「おーい、鈴仙? どこまで行ったんだ」
そんな人修羅の呼びかける声が虚しく竹林の奥へ消え去っていく。さっきまで人修羅の案内をしていた鈴仙は、急に吹き上がった爆炎を見るや血相を変えて爆炎の方に向かって行ってしまった。置いて行かれてしまったので、迷わないように竹に切り傷を付けながら、どうにか鈴仙を見つけようと自分んもゆっくり爆炎が上がった方へ向かっているというところだった。
ちなみに気絶させてしまったてゐは放置するわけにもいかず小脇に抱えていた。
「う、うーん……」
「起きたか」
「え? ゲッ、あんたは!」
起きた途端、人修羅の顔を見て露骨に嫌そうな顔をするてゐ。そして、すぐに抱えられていることに気づき、腕を振りほどこうとするも、人修羅はびくともしない。
「わ、私をどうする気?」
「どうもしないが」
「出会いがしらに変な眼で呪いみたいなの撃ってきたくせに!」
「お前、ここで捻り殺されたいのか?」
振りほどくのが無理と見るや、この言い草である。確かに問答無用で邪眼を使ったので、正しい反応なんだろうが、この兎妖怪に言われると何故か腹が立ってくる。まだ会って数分しか経っていないのに、ここまで印象を悪くする奴もそうそういないだろう。
とはいえ、こっちも強い言葉を使って冗談交じりに脅すと、すぐに大人しくなった。なんというか現金な奴だ。
「俺は早く、鈴仙に永遠亭に案内してもらいたいだけだ。だがまぁ、鈴仙がどこか行ってしまってな」
「あら。鈴仙は約束とか頼まれごとを放り出す子じゃないはずだけど」
「変な炎が竹林の中で見えたら、そっちに行ってしまった」
「あぁ、妹紅ね。まーた喧嘩してんだわ」
「鈴仙も確かに妹紅って言っていたな。妖怪か?」
「人よ、一応。蓬莱人っていう不死者だけど」
不死者という響きに、またも人修羅の中で嫌な感情が吹き上がる。まさか幻想郷には不死とか転生とかいう類が他にいるのかと思うと、少しげんなりするようだった。どうにも、この世界は自分とは相性が悪いようだと実感していた。
人修羅が静かに機嫌を悪くしていると、再び竹林の中から炎柱が吹き上がる。大分近くからで超高温の熱気が人修羅たちの皮膚を焼いてくる。
「……熱い?」
「あっつ! け、結構近くみたいだけど、どうすんのよ」
「……行くしかない」
てゐの問いに答えながら、人修羅は微かにひりつく腕の皮膚を見る。何かおかしい、と違和感を感じつつも、まずは鈴仙に追いつくことが先決だとして即断する。
「別に行くのは構わないんだけど、その前に私を下ろしてくれない?」
「ダメだ。野放しにしたら何が起きるか分からん。もしここで下ろすなら意識を奪っておく」
「ひっど!? 普通そこまでする!?」
「普通だったらしないだろうな」
ぎゃーぎゃー騒ぐてゐの言葉に溜息をついて反論しながら、熱気の中心へと向かっていった。
***
「クソ、何度も言うが卑怯だぞ、輝夜!? 肉盾とか倫理っつーもんがねーのか!?」
「ふふ、このイナバが可哀そうだと思うなら、貴方が攻撃しなければいいんじゃないかしら!? こっちからは攻撃するけど!」
「いやだから、いい加減にやめてくださいよ、妹紅も姫様も!」
「うわぁ……なにこれ」
「……地獄絵図か、これは?」
思わず呟く人修羅の眼前には、大分ごちゃごちゃした光景が広がっていた。
片方は長い銀髪に白地に赤の入った大きなリボンをつけ、赤いもんぺのようなズボンをサスペンサーで吊ったカッターシャツの女性がまるで大きな鳥のような炎を纏って、もう片方の人物に文句を怒鳴り散らかしており、そのもう片方はストレートの黒髪ロングヘア―で前髪はぱっつんで揃えてある。ピンクの和風の服装の下に何枚か重ねているようであり、全体的に和風の美というものを感じられる。
だが、感じられるのは服装やらから来る雰囲気だけで、今、その彼女がやっているのは何か丸っこい兎みたいなのを、銀髪モンペの前に差し出して盾のようにしている。完全に被害者である丸兎は真顔で何も言わないが、その様子を鈴仙が傍から叫んで止めようとしている。が、どう見ても両者の耳に入っていない。どういう原理かは知らないが、二人とも竹林の中を器用に飛び回りながら、派手な撃ち合いをしている最中だった。
