(・・・? なんか寒気が・・・)
選抜戦が終わった後、リングから退場した真は謎の悪寒を感じ取った。
それは仁による説教が確定事項になったが故の本能的な反応だったのだが、そんなことを知る由もない真は軽く首をひねるだけで深く考えずにその場を後にした。
(さて、この後はどうしようか・・・一輝の試合を見に行きたいが、時間的に微妙だよな・・・)
本来ならもっと早く終わらせることも可能だったが、それよりも栗生を叩き潰す方を優先したため、一輝の試合を見に行くには中途半端な時間になってしまった。
とはいえ、この後は授業もなく、特に予定も決めていないため盛大に時間が余ってしまっている。
選抜戦のことしか考えていなくてこの後の予定をまったく考えていなかった真は、この後どうするか考えながら出口へと向かっていったが、そこに後ろから声をかけられた。
「シン!」
「んぁ?あぁ、エレンか」
完全に思考に没頭していた真は、心ここにあらずといったように曖昧な返事をし、エレンはムッと軽く頬を膨らませた。
「ちょっと、シン。少しぶっきらぼうではないですか?」
「あぁ、悪い。ちょっとこの後の予定を考えていた」
「・・・考えていなかったんですか?」
「今日は選抜戦のことしか考えてなかったからなぁ」
より正確には「どうやって栗生を叩きのめそうか」なのだが、そのことには敢えて触れずに答えた真にエレンは若干呆れ気味になった。
「でしたら、イッキの試合を見に行きませんか?少しでも見に行けるようなら・・・」
「早く行きましょう」。そう言おうとしたところで、エレンの生徒手帳に電話がかかってきた。
名前を確認すると、凪からの電話だった。
「どうしたんでしょうか・・・もしもし?」
『あ、もしもし?エレンちゃん、今大丈夫?』
「はい、ついさっきシンの試合が終わって合流したところです」
『あら、そうなの?結果は・・・聞くまでもないかしら?』
「はい。シンの勝ちですよ」
『それはよかったわ。それとね、こっちもたった今終わったところよ』
「そうですか。スピーカーにするので、ちょっと待ってください・・・シン。向こうも終わったようです」
「そうか」
真に軽く内容を説明し、エレンは真にも通話が聞こえるようにスピーカーをオンにした。
『聞こえる?真、初戦勝利おめでとう』
「どうってことない。それより、一輝はどうだった?」
『そうね、先に結果から言うけど・・・』
もったいぶった物言いに、真とエレンは思わずソワソワしてしまう。
そして、数秒の沈黙の後、
『無事、かどうかはともかく、勝ったわよ』
「本当ですか!?よかった・・・」
一輝の勝報にエレンは胸をなでおろすが、真は別のワードが気になった。
「その言い方だと、一輝も相当ボロボロになったのか?」
『そうね。やっぱり無理してたみたいで、途中まで桐原静也にいたぶられていたのだけど、ステラちゃんのおかげで調子を取り戻したわ』
「・・・そうか」
とりあえず、一輝のストレスはステラのおかげでどうにかなったことに安堵の息を吐いたが、言葉にはしなかったものの、「いたぶられた」というのが肉体的だけでなく精神的にもやられたのだろうことが真には容易に容易に想像できた。
次に桐原とやり合う機会があれば容赦しないということを胸に刻んだ真は、表面には出さずに違うことを尋ねた。
「それで、一輝は?」
『職員の人たちがカプセルに運んでいったわ。ステラちゃんも一緒よ』
「なるほど」
ステラの部分に含みを持たせた言い方に真もどういうことか察し、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そういうことなら、俺たちは見舞いに行かないほうがいいか?」
『ふふっ、そうね。それと、あたしは今夜珠雫とお酒を飲みに行くことになったから』
「そうなのか?・・・あぁ、なるほど。それなら、祝勝会は明日にするか」
「なぜ珠雫と?」と一瞬疑問に思ったが、珠雫が一輝のことを兄としても男としても慕っていることをなんとなく理解していた真は、珠雫の心境を悟ってそっとしておくことにした。
『そうね。ごめんなさいね、真のことをほったらかしにしちゃうみたいで』
「気にすんな。俺は別にそういうのは気にしないし」
『そう・・・それなら、今夜はエレンちゃんと2人っきりで楽しんでね♪』
「おい!ちょっと待ッ」
最後のからかうような言葉に真は焦ったように反論しかけるが、それを口にする前に電話が切れてしまい、行き場を失ったように視線を泳がせる。
が、結局その視線はエレンに向けられ、
「・・・さて、昼飯を食いにいくか。腹減ったし」
「ちょっと、もっと他に何か言うことがありませんか?」
不満アピールするエレンから意図的に視線を逸らしつつ、真は努めてエレンを見ないようにしながら食堂へと向かった。
