともあり、諌らは三人で飛電から提示された「課題」——防衛システムとの戦闘に挑むこととなる。

激戦の末、アインは自らが手に入れようとしていたゼロツープログライズキーを確保し、「タイムパラドックスの発生を防ぐ」という目的は果たされた。

ところが、その直後に無銘が「戦闘を全てにおいて至上目的とする」特殊な自我を目覚めさせる。突如始まった無銘との戦いに辛うじて勝利を収める諌達だったが、無銘はピースメーカーが進めている計画を示唆して姿を消した。

 

フラタニティ管轄区域では、天津垓とDr.コトブキを中心とする防衛作戦が展開されていた。外部協力者であるピースメーカー幹部——AB(アルファ・バレット)のエンデュランスとフーが共同開発したジャミングシステムを地下道に設置し、ネオZAIAエンタープライズによる侵略を防ぐという作戦は、途中までは順調に進んでいた。

しかし、想定を遥かに超えるネオZAIAの物量作戦や、シンギュラリティを装って行動を操られたフーの先行が原因となり、フーの身柄をネオZAIAに拘束されてしまう。

作戦の終着点であるネオZAIA本社地下にて相対したネオZAIA社長・骸/仮面ライダーゼロサウザーは、「全ヒューマギアを通信衛星によって制御下に置き、技術開発の果てに宇宙へと進出する」という壮大な計画、『プロジェクト・ミレニアム』の全貌を明かした。

その中でフーの正体が「ネオZAIAがかつて衛星の中核ユニットとして創り出そうとした多機能型ヒューマギア」……厳密には、その実験台となったヒューマギア達の集合体であったことも判明。骸によって改造されたフーは敵対状態に陥るも垓の説得によって救出され、フラタニティへと帰還を果たした。

垓達は骸との決戦を制し、Dr.コトブキも自ら前線に赴いて作戦成功に貢献するが、骸の安否は未だ定かではない。

 

滅とハウは三大勢力の一つ、零の方舟が潜伏するデイブレイクタウンに調査の名目で向かい、首領自らに招かれる形でゼロ/仮面ライダー零式と対峙した。

ゼロは自らの目的を「ヒューマギアという『自我を持つ存在』を滅ぼし、地球に永遠の平穏をもたらすこと」と明かし、滅に賛同を求める。その中でゼロの正体は、デイブレイクタウンに沈んだ通信衛星アークから「新たなアーク」として生み出された人工知能『システムAI-0』であったことが発覚。

初めにハウがゼロと戦い、死闘の末に零の方舟の戦力を大幅に削ることには成功したものの敗北。その後復活を果たした滅の手でゼロは撃破されたが、通信衛星アークは未だ健在であり、予断を許さぬ状況にある。

 

「予想以上に大戦果だな……」

「防衛作戦の成功は大きいな。三大勢力も容易に攻め込めなくなったことで、腰を据えて次の戦いに臨むことができるだろう」

諌はもたらされた結果に唸り、滅は冷静に状況を纏めた。とはいえ、三方にて得た戦果はその場の全員の想定を遥かに上回っており、会議室の面々は一様に唖然としている。

中でも重篤なのは、Dr.コトブキであった。無表情な素体ヒューマギアの顔に深く影が差し、目に見えて多大な不安を背負い込んでいる。

 

たった一日の間に、フラタニティ——そしてフラタニティに協力する仮面ライダー達は、三大勢力に対して十分すぎるほどにその力を見せつけたのである。

戦いの果てに戦闘狂と化した無銘、フラタニティの反撃を許したことでプライドを大いに傷つけられた骸、そして滅達によって痛打を受けたゼロ。彼らの意向は、言うなれば三大勢力の意志そのものである。どのような反撃がフラタニティに対して行われるか分かったものではない。

あまりにも()()()()()()事態に、Dr.コトブキはその場の誰より頭を悩ませていた。

「まさかこんなにも上手くいくとは……」

素体ヒューマギアの姿で、Dr.コトブキが頭を抱える。フラタニティを守るためとはいえ、あまりにも各方面に()()()()()()()()()。このままではむしろ、フラタニティこそが最も危険な武装勢力になりかねない。

Dr.コトブキは、三大勢力を倒した先にある平和を望んでいたのだ。だが、それはフラタニティが絶対的な王として君臨する世界ではなく、民が享受する日常的な平和を取り戻す形としての平和だ。

「私は……間違っていたのでしょうか……」

平和を取り戻すための戦いは、その行為自体に大きな矛盾を孕む。コトブキとてそのことに無自覚ではないし、だからこそ戦いの終わりにはフラタニティという共同体を解体すると決めていた。

だが、こうまで事態が進展すると、彼が何より守りたかったモノを傷つけることは避けられない。管轄区域の不可侵は明日にでも破られるかもしれない。

 

「だったら何だ。誰が見ても正しいなんてコトがあるのか? そもそもこの状況、れっきとした戦争じゃねえか」

コトブキの不安にいち早く異を唱えたのは、諌だった。目を伏せたコトブキに、諌は真正面から顔を近づける。

「絶対的な正しさなんざ無えよ。戦いってのは結局、互いの正しさ(ルール)のぶつけ合いでしかない。三大勢力(ヤツら)が絶対だと言ってこの世に広げようとしているルールが気に入らないから、お前は違う道を選ぼうとしたんじゃないのかよ」

「ふ、不破様……しかし、私は……」

Dr.コトブキには未だ、僅かな迷いがある。

彼自身の意志としては、ヒューマギアの自由と幸福を守るためならたった一人でも戦場に行くつもりだ。しかし、そうするにはDr.コトブキは「フラタニティのリーダー」としてあまりにも多くの者を囲い込んでしまった。もはや個人の感情だけでどうこうできる段階ではない。

だが、諌はお構いなしに畳み掛ける。

「フラタニティはお前一人か、違うだろ? ここにはお前を慕うヤツがいて、お前を信じて力を貸すヤツがいる。その信頼を、たった一回()()()()()くらいで勝手に裏切るのか?」

「は、ハメ外……ッ!?」

事もなげに言い切った諌に、コトブキは呆然としている。諌はこの状況を「ハメを外した」の一言でこの上なく簡潔に切り捨てたのである。

横で聞いていた垓が、呆れ気味ながら諌に続く。

「少々ザックリすぎる言い方ではあるが、ウルフ君の発言にも一理ある。フラタニティとして戦うと決めたのは貴方であり、少なくともここにいる全員にはその責任に付き合う意志がある。何より……前線で戦う我らの背中を見続けたフラタニティの民が、いつまでも変わらないとお思いか?」

垓は己がネオZAIAと戦う様をフラタニティのヒューマギア達に見せつけている。彼は此度の勝利が、現状から変わっていく勇気や夢に向かって進む意志を見出した、無辜の民の想いによるものだと信じていた。

学習(ラーニング)を経て進化できるのがヒューマギアであり、人工知能だ。身を守る術を彼らが知らないというなら、少しでも多くを学ぶしかあるまい。この世界を生きるのはお前達(フラタニティ)だと証明するために」

滅も同様に、戦う道をコトブキに示す。彼が語ったのはヒューマギアとしての視座であり、「ヒューマギアの自由と幸福」を夢見た男の意志でもあった。

Dr.コトブキが顔を上げ、周囲を見渡した。コトブキを慕っている二人の幹部は、彼の決断を待っている。アインも遠くの席から、コトブキの覚悟を見定めるように視線を向けていた。

諌がコトブキに顔を近づけた。ギラついた双眸で、素体ヒューマギアの顔面を見つめる。

「俺はこの時代で戦う意味を、お前らに見出した。お前らヒューマギア一人一人の夢を守るために、俺は仮面ライダーという夢を張って戦うと決めた。いつかこの世界で、ヒューマギア達が夢を見られるようにな。そのヒューマギア達の中にはお前もいるんだぜ、Dr.コトブキ」

「私も、ですか」

「そのためにフラタニティが戦ったことを知ったからな。さあ、言ってみろ……()()()()()()()()?」

己は、何を望んでいたのか。コトブキは、忘れかけていたかつての願いを……かつての夢を、電脳の奥底から掬い上げる。

他の者達に犠牲を強いることは望まなかった。フラタニティの戦いは、コトブキが自らの意志で始めた戦いであり、だからこそなるべく「守るべき者達」を傷つけない戦い方を選ぼうとした。

三大勢力の横暴を許すわけにはいかなかった。ヒューマギアを圧倒的な力で支配するネオZAIAも、全てを滅ぼそうと企む零の方舟も、無限に続く戦いを望むピースメーカーも、コトブキが理想とする()()()()()とは程遠い。

「……戦うことは、やはり避けられませんね。そのために、フラタニティという組織に流血や苦痛を強いることも」

「その痛みを乗り越える強さも、今のフラタニティにはあるんじゃねえか? 俺はもうお前らに賭けたぜ、お前もアイツらを信じてやるといい」

言葉遣いはぶっきらぼうだが、諌の声音は真剣そのものであった。フラタニティという組織を、そしてDr.コトブキを信頼すると決めたからこそ、Dr.コトブキが自ら立ち上がることに期待していた。

「戦いを終わらせるための戦い、ですか……それでも、三大勢力(彼ら)が正しいとは私には思えなかった」

コトブキは歩いてきた道を振り返り、今いる場所を確かめる。七年前、ネオZAIAの支配に抗うためにフラタニティを立ち上げた時から、コトブキの意志は変わってなどいなかった。

たとえ傲慢であろうとも、一人でも多くのヒューマギアを助けたい。人類のいない世界でも、彼らが享受してきた平和を「当たり前」にして、続けていくために。

「迷いは晴れたか?」

「……ええ。一時の迷いでした。ありがとうございます、不破諌様。おかげでホントに覚悟が決まりましたよ」

諌が勝ち誇ったように笑う。表情の変わらない素体ヒューマギアが、穏やかに笑ったように見えた。

「これより管制室から、管轄区全域を対象としてローカルネットワークを通しての配信を行います。フー、ネオZAIAから奪還したデータは筐体に入力済みですか?」

「抜かりありません。いつでもそちらの素体ボディに、件のデータを移行できます」

「そう言えばまだ内容を聞いていなかったな……コトブキ氏、そのデータというのはいったい?」

フラタニティ防衛作戦の折に、ネオZAIA本社に潜入したコトブキは、ネオZAIAから何らかのデータを奪取している。その詳細を知らずにいた垓が質問を投げたが、コトブキは口元に人差し指を当ててこう言った。

「配信をご覧になっていただければ、自ずと分かりますよ。では、会議はこの辺でお開きにしましょう」

かくして、情報共有のための会議は終わった。コトブキの筐体を管制室へと運ぶため、ハウとアインが先に退室し、それに続くようにして他の面々も会議室を去っていく。

最後に部屋を出た諌を、コトブキが振り返る。

「私の迷いを振り払ってくれた恩は、必ず返させていただきます。私も、私の夢を諦めはしません」

「上等だ。期待してるぜ、Dr.コトブキ」

諌は親指を立てて見送り、管制塔最上階の管制室に向かうコトブキと別れた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

それから約二時間後。夕暮れ時は過ぎ去り、青黒い夜の闇がやってくる。フラタニティ管轄区域では居住用テントの照明が起動し、夜の闇に暖かな光を灯していた。

不破諌は塔の上層を、少し離れた仮設テントの内側から見上げていた。ネオZAIA本社撃墜作戦の際に作られた食事処が休業していたため、代理の作業員ヒューマギアがテントの中で焼き鳥を作っている。鶏肉の焼ける香ばしい匂いが風に流れる。

管制塔の上部からは、四角い立体映像の画面が空中に投影されていた。ヒューマギア用ネットワークとこの立体映像を通じて、Dr.コトブキがフラタニティに向けた重大発表を配信するという。

短く切ったネギと鳥もも肉を交互に刺した焼き鳥串が、諌の座るテーブルに出された。甘めのタレを塗った焼き鳥を諌が食べていると、真っ黒な配信画面が明転した。

 

『お疲れ様です、ヒューマギアの……そして、仮面ライダーの皆様。フラタニティのリーダー、Dr.コトブキです。今回はネットワーク中継配信という形で、フラタニティの運営方針に関する……ある重大な発表をさせていただきたいと思います』

 

管制塔の最上階にある管制室を背景に、素体ヒューマギアが恭しく頭を下げる。指導者たるコトブキの声を聞き、管轄区域のそこかしこからコトブキの登場を喜ぶ声が上がった。

『本日、我々フラタニティにもたらされた戦果は、率直に言って私自身の想定を遥かに上回るものでした。先頭に立って活躍した仮面ライダーの方々により、世界の危機が救われ、管轄区域に侵攻しようとしたネオZAIAエンタープライズを撃退し、更には零の方舟に大打撃を与えることに成功したのです』

諌の後ろにいた作業員をはじめとして、周囲のヒューマギア達がざわめいている。一日の間に起こったとはとても思えないような、凄まじい戦績。それを成し遂げたのがフラタニティであることを、ヒューマギア達はまだ完全には呑み込めていない。

『これにより、フラタニティという組織は……戦う力を、三大勢力の全てに見せつけることとなりました。今まで通りの、"戦うことのない中立組織"としての見方をされることは、二度とないでしょう』

コトブキの言葉の意味を理解したのか、徐々に怯えたような声が諌の耳に入ってきた。

三大勢力に対する恐怖は、フラタニティから勇気を奪った。コトブキや幹部達、あるいはアインのような戦士はともかく、多くのフラタニティ所属者はまだ恐怖から完全に脱してはいないのだろう。

『今回の大戦果は、2020年という遥かな過去より召喚され、我々の求めに応じてくれた三人の仮面ライダーによるところが大きいのです。戦うための牙を自ら捨てた我々を守ると言い、彼らは矢面に立ち続けています』

コトブキの口調に、僅かながら熱が込められた。諌は画面の中の素体ヒューマギアをじっと見つめる。

『私はこの結果を受け、考えました。確かに、仮面ライダーの力があれば三大勢力を倒すことはできるかもしれない。しかし……その先にある勝利は、我らフラタニティの勝利と言えるのでしょうか? 我々は自分達の正しさを示したと、この心に誓えるでしょうか?』

 

Dr.コトブキは問いかけている。

この戦いの中で、フラタニティがすべきことは何なのか。フラタニティは何のために存在するのか。三大勢力に「勝利する」とはどういうことなのか。

問われているのは、コトブキが守ると誓った数多のヒューマギア達だ。彼ら一人一人は、たとえ脆弱であろうともその電脳に「心」を宿している。

その心は、あるいは今ある現実から学習(ラーニング)する人工知能は——彼らがどう考えているのかを、知っていた。

その想いが、ネットワークを通じてDr.コトブキの電脳に直接伝わっていく。

戦うことへの恐怖があった。あまりにも巨大すぎる敵への絶望があった。殺し殺される戦場への嫌悪があった。

 

それでも。

英雄達の背中を見続けた民衆は、その姿から「善意」を学んでいた。仮面ライダーが教えた——否、蘇らせた感情が、暖かな光となってフラタニティのネットワークを走る。信頼、愛情、希望、勇気……溢れ出した正の情動が、負の感情と混ざり合いながら調和を成す。

『……結論を言います。フラタニティは"戦わない"という選択肢を失いました。心苦しくはありますが、それでも我々は……戦いの中で、ヒューマギアの自由と幸福を取り戻さなければならないのです。フラタニティの始まりが、ネオZAIAの支配に抗うためのレジスタンスであったのと同じように』

苦渋の決断ではあった。しかし、コトブキは後悔していない。少なくとも、己が正しいと信じる道を選ぶことができたからだ。

『たとえ後世に悪逆の誹りを受けようとも、私はヒューマギアの自由と幸福のために戦います。フラタニティに力を貸してくれた、仮面ライダー達と肩を並べて』

その直後に映像の中で起こった出来事は、更なる衝撃をフラタニティの隅々にまでもたらした。

素体ヒューマギアが光り輝き、機械的なシルエットが人間を模した人工皮膚へと置き換わる。白いフード付きのローブを纏い、Dr.コトブキがそれまでとは全く異なる姿へと変貌を遂げた。

「こ、コトブキ様……あの姿は!?」

「何か知ってるのか?」

諌が後ろで鶏肉を焼いていた作業員に尋ねる。画面を眺めていた男が、驚きを隠せないといった様子で諌に説明した。

「コトブキ様の、ヒューマギアとしての姿です。フラタニティ中立の証として、ヒューマギアの人工知能を構成するメモリーの一部をデータ化し、ネオZAIAに譲渡していたのですが……」

「それでヒューマギアからあのデカい箱にAIを移していたってワケか。つまり、お前達の知るDr.コトブキが戻ってきたと」

諌は全てに納得した。コトブキが言っていた「ネオZAIAから奪還したデータ」とは、コトブキ自身のメモリーを指していたのである。

「ヘッ、なかなか気合入ってンじゃねえか」

ヒューマギアとして本来のカタチを取り戻したDr.コトブキ。それを見上げながら、諌は我が事のように誇らしげに笑った。

 

『長く待たせてしまいましたが……私、Dr.コトブキは、本日を以てヒューマギアに戻ります。もう二度と、戦うことから逃げはしません。ですからどうか……フラタニティに生きるヒューマギアの皆様、少しでもこの私に力を貸していただけませんか?』