「どっちが妹紅って奴だ? 教えてくれ、てゐ」
「えぇ? あっちのモンペみたいなの着てるのが妹紅。この竹林で自分から道案内とかやってる珍しい人。それであっちの重ね着しまくってるのが輝夜様。永遠亭で姫やってる人」
「あぁ、永遠亭の主なのか……先に会えてよかったのか、そうじゃないのか……」
「ちなみに私も住処は永遠亭だよ」
「うっわ」
「今度、にっがいお茶差し入れてあげるよ、あんた」
思わず、嫌な声が出て、てゐを怒らせてしまったようだが、どうにもそれどころではない。
妹紅は舌打ちすると、輝夜に向かって炎を撃っているが、輝夜が抱えている兎を外すように撃っているので、当然輝夜にも当たらず、周りの竹林に着弾している。その度に、小さい爆炎が上がり、周りに生えている竹を吹き飛ばしたり、焼き焦がしたりしている。このままだといつ火事になるか分かったものじゃなかった。
「おい、鈴仙。あいつらの決着はまだつかないのか?」
「あ、人修羅さん。来てくれたんですか……いえ、あの二人、両方不死なのでしばらく決着つかないんです、っていうか今まで一回もついたことないです」
「……不死者って妹紅ってやつだけじゃないのか」
「ちょっと色々事情がありまして……」
もう二人目の不死者に出会ってしまった。この調子だと、この世界から出る頃に20人ぐらい不死者と出会ってもなんらおかしくない。
そんな呑気なことを考えていると、その瞬間に視界が白熱する。それと同時に急激に強くなってくる熱気に全員が熱気の方向を咄嗟に振り向いた。
「あ、やっべぇ!?」
「え!? 鈴仙!? 何やってるの、避けなさい!?」
「ま、まずい、近すぎる……!?」
元々当たるはずのない撃ち合い。当然の如く飛んでくる流れ弾の先に丁度いたのは鈴仙だった。
「ったく、火遊びなんてする場所じゃねぇだろうに」
「「な……!?」」
次の瞬間、かき消される炎弾。振り下ろされる人修羅の手が障子紙を破るように炎を消していた。しかし人修羅の手は直接炎に触れたことにより、少し焼け焦げてしまっている。
「……なるほどな」
人修羅は自分の焦げた手を見て、一人思考する。
本来、人修羅はほぼ全ての術、攻撃に対しての絶対的な耐性を持つ。人修羅の力の源であるマガタマの一種、マサカドゥスというマガタマの力に依るものだ。だが、マサカドゥスは他のマガタマとはその仕様が違う。他のマガタマは人修羅自身の体質を変化させることで、それぞれの属性に耐性を持たせる。だがマサカドゥスがもたらすほぼすべての攻撃に対する耐性は人修羅が元いた世界―――東京の守護神、タイラマサカド公の守護神の加護に依るものだった。恐らく、この世界に落とされたことにより、マサカド公とのリンクが切れてしまい、加護が受けられなくなってしまっている。
人修羅とリンクを繋いでいる他の仲魔も同じく切れているのだろう。熱気が飛んできた時の違和感はこれだったのだ。本来なら防げるはずの炎が防げていない。いつもなら世界を移動しても切れるようなものではないのだが。
幻想郷―――この世界にいるだけでどんどんと謎が沸いて出てくる、概念の迷宮のような世界だった。
「あ、あの、人修羅さん、大丈夫ですか!?」
「ん……あぁ、すまない。考え事をしていた」
「考え事してたって……」
「大丈夫だ、すぐに治せる」
『ディア』
魔力が回復の波動と化し、人修羅を包むと同時に、手の火傷は数秒で完全に完治していた。その様子を見た鈴仙は驚愕のせいで茫然としてしまっている。
「ほ、本当に人修羅さんって色々なことができるんですね……」
「まぁな。自慢できる程ではないが。回復系統はあんまり使わなかったからな」
「自慢できないって……そんなことないですけど……」
平然としている人修羅に困惑する鈴仙。そうこうしていると、さっきまでバチバチ火花散らして戦い合っていた妹紅と輝夜の二人が慌てて降りてくる。
「鈴仙、大丈夫!?」
「あ、はい……私は大丈夫でした。この人が助けてくれたので……」
「貴方は……?」
「……魔人 人修羅」
「人修羅……なんだか奇妙な名前ね……ともかくありがとう」
「へー、あんた人修羅っていうんだ」
「…………」
名乗るだけで三者三葉の反応を返される。輝夜は首をかしげているし、てゐは小脇に抱えられながら、興味なさげにしている。妹紅からは何故だか少し敵意交じりの視線を注がれており、どうにも落ち着かない。
「とにかく、鈴仙を守ってくれてありがとう。礼を言うわ」
「今度からはもっと人のいないところで喧嘩してくれ」
「本当はここも相当、人のいないところなんだけどね……ところで貴方は一体何用でこの竹林に?」
「気づいたらいた。とりあえず鈴仙に永遠亭に案内してもらおうとしてたんだが……」
「あら、そうだったの?」
「はい、どうやら外来人の悪魔みたいで」
「へぇ……悪魔ねぇ」
悪魔と聞いた途端、輝夜は興味深そうに人修羅の身体の模様を見回す。その様子を見ながら、人修羅は何やら悪い予感がするが、何か行動を起こす前に輝夜が閃いたかのように手をポンと叩く。
「ねぇ、人修羅さん? 貴方を永遠亭に招くのはいいけれど、一つ勝負をしてみない?」
「……なんでそうなる」
「私の退屈しのぎに付き合えってことよ。どうやら相当に強いみたいだしね」
「……ここには自由人しかいないのか」
「はは……そういうところはあるかもですね……」
人修羅の文句じみた独り言に鈴仙は苦笑いするしかない。さっきから苦笑いばっかりでやはり苦労が伺える。一方で輝夜の方は楽しみとばかりに微かな笑みを浮かべて、ただじっと返答を待っているようだった。
「……分かった、受けて―――」
「その勝負、私も入れてくれ」
「ん?」
「あら、妹紅」
長引かせるのも面倒かと思い、受けようとした時、さっきまでだんまりだった妹紅が鋭い眼つきで人修羅を睨みながら一歩前に出てくる。
「あんな軽々と私の攻撃を受けられて、そのまま黙ってはいられない。受けてくれないか」
「ふむ」
「あら、相変わらず負けず嫌いね。そうなると私と共闘って形になるけどいいのかしら?」
「背に腹は代えられん。どうするんだ? えっと、人修羅だったか」
「別に構わん。ただこっちも一人追加だ」
「「え?」」
その言葉にポカンとする二人を前に、人修羅は小脇に抱えていたてゐを両手で持ち上げて、前に出す形にする。
「よし、やるぞてゐ」
「待って、これ盾にする構えだよね?」
「当然だ」
それ以外に何があると思ってるんだ。まぁ、冗談だがもう少し恐怖に晒してやろう。
「当然だじゃないでしょ!? 何平然としてんの!?」
「これがこの竹林のローカルルールかと思ったんだが」
「姫様ルールでしょ、これ! いや、姫様でもお断りなんだけど!?」
流石に二人の攻撃を喰らうことには大分恐怖を感じるのか、涙目で割と必死に抵抗してくる。流石にこれ以上はやめておいた方がいいか。
さっとてゐを地面に降ろし開放してやると、素早くてゐは鈴仙の背後に隠れて、恨めしそうにこちらを睨んでくる。
「冗談だよ、一人で十分だ」
「あんた……大分性格悪いわね」
「お前だったら本当に盾にしてそうだ、と思ったけどな」
「しないわよ!?」
本当かどうかは疑わしいがそういうことにしておこう。相手二人は人修羅がてゐを降ろしている間に飛び上がり、既に攻撃の態勢に入っている。
「私たち二人の攻撃を受けるか避けられたら、貴方の勝ち。これでどう?」
「あぁ、それでいい。一回受ければいいんだな?」
「えぇそうよ。それじゃ行かせてもらうわ!」
「人修羅! 悪いが今度の炎は全力で行くぜ!」
「分かった。かかってこい」
2年の間に数えきれない程の戦闘をしてきた人修羅だったが、マサカドゥスの恩恵無しでの戦闘は久しぶりだ。耐性無しでどれぐらいの攻撃を耐えれるのか、今の自分を試す絶好のチャンス―――そう思い、人修羅は地面にどっしりと構え、相手の攻撃を待ち構える。
