一輝の祝勝会を終えた翌日、真たちは教室で午前の実践授業を受けていた。
「さて、今から魔力制御の訓練を始める」
そう言って、この授業を受け持っている仁は教卓の上に6cmほどの大きさの立方体の粘土を置いた。
「今から君たちには、この粘土を丸く整えてもらう。すでに何度もやっているだろうが、次回からは新たに内容を追加していくから、復習くらいの気持ちでやってもらってくれ。次からは訓練場で行うからそのつもりで。今回の制限時間は30分としよう。それでは、各自始め!」
仁が号令をかけると、それぞれ一斉に魔力を放出して粘土を整形し始めた。
この訓練は仁が言った通り、魔力制御の訓練の中でも一般的なものだ。
とはいえ、見た目ほど簡単なものではなく、魔力放出の精度が十分でないと梅干しのようにしわくちゃで不格好なものになってしまう。
中学から習う手法であるため、多少苦戦しているものの徐々に形を整えていっている。
その中で、
「おい、如月真。何をしている」
真は生徒手帳をいじっていた。(ちなみに、授業中は仁は真のことをフルネームで呼ぶと決めてある)
「いや、だって終わったし」
そういう真の前には、綺麗な球状に整えられた粘土が転がっていた。
開始してから10秒も経っていないのに、だ。
「だからといって、誰がサボっていいと言った」
「そうじゃなくて、どうせならなんか作ろうと思って。そのための資料を見てんの」
額に青筋を浮かべながら近づいてくる仁に、真は周りには見えないように生徒手帳の画面を仁に見せた。
「・・・制限時間までに仕上げられなければ罰則を与えるぞ」
「厳しいなぁ・・・まぁ、わかったって」
仁はため息を吐きながらも一応は納得し、元の位置へと戻っていった。
その様子が気になったのか、つい先ほど終わらせたエレンが画面をのぞき込もうとした。
「シン。いったい何を作ろうとしているんですか?」
「それは、できてからのお楽しみってことで」
エレンに見られる前に真は生徒手帳の電源を切り、さっさと作業に取り掛かった。
およそ30分後。
真の前には、ミニチュアサイズの洋風の城が出来上がっていた。
「うし。まぁ、こんなもんか」
「「「・・・・・・」」」
満足げに頷く真の周りでは、しーんと静寂に包まれていた。
なにせ、真が作り上げた城は形だけのものではなく、細かい装飾まで完全に再現されたものだったのだから。
「ほら、兄、じゃなくて、先生。これでどうよ」
「・・・合格だな」
「あれ?もうちょっと褒めてくれてもよくない?」
「余裕をもって終わらせておいてよく言う。途中から細部までこだわりだしただろう」
仁の言う通り、20分ほど経った時にはすでにほとんど完成しており、残りの10分はさらに細かい部分の装飾に力を入れていた。
「シン。これは・・・」
「シン〇レラ城。実物は見たことないけど」
そう言いながら真が生徒手帳の画面をエレンに見せる。そこには、某夢の国の城が映っていた。
「本当は内装もやってみたかったんだが、これだと小さすぎるからな~。せめて1m四方はないとできん」
「いえ、それでも普通はできないと思いますが・・・まぁ、シンですからね」
最初は驚いていたエレンだったが、次第に落ち着いていくと「真だから」で納得した。
そもそも、真がやっていた魔力放出の訓練はこれとは比較にならないほど難しいのだ。
この程度では、それこそ真にとってお遊びにしかならないのだろう。
そんな中、真は周りのことを気にせず生徒手帳で写真を撮ってから仁に尋ねた。
「さて・・・これ、崩した方がいい?」
「当然だ。まさかこのまま訓練に使うわけにはいかないだろう」
「あいよ」
仁の指示に従って、真は粘土で出来た城をためらいもなく潰し、あっという間に元の6㎝角の粘土ブロックに戻した。
周囲から「あっ・・・」という声が上がったが、仁は気にせず授業を進めた。
「さて、これは参考にならんから無視しても構わん。それと、今からはこれからやっていくことになる訓練の説明をしていくぞ」
そう言って、仁は授業を続けたが、真とエレン以外は結局授業に集中することができなかった。
* * *
「あの、如月先輩!少しいいですか!」
午前中の授業を終えて昼食も食べ終え、いつものメンバーで歩いていると、真の後ろから声をかけられた。
振り向くと、話しかけてきたのは真のクラスメイトの女子だった。後ろには、他のクラスメイトの男女7人ほどが立っている。