実はこの時、真の耳はわずかに赤くなっており、エレンもそのことに気付いていたのだが、肝心の真はまったく気づいていなかった。
* * *
昼食を食べ終わった後、真とエレンは2人でショッピングモールに向かった。
別にデートと言うわけではなく、どうせだから2人で小さな祝勝会をやろうという話になり、その買い出しに来たのだ。
実のところ、真の実家から送られてくる食料で十分なのだが、そこはエレンの強い要望で買い出しに行くことになったので、実質的にはデートであることに変わりないのかもしれないが。
「それで、今日の夕飯は何にしましょうか」
「そうだなぁ・・・この前クッソ高い牛肉が送られてきたから、すき焼きにしようか」
ちなみに、その送られていた牛肉はA5ランクの最高級の和牛で、スーパーの物とは桁が2つ違ってくるものだった。そのため、中身を確認したときに真は軽く震えながら冷蔵庫にしまったのだが、使うにはちょうどいいということでさっそく使うことにした。
「ですが、それだとイッキの祝勝会はどうするんですか?」
「大所帯になるし、安いやつでもいいだろ。一輝はむしろ遠慮しそうだし」
一輝も名家の出ではあるものの、今までの扱いの影響で庶民的な食事がほとんどだったため、金銭感覚は一般家庭と大差ない。そのため、真と同室だったときは高級品を食べるときは遠慮がちになることが多かった。
さらに、送られてきた和牛も最高級なだけあって量は多くない。2人で食べるならともかく、とてもではないが6人に行き渡る量ではない。
「そういうことだから、一輝とやるときはなるべく量を用意できるようにしよう。幸い、干物は日持ちする分余ってるし」
「一応、それもお高めのやつですけどね・・・」
だが、和牛ほどの存在感を放っているわけではないため、多少食べやすいのはたしかだろう。
「それでは、何を買い足しますか?」
「野菜の類としらたき、あと割下の材料も買っておくか・・・」
「あっ、それでしたら、お酒も何か買いませんか?」
学生証のメモ機能に必要な物を記していくと、エレンがそう提案してきた。
凪たちもそうだが、連盟では元服制度が定められており、
これは時に学生の身分で非
「そう言えば、アリスも珠雫と飲みに行くって言ってたな・・・せっかくだし、すき焼きに合う日本酒でも買っておくか」
「知っているんですか?」
「実家に酒飲みが多いから、自然と銘柄とかは覚えた。飲んだことはないけど」
そんなことを話しながら、真は買い物籠を持って必要な物を入れていく。
まずはすき焼きに必要な材料を買い、一通りすき焼きの具材を揃えた後はすき焼きと相性がいい日本酒と晩酌用の酒を合計3本ほど購入して寮に戻った。
「さて、それじゃあ材料はさっさと冷蔵庫にしまって・・・」
そう言って買い物袋から買ったものを取り出そうとしたところで、インターホンが鳴った。
「誰だ?」
「さぁ・・・」
2人とも心当たりがなかったため首を傾げたが、無視するわけにもいかないため真は扉を開けた。
そして、開けた直後、すぐにその判断を後悔した。
「はいはーい・・・」
「ふむ、外出帰りだったか。それは都合がよかったな」
扉の前に立っていたのは、剣呑な空気を放ちながら仁王立ちしていた仁だった。
一目見て、真は「あ、やばい」と思ったが、ここで追い返すわけにもいかず要件を尋ねる。
「えっと・・・なんでここに?」
「当然、説教のためだ。先ほどの選抜戦でやりすぎたことに対する、な」
この段階で、真は夕飯が遅くなりかねないことを察した真だったが、どうにかできるはずもなく、しばらくの間正座しながら仁の説教を受ける羽目になった。
* * *
「うげぇ・・・足痛ぇ・・・」
「大丈夫ですか?」
3時間ほど説教が続き、ようやく真は正座と説教から解放された。
「これは兄弟の問題だから」と仁に部屋から追い出されたエレンも、少しつらそうな真に心配気な表情を浮かべる。
「なんとか・・・べつに3時間も正座させなくてもよかっただろうに・・・」
「私は聞けませんでしたけど・・・なんて言われたんですか?」
「相手にトラウマを植え付けて戦えなくなったらどう責任を取るつもりだとかなんとか・・・」
たしかに栗生は性格に多大な問題を抱えているが、優秀な
そのような優秀な戦力をなくしてまで矯正させるつもりは仁にはなかったのだが、結果的にそのような事態になりかねなかったということで長々と説教をすることになった。
とはいえ、真としてもあれである程度すっきりしたため、比較的素直に仁の忠告を聞き入れた。
右から左に聞き流した、とも言えるが。
「まぁ、過ぎた説教はさておき、すき焼きを作るぞ。説教が長かったせいで腹減ったし」
「そうですね。では、シンは休んでいてください」
「ん?俺も作るぞ?」
「いえ、2人だけとはいえ、シンは祝勝会の主役なんですから。すき焼きのレシピも知っているので」
