栗生とのいざこざがあった翌朝、真は林の中で瞑想していた。
ただ目を閉じているだけでなく、人差し指の先から魔力を放出して逆立ちした上で、だが。
「・・・ふぅ」
その状態でしばらく過ごしたところで、知った人間が近づいてくるのを察知した真は、一息ついてから地面に着地した。
「器用なものね」
林の中から声をかけてきたのは、ジャージを着たステラだった。
「まぁな。んで、ステラこそどうしたんだ?こんなところに」
「ランニングをし終わったから、アンタを呼びに来たのよ」
そう言われて生徒手帳の時計を見れば、たしかに一輝たちがランニングを終えるだろう時間だった。
「それにしても、いったいどれくらいあの状態でいたのよ。遠目でしか見えなかったけど、あれも鍛錬の一環?」
「鍛錬っていうよりは、精神統一だけどな。まぁ、だいたい1時間ってところか」
「・・・呆れた。よくあのまま、魔力放出も体勢も維持できるものね」
「俺の場合、これくらいできなきゃ満足に能力を使えないからな」
真の能力は、世界でも最高峰の自由度を持ち、なおかつ保有する魔力も飛び抜けて多いため、人よりも高度な魔力制御を身につける必要があった。
そのため、真は自身の魔力制御は世界でも5本の指に入ると自負している。
「ちなみに、エレンはどうしたんだ?」
「まっさきに帰っていったわ。あんたの初めての選抜戦だから、気合を入れて作るつもりなんじゃないかしら?」
「あぁ・・・」
真の脳裏に、味も見た目も気合を入れまくって朝ごはんを作るエレンの姿が容易に思い浮かんだ。
一瞬、どのような料理が出てくるか不安になった真だが、食べれないものが出てくることはないと思いなおした。
ついでに、初の選抜戦ということで、1つ気になっていたことを尋ねた。
「選抜戦と言えば、一輝の様子はどうだった?緊張しているような素振りはなかったか?」
「それは大丈夫よ。昨日も気力は充実してたし、今朝も必要以上に緊張している様子はなかったから」
「・・・そうか」
その言葉に、真はやっぱりかとため息を吐いた。
正直なところ、真はこうなると予想していた。
ステラの返答も、一輝の態度も。
だが、そのことについて今、深く言及するつもりはなかった。
ここで話したところで、どうにもならないだろうとわかっているから。
このことは昨夜、凪からも一輝に関することを電話で聞いていた。その時は、「わかってはいたが、自分ではどうしようもなかった」とだけ言ったが、ステラにもそのことは言っていたらしい。
その上で、今のステラから出た言葉が
それでも、ここでまるっきり無視するというのも後味が悪いため、少しだけ口を出すことにした。
「まぁ、なんだ。あれでも内心じゃ緊張してるだろうからな。一輝のことを見てやってくれ」
「? わかったわ」
凪と同じようなことを言われたからか、ステラはわずかに首を傾げたが、言われるまでもないと頷いた。
これが吉と出るか凶と出るか、この時点の真では、まだわからなかった。
* * *
選抜戦の導入にあたって、破軍学園のカリキュラムは昨年度と比べて大幅に変わっていた。
授業は午前中のみとなり、昼休憩を挟んで13時からの午後と夕方に選抜戦を行う。
さらに、選抜戦を控えている生徒は、選抜戦に集中できるようにするために、その日の授業が自由出席という形で免除される。
当然、その分の単位はどこかで降りかかってくるのだろうと真は予想していたが、今はどうでもいいことだと頭の片隅からも追いやっていた。
それよりも・・・
「くっそ・・・まさか試合時間が一輝と被るとか、ツイてねぇ・・・」
「まぁ、昨日の私とステラ様、それにシズクも似たようなことになりましたからね。こういうこともあるでしょう」
一輝と真の試合時間が、同じ13時半になってしまったのだ。
これでは、一輝の試合を見に行くことができない。
ついでに、このせいで真の試合を見に行く知り合いがエレンだけになってしまったが、真にとってはどうでもいいことだった。
「ったく・・・」
「・・・珍しいですね。真がそこまで残念がるなんて」
エレンが知る真は、たとえ知り合いでもここまで観戦にこだわる性格ではないように見える。
意外そうなエレンに、真がその理由を話す。
「ちょっとな。一輝が心配なんだよ」
「イッキが、ですか?ステラ様は大丈夫だとおっしゃっていましたが」
「実際、本人もそう思っている、いや、思い込んでいるだろうな。だが・・・ここまでまともな扱いをされなかった1年、いや、それこそ十数年、ずっとチャンスをうかがっていた。今回の選抜戦は、これ以上にない機会だろう。だが・・・もし失敗すれば、
「ッ!!」
そこまで言われて、エレンもようやくわかった。
今までの十数年で待ちに待った機会。そんな大一番の初戦が、よりによって自分の天敵。
そんなの、誰であっても緊張しないはずがない。
だったら、
「だったら、どうしてそのことを言わなかったんですか・・・!」
このエレンの怒りともとれる問い掛けに、真は静かに答えた。
「それは、一輝自身も気づいていないからだ」
「イッキ自身が、ですか?」
「あぁ。エレンも不振に思わなかったか?それだけのものを抱えていながら、それを一切感じさせず、普段通りに過ごしていたことに」
「それは・・・」
そう言われて、エレンも言葉を返せなかった。
たしかにそうだ。誰にも理解されず、誰にも必要とされず、ただただ理不尽に否定され続けてきた半生。
