この選抜戦では、スケジュールが非参加者にも公開され、生徒であればだれでも選抜戦を観戦できるようになっていた。
このとき、真は第五訓練場の観客席に座っていた。
現在、ここでは次席入学であるエレンの試合が行われていた。
そのため、観客席は大勢の生徒で埋め尽くされていた。
とはいえ、この試合の結果は分かりきっている。
(ありゃダメだな。完全に委縮してるし)
エレンの相手は無銘の生徒だが、選抜戦に出場するほどなのだからそれなりに実力があるのだろう。
対するエレンは、炎球、水球、風球、土球を自身の周囲で回転させているだけ。
たったそれだけなのに、相手はエレンのプレッシャーに押しつぶされ、体をガタガタとふるわせていると
そして、
「・・・まっ、参ったっ」
結局、何もしないまま降参し、エレンの勝利が決まった。
『なな、なんと~!池貝選手、何もしないままギブアップを宣言してしまったー!!』
『まぁ、賢明ではあるな』
ちなみに、選抜戦にはすべての試合に実況役の生徒と解説役の教師がいるのだが、第五訓練場で行われている試合の解説は仁が担当していた。
『賢明とは、どういうことですか?』
『そのままの意味だ。こう言ってはなんだが、この試合、最初から勝敗が決まりきっているカードでしかない。そこで潔く降参するということは、戦力の分析と状況判断ができているということでもある。終始怯えっぱなしだったのはマイナスだが、戦場では少し臆病なくらいがちょうどいい。池貝選手に限った話ではないが、戦力差を悟ったうえで選択肢を増やすのは必須技能と言ってもいい』
事実を事実としてはっきり口にする仁は、場合によっては薄情ともとれるが、それでもその言葉に反論する人物は誰一人としていなかった。
それほど、仁の言葉には重みがあった。
(まぁ、それでもたま~に生徒を泣かすことがあるらしいけど)
どっちみち、仁の言葉が少なからず精神的にダメージを与えることに変わりはない。
それでも仁は、それを乗り越えてこそ成長できるとしてこのスタイルを変えるつもりは毛頭ないようだった。
(さて、もうここに用はないし、エレンを迎えにいくか)
元々、ここに来たのはエレンの試合のみであり、他にはまったく興味はなかった。仁の解説は僅かに興味はあるが、わざわざ他の試合を見てまで聞くものでもないと席を立った。
寮室に向かう道中、不完全燃焼だろうエレンと共に体を動かすのも悪くないかと考えていると、真の後ろから声をかけられた。
「如月真」
「うげっ・・・」
そして、真にとって不幸なことに、その声の主は知っている人物であり、できれば聞きたくない声だった。
「先輩相手に「うげっ」とは、ずいぶんといい度胸ですね」
「そりゃ、会いたくもない人と鉢合わせたら、イヤな声の1つや2つは出ると思うが?
そう、今しがた真に話しかけてきた栗色の髪の人物こそ、明日真が戦う相手である栗生誠也だった。
対する栗生は見下す態度を隠そうともせずに、侮蔑混じりに口を開いた。
「まったく、先輩に対して敬語を使わないとは、マナーがなっていないですね」
「俺は敬意を払う相手を選んでいるだけだ。あんたが尊敬に値する人物だったら、考えなくもないんだがな」
「ふっ、相変わらず、不良風情とは話が合いませんね」
2人の間には剣呑な空気が流れるが、幸か不幸か、今この場には他の生徒はいなかった。
「んで?わざわざ声をかけてきて、用件はなんだ?」
「いえ、実はですね。あなたがエレン・アンリネットさんをたぶらかそうとしている、という噂を聞いたので、そのようなことは止めるように言いに来たのですよ」
「・・・だれだ、そんな根も葉もない噂を流したのは・・・」
むしろ、エレンが真をたぶらかそうとしているのだが、それを言ったところで目の前の男は信じないだろう。
仕方なく、当たり障りがない程度に弁明し始めた。
「別に、俺の方からエレンに対して特に何かしているわけではない。寮の部屋が一緒で、話す機会が多いだけだ」
「へぇ、男女で同室ですか」
「その辺は理事長先生に言ってくれよ。俺だって知らんうちに決められてたし」
「ですが、変えてもらうように言わなかったのですか?」
「俺が言ったわけではないが、『他にも異性で同室になるペアはいるのに、そのすべてに便宜を図っていては本末転倒。嫌なら退学してくれて構わない』だそうだ」
「まったく・・・あの理事長も、なぜこのような間違った決定を下したのか・・・」
心底納得できないと言わんばかりに、栗生は片手で頭を抱えてやれやれとため息をついた。
その所作に真は内心イラっとしながらも、これ以上は関わりたくないとその場を後にしようとする。
「話はそれで終わりか?なら、俺は帰らさせてもらう」
「待ちなさい。話は終わりではありません。あなたがアンリネットさんをたぶらかそうとしていない証拠はありません。ですから、金輪際、あなたはアンリネットさんに近づかないでください」
「はぁ?同室だから無理に決まってるだろうに。それとも、言外に退学しろとでも言ってるのか?」
「できれば、あなた風情はいなくなってもらった方が学園のためになるでしょう。
