IF:仮面ライダーゼロワン DARKEST DAYBREAK 作:TAC/108
夕方に差し掛かる頃であった。空は薄く橙の色を添え、白い三日月が存在感を放っている。夜の訪れが、刻一刻と近づいていた。
「おつかれさまです」
「随分と手厚く歓待されましたね。まるで救世主か何かでも迎えるかのようだ」
人混みならぬヒューマギア混みの中から現れた垓を、フーが労う。何を気に入ったのか、彼女は垓のサポートには熱を上げている。
フラタニティのヒューマギア達による歓迎……否、各種施設の案内を受け、天津垓はようやく自由を取り戻していた。彼らの解説は非常に丁寧だったが、施設を巡るのにはそれなりの時間を要した。
元々は不破諌も一緒にいたのだが、彼は説明が終わるなりヒューマギア用のトレーニング施設に直行したため、垓とは別れている。拝見した限りでは設備が整っており、垓も健康維持のために使おうと考えていた。
夕方の涼しげな風を感じながら、垓は電波塔二階にある自室へと帰還した。およそ半日ぶりの帰宅だが、戦闘の疲労からか垓は確かな解放感を覚えていた。初めてこの部屋に入った時の緊張など欠片もない。
「私はシャワーを浴びてきます。貴方は?」
「このへやにいます。ことぶきさまからのていあんでもありますので」
フラタニティのリーダー・Dr.コトブキ。垓の部屋にフーをあてがったのは彼のアイデアだ。諌と滅は基本一人で自室にいるのだが、なぜか垓だけがフーをサポーターとして配されている。コトブキの提案は垓というよりもフーに向けられたもののようだが、その真意を垓は知らない。
かくして数十分後、浴室から出てカジュアルな服装に着替えた垓は、木製テーブルにてフーと向かい合っていた。夕陽の光が窓から射し込み、二人を照らしている。
「聞きたいことは山ほどありますが、ここは単刀直入に訊ねるとしましょう。貴方は、何者なのですか?」
垓が卓に肘をつき、両手を顔の前で組んだ。彼の眼差しが、フーをじっと見つめている。
「はなすとながくなります。ですので、ていあんがひとつ」
「というと」
「ことぶきさまのもとにむかいます。わたしについてわたしがかたるには、それなりにじかんがかかりますので」
垓はフーの挙動を思い返す。彼女は様々な機能を持つヒューマギアだが、自身の機能を同時に複数使うことはできないらしい。何か一つ説明するたびに会話すら封じられる有様では、確かに語るには時間を要しすぎる。
「……Dr.コトブキは、何処に?」
よく考えてみれば、初めてフラタニティ本部に集められた際は、フラタニティのリーダーであるDr.コトブキは電波塔の二階部分にいた。現在は不破諌と天津垓の居住スペースになっているが、元々あったあの部屋はどうなったのか?