そして、間もなくソレは発動される。
不死『火の鳥-
新難題『金閣寺の一枚天井』
妹紅からは大きな不死鳥の如き、鳥型の炎弾が辺りの竹を所かまわず発火させながら迫ってくる。
同時に輝夜からはまるで一枚の金箔の天井のような濃密な程の金色のエネルギー弾が縦横に広がりながら迫ってくる。
「なるほど、確かに避けづらそうだ。だが受ければいいんだろう?」
速度の速い火の鳥が突っ込んでくると同時に、人修羅は腕を十字に組んで防御する―――着弾と同時にさっきまでとは比べ物にならない程の大きさの炎柱が上がり、人修羅の全身を焼き焦がしていく。
「っ……なるほど」
「人修羅さん!? 大丈夫ですか!?」
「なるほどな、ケルベロスの業火にも劣らない威力……中々に強い」
「へっ、このまま焼けて気ぃ失っちまいな!」
「そうしようとしても温度が足りないがな!」
『アイスブレス』
もう確認は済んだとばかりに、人修羅は口から超低温の息を突風のように地面に叩きつけた。吹き荒れた吹雪の吐息は瞬く間に燃え広がる業火をかき消してしまっていた。
「嘘だろおい!? なんだよ今の!?」
「悪魔っていうのは色々な芸当が出来るもんなんだよ」
「おっと、そんな悠長にしてていいのかしら!?」
その言葉に反応して見上げれば、もう目の前に壁のような金色の弾幕が迫っているところだった。ここからの回避はもう不可能に近いのは、文字通り火を見るよりも明らかなことだ。
だが、人修羅は一瞬も焦りもせず、ただ指を力なく弾幕に向ける。ただそれだけ、避けようとするどころか、防御の姿勢すら取らない。
「!? 一体何を……?」
「いやなに、確認は済んだからな。耐え切るのが俺の勝ちだそうだが、どうだ、輝夜?」
「何が―――」
「やはりお前が耐える側に回るというのは」
『テトラカーン』
その指先に魔力が集まった瞬間、展開される無色透明のバリア。それに触れた金色の弾幕はことごとく、そっくりそのまま輝夜に跳ね返っていく。
「え!? そんなのアリ!? キャッ!?」
「あ!? 姫様!?」
完全に不意打ちの一手となった反射弾幕をまともに喰らい、輝夜は墜落していく。「へぶっ」と情けない声をあげて地面に激突した輝夜に鈴仙が駆け寄り、助け起こす。
「な、何あれ……弾幕を跳ね返されるなんて……」
「まぁ、ギリギリ物理だったから跳ね返せたようなもんだ。属性攻撃だったら別のバリアじゃないといけなかった」
「い、いや、それでも大分凄いですよ……」
「正直言って必須みたいなスキルだ。いつもは他の仲魔が使うんで、俺が使ったことはあまりなかったが」
誤魔化すように人修羅はそう言うが、回復の術に超低温の吐息、そして反射のバリアなど、もはや至れり尽くせりのような存在だという印象を輝夜含め、この場にいる全員に与えていた。
皆が人修羅を茫然と見る中、輝夜は仕切りなおすために”ゴホン”と咳払いしてから、人修羅に向きなおった。
「まぁ、とにかく私たちの負けね……思った数倍以上強かったわ」
「そう言ってもらえて何よりだが……永遠亭には入れてもらえるのか?」
「もちろん。敗者は条件を守るのが決まりよ。さぁ、ついてきて。永遠亭はもうすぐそこよ。妹紅はどうするの?」
「……今日のところは出直す。じゃあな人修羅。また会ったら、勝負だぜ」
「あぁ、その時があれば受けてやる」
そう言って、妹紅は少し悔しそうな表情をしながら、竹林の上を飛び去って行った。
それを見届けると、輝夜は動きずらそうな服装なのに、ずんずかと竹林の中を進んでいくので、人修羅たちもそれについていく。
しばらく進んでいくと、次第に竹林全体を覆っていた霧が晴れはじめ、開けた場所に出る。そこには―――
「ここが……」
「えぇ。人修羅さん、永遠亭へようこそ」
―――まるで大昔の日本の大屋敷をそのまま切り出してきたかのような、荘厳な雰囲気の木造の屋敷が建っていた。