新約 鬼滅の刃 作:枢木リンネ
私も地元の映画館で特装版パンフレット購入と最速上映回で観れました。
言葉に出来ないくらい素晴らしい作品でした。
まだ観てない方も、劇場へ足を運んで是非その眼に焼き付けてください!
早くこの作品でも、杏寿郎を出せるように頑張っていきます‼︎
———最悪だ……。
その夜、しのぶは布団の中で寝付けないでいた。
蝶屋敷は現在義勇以外の患者はおらず、急患が担ぎ込まれない限りは仕事がない。
姉が花柱に就任して数ヶ月。
以前から鬼殺隊士を専門とする医療施設の必要性を説いていた姉は、鎹烏を通じて鬼殺隊の長であるお館様なる人物に提案していた。
胡蝶姉妹は医療に携わる家系の生まれで、医学や薬学に関する知識を心得ており、まだ十代でありながら高い技能を習得していた。
お館様もカナエの提案を受け入れ、医療施設となる場所、必要となる医療道具やベッドの購入、薬の原料の調達ルートの確保などあらゆる面で協力していただいた。
そして、カナエが花柱就任が決まると同時に与えられたこの蝶屋敷を医療施設として開業したのだ。
鬼殺隊で蝶屋敷の存在が知れ渡ると、毎日のように任務で負傷した隊士達が搬送され治療や訓練といった激務が続いた。
そんな中、訪れた久々の平穏。
しのぶは蝶屋敷での業務を終えると久しぶりに長時間の湯浴みをし、カナエとユリが作った夕餉に舌鼓を打った。
まるで昼間の事が嘘みたいに上機嫌でいた。
せっかくゆっくり出来るのだから、今日くらいは薬剤の研究や夜の鍛錬を休みにしても良いだろうと思い早めに床に着いた。
カナエにも今日くらいはゆっくり休みなさいと念押しされたし、特に今日は色々あって、肉体的にも精神的にも色々疲れ切っていたから余計にそう思えた。
しかし、自室で一人になるとやはり昼間の出来事を思い出してしまう。
目を瞑るとあの無口で無愛想、口を開けば人の神経を逆撫でするような発言しかしないうえに何を考えているのか全くわからない感情が死んだような表情をした忌々しい
しのぶは何度も寝返りをして頭の中から振り払おうとするも、一度浮かんだその姿は簡単には消えない。
何故こんな事で睡眠の妨げをされなければならないのか。
久し振りにぐっすり眠れると思っていたしのぶにとって、迷惑でしかない。
「……はぁ〜」
ため息を吐くとゆっくりと目を開く。
カナエとユリと一緒にいた時は忘れていたのに、今になって訓練での出来事が鮮明にしのぶの中で繰り返される。
冨岡義勇の鬼殺隊士としての経歴は姉から聞いていた。
階級は甲で年齢は十四歳だが、早生まれだからカナエと同い年になる。
十三を迎える前に行われた最終選別を突破して入隊。
以降、約二年間で斬った鬼は一五〇体近く、うち十二鬼月の下弦の鬼を五体討伐。
特に先日斬った下弦の弐は数十年もの間、討伐することが叶わなかった強力な鬼だ。
それを単独で鬼殺した実力の持ち主を相手に負傷しているとはいえ、まだ入隊して間もないしのぶが勝てるはずがない。
しのぶは自分の両手を見つめる。
小さな掌には刀を振り続けて潰れた血豆と剥がれた皮膚が目に映る。
傷だらけの痛々しいその手は文字通り、しのぶが血の滲むような努力をした結果出来たモノだ。
しかし、どんなに研鑽して身体を鍛えようともしのぶの努力が報われる事はない。
現状鬼を殺す手段は太陽の光を浴びせるか日輪刀で鬼の頸を斬るしかない。
小柄で華奢な躰つきのしのぶには上背がなく、必要な筋肉、つまり腕力が圧倒的に足りない。
鬼殺隊に入るきっかけを与えてくれた人物にも、紹介された育手にも、体格の恵まれていないしのぶでは硬い鬼の頸を斬り落とすのは不可能だと厳しく言われた。
しのぶ自身、その事は理解していた。
鬼に見立てた修練用の丸太を何度も何度も、雨が降る日でも日が登る前でも夜が更けても、刀を振り続けた。
長い月日を掛けて、何百何千の斬撃を与えているにも関わらず、幹には浅い傷が付くだけで斬れることはなかった。
カナエもユリも、華奢な方の体躯だがしのぶと違い上背がある。
それ故しのぶが断ち斬れない丸太も、二人は一振りで断ち斬る。
