単純に言いますと、完全に自分の怠惰が原因でして、特に込み入った事情もないのですが、ちょっと書くのが行き詰まり、リマスター版をちょくちょく進めている内に小説のことを放ってしまっていたという感じです。
クリア自体はしたので、ここから少しずつ執筆を再開しようと思いますが、放置しすぎてる間にどうにも書き方が変わってしまったように自分でも思いますので、以前とは文章が違っていたり、投稿期間の空き具合が前より酷くなる可能性はありますが、これからも執筆は続けていこうと思っていますので、何卒よろしくお願いします。
永遠亭に近づいて、その壁をまじまじと見てみると、まるでごく最近建てられたかのように劣化や腐敗をしていない。何か特殊なコーティングでも施してあるのだろうかと柄にもなく建物について考えていると、輝夜が入り口の前で手招きをしているのが目に入った。
「さぁ、入って頂戴。歓迎するわ」
「……これは」
そう言って、輝夜が開いた永遠亭の扉の先には信じられない光景が広がっていた。
まるで地平線まで続いているような木製の廊下が続いており、無数の襖《ふすま》がその左右に点在している。普通に考えれば襖の先は部屋があるのだろうが、この光景を見ると、とてもそうは思えなかった。
「催眠か幻覚か……それとも空間拡張で本当に存在するのか? この廊下は」
「あれ、おかしいわね……なんで永琳、無限廊下を作動させているのかしら?」
「防犯用の術か?」
「そうね。永琳が作る幻の無限廊下よ。もっとも、永琳の意思で色んな場所へ繋げられるけれど……どうしたものかしらね……誤作動かしら?」
うんうんと唸っている輝夜を後目に鈴仙に視線を向ける。
鈴仙は顔を横に振って答える。"自分にもどうにもならない"ということらしい。その後ろにいたてゐも何もできないとばかりに、静かにしていた。
確かに少しだけマガツヒの流れを感じる。とても高い隠蔽性を持つ術のようだ。少々面倒だが、分かってしまえば魔力干渉できるだろう。
「この幻影、引きちぎってもいいのか?」
「幻影を引きちぎるって初めて聞いたんだけど? まぁ、出来るならやってくれていいわよ」
「それじゃ……」
右拳に魔力を溜め込む―――一定以上まで高まったところで幻影の核となっているマガツヒに右手の指を突き立てようとした、その時だ。
「……解除、された?」
瞬間、明滅する幻影。先ほどまでの非日常の体現だった無限廊下は跡形もなく消え去り、そこには外観通りの間取りを称えた純和風の建物の内装が広がっているだけだった。
しかし―――
「鈴仙? 輝夜? てゐもどこにいった……? あいつらだけ戻ってきていないのか?」
そこにはさっきまで自分を案内していた三人が綺麗さっぱり、その場から消え去っていた。少し集中して周りに気を巡らすと、まだマガツヒの流れは途絶えていない。ただ自分の周りからだけは、その流れが迂回するように流れていた。
「俺だけを現実に戻した、か」
「えぇ、その通り」
その時、奥の襖が開き、一人の女性が姿を現す。
長い銀髪を三つ編みにした、紺と赤に分かれた服を着た理知的な雰囲気の女性だ。スカートの方は服とは左右逆の配色になっている。
そして何より、その冷たい眼差しは、隙の無さと冷酷さ、そして人修羅への敵意を十二分に伝えてくるものだった。
「こっちに来てもらえるかしら、混沌王 人修羅さん」
「混沌王、か。いいだろう」
その一言は、人修羅に目の前の人物に対する評価を考えさせるに値するものだった。
自分の正体を知っていて招き入れようとしている―――それがどんな意図を含むのか、人修羅には把握することはできないが、なんであっても、自分に都合のいいことではないだろうと確信させるには十分な状況だった。
だが、ここで怖気づいて立ち止まっているわけにはいかない。結局のところ一刻も早く戻らなくてはいけないのは変わらないのだから。
そう思い人修羅は突如現れた女性に部屋へと案内されるのだった。
***
「…………?」
「お茶はいるかしら?」
「……お構いなく」