人格が歪んでもおかしくないほどの扱いを受けながら、それでもなお一輝の浮かべる笑みは柔和だった。
いや、もはやそれこそが
真自身、そのことを一輝に指摘したことがあるが、返ってきたのは困ったような笑みだった。
そのため、真は一輝にそのことを指摘するのは諦めていた。
「それに加えて、あの噂だ。まず間違いなく、碌なことにならない。だから、せめて一輝の試合はその場にいたかったんだが・・・」
こうなってしまっては、どうしようもない。
いや、仮にその場にいたとしても、できることは少ないだろう。
だが・・・
「だが、ステラならあるいは、あいつの中にある何かを変えることができるかもしれない。それで一輝が勝てるかは、半ば賭けだけどな」
「・・・そう、ですね」
真もエレンも、ステラの秘めている想いには気が付いている。
今は、それに期待するしかないだろう。
だからこそ、一輝についてこれ以上話さず、新たに沸き上がった疑問を尋ねることにした。
「ふと思ったんですが」
「ん?」
「シンは、なにかあるのですか?七星剣武祭に賭けるものが」
そう問われた真は、「ん~・・・」と首をひねり、
「ないな」
一言だけ、そう答えた。
「な、ないんですか?」
「あぁ。俺は別に一輝みたいに卒業がかかっているわけでもないし、七星剣王の称号も名誉もさして興味ないし」
自身の強さに圧倒的な自負心を持っている真は、基本的に他人の評価を意識することはない。
だからこそ、七星剣王として称えられるということに、たいして価値を見出していない。
ステラやエレンは、自身がさらに強くなるためという理由があるだろうが、真は今の時点で、世界でも上から数えた方が早いほどの実力がある。
これらの理由があって、真自身は七星剣武祭に対して、ほとんど思い入れのようなものはない。
だが、それでもまったくないというわけではなくて、
「まぁ、あるとするなら・・・」
答えようとして、ふと時計を見ると、待機時間まであまり時間が残っていなかった。
選抜戦では開始10分前までに控室にいる必要があり、これを破ってしまうと、何かしらのペナルティ、最悪選抜戦の出場権をはく奪される可能性もある。
「っと、やべぇやべぇ。んじゃ、行ってくる」
「あ、はい。頑張ってください」
何を言おうとしたのか気になったエレンだったが、時間が迫っているというのなら引きとどめるわけにもいかず、軽い激励を送った。
真は不敵な笑みを浮かべ、心配無用だと言わんばかりに片手をひらひらと振って受付に向かった。
* * *
控室前の受付カウンターで手続きを済ませた真は、控室の壁に寄りかかって立ちながら、独り瞑目していた。
選抜戦はほとんど七星剣武祭と同じルールで行われる。
リングの上で1対1の決闘で行われ、制限時間は無制限。なにより、模擬戦と違って幻想形態ではなく実践形式で行われる。
そのため、少なからず命の危険が伴うが、それらのリスクをできるため無くすために、試合会場には教師や職員が詰めており、iPS再生槽といった医療設備もフル活用する。
なので、ここ最近の七星剣武祭では不幸な事故は起こっていない。
当然、リスクがまったくないわけではないため、その辺りは自己責任になるのだが、真も今さら傷つくことに対して怯えることもなく、受付員の最終確認に一切の躊躇なく参加の意を示したが。
そんな中、静かに目を閉じている真が考えているのは、先ほどエレンに言おうとした言葉だ。
(今さら、称賛や名誉を求めるつもりはない。だが・・・)
称賛も名誉も求めず、すでに圧倒的な強さを持っている真が、たった一つだけ求めているもの。
それは、
(だが、ここでなら、俺がこの力を持つ理由を、意味を見出せるかもしれない)
それこそが、真が求めているものだった。
生まれた時から、制御することすら困難を極める能力を持っていた真は、矜持も責務も持っていなかった。
容易に周辺を更地にしてしまし、なおかつ制御が困難な能力を持った真は、幸か不幸か、そのことを嘆くことはなかった。
だが、力を制御する術を身に着けることに半生を費やしてきた真は、一輝やステラ、エレンと違って、自分だけの騎士道というものを持っていない。
家族、主に父親や兄からの言いつけによって、それを間違ったことに使おうという考えはないが、どうして自分がこのような力を持っているのか、自分はこの力で何をしたいのか。そういったものを、真は持っていなかった。
だからこそ、一輝やステラ、エレンといった、確固たる騎士道を持った強者と相対すれば、自分が今を過ごしていることに意味を見出せるかもしれないと、そう考えていた。
もちろん、真からすれば、その3人はまだ格下にすぎない。
だが、これからの成長によっては、大きく化ける可能性を秘めている。
だから、自分の目的のためにも、3人には次に自分と戦う時がくるまでに、ただ強くなるだけでなく、大きく化けてほしいと願っていた。
『1年・如月真君。3年・栗生誠也君。試合の時間になりましたので入場してください』
その時、控室に次の試合を促すアナウンスが流れた。
(・・・まずは、目先の馬鹿を叩き潰すことから始めようか)
否が応でも、今回の試合から目立つことになる。
ならば、せいぜい栗生にはちょうどいい踏み台になってもらおうと、真は意識を切り替えて、リングへと向かった。
ようやく・・・というほどではありませんが、1つの山場に来ました。
たぶん、ここでどれだけ書けるかで、今後のモチベーションに繋がりそうな気がします。
なので、頑張って執筆しないとですね。