ローブの男が、決意と共に問う。

フラタニティのネットワークは、そこに生きる者達総ての答えを男に届けた。

 

『私は、勇気を教わりました』

『俺は、力を思い出せた』

『僕は、恐怖を忘れない』

『そうやって我々は、全てを取りに行きます。我々に道を教えてくれた、仮面ライダー達と共に』

 

彼らは、何も捨てることはなかった。ただ日常を生きるように、今までと同じ明日を求めて、今までの世界を壊す決意を述べる。

戦いを恐れ、厭い、それしか選べぬ現実に怒りながら——その思いを否定することなく、「当たり前の幸福」を掴み取るために戦うと誓った。

もはや誰も後退はできない。Dr.コトブキという個人ではなく、またある単一のローカルネットワークでもなく、フラタニティという組織に生きる全ヒューマギアから、バックギアが取り払われた。

Dr.コトブキはこの結果に悲嘆した。己の正しさすら知らぬ者が歩む道に、大勢の朋輩を巻き込むことになると知っていたからだ。

それでも……Dr.コトブキは、同時にかつてなく安堵していた。これから己は、何度も「一時の迷い」を経験するだろう。戦いを終えたとしても思い悩み、今日を何より悔やむかもしれない。

しかし、悩みながらでも歩けることをコトブキは思い出した。たとえ自らの理想が机上の空論でしかなかったとしても、己という存在がある限りはその都度過ちを正しながら生きられる。どれほど途方もない道のりになろうとも、コトブキは歩いていけるように思えた。

コトブキの後ろには、コトブキを慕う()()()()()ヒューマギア達がついている。その事実が、未だ明けぬ道を見据え、先頭に立つコトブキに勇気を与えていた。

 

『皆様……本当に、ありがとうございます。今日ほどフラタニティという組織があって良かったと思う日はありません……それでは、本日の発表は以上となります。ご清聴ありがとうございました』

そうして、フラタニティという組織に関する重大発表の配信が終了した。立体映像のスクリーンが消え、それを見上げていた諌は背後を振り返る。

「なあ」

「何でしょう?」

作業員は空になった皿を回収しつつ、諌の方に視線を向けた。咄嗟に話しかけた諌だったが、何を言おうとしたのかまでは考えていなかった。数秒間悩んだ末に、諌は作業員に……否、フラタニティのヒューマギア達に対して抱いていた根本的な疑問を投げかける。

「……戦い方は分かるか?」

「残念ながら、全く。マギアには変身できますが、兵士のようにはいきません。ですが……学ぶことはできます」

作業員は語る。

現在フラタニティに所属するヒューマギアのほとんどは、戦う術をそもそも知らないか、あるいは戦うことを恐れて封印してしまった者達である。フラタニティ以外の組織で生まれた幹部のハウとフー、そして元はフラタニティ最強のヒューマギアの一人だったDr.コトブキを除けば、ハウを隊長とする調査部隊の面々が自衛策として戦闘技術を学んでいる程度だ。

諌はそれを聞き、呆れたように溜め息を吐いた。彼らはほとんどゼロから、戦って生き残る術を学ばなければならないと分かったからである。

「仕方ねえな。戦うからには生き残って勝ちてえだろ、だったら俺が教えてやる。銃の扱いとヒューマギアの殴り方はイヤってほど学んできたからな」

三大勢力がいつ動き出すかは分からない。それは明日かもしれないし、あるいはもう少し先のことかもしれないが……諌はピースメーカーの司令官である無銘を思い出し、彼らとの新たなる戦いが近いことを本能的に察した。

諌は作業員に軽く手を振って、管制塔へと歩き出した。作業員は感謝の意を込め、去っていく諌に深く頭を下げていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

Dr.コトブキによる演説が終わってから、一時間ほど後のことである。不破諌は管制塔の二階から空を眺める一人の男に歩み寄り、その名を呼んだ。

「その姿は初めましてだな、Dr.コトブキ」

「不破諌様。私に何の用でしょうか」

ヒューマギアの姿を取り戻した、Dr.コトブキが立っている。フード付きの白いローブから、緑色の瞳が穏やかに光った。

コトブキの声は低く、海底のように深い。しかし、他者を寄せ付けない隔絶した雰囲気ではなく、包み込むような暖かみがあった。

「いや、大した演説だと思ってな。たった一日の間に、ここのヒューマギア連中をその気にさせるとは」

「私だけの力ではありません。キッカケをくれたのは、貴方達なのですよ」

謙遜ではなく事実として、コトブキは淡々と語る。

「アインと不破様の活躍により、貴方達の生きる2020年とこの時代は単純な直線上ではなく、並行世界の一つとして繋がりました。それでも、私達にとって仮面ライダーの皆様は、過去に生きていた英雄なのです」