その言葉、主に一輝を馬鹿にする内容に、真はわずかに殺気を漏らしそうになるが、仁がここにいる以上、余計な問題を起こすわけにはいかないとなんとか抑える。
それに気づいているのかいないのか、栗生は興が乗ったように饒舌に語り始めた。
「たかだかFランクだというのに、どうしてこの破軍学園に入学しているのか、まったく理解できません。彼を合格にした試験官を問い詰めたいくらいです。弱者が自分は強いと勘違いするのは非常に迷惑ですからね。いなくなってもらった方が好都合です。できれば、学園の風紀を乱すあなたもいなくなってもらった方がいいのでしょうが、
あまりに好き勝手な言葉に、真もいい加減にキレそうになるが、ここで問題を起こしてはいろいろと迷惑をかけてしまう。
真を知っている人物からすれば目を疑うような穏便さを、実は持ち合わせていた常人より強めの理性で引き出す。
だが、平静さを保つことに意識を割いて言い返せなかったのがいけなかったのだろう。
どんどん調子づく栗生は、言ってはならないことまで言ってしまった。
「まぁ、それを言ったらどちらもヴァーミリオン皇国を買収して勝ったわけですから、そのような輩は騎士の道を諦めるのが当然なのでしょうが」
「・・・それは、どういうことですか?」
不意に、真の後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには憤りをあらわにするエレンの姿があった。
真は最悪のタイミングで現れたことに顔をしかめ、栗生はちょうどいいと言わんばかりに話し始めた。
「アンリネットさん。いえ、たかだかFランクと不良が、世界的に注目されているAランク騎士に勝てるはずがないでしょう?ですから、黒鉄家と如月家が出来損ないに箔をつけるためにヴァーミリオン皇国を買収して、わざと負けさせたとしか考えられない。もちろん、自分だけでなく、他もそのように考えています」
「・・・あなたは、私やステラ様だけでなく、ヴァーミリオンすら侮辱するのですか?」
「ん?別におかしなことではないでしょう。たかだか小国なんですから。それこそ、国ではなく名家の出すお金で満足してしまう程度の。それすらもわからないとは、ずいぶんと物分かりが悪いですね」
「あなたはっ・・・!」
「エレン」
今に掴みかからんとするエレンに、真はエレンの肩に手を置いて制止させる。
止めないでほしい、そう言おうとしたエレンだったが、真の顔を見て動きを止めた。
正確には、真の瞳の奥で燃え盛る、怒りの炎を見て。
「今更、てめえの理屈に興味なんてねぇが・・・そこまで好き勝手言われると、俺も不愉快だ」
「それで?」
「明日の試合、てめえは俺が徹底的に叩き潰す」
「ふっ、できないことを言うものではありませんよ。棄権するなら今のうちですからね」
心の底からバカにするような笑みを浮かべ、その場を去っていった。
「シン・・・」
「・・・部屋に戻るぞ。必要なら、空いてる訓練場でストレス発散してもいいが」
「・・・いえ、今はそのような気分ではありません。このまま戻ります」
エレンとしても、胸の内にたまったどうしようもない感情をどこかで発散したい気持ちはあったが、先ほどから声の抑揚が乏しくなっている真に遠慮して、このまま帰る方を選んだ。
そのまま帰路につくと、道中でエレンは真に尋ねた。
「シン・・・あの男は・・・」
「あいつが、俺が明日戦う相手、栗生誠也だ」
「性格には“誠”の“ま”の字もねぇが」と吐き捨てながらも、真は栗生について話す。
「性格は、まぁ見ての通りだな。あいつはいわゆる優生思想の持ち主で、他の連盟加盟国を馬鹿にするきらいがある」
「なぜですか?個人が一国を見下すことはないことではありませんが、それでもあれは行きすぎです」
「それは、あいつが“反連盟”だからだ」
「反連盟、ですか?」
「そうだ。ここからの説明は長くなるが、いいか?」
真の問い掛けに、エレンは静かに頷いた。
「第二次世界大戦後、日本は連盟に加盟したが、これは円満に決まったわけではない。むしろ、荒れに荒れた。
当時の首相は、暴走する帝国主義の世界に歯止めをかけるために国際協調路線を歩もうとしたが、これは戦勝国として得た利益、つまり強国の利権を自ら手放す行為でもあった。
当然、軍部や他の政治家はもちろん、世論でも反対意見が多かった。
結果として、こうして日本は連盟入りを果たしたわけだが、その軋轢がなくなったわけではない。むしろ日を増すごとに大きくなっていると言っても過言ではない」
実際に、日本ではたびたび反連盟によるテロが起こっている。
現在では、そこまでの過激派はかなり少なくなっているものの、時折集会やデモが起こっているくらいには“反連盟”の考えは根付いている。
「この反連盟思想は、日本は連盟に加盟せずとも大国として存在できる力を持っていると考えている者もいるし、そうでなくとも連盟の許可がなければ満足に
「ちなみに、シンはどう思っているんですか?」
「正直なところ、反連盟は無謀なところがあると考えている。そもそも、資源を自国ではなく他国を当てにしなければいけない今の時点で、強国とはとても言い難いだろう」
第二次世界大戦時の植民地があれば、まだなんとかなったのかもしれないが、返還してしまった今ではどうしようもない。
仮に、連盟から脱退してから侵略しようと思っても、そうしたら日本対連盟の戦争になる。仮に同盟の手を借りようものなら、「自分で強国と言っておきながら、けっきょく他の大国に頼らざるを得ない」とバカにされるのが目に見える。
「とはいえ、あながち反連盟が間違っているというわけでもない。『自国の軍人を他国が作った制度で管理する』ってのは、むしろ問題だと言ってもいいしな」
「そういえば、たしか日本でも『開国』というのがあって、不平等な条約を結んだ歴史がありましたね」
エレンの言う通り、日本では江戸時代における開国によって不利益を被ったことがある。
その最たる例がアメリカ人を日本の法律で裁くことができない“領事裁判権”だろう。
今の連盟による管理は、これに酷似している部分がある。
「もちろん、連盟だからこその恩恵もあるわけだが・・・それはここではいいか。それで栗生の話に戻るが、あいつはそういう“反連盟”の思想の持ち主だが、考えはかなり過激派よりだ。あいつは、連盟に加盟している日本以外の弱小国は、日本に支配されるべきだと考えている」
「なっ、本当ですか!?」
「いや、さすがにちょっと盛った。だが、他の連盟加盟国を見下しているのは間違いない。『自分から強国の権利を手放した日本と違って、他は弱国同士で助け合うことでしか国の体裁を維持できない。日本はやろうと思えば、いつでも連盟をやめて独立することができる』って具合にな。だからこそ、あいつは日本以外の連盟加盟国を見下しているし、その
「・・・理解できませんね」
「する必要もないがな。言っておくが、あいつは極端な例だ。反連盟の全員が全員、あんな奴ってわけじゃない。それに、自分より下のランクなら教師ですら見下すような奴だし」
たしかに反連盟の考えを持っているが、その根っこにあるのは優生思想だ。
だから、他の生徒に見下すような態度をとることが多く、ある意味では一輝や真よりも嫌われているとも言える。
だが、本人からすればそれは「弱者の負け惜しみ」くらいにしか感じておらず、むしろそれで自分が優秀であると確信している節もある。
そんな栗生だ。当然、真と一輝は格下にしか見ておらず、ねちねちと優越感に浸るように、見下した態度で話しかけてくることもあった。
「まぁ、それも今日までだ。正直、さっきまでは適当にあしらって終わらせようと思っていたが・・・気が変わった。あいつは明日、徹底的に叩き潰す」
「シン・・・」
力強く断言する真に、エレンは場違いながらも少しときめいてしまった。
エレンにとって、真が自分のために怒ってくれているのが嬉しかったのだ。
それを隠すために、エレンはもう1つのことを尋ねた。
「それはそうと、あの男が言っていたことですが・・・」
「ヴァーミリオンを買収して云々ってやつだな。まぁ、これに関してはある程度予想していた。ここまでひどいものだとは思っていなかったが」
「どうして、そのような根も葉もない噂が、真実であるかのように広まっているのでしょうか」
「早い話、その方が都合がいいからだろう」
「都合がいい、ですか?」
「あぁ。学生騎士のランクなんて、ほとんどがEかDだ。そんな奴らにとって、Aランクや、B,Cランクは見上げる対象だが、Fランクは唯一見下せる対象だ。そんなFランクが、自分たちが『勝てなくて当たり前』と諦めているAランクに勝つっていう事実は面白くないんだろう。だから、あれこれ理由をつけて見下そうとする。その方が面白いからな」
「たとえそれが、空想であったとしてもですか?」
「それこそ奴らにとって、空想か現実かなんて関係ないんだろう。俺や一輝が格下だという認識さえあれば、他はどうでもいいんだろうさ」
「・・・下衆ですね」
「学生なんてそんなもんだ。なにせ、ありこれ理由をつけて諦めようとする輩だ」
「どうにかならないんでしょうか?」
「口で言ったってどうにもならんだろう。改めて、そういう馬鹿を叩き潰すしかない。だが、俺はともかく一輝はな・・・」
「イッキに、何か不安が?」
「・・・いや、なんでもない」
これを言ってもいいものか、真は少し悩んだが、言わないことにした。
今さら言ったところで、少なくとも真とエレンには意味がないから。
(だが、ステラならあるいは・・・)
その中で、その問題を解決してくれるだろう人物の顔を思い浮かべながら、真はエレンを連れて寮室に入っていった。
何気に栗生の口調に気を遣いました。
その割には若干エレンと被っちゃってますが、エレンは親しみを、栗生は皮肉をそれぞれ込めた感じにしたんですが・・・うまくいってますかね?
領事裁判権とか久しぶりに見ました。
理系に進んでから、こういうのを目にする機会がめっきりなくなってしまって・・・。
ていうか、こっちの世界での開国ってどうなってるんでしょうね。