新約 鬼滅の刃   作:枢木リンネ

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セリフって難しい……。
勉強しながら頑張ります。


蝶の姉妹

———暗くて深い水の中……。

瞳を閉じて、身体を水に任せて沈んでいく……。

どれだけの時間が経ったのだろう……。

どれだけの鬼を斬ったのだろう……。

どれだけの人が死んだのだろう……。

もしあの時、力を持ってたら……。

もしあの時、覚悟があったなら……。

いくら自問自答しても、答えは見つからない。

むしろどんどん深みに沈んでいく気さえした。

やはり、自分は不幸を呼ぶ存在なのだろう……。

代わりに自分が死ねば良かったのだろう……。

そうすれば、今頃みんな生きて幸せになっていたはずだ……。

姉も……義兄も……義兄の両親も……親友も……その愛する者も……。

そんな事を、気が遠くなるまで何度も何度も考えていた。

 

(蔦子姉さん……錆兎……真菰……俺は……)

 

 

 

 

ハッと義勇は目を覚ます。

知らない天井が目の前に広がり、薬品の匂いが鼻に付いた。

重たい身体をゆっくり起こすと、辺りを見回す。

どうやら何処かの病室らしい。

まだ頭の回らない思考の中、不意に頭に激痛が走る。

 

「ッッ⁉︎」

 

痛みがする部分を抑えると、完全に意識が覚醒する。

 

(俺は確か、下弦の弐を倒して……その後、他の鬼を討伐しに行ってから……)

 

義勇が意識を失う前の行動を思い出していると、扉が開く音が聞こえた。

 

「あっ、目が覚めたんですね」

 

部屋に入ってきた人物の声を聞いて、義勇はそちらに視線を移した。

菫色の大きな瞳をしており、毛先の部分が紫色をした黒髪を蝶飾りで後ろに纏めた少女だった。

おそらく義勇より歳下だろう。

 

「私は胡蝶しのぶと言います。ここ蝶屋敷に搬送されたあなたのお世話を担当しております」

 

しのぶという少女は挨拶をして頭を下げる。

蝶屋敷という言葉に、義勇は聞き覚えがある。

現花柱が私邸を鬼殺隊士の治療施設として開放している鬼殺隊専門の病院。

義勇自身は()()()()()()に一度は身体の検査をしに来なさい、と直接言われた事があった。

当然、そんな暇はなかったから訪れた事はない。

まさか、こんな形で蝶屋敷に来ることになるとは思ってなかった。

 

「搬送されてから一ヶ月ずっと眠ってたんですよ? どこか痛む所はありますか?」

 

一ヶ月と聞いて義勇は驚く。

あの大規模な合同任務から一ヶ月間ずっと眠り続けていたのかと。

思わず溜息が出る。

こんな体たらくでは話にならない。

 

「あの、聞いてますか?」

 

眠っていた時間があれば多くの鬼殺をしたり、人々を救えたり、鍛錬が出来たのだろう。

 

「もしも〜し?」

 

やはり自分は柱になるべき男ではない。

義勇はそう思い、また溜息を吐く。

 

「あの! 私の話! 聞いてますか!」

 

しのぶが急に大声を上げた。

思わず、ビクッと反応して義勇はしのぶへと顔を向けた。

 

「なんなんですか⁉︎ 人が話し掛けてるのに無視して!」

 

眉間に皺を寄せてしかめっ面で義勇を睨む。

その表情は明らかに不機嫌な顔をしていた。

 

「……何故怒ってる?」

 

動揺する義勇はそんな質問をしてしまった。

その言葉を聞いたしのぶは額に青筋を浮かべて叫んだ。

 

「誰のせいですか⁉︎」

「あらあら、そんな大声出してどうしたの?」

 

怒鳴るしのぶの後ろから、今度はおっとりした女性の声が聞こえた。

淡い藤色の穏やかで垂れた瞳の長く艶やかな黒髪の両側にしのぶとは色違いの蝶飾りを二つ付けた女性が扉の前に立っていた。

どことなく、しのぶに似た顔立ちをしていた。

義勇は彼女の事を知っている。

 

胡蝶カナエ。

鬼殺隊最高戦力にして最強の剣士、九人に与えられる柱の称号を持つ女性。

年齢は義勇と同い年で、ほとんど人と関わらない義勇に対しても、気に掛けて声を掛けてくる。

そして、この蝶屋敷の女主人でもある。

 

「冨岡くん、目が覚めたんだね」

「姉さん! 聞いてよ!」

 

カナエの言葉を遮り、しのぶはまくし立てるように愚痴を零した。

 