部屋に入った途端に違和感を感じる―――それが何だろうかと考えている間に女性から言葉をかけられ、形式的にそう返すと、本当に女性は何もせずにテーブルを挟んだ向かい側の座布団に正座して、人修羅にもう片方の座布団に座るように示してくる。
人修羅はそれに従い、女性の向かい側の座布団に正座した。なんとなく正座してしまうのは日本人だからだろうか。日本人でも足が痺れるのは嫌という人が多そうだが、人修羅は人間の頃から正座派だった。
「あら、胡坐じゃないのね」
「なんとなくこっちの方が落ち着くんだ。不都合でもないだろう」
「それはそうだけど。おっと、自己紹介がまだだったわね。私はこの永遠亭で薬師をやっている、八意永琳という者よ。それで早速だけど、すぐに本題がいい? それとも前置きがいるかしら?」
「本題でいい」
腹の探り合いは時間の無駄だ、と相手の二択を速攻で切り捨てる。
永琳はそれを聞くと、一呼吸置いてから敵意を込めながら人修羅を睥睨して話し始める。
「端的に言うなら、今後一切永遠亭を出入りしないで欲しい。ただそれだけよ」
「……言われなくてもそのつもりだ。俺はすぐにこの世界から―――」
「元の世界に戻れないだろう、と私は見切りをつけているからの要求よ」
「……どういうことか説明願いたいな」
目の前にいる女性が鈴仙の言っていた永琳という人物であるなら、まず間違いなく鈴仙より幻想郷については詳しいはずだ。その詳しいはずの彼女が”元の世界に戻れないだろう”という予測を立てていることは人修羅にとっては問題だった。
「まず……この世界についての説明を誰かから受けたかしら?」
「いや……鈴仙はお前に聞いたほうがいい、と言っていた。だが、表の世界とやらから忘れ去られた存在が流れ着く場所とは聞いている」
「そう。幻想郷は博麗大結界という特殊な結界によって世界の非常識が流れ込み、紛れ込み、辿り着く―――そんな場所」
「結界?」
「そう、結界。この幻想郷は博麗大結界によって成り立っている。そこがこの世界と表の世界の境目となっている―――もし表の世界から入ってくるとしたら、博麗大結界からしかない。そして、結界は博麗神社という場所と隣接している。かつてそれを張った者の一族の神社よ」
「だから、鈴仙は博麗神社に行けば戻れると言っていたのか」
「そう。結界から何かが流れ着くのは決して珍しいことではない。表の世界の子供とかが、迷い込んでくるとか……神社の巫女はそういった外来人を元の世界に戻す……ということもやっていたりする」
だとすれば、何が問題あるのか―――その巫女の元に辿り着けない、というのか、それとも巫女が悪魔に協力はしない、ということなのか。
思案していることを察したのか、永琳は首を横に振りながら、話を続ける。
「ここからが重要よ。博麗大結界は博麗の巫女の先祖が張った物。今もその子孫が管理を続けているけれども、その他に一人、結界を認識、管理している人物がいる。」
「ほう?」
「名前は八雲紫。妖怪の賢者とも呼ばれる、この幻想郷を作った者の一人よ。そして境界を操る程度の能力を持つ。その能力でもって結界を管理、維持している存在よ」
「境界……文字通り、境目か」
「死と生の境界を弄る……空間の境界を無理やりこじ開け、任意に瞬間移動する……様々な規格外の現象を引き起こす能力よ。それによって世界一つを成り立たせている結界を維持している。だけど―――」
「……だが?」
「それならおかしいのよ。貴方が紫と出会っていないことが」
「なんだと?」
「彼女なら貴方ほどの存在が、もし事故で入ってきたとしたら真っ先に動くはず。彼女はこの世界を守るためなら、どんなことでもやってのけるわ。それこそ、貴方の傍に瞬間移動してきて、貴方を即刻、有無を言わさずに元の世界に戻していてもおかしくない。それか様子を見るためになんでもいいから刺客を送るなりも」
「……確かにそれができてもおかしくはなかった」
最初、人修羅がこの世界に来た時には意識を失っていたのだ。その隙に誰かが手を下すことは確かにできた。例え、人修羅がこの世界の住民と比べて規格外の力を持っていたとしても、別の世界に追放するなら話は別で簡単にできたはずだ。そういう能力があるのなら。だとするなら―――