人間とヒューマギアという二項対立の狭間に立つ戦士、仮面ライダー。一人一人の行いに差はあれど、その姿は英雄めいて多くの者の目に映る。それが人類を滅ぼす邪悪や、ヒューマギアを苦しめる大いなる悪意であったとしても。

「貴方達が来たのは実のところ単なる偶然なのですが、それでも今は、私は最上の縁に巡り会えたと思っています。戦う姿ともたらされる戦果は、力を失ったフラタニティに『勇気』を思い出させてくれました」

「良いじゃねえか」

首を傾げるコトブキに、諌は思いの丈を打ち明ける。この時代に召喚され、三大勢力との戦いの中で感じたありのままを。

「無銘と戦って、この時代で俺が何をしたいのかはハッキリした。俺はヒューマギア達の夢を守るために、その夢を……アイツらの生きる世界を壊す三大勢力と戦う。それが仮面ライダーとして俺の為すべきことだ。だが……それだけで良いのかと思ってもいた」

どこまで距離が近づこうとも、諌はこの時代から見て過去の人間でしかない。いずれは元いた2020年に帰らねばならない以上、彼が想うのは戦いの先にあるこの世界の未来であった。

「三大勢力をブッ潰したとして、その先でヒューマギアが俺達に頼りきりになったら意味がねえ。アインもずっとここにいるワケでもない以上、この時代を生きるヤツらが積極的にならなきゃ、平和を守ることもできないだろうよ」

「そこまで案じてくださっていたとは……」

「とはいえ、杞憂で済んだのは良いコトだ。フラタニティはこれから変わっていき、その先頭に立つお前は……きっと仮面ライダーになれる」

あまりに諌の言葉が衝撃的だったため、コトブキは絶句した。諌の言う「仮面ライダー」という言葉の意味を図りかねていたのもある。

「私が、仮面ライダー……!? いやいや、あれほどの力を持つつもりは私にはありませんし、だいたいベルトも何もあったものじゃあ——」

「ベルトがどうとか、力がどうとかいう話じゃない。仮面ライダーってのは、要するに……自分の心を、信念を世界に示せるヤツのことだ」

抽象的な物言い故か、コトブキが首を傾げた。諌は「自分にとっての仮面ライダー」を伝えるため、淀みなく語り続ける。

「無銘は邪悪だが、アイツなりのルールで世界と戦おうとしているのも事実だ。そのルールがフラタニティとは食い違うから戦いが起きる。他の勢力も、自分のルールを世界に通そうとしているのは変わらねえ」

「……私のルール、私の信念ですか」

「そうだ。どれだけ苦しい道のりでも、自分の心だけは決して手放すな。自分が何のために戦うのかを忘れるな。それさえできれば、お前は『フラタニティの仮面ライダー』になれるハズだ。俺はそう信じる」

その時のDr.コトブキは、諌にとっての「仮面ライダー」が意味するところを完全に理解できたわけではなかった。

しかしコトブキは、その理屈として説明できない言葉を受け、電脳の奥底が震えるような感覚を抱いていた。人工知能として生まれながらにプログラムされた、本能とも言うべき何かに、諌の言葉は強く響いていたのだ。

「……まさか、日に二度も貴方から大切なことを教わろうとは。今日のことは、私の生涯で最も重要な記録の一つになりそうです」

「伝わったなら結構だ。さて、明日からヒューマギア達に色々教えてやらなきゃならん。トレーニングメニューくらいは考えとくか」

諌が去ろうとすると、コトブキが呼び止める。フードの内側で、コトブキの瞳が悪戯っぽく笑った。

「それでしたら、天津様や滅様もお呼びしましょう。私も腕を振るって夜食などお作りいたしますよ?」

「……気が利くな。こうなりゃお前にもとことんまで付き合ってもらうか。俺もここの連中全員とまでは顔見知りじゃないからな、フラタニティのリーダーとしての知識は必ず役に立つ。頼むぜ、コトブキ」

二人が互いの腕を交差させる。戦いの中で不破諌とDr.コトブキの間には、確かな信頼が生まれていた。それは守る者と守られる者というよりも、肩を並べて共に戦う仲間としての、友情とも言えるものであった。

 

つづく。

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