「この人、私の言葉になんの反応もしないのよ! しかも反応したかと思ったらよく分からない事言い出すし!」

「まあまあ、そんなこと言わずに。私はしのぶの笑った顔が好きだなぁ」

「だって、こんな無愛想な顔されたんじゃ何考えてるのかぜんっぜん分からない! 何処が痛いのかも具合が悪いのかも!」

 

そんな会話が姉妹で行われている中、原因となってる義勇本人はベッドから起きると入院着を脱ぎ出し、身体中に巻かれていた包帯を外し始めた。

 

「あの富岡さん! 何をしているんですか⁉︎」

 

それに気が付いたしのぶが問い掛ける。

 

「包帯を取っている」

「そんなの見れば分かります! なんで包帯を外しているんですか⁉︎」

「動きにくいから」

「当たり前です! 怪我を治す為にしてるんですから!」

「…………問題ない」

「問題があるからここで入院してるんです!」

 

しのぶはキッと強く睨みつけながら義勇を咎める。

実際、義勇の怪我の度合いは酷く、砕との戦いで負傷した怪我で命の危機に瀕していたのだ。

他にも以前からあった傷を雑に処置された怪我や今まで蓄積されていた疲労も相まって、義勇の身体の状態は本人が思っている以上に重かった。

だというのにこの男は!としのぶは思う。

自分の身体がどんな状態なのかまるで理解していない。

一歩間違えれば、今頃死んでいたかもしれない大怪我を負っていたのに。

傷口は完全に塞がっていないし、一ヶ月も眠っていたのだから身体能力は衰えている。

そんな状態で退院させるわけにはいかない。

 

「いいですか! あなたは瀕死の重症でここに運ばれてきたんですよ! 頭部の傷だってまだ完全に癒えてない! おまけに今までの疲労が重なって一ヶ月も眠っていたのに、今無茶したらどうなると思ってるんですか⁉︎」

「…………怪我は治った」

「なわけないでしょ⁉︎ まだ塞がってないんです! 少なくともあと一週間は絶対安静しなきゃいけないんです!」

「…………大丈夫だ」

「何をどうしたら大丈夫なんですか⁉︎ バカなんですか⁉︎」

「俺はバカではない」

「なんでそこだけ即答なんですか⁉︎」

 

義勇としのぶの間で押し問答が繰り返される。

このままでは、一向に話が着かないと思ったカナエはのほほんとした笑顔で二人の仲裁に入った。

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて? しのぶも冨岡くんにそんな事言っちゃダメでしょう? 冨岡くんも任務をしなきゃって思うのは分かるけど、今はしっかり休まないとね。それに前に約束した検査にだって約束したのに一回も来てないんだから、その分も………………ね?」

 

次の瞬間、義勇の背筋にゾッと悪寒が走る。

恐る恐るカナエの顔を見ると、いつ通り笑みを浮かべているが、その笑みには普段から溢れ出る慈愛に満ちた笑みではない。

口は笑ってはいるが、目は完全に笑ってない。

おっとりした瞳は普段の彼女から考えられないほど、冷たい何かを宿していた。

本当に彼女は胡蝶カナエなのか?という疑問さえ出てくる。

普段怒らない人物が怒ると、とてつもなく恐ろしいという話は義勇自身も過去に経験している為、冷や汗が流れる。

従わなければ命はない……。

義勇の本能がそう警告していた。

 

「…………分かった」

 

不本意だが、ここは素直に従おう。

そう決心した義勇は、カナエの恐怖の笑みとしのぶの怒りの睨みの前に大人しく頷くしかなかった。

 

 

 

義勇が強制絶対安静(本人談)してから数日、月明かりが照らす夜の蝶屋敷屋根の上で、静かに瞑想していた。

胡蝶姉妹の説得(という名の脅迫)により、ベッドの上で絶対安静させられていたが、これ以上じっとしているのも限界が近かった。

病室を抜け出した事がしのぶにバレた場合、何されるか分かったものではないので、こうして夜遅くの時間帯を狙って抜け出した。

カナエの方は……まあ大丈夫だろう。

あれでいて、妹よりは話が通じる。

身体を動かすのはともかく、瞑想くらいなら許してくれるはずだ。

確信はないが……。

 

「こんなところで何やってるの?」

 

そんな義勇の鼻を花の香りが掠めた。

閉じていた目を開くと、隣にカナエが立っていた。

黒く艶やかな髪は月の光で煌びやかに光って見えた。

 

「(部屋でじっとしているのも限界だったから、瞑想をしていた。無論、身体を動かした鍛錬は行ってないから)問題ない」

「冨岡くん、ちゃんと言いたい事は全部喋らないとまた誤解されるわよ? 前の合同任務の時だって、それで他の隊士と揉め事になったんだから」

「…………そんな事ない」

 