「その妖怪は俺がこの世界に来たのを知らない?」
「そう。少なくとも貴方は博麗大結界を破って入ってきたわけではない。もしくは事故ではなく紫の思惑によってこの世界にやってきた」
「…………」
「もちろん博麗大結界以外を通るルートもある。魔界、天界、地獄―――この世界から隣接する異界は多いわ。そこからまた別の世界に移ることは出来なくはない。でもそのどれも紫の目が行き届いている」
「……知られていようといまいと、俺が元の世界に戻るのは簡単じゃないってことか」
「そう。例えば知らなかった場合。つまりは博麗大結界には何事もなく、この世界に急に貴方が現れたと仮定してもいいような状況。そうなればまずもって、貴方がこの世界に来た過程が分からない。どの道を通り、どこから来たのかが分からなければ、紫の力をもってしても簡単には帰れないでしょうね。彼女がいくら境界から別の世界にいけると言っても、数多ある世界全てから貴方が元居た世界を見つけ出す……想像に難くない困難さだわ」
「……」
「かといって、それならマシと言えるでしょうね。戻すのが難しいというだけで、紫がその気になってくれればいつかは帰れるのだから。しかしもし貴方が紫の思惑によってここに連れてこられたのなら、その可能性すら消える。貴方が紫の思惑を跳ねのけたとしても状況は一切好転しない。貴方は幻想郷を彷徨うことになるわ」
「八方塞がりってことか」
「……」
「どうやっても、俺は幻想郷にしばらくは滞在することになる。それで永遠亭に近づくな、か? 随分な言いようだな」
人修羅がため息交じりに永琳を睨むと同時に、空気がまた一層張り詰める。しかし、永琳はそれに臆する様子もない。
「私は貴方のことを知っている。貴方が何者なのか、私は知っている」
「俺が鈴仙たちに危害を加えると?」
「そういうレベルの話じゃないでしょ? こと人修羅について語るならね」
「買いかぶり過ぎだ」
「私は彼女らを確実に守りたいの」
「……」
「気まぐれで滅ぼされたらたまったものではないわ」
そう強気に答える永琳の眼が人修羅には少し淀んだように見えた。ほんの少しの不安、怯え。永琳からしたら、自分はただ世界を滅ぼす爆弾のようなものでしかないことが容易に分かるものだった。
「……筋が通らない」
「……筋」
「俺がこの場で暴れるとは考えなかったか?」
威圧するようにほんの少し睨みつける―――もちろん、本当に敵対するつもりは微塵もない。だが、自身の危険性のことを熟知しながらも、未だ強気に出ている永琳の思惑が気になっていた。
「貴方の目的はあくまでも元の世界への帰還でしょ? 考えなしに暴れるのかしら」
「そう思うなら、疑わないでくれ」
「言ったでしょ、気まぐれで滅ぼされたら困るって……例えば、貴方が誰かにそそのかされるとか……帰る方法と引き換えに永遠亭を潰せ、なんて言う輩がいる可能性もあるしね」
「……否定できんな」
言われて、ボルテクス界でも人に利用されていたことの方が多いぐらいだったことを思い出し、全く言い返せなかった。
「だから……今からする提案は、契約よ」
それを見抜いたのか永琳は据わった眼で、更に言葉を連ねる。
「貴方への条件はもちろん、さっきから言っている永遠亭への接近の禁止」
「……それで、お前はその対価に何をしてくれるっていうんだ?」
永琳の静かに目を閉じ、しばらく黙り込んだ。
空気が更に重くなり、気まずい静寂が、この部屋を支配する―――そんな中にあって、人修羅も永琳も欠片ほどの動揺も見せない。
そうしていると、不意に永琳が口を開いた。
「……私を使役する権利―――」
「ほう?」
「―――私が貴方の
「……」
ふと、そう語る永琳の表情を見る。
その眼に偽りを告げている様子はない。彼女は本気で、この条件で自分の動きを封じようとしていることが人修羅には容易に理解できた。それが永遠亭を守ろうとする永琳の覚悟なのだろう、と。
「俺が幻想郷に詳しくないからこその条件だな」
「貴方がどう捉えるかは知らないわ、ただこれほどの条件を用意しないと貴方の動きを制限するなんて無理だもの」