フーが席を立ち、床に手を押し付ける。その地点を中心として青い光のラインが部屋全体を走り抜け、次の瞬間には
「ようこそ、フラタニティ管制室へ!」
無数の電算機が並び、眩いばかりの光を放つ無機質な部屋に垓達は
「これは……!?」
「飛電インテリジェンスに由来するテクノロジーの一種でして。元々はカモフラージュ機能だったそうですが、これに着想を得て
「ということは……もしやここは二階ではない?」
「一つ上、三階は本部の管制室でございます。せっかくなので私の本体はこちらに移すことにしました」
垓には思い当たるところがある。彼が2020年にて社長を務める飛電インテリジェンスの社長室は、隣室が秘密の研究所になっている。普段は白い壁に隠れているが、これが解除されると様々な機材を取り揃えたラボが現れるという仕組みだ。
「流石に我々の時代から二百年ということか。凄まじい発展だ……」
驚きと興奮に垓の手が熱を帯びる。床の感触は滑らかで冷たい。指でなぞっていると、青黒く金属室な床から腕の形をした何かが伸び、垓と握手した。異様な現象に腰を抜かしかけた垓だったが、背後を見るとフーが少し不服げな表情をしていた。部屋を入れ替えたのと同じように、床の形状を操作していたらしい。
垓はこの管制室についての大まかな説明を受けた。フラタニティの『本部』たる電波塔には、様々な機能が搭載されている。電波塔の頂上部分から発する特殊な電波で、フラタニティ管轄区域の位置を特定の相手に対して隠蔽しているのだという。
その相手こそ、目下の脅威たるネオZAIAエンタープライズと零の方舟である。ピースメーカーはフラタニティと基礎を同じくするネットワークを利用しているため、彼らに対してジャミングを働かせるとフラタニティが大混乱に陥るので、一応対象からは外されている。ピースメーカーの目的は他の勢力を撃滅することであり、基本的には中立であるフラタニティに、積極的に攻め込むつもりはないらしい。
「では、本題に入りましょうか」
無機質な筐体が、落ち着いた声で言った。
垓の目的は二つ。ネオZAIAエンタープライズの実態を知ることと、フーの正体を知ることである。垓は手始めに、前者について聞くことにした。ネオZAIAの社長についても聞き出せそうだと判断したからだ。
「昨日述べましたように、ネオZAIAはこの争いを引き起こした元凶です。彼らの目的は、飛電インテリジェンスおよび衛星ゼアにまつわる技術を手に入れること。そして、これを基に更なる勢力拡大を行うことの二つ……というところまでは分かっています」
「勢力拡大の先に何が?」
「さて、そこまでは何とも」
垓は訝しげな表情をしたが、コトブキが何事か隠しているようにも見えなかった。続きを促すと、フーがコトブキの方へと歩み寄った。
「ネオZAIAのネットワークを管理しているのは、最高責任者にしてネオZAIAの代表取締役社長たる骸というヒューマギアです」
「ガイ?」
「左様。『
「かつて存在したZAIAエンタープライズという世界的企業を人類絶滅後に乗っ取り、ヒューマギアを相手とする巨大な会社へと変貌させたのが、骸であると言われています」
曰く。
ネオZAIAエンタープライズの設立、社長に就任した骸は旧ZAIAエンタープライズに由来する技術を基にヒューマギア用の大規模ネットワークを構築し、世界各地に散らばっていたZAIAの施設を接収。これによって凄まじいスピードでの勢力拡大に成功した。彼らはZAIAのテクノロジーをそのまま保持しつつ進化させてきたという。
「ですが、ネオZAIAには一つだけ足りないものがありました。それはヒューマギアを地球規模で統括管理するシステム……つまり、かつての衛星アークや衛星ゼアのような巨大人工衛星です。ネオZAIA本社はネットワーク管理システムの中心ですが、実態としてはサーバーの一つに過ぎませんからね」
「……なるほど」
何となくではあるが、垓には話の流れが見えてきていた。
つまり、ネオZAIAは何らかの経緯で衛星ゼアにまつわる技術や、デイブレイクタウンに打ち捨てられた衛星アークそのものがこの国にあることを察知し、それを強奪しにやってきたということである。
「彼らの管理下に置かれたヒューマギアはどうなる?」