自分が持っていない才能を姉と同じ継子が持っていることへの劣等感はしのぶにとって、大きな物となっている。
『なあ、花柱様の妹って鬼の頸が斬れないんだってよ』
『本当かよ。それなのによく鬼殺隊にいられるよな?』
『花柱様の妹だからって、偉そうな態度取ってさ。ムカつかね?』
『分かる分かる。訓練で俺たちに勝てるからって、鬼の頸が斬れないんだったら意味がないってのによ』
『おとなしく蝶屋敷に篭って治療だけしてくれれば良いのにさ。継子になってまで、花柱様の後を付いて行くんだぜ』
『鬼との戦闘になると邪魔になるからいないでいてくれた方が良いのにな』
以前蝶屋敷に入院していた隊士達が病室で話していた会話の内容がしのぶの脳裏を過ぎる。
嘲笑し蔑む言葉を聞く度に、手に力が入る。
–––うるさい!
–––そんなこと、自分が一番分かってる!
–––あなた達に何が分かるの?
–––どんな想いで私が
–––分かるわけない!
–––なんで私には、鬼の頸を斬る力がないの⁉︎
–––なんで姉さんとユリさんみたいになれない⁉︎
–––なんで……。
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでななんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで‼︎
考えただけでしのぶの心は、悲痛な叫びを上げていた。
そんな中、しのぶの前に現れたのが義勇だった。
彼が運ばれてきた日から今日まで、しのぶは義勇に対して抱いた感情は嫉妬。
そんな物、初対面の相手に抱いた所で何の意味もないと思いながらも、義勇という存在に嫉妬を抱かずにはいられなかった。
その最もたる理由は、しのぶの知らないところで姉カナエと任務を共にし、お互い背中を預けて戦ったことだ。
今のしのぶが望んでも、どんなに頑張ったとしても、叶うことがない。
鬼の頸を斬れない自分が、姉の隣に立って戦うなんて夢のまた夢。
その現実がしのぶの心に突き刺さる。
そして意識を取り戻した義勇の態度と言動は、しのぶが元々抱えていた怒りの感情を増長させた。
無表情で何を考えてるかわかんない、無口で何も話さない、人の話を聞かない、こっちを見ない、口を開いたと思えば人をイラつかせることしか言わない。
おまけに姉と同い年だというのに食事の時も口の周りにご飯粒をいっぱい付けてるような人。
そんな印象しか持たなかったせいで、義勇に対するしのぶの印象はどんどん悪い方へと捉えていった。
あの無口なところも無愛想なところも、私を見下しているからに違いないとしのぶは思い込んだ。
だから今日の機能回復訓練で自分が相手を務めると決まった時、しのぶは義勇を見返せると意気込んだ。
しかし、結果は惨敗。
手も足も出ないで終わった。
悔しさのあまり、道場を飛び出してしまった。
しばらく経ってから落ち着いて、流石にあの態度は失礼だと冷静に思った。
カナエ曰く、義勇は気にしていないらしく、むしろしのぶのことを心配していたみたいだ。
あの失礼極まりない発言しかしない鉄面皮が心配しているの?という些か疑問があるが、無礼を働いたのは事実。
きちんと謝罪をしなければならない。
しかし、いざ義勇に会いに行こうとするも、今一歩踏み出せずにいた。
普段のしのぶなら自分に非があるならちゃんと認め、しっかり謝罪をするのだが、今回に限ってそれを躊躇ってしまう。
確かに訓練の時にした失礼な発言の数々、訓練をぽっぽいて道場から飛び出してしまったこと。
自分より年齢も階級も上の人物に対して、して良い行動ではないのは分かる。
だが、元を辿れば全部義勇のせいではないか。
そう考えたら、だんだんと怒りが湧いてくる。
同時に何とも言えないモヤモヤがしのぶの中で湧き上がってきた。
「あーもう‼︎ なんで私があの人のことで睡眠を妨害されないといけないの⁉︎」
ガバッと布団から起き上がると、部屋の隅に立て掛けておいた日輪刀を手に取る。
イライラしたままでは寝るに寝れない。
日輪刀を振って、汗を流さないと落ち着かない。