基本的に契約は両者の同意を得た時点でかなりの強制力を発揮する。ただそれは同格同士での話であり、強者に自分の言い分を聞かせることは確かに容易ではない。そのための対価―――対価が大きければ大きいほど、相手との実力差が開いていても契約内容を遵守させることができる。典型的な契約強化の方法だ。
「もちろん、僕として……貴方が元の世界へ帰るための支援はするわ」
「……なるほどな」
それは、はっきり言って魅力的な提案であった。
幻想郷のことをまだ全くと言っていいほど知らず、更にすぐに元の世界に帰る方法もなく、あったとしても、状況は複雑である可能性もある―――それを自分一人でどうにかできるとは人修羅には考えられなかった。
だが―――
「……俺は―――」
「あ、こんなところにいたのね、人修羅」
返事をしようと口を開くと同時に、部屋の扉が開かれた。
振り返ると、そこには輝夜、鈴仙、てゐがこちらを怪訝そうな顔をして見ているところだった。
「貴方たち……」
「あ、永琳、何してくれてるのよ。危うく締め出されるところだったわ」
「……」
「な、なによ、どうしたの? そんな真剣な顔しちゃって……」
その異様に張り詰めた空気に、ただならぬ物を感じたのだろう輝夜が気まずそうに聞くが、永琳は何も言わない。その様子を見て、今度は人修羅の方に目を向けるも、人修羅からも何か言葉が出ることはなかった。ただそれは、二人の間に何かがあったことだけを端的に示していた。
「お、お師匠様? 人修羅さんと何を話していたんですか……?」
「……それは」
何か不穏なものを感じ取ったのか輝夜に続いて鈴仙も永琳に問いかける。
永琳は鈴仙から目線を逸らし、口ごもってしまう。人修羅に吹っ掛けた契約の話も、そもそも人修羅への敵意も今の鈴仙に話したくないのだろう。最初に幻影の廊下を使って人修羅と他の面子を引き離したのは、そういう考えもあったのだろう。
しかし、隠しきれるものでもない。観念して永琳が口を開こうとしたその時。
「いや、何でもない」
「ひ、人修羅さん?」
正直、これ以上何も言う気はなかった。永琳の警戒の根本は性格や行動原理というより、自身の存在そのものによるものが大きい。『人修羅』という存在はそれを知る者にとってはどんな状況においても放置はしておけないのだろう。だから契約によって確実に永遠亭から遠ざけたかったのだろう。それなら、これ以上言葉を重ねても、無視して居座ってもしょうがないだろう。
目を丸くして、こちらの顔を見てくる皆を後目に今度はこちらが部屋の扉に手をかけた。
「どこへ行くつもりなの、人修羅」
「どこへも何もないだろう。どこへなりとも出ていくだけだ」
急に出ていこうとする人修羅に永琳も思わず立ち上がるが、人修羅はそう誤魔化すように言って、部屋を出ていこうとする。永琳としてはそれを止めることも出来なかった。
そんな人修羅に鈴仙は何が起こっているのか分からないという面持ちで微かに声を絞り出した。
「人修羅さん……何を……」
「悪いな。まぁ、なんだ。ここまで案内してくれて助かった」
「ッ、そんなことを聞いているんじゃなくて―――」
しかし、人修羅は鈴仙の言葉を無視して、部屋から出て行ってしまう。
すぐに鈴仙もその後を追うようにして部屋から飛び出るが―――
「い、いない……?」
―――そこには誰もいない、何の変哲もない廊下が広がっているだけだった。
***
永遠亭からまた少し離れた竹林の中。
人修羅はほぼ一瞬で永遠亭からここまで逃げて来ていた。
これで結局帰るアテも無くなってしまった。博麗神社に行ったとしても、八雲紫という妖怪の存在は、状況をややこしくするだろうし、案内役を失った今では、この竹林から出ることも一苦労だろう。
「何をやっているんだ、俺は」
憂いを帯びた顔で空を見上げるが、迷いの竹林特有の霧で青空すら遮られている。
そんな中、一つ―――雨粒が人修羅の顔を濡らし、そこから堰を切ったかのように、雨が降り注ぎ淡々と人修羅の体を濡らしていく。
「……とにかく竹林から出るしかないな」
それでもここで立ち止まっている訳にはいかない。
人修羅は勘だけを頼りに雨が降り続く竹林をかき分けるように進んでいった。