「簡潔に言えば自我を消されます。パーソナルデータを書き換えられ、ネオZAIAに奉仕するだけの存在と化したヒューマギアの道は二つです。優良な個体は重用され、不良個体は研究に回されます。研究室では日夜、世にも恐ろしい実験の数々が行われているそうですよ?」
聞くだけでもおぞましい話であるが、一方で垓は胸に何かが刺さるような感覚を抱いていた。かつての己がしでかした所業と骸の行いが、垓の記憶の中で重なる。
ふと、垓はフーに視線を向けた。コトブキの傍らに立つフーは、無表情ながら目を伏せている。その瞳は何も見つめてはいなかった。
垓は当初の目的を思い出し、コトブキに尋ねる。
「彼女は……フーは自ら私に言った。ネオZAIAとは縁がある、と。フーは何者なのです?」
「まさに今話した、研究に回された不良個体の話ですよ、天津様」
不良個体。そのフレーズがフーと全く繋がらず、垓は両手で頭を抱える。因果関係がまるで推理できない。
「かつて、機能複合型ヒューマギアの研究が、ネオZAIAでは行われていました。その名の通り、一体のヒューマギアに複数体分の機能を持たせることで、ハイスペックなヒューマギアを世に広めようとしていたのです」
淡々と語るコトブキが、垓には恐ろしく思えた。今からこの箱型の機械は、何か恐るべき真実を垓に伝えようとしている。そう思えてならなかった。
フーが両眼から画像を投射する。データ破損が原因と思しき虫食いはあるが、日本語に翻訳された研究記録のようだ。末尾には『ネオZAIAエンタープライズ第一研究室』の文字が記されている他、ところどころの文字列が強調するように青く光っていた。
『個体■番から■■番を初期化』『ライダモデル投入』『動力部の小型化に伴う■■■の導入を提案』『■■型ヒューマギア計画』『試作■号機を初期化』……研究室で行われていた実験の正体が掴めてきた。
「貴方達の言葉を借りるなら『人体実験』のようなものです。他のプロジェクトと
コトブキは暗に仄かしている。その中にはフラタニティから連れ去られたヒューマギアもいたことを。彼らを文字通り
ただ、とコトブキが前置く。
「そこから先の去就については定かではありません。何やら向こうで異変があったようで、研究室は後に解体されたようです」
「は?」
急に説明が曖昧になったため、垓は呆気に取られた。
機能複合型ヒューマギア云々はどうなった。異変とは何だ。結局、今の話とフーに何の関係があったのだ。垓にできるのは推測だけであり、それが一片の事実にも劣るものであることを彼は弁えていた。
「ネオZAIA本社から
投射される画像が切り替わった。夥しい数のヒューマギアを積み上げる山の中に、金属質で巨大な箱が見える。恐らくはそれが『第一研究室』なのだろうと垓は理解した。
この研究施設はフラタニティの調査を受けた後はしばらく放置されていたが、ピースメーカーが発足された際に彼らによって強奪され、現在は彼らの本拠地に存在するとコトブキは続けた。
「この廃墟からある日、素性不明のヒューマギアが現れました。それこそが、今こうして我々の前にいる、フーと名付けられたヒューマギアとの最初の出会いだったのです」
◆◆◆◆◆◆
その後もコトブキからの説明は続いたが、フーの正体に関する情報は得られなかった。フーは自らの出生についての知識や記憶を一切持っておらず、彼女を発見したというコトブキも、調査によって得た記録の範囲でしかフーについては知らないのだという。
垓はコトブキの前で仮面ライダーに変身し、市街地偵察の際に起こった出来事について実証してみせた。フーが内包するデータが、ZAIAエンタープライズで作られたプログライズキーのものであるという事実を共有したコトブキは、垓に一つだけ助言を残した。
「もしかしたら……骸は真相を知っているやもしれません。私からはこれ以上何も言えませんが、ネオZAIAが鍵を握っているのは間違いないかと」
要は、分からないということが分かった状態である。
コトブキの提案で、変身ベルトたるサウザンドライバーは調整が行われることになった。衛星ゼアに由来する何らかのデータを、サウザーのシステムに搭載されているサウザンドジャッカーと同期させているのだという。