カナエの言葉に心当たりがあったのか、義勇は顔を逸らしながら間を開けて答えた。

そんな義勇の隣にカナエは座り、月を見上げる。

 

「ねえ冨岡くん……お館様からのお話をまた断ったって本当なの?」

 

普段のおっとりした口調とは違い、真剣な声色をさせたカナエの言葉を聞いて、義勇は彼女から視線を離して正面を向いた。

 

「何度も言うが、俺は柱になるような男ではない。今回の任務でこれだけの体たらくをしているのだからな」

「今回の任務であなたが討伐した鬼は全部で十二体。その中には十二鬼月の下弦の鬼が含まれているわ。それにこれまでのあなたの功績を考えれば当然の結果なのだと思うわ」

「俺より柱に相応しい隊士はいる。それに今の水柱も立派に柱としての役目を果たしている。俺なんかよりずっとな」

 

またそう言うのね……カナエは心の中で寂しそうに呟いた。

冨岡義勇という男は人との関わりを避けている。

花柱に就任する前、何度か共に任務を行った事があった。

初めて対話した時は無愛想で冷たい人なのかな?って印象が強かったのを今でも覚えてる。

他の隊士と会話をしてもほとんど無反応か一言しか喋らず、口を開けば人の神経を逆撫でするような言葉を吐く。

その結果、任務を共にした隊士達には義勇に対して良い印象を持ってる人はカナエを除いて一人もいない。

しかも、義勇自身はその事にまったく気付いていないから余計タチが悪い。

カナエは義勇が何かを抱えている事に前から薄々気が付いていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それがいったい何なのかは知らない。

彼にとってそれはとても根深く、忘れる事の出来ない事なのだろう。

少なくとも、カナエも含めて鬼殺隊に所属している人は皆何かを背負っているのだから……。

そんな事を思いながら、カナエは夜も更けていく月を眺めるのだった。

 

 

 

******

 

 

 

「なんなのよ! あの男!」

 

しのぶはイラついていた。

理由は簡単、冨岡義勇という男が原因だ。

あの男が来てからというもの、しのぶは常に怒っていた。

確かに義勇がここに入院してから、しのぶに与えた印象は最悪だった。

人の話は聞かないわ、怪我が治ってないのに勝手に包帯を外すわら絶対安静な状態にも関わらず退院しようとするわ、会話が成立しないわで、しのぶの怒りは収まる事はない。

しかし、それだけが理由ではない。

ここまで怒っているのは、しのぶが義勇の話を聞いたからだ。

彼は今回の任務で、最も多くの鬼殺を行った。

うち一体は十二鬼月に数えられる鬼だ。

それを単独で討伐し、大怪我を負いながらも他の隊士の救援に入り、鬼を討伐したからだ。

それも、休む暇なく自分の身体を無理をして。

……分かっている。

これはしのぶの嫉妬でしかない。

しのぶは小柄で上背がない。

そのせいで刀を振るう筋力が足りない。

鬼殺隊でありながら、鬼の頸を斬る事の出来ないしのぶにとって冨岡義勇という男は嫉妬の対象。

どれだけ望んでも手に入らないものを彼は持っている。

彼女を鬼殺隊に導いてくれた恩人も育手も何度もしのぶに言っていた。

他の隊士も自分がいない所で陰口を叩いている事も知っている。

悔しくて仕方なかった。

そんなしのぶの前に現れた義勇はまさに嫉妬の対象だった。

何を考えているのか分からないあの表情の顔は自分や他の隊士を見下しているに違いない。

自分が特別だと思っているのだろう。

考えただけでもしのぶが義勇に対しての印象はどんどん悪い方向へと進んでいく。

そして、一番気に食わないのが姉と仲が良い事だ。

妹のしのぶから見ても、カナエは美しくおっとりとふわふわしたおおらかな女性だ。

おまけに器量が良く、誰に対しても分け隔てなく優しい。

カナエに手当てをされた隊士の中には、勘違いしてしまう者も中にはいる。

そんな姉が、自分の知らない場所であんな男と親しげにしている。

それが余計気に食わなかった。

そんな感情が湧き上がる中、しのぶは包帯と薬を持って義勇の病室へと歩く。

 

「冨岡さん、失礼します」

 

扉を開けたしのぶは、思わず固まってしまった。

目に映ったのは、義勇が使用しているベッドの上に座り込んでニコニコした表情で話しているカナエと何故か分からないが困ったような表情を浮かべている義勇の姿だった。

 

「…………姉さんから離れて下さい‼︎ 冨岡さん‼︎」

 

しのぶの叫び声が蝶屋敷中に響き渡るのだった。




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