「そうだったのか・・・だったら、お言葉に甘えて待ってるとするよ」
「はい。ぜひ期待していてくださいね」
そう言って、エレンはエプロンをつけて調理に取り掛かった。
最高級の和牛はエレンも初めて扱う食材だが、ネットでコツなどを調べながら調理を進めていく。
その間、真はベッドに寝転んで目を閉じながらうたた寝をして待っていた。
「シン、できましたよ」
「んん・・・おっ、いい匂いだな」
しばらくしてすき焼きが完成したとエレンに起こされ、エレンが持っている鍋から立ち昇るすき焼きの香りに頬を緩ませた。
「はい。日本のWAGYUはヴァーミリオン皇国でも人気ですが、ここまでのものは私も初めてです」
「そりゃあ、最高級の肉なんだもんな・・・俺も初めてだ」
実家からちょくちょく高級品が送られてきたが、ここまでのものは滅多にない。
真も初めての肉にワクワクしながらすき焼きが置かれている座卓の前に座った。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
手を合わせてから、真はさっそく肉を一切れとり、口の中に入れた。
「っぅ!?うっま・・・」
「はい・・・こんなに上質な脂ののったお肉は初めてです・・・」
初めて食べる最高級の牛肉の味に、2人は感動すら覚えながら、噛みしめるように牛肉を味わう。
最高級の牛肉に舌鼓を打ちながら、合間にスーパーで買った日本酒を飲みながら夕食を楽しみ、すき焼き用の酒瓶が1本空になった頃には完食していた。
「ふぅ、美味しかった・・・」
「はい、本当においしかったです」
最高級和牛の余韻に浸りながら、食後の酒を飲む真の肩にエレンは頭を乗せた。
「・・・どうしたんだ?」
「いえ。ただ、なんとなく・・・なんとなく、こうしたいだけです」
「・・・そうか」
日本酒を飲んで若干酔っている影響もあるのか、真はエレンの突然の行動に軽く驚いたものの、特に拒否することもなくそのまま受け入れた。
そんな状態で少し経ったところで、再びエレンが口を開いた。
「シン・・・あの時、シンは怒ってくれましたね」
「あの時って・・・選抜戦の時か?」
「はい。あの時、クリュウが私を馬鹿にしようとして。それに対して、シンは大勢の人の前で怒ってくれました」
「・・・言っておくが、別にエレンだけってわけじゃないからな」
「それはわかっています。ですが、私もシンが怒ってくれた人の中にいるのは間違いではないでしょう?」
「それは、そうだがな・・・」
少なくとも、今のエレンに反論できる言葉を、真は持ち合わせていない。
「それでも、私は嬉しいんです。私だけではないにしても、それでも私のためでもあるのは間違いないんですから」
「・・・まぁな」
「そんなシンだから、私は好きになったんです」
「・・・ずいぶんと直接的だな」
「ふふっ、そうですね。少し酔ってるのかもしれません」
今まで、真に対する好意を態度で示し続けてきたエレンだが、「好き」という言葉を直接的に口にすることはなかった。
なので、今までなかった直接的な言葉に、真も柄に合わず少し照れている。
「まぁ、酒を飲んだからな。酔いもするだろう」
「かもしれませんね・・・ですので、私もシンから直接聞きたいんですが」
「そう言われてもなぁ・・・」
たしかに、真はエレンの気持ちを拒絶しているわけではない。
ないが、真自身、そこまでエレンのことを好いているのかと問われれば、本人にもまだわからない。
だから、今まで曖昧な態度で躱してきたわけだが、
「・・・まぁ、少しくらいは受け入れてもいいかもな」
実に意地っ張りな答えだが、それでも、たしかに真の心が1歩前進したのは間違いなかった。
エレンも、その事実が嬉しかったのと、思った以上に酔っていたというのもあって、
「そうですか・・・でしたら、これは私からのご褒美です」
そう言って、真の前に身を乗り出し、そっと自身の唇を真の唇に添えた。
あくまで少し触れるだけのキスだったが、それでも確かにエレンの熱がこもったキスに、真は目をぱちくりさせ、思わず固まってしまった。
「では、私は後片付けをしてきますね」
そんなことは気にせず、エレンは上機嫌に立ち上がり、鍋や食器を持ってシンクに向かって後片付けを始めた。
少しして、ようやく何をされたか理解した真だが、酒の影響か睡魔に襲われ、まるで先ほどのことが夢の中での出来事であったかのように感じながら、ゆっくりと瞼を閉じて意識を閉じていった。
自分は肉は圧倒的に鶏肉派。
牛肉も嫌いというわけではありませんが、モモとかさっぱりした部位が好物です。
実は大学の講義の一環で和牛を食べたこともあるんですが、比較的安物だったことと焼肉で食べたこともあったからか、脂がくどくて好きになれませんでした。
脂ののった和牛は煮込みこそ至高。異論は認めます。