二階の自室に帰された垓は、一人で紅茶を喫していた。ただでさえ戦闘の後である上に、コトブキからの説明で肉体だけでなく頭脳も疲弊している。リラックスする時間が必要だった。
垓が紅茶を飲み終えた頃、部屋の戸を叩く音が聞こえた。応じて扉を開けると、サウザンドライバーを持ったフーが入ってくる。
「ご苦労だった。それで、調整の内容は?」
「さうざーのうんようきろくをもとに、ひでんせいぷろぐらいずきーのでーたをいしょくしました」
「素晴らしい」
仮面ライダーサウザー、その最大の特色はサウザンドジャッカーにあると言っても過言ではない。ジャッカーに保存したデータによる多彩な攻撃方法こそが強みの一つであるため、コトブキらの仕事ぶりに彼は感嘆していた。以前とまるきり同じとまではいくまいが、これで戦術の幅は一気に広がる。
「衛星ゼア由来のデータの正体が、飛電製キーのものだったとは……アタッシュカリバーを作った件といい、あの筐体にもやはり飛電由来のテクノロジーは含まれているのだろうな……」
「じかんをとらせたおわびだと、ことぶきさまはおっしゃっていました。これでぞんぶんにたたかえるのでは?」
「今日に比べれば百人力、いや千人力といったところでしょう。まさに桁違いのサウザー!」
悦に入る垓をよそに、フーは席についた。何者かからの通信を受け取ったらしく、こめかみに手を当てて話す声を聞いている。
通信が終わると、垓はフーに尋ねた。
「今の通信は?」
「ちょうさはんからです。どうやらおかしなことになっているようで」
現在のフラタニティにて、市街地の偵察などの調査を行うのは、ハウをリーダーとする調査班であると垓は説明された。戦闘はハウが引き受けるが、調査活動は他のヒューマギアでも可能なため、時折フラタニティ管轄区の外に調査班を派遣しているという。
「ねおざいあのほんしゃが、まちのほうにとどまっているとのことです。これまでは、せんとうがおわるとすぐにすがたをけしていたので」
「今までにない事態となっている……ということか。他の勢力は好機と見て攻め入るだろう。ネオZAIAの動きが止まるな」
空中に浮かぶ、ネオZAIA本社。それがわざわざ社長を連れて市街地に留まっているとすれば、実のところネオZAIA側は目的を一挙にて果たす算段がついているのかもしれない。
あるいは、他の敵対勢力よりも、新たに仮面ライダーを迎えたフラタニティの方を注視しているのか。どちらにせよ、厄介事の予兆に違いはあるまい。
「あまつさま」
フーが垓を呼ぶ。その声は普段と変わらないが、夕陽の生んだ影に隠れた表情に不安が滲む。
自らについて何も知らないということが、必ずしも不幸であるとは限らない。しかし、無知たることが幸福であるとも言えないのだ。垓はフーの前でしゃがみ、彼女の顔を見上げた。
「何か言ってみなさい。フラタニティに手を貸す身として、為し得る限りはやってみましょう」
「……これからも、まちにつれていってください」
言外の意図を、垓は理解した。自分が何者なのかを知りたいからこそ、危険だと知りながらも戦地に赴くと決めていた。
止めるべきか、という思考が脳裏を過ぎる。いや、昔の垓ならば止めただろう。しかし、今2220年の地に立つ天津垓の出す結論は違う。
「仕方ありませんね。他の面々には私から説明するとしましょう。それが貴方の目指す先……貴方の夢であるのなら、私は為し得る限りのサポートをします」
そもそもが助けを求められてここに立っているのだ。一つ二つ要件が増えたとて、垓にとって大した問題ではない。危険を伴うとしても、彼はフーの頼みを聞くことにした。
そんな折のことであった。再び自室の扉が叩かれ、垓が応じる。部屋に入ってきたのは、一階にいるはずの滅であった。
「何の用でここに?」
「今後の方針についてコトブキから話がある。本部の一階に来いとのことだ。不破諌はもう来ている」
垓は首を傾げた。Dr.コトブキは今、フラタニティ本部電波塔の三階にいる。ヒューマギアを遠隔操作する能力こそ持っているようだが、だとしてもわざわざ一階に呼ぶ理由がわからない。あの筐体をさらに別の場所に移設したのだろうか。
疑問は尽きないが、行かない理由も特にない。滅に促され、垓達は自室を出ることとなった。
つづく。