しのぶは自室の戸を開けて廊下へと静かに踏み出すのだった。
******
「しのぶさん大丈夫でしょうか?」
しのぶが部屋を出た頃、カナエとユリは居間でお茶をしていた。
柱は他の隊士に比べて遥かに忙しく、担当する地域も広域になる。
特にカナエは蝶屋敷の運営も兼ねている為、その仕事量は計り知れない。
下弦の弐が討伐されて以降、鬼の活動が沈静化しているこの状況は身体を休めるには良い機会だった。
「結局、あの後の冨岡さんのお世話は私と変わりましたし、このままだと明日の訓練も不参加になるのではないですか?」
お茶を一口飲んでユリが心配を口にする。
しのぶとの付き合いはカナエの継子になってからだが、ユリは共に生活しているうちにしのぶの性格を理解していた。
勝気な性格の彼女は、誰よりも努力していた。
鬼の頸を断つ力は持っていなくとも、その分身軽さと速さを持ち味に訓練で他の隊士を翻弄していた。
そのしのぶが甲隊士が相手だったとはいえ、一方的に負けた。
相当悔しかったのか、普段なら絶対しない人前で涙を流す姿を見せてしまった。
しばらく経つと、いつものしのぶに戻っていたが、一人になってまた訓練のことを思い出しているのかと心配になる。
「大丈夫よ。しのぶは強い子だから」
ユリとは反対にカナエはおっとりした口調で笑っていた。
「今頃、訓練のことを思い出してやる気になってると思うわ。あの子は昔から負けず嫌いだから」
「確かにしのぶさんならあり得ますねり私も初めて訓練をした時は、何度も挑まれましたから……」
生真面目で努力家。
どんな困難や苦難が目の前に立ちはだかっても、諦めずに必死に食らいつく強い精神力を持っている。
カナエの継子に正式に認められてから、ユリは蝶屋敷で暮らし始めた。
同じ継子として共に任務に就き、医療現場に従事しながらカナエ指導の元、お互い切磋琢磨して修業を積んできた。
初めの頃は、ユリはしのぶよりどの訓練も勝ち越していた。
そもそもユリの方が隊歴も階級も上なのだから当然の結果になる。
しかし、負けず嫌いのしのぶは何度も何度もユリに挑み続け暇を見つけては人知れず鍛錬に励み、人によっては逃げ出すと言われる柱の辛い修業も弱音を一切吐かずに努力し続けてきた。
その努力が身を結び、最近ではユリと渡り合えるほど実力を付けてきた。
特に全身訓練においては、しのぶがユリを勝ち越すようになった。
「それにね……」
お茶を置いたカナエは静かに告げた。
「今回冨岡くんが入院してくれたのは、しのぶにとって良い機会だと思ったの」
「良い機会……ですか?」
「ええ。ユリも知ってるけど、花の呼吸は水の呼吸から派生した呼吸法。冨岡くんはその源流である水の呼吸の使い手。もっとも多くの剣士が扱う呼吸法の中でも、次期水柱候補筆頭とまで言われてるわ。現水柱の水無月さんにも勝るとも劣らない実力を持っているのだから、しのぶにとってはいい勉強になるはずよ」
「ですが、しのぶさんが素直に冨岡さんの剣を見ますでしょうか? それに冨岡さんも見せてくれるとは思いませんし……」
「それなら心配いらないわ。冨岡くん、ああ見えて本当は優しいから。今頃、中庭でしのぶに剣を見せてるはずよ」
「そんな都合のいいこと……」
ありえませんと言いかけたところで、ユリは口を閉じた。
何故か知らないがカナエの予想は当たる。
理屈になってないことも、まるでそうなるのが必然だったみたいになる。
それに考えてみれば、訓練で散々な目にあったしのぶがおとなしく床に就くはずがない。
義勇も一ヶ月以上の間ベッドの上で生活していたせいか、今日から訓練を許可されたからには、こっそり病室から抜け出して鍛錬を始めているはずだ。
二人がばったり遭遇して、そんな展開になっても不思議ではない。
まあ、しのぶが食ってかかる姿も大いに想像できるが。
「あとね。私は……」
満面な笑顔で嬉しそうな声でカナエはこう言った。
「しのぶと冨岡くん、とってもお似合いだと思うの〜」
この発言には、流石のユリも一瞬眩暈がした。
どこをどう見たらそう思えるのだろうか?
******
(ほんっっとうに、最悪!)
屋敷の物陰から中庭を覗くように見ながら、しのぶは苛立っていた。
視線の先には、日輪刀を携えた義勇が中庭で静かに佇んでいた。
こんな夜に病室を抜け出して何をしているんだとか、上半身裸で風邪を引きたいのかとか、そもそも怪我人だからおとなしくベッドで寝てろとか、言いたいことが山ほどあったが、いざ文句を言いに行こうとすると足が止まってしまう。
昼間の件があったせいで、どんな顔をしていけば良いのかと考えてしまう。
それに、どういうわけか義勇の佇む姿に目を引かれていた。
色々な感情が入り乱れてしのぶの心を掻き乱す中、当の本人は鞘に納められた日輪刀を抜く。
月の光が反射して、青い刀身が光り輝いてるように見える。
日輪刀を構えた義勇はゆっくりと丁寧に、身体の動作を確認するように振る。
一通りの動作を終えた義勇は目を閉じて、日輪刀を下段に構え切っ先を右に傾けた。
夜の静寂の中、義勇の髪は風に揺られる。
見ているしのぶにも、緊張が走る。
水の呼吸 壱ノ型–––
ザザッとすり足で左足を広げ、下段に構えていた日輪刀を右へと振り上げる。
–––水面斬り
目を開くと同時に水平に振るう。
水面を斬り裂くような流麗な斬撃を一振り、二振り、実戦さながらの動きで様々な体勢と足運びで連続で繰り返す。
(凄い……)
しのぶは思わず声を上げそうになるのを抑えて、心の中で呟いた。
一切無駄のない洗練された動き、繊細で美しい太刀筋。
義勇が日輪刀を振るう度に水飛沫が舞う。
垂直に一回転しながら振るわれる斬撃。
水流のような足運びを同時に繰り出す斬撃。
淀みない動きで水流を舞う斬撃。
身体を捻り強い回転を伴う斬撃。
波紋の中心を狙うように穿つ刺突。
滝の如く上から振り下ろされる斬撃。
唸る龍が如く回転しながら振るわれる連続の斬撃。
次々と繰り出される水の呼吸の技に、しのぶは目が離せないほど心奪われていた。
さっきまでの苛立ちが嘘みたいに無くなり、義勇の剣舞に夢中になっていた。
(こんな綺麗な動き見たことない。これが鬼殺隊上位に入る実力者……)
どのくらいの時間が経ったのだろう。
しのぶの体感では数分も経過していないが、月は既に傾き始めていた。
全ての型を何度も何度も繰り返し行った義勇は、刀を再び下段に構えた。
(–––えっ⁉︎)
次の瞬間、辺り一面に広がる水面がしのぶの目に映った。
カナエから聞いた話では、水の呼吸はどんな相手にも対応できる水のように変幻自在の歩法と壱から拾の型と各型の応用技がある。
しかし、この技はどの型にも属さない。
困惑するしのぶをよそに、義勇はいつもの無愛想な表情をしている。
そんな義勇に向かって、数枚の葉っぱが夜風に揺られながら舞い散る。
全集中 水の呼吸 拾壱ノ型–––
–––凪
義勇の間合いに入った瞬間、葉っぱが全て真っ二つに切り裂かれた。
それを見たしのぶは驚嘆した。
何をしたのかわからない。
一瞬で葉っぱが斬られていた。
(冨岡さん、あなたはいったい……)
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました。
次の更新も楽しみにして頂けたら幸いです。