幻想郷混沌録   作:109号区の王道

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第1話 「竹林にて目覚めて」

『―――です―? ――れ―――』

 

 背に柔らかな地面の感触を覚えながら、暗闇の中に、妙に優し気な淡い声が聞こえてくる。

 確か、天使たちの策略に嵌められて―――そう考えた束の間、意識が覚醒したと自覚した瞬間、視界に光が灯る。

 

「……なん、だ…………?」

 

 さっきまでいた世界とは雰囲気からして違う。光が温かく、空気も澄んでいる。そんな中、ゆっくりと鮮明になっていく視界に最初に映ったのは―――

 

「あ、起きました? 大丈夫ですか?」

 

 それはなんだか、人修羅としては本能的に忌避を感じる服装だった。白のブラウスに赤いネクタイ、オレンジのスカート―――これに紺のブレザーなんて組み合わせたら完全に女子高生になる。そんな感じの服装だった。

 そしてそこから少し上に目を向ければ、紫色の長髪、そして不自然にも思える長いウサ耳のようなものが頭から生えていた。しかし、ウサ耳や今着てる物に目をつぶれば、柔らかい雰囲気のある大人しめの美少女と言ったところか。

 だがそれを認識した途端、身体にどっと疲労感がのしかかってきた。自分の身体から感じるのは、自分の力の源たるマガタマ―――そこから湧き上がるマガツヒ―――そして、高純度の天使の魔力。どうも意識を失っている間、あの術から発せられていた天使たちの魔力に包まれていたせいで無意識に取り込んでいたらしい。別にこれといって問題があるわけではないが、闇の存在たる人修羅には相性が悪く、かつ異物のような感覚を受ける。取り除くまでこの疲労感は無くなりそうになかった。

 

「……気分が悪い」

「え……あ、それはどういう……?」

「……色々」

 

 遠慮なしにそう言った途端、兎少女はぎょっとして気まずそうに問い返してくる。

 どうやら思ったよりも大分嫌な顔をしてしまったらしい。ちょっと考えて、曖昧なことを言ってはぐらかす。

 こっちとしても気まずくなって、適当に顔を逸らすと、一面に竹が生えた景色が目に飛び込んでくる。どうやら俗に言う竹林という地にいるらしい。どうも霧が濃いが、それを差し引いても、人間だった時はもちろん、悪魔になってからも、わざわざ竹林で戦うことも無かったので、初めての景色で妙に新鮮に映る。

 一度ゆっくりと見渡してから、再度少女の方に視線を移すと、何やら胸をなでおろしていた。どうも辺りを見渡したりしてる様子を見て、大丈夫と判断したようだった。

 しばらくして、少女はハッとして、人修羅に手を差し伸べてくる。

 

「えっと、立てますか?」

 

 そう聞かれて、人修羅は地に手をついて起き上がる。疲労感はあるが、動こうと思えば、なんてことはない。

 

「悪い、自分で出来ることはあまり助けては貰わない主義だ」

「そ、そうですか」

 

 手を差し伸べてもらっておいて自分で起き上がるのもどうかと思っての言葉だったが、少女の方は苦笑いだ。よくよく考えれば当然だったかもしれない。別に要らない情報だった。

 

「貴方はどこから来たんですか? 迷いの竹林にわざわざ入ってくる人もそんなにいないので……」

「迷いの竹林?」

「この竹林はいつも霧が立ち込めているし、竹が常に成長してるので、地形が若干変化するんです。だから無策で入ると迷ってしまうことから、迷いの竹林と」

「そうか、厄介だな……」

 

 一度立ち上がって、更に少しずつ思考が平静に戻ってくると、どうしても、今、元居た場所ではどうなっているのかが気になってしょうがない。

 明らかにここはさっきまでいた世界とは違う。あの終末的な世界にこんなのどかな竹林があるわけもないし、空間に漂うマガツヒの量もさっきよりも多い。目の前の兎少女といい、今いる世界では人外の類が多いのかもしれない。

 だとしたら、天使たちの術でこの世界に落とされたのは明白だった。何を企んでいるかは分からないが、どうにかして早く戻らないといけない。

 

「あの、どうされました……?」

「……この世界はどういう世界なんだ?」

「え?」

「あ……ちょっと考え事をしていて」

 

 思わず考えていたことを口に出したところを見て、少女が目を丸くしている。すると、しばらくして合点がいったと言わんばかりの表情で。

 

「もしかして外来人の方ですか?」

「がい、らいじん?」

「ここ、幻想郷では偶にあるんです。外の世界の人や妖怪が迷い込んでくることが」

「ちょっと待ってくれ。この世界はこんなことが頻繁にあるのか?」

「頻繁というわけではないですけど……まぁ、街で迷子が出るぐらいには」

 

 それは何というかいい情報だ。世界同士の行き来が多いなら、何らかのルートで戻る方法が見つかるかもしれない。問題はどうやってそれを見つけるかだが―――

 

「外来人なら博麗神社に行けば、きっと元の世界に戻してくれるはずです。よければ案内しましょうか?」

「……いいのか?」

「貴方が助けが必要というなら」

 

 そう言ってこっちの顔を下から覗き込んでくる表情はちょっとドヤ顔気味だ。さっきの要らない情報に対する返しのつもりだろう。

 

「あぁ、是非頼みたい」

 

 そして必要なことは臆することなく実行する主義でもある人修羅は何食わぬ顔で即答していた。少女はその返答に一瞬、虚を突かれたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

 

「では博麗神社まで案内する前に、ちょっと永遠亭に寄っていきましょう」

「永遠亭?」

「私が住んでいる所です。神社の方は竹林を抜けた後も結構遠いので、準備をしようかと。いいですか?」

「構わない」

「では早速行きましょう。あ、よろしければお名前を教えてくれませんか?」

 

 そう言われて、まだ自己紹介もしていなかったことに気づき、すぐに口を開く。

 

「人修羅だ。こんと……魔人 人修羅」

「ひとしゅら……それ種族名とかじゃ……?」

「名前で大丈夫だ」

 

 思わず、少女が指摘した種族名の方でやらかしそうになったが、どうにかこらえられた。混沌王―――その名を知っていようがいまいが、自分から言わないことにこしたことはない。明らかに自分から名乗るようなものじゃない。

 一応、人修羅という名前については弁明したが、少女はやはりまだ怪訝そうな顔をしていた。しばらくそうしていると諦めたらしい。まだ疑われているような視線を受けるが。

 

「分かりました。では人修羅さんですね。私は鈴仙・優曇華院・イナバです。鈴仙でいいですよ」

「俺の名前よりも奇妙なんじゃないか?」

「それはないですね。奇妙なのは認めますが。さぁ、永遠亭もここから竹林を抜けた先にあるので、早い所行きましょう」

「分かった」

 

 少々早足で歩きだした鈴仙に置いて行かれないように人修羅もまだ疲労感のせいで少しおぼつきながらついていく。

 しかし、どうしても人修羅は一つの不安を取り除けなかった。

 果たして、本当にすんなり帰れるのか―――落とされておきながら、それがあっさり許されるのか。

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