真にはなぜ話しかけられるのか心当たりがないが、それでもクラスメイトであるのは違いないため彼女たちに振り向いた。
「なんだ?」
「えっと、私たちに魔力制御を教えてください!」
そう言って、その女子は頭を下げた。
「いやいや、ちょっと待て。別に頭を下げなくてもいい。ていうか、なんで俺に?」
「だって、さっきの魔力制御の訓練ですごいのを作ってたじゃないですか!」
「ねぇ、エレン。すごいのってなに?」
話している内容が気になったのか、ステラがエレンに問いかける。
それに答えたのは、急に頭を下げられて少し困っていた真だ。
「あ~、これのこと」
そう言って、真は生徒手帳を操作して例のシン〇レラ城を一輝たちに見せた。
「うわっ、なにこれ!すごいじゃない!」
「なんだか、私の魔力制御が霞んで見えてしまいそうですね・・・」
「これ、展示したらお金とれそうじゃない。このお城、結局どうしたの?」
「元の粘土ブロックに戻した。あのままじゃ他の訓練に使えそうにないってことで」
「なにそれ!すっごいもったいないじゃない!!」
真のある意味残酷な宣告に、ステラは真に噛みついた。
おそらく、自分も実際に見て見たいのだろう。
興奮冷めやらぬステラに、一輝はステラを宥めながらも真に話しかけた。
「ステラ、ちょっと落ち着いて・・・真、これってまた作れるの?」
「材料があれば。粘土なら、たしか売店に売ってたっけか?」
「うん、自主練習用のやつがあったと思うよ」
「それなら買って来るわ!」
真の返答を聞く間もなく、ステラはダッシュで売店へと向かっていった。
「・・・ずいぶんとわんぱくな皇女様なことだ」
「あはは・・・それで、どうするんですか?」
「魔力制御の指導のことか?う~ん・・・」
改めて、クラスメイトの申し出に真は頭を捻った。
「な、なぁ、駄目なのか?コツを教えてくれるだけでもいいんだ」
「コツって言ってもな、マジで反復練習しかないぞ」
「それなら、如月先輩の練習法を教えてもらうことはできる?」
「それなんだけどなぁ・・・」
たしかに、真はクラスメイト達に魔力制御を教えようか悩んでいる。
だがそれは、教えるのが面倒だからでも、練習方法を教えたくないからでもない。
「俺の練習方法なんだが、参考にならないってことで理事長先生のお墨付きをもらってるんだよなぁ・・・」
そう、真のあの練習方法は凡人には一切参考にならない。そもそも、魔力量によってできるかできないかで極端にふるいにかけられるのだ。
そのため、少なくともエレンと同じように指導するということは不可能だった。
「そ、そうなのか・・・」
「そう、だったんですね・・・」
真の返答に、クラスメイトは思わず肩を落とした。
さすがに彼らもすぐに魔力制御が上手くなるとは思っていないだろうが、それでも格段に上手くなるかもしれない方法が参考にならないと言われては落胆するのも無理はないだろう。
真も良心が痛んだのか、少し考えてから代替案を出した。
「・・・魔力制御ってのは生まれながらのセンスか地道な訓練くらいしか上達する方法はない。全部に共通するコツなんてないようなもんだ。だから、空いた時間に簡単にできる練習方法ならいくつか教えてやる。それでいいか?」
「「「本当か?!(ですか!?)」」」
真の言葉に、クラスメイトたちは目を輝かせながら顔を上げた。
その勢いに真は思わずのけぞりながらも頷きを返した。
「あ、あぁ。それじゃあ、ちょっと移動するか。一輝たちは?」
「僕はいいかな。あまり参考にならないかもだし・・・それに、ステラを待ってた方がいいと思うからね」
「私も遠慮します」
「なら、アタシも珠雫たちと一緒にいようかしら」
「私はせっかくなのでシンについて行きます」
結局、同行を申し出たのはエレンだけだった。
「そうか。それじゃあ、移動するか」
「はーい」
「よっしゃ!頼むぜ!」
こうして、急遽真による魔力制御の講座が開かれることになった。
「待たせたわね!って、あれ?シンは?」
「すでに行ってしまいましたよ。それにしてもなんですか、その量は。力自慢でもしたいんですか?」
「そんなんじゃないわよ!せっかくなら大きいのを作ってもらいたいじゃない!」
「あらあら、これじゃあ寮の部屋ではできそうにないわね」
「あはは・・・」
* * *
しばらく歩いていると、真たちは屋外にある訓練場に着いた。厳密には、そこにある砂場だ。
「あの、如月先輩?ここでやるんですか?」
「そうだ。だが、始めに言っておくぞ?練習方法とは言ったが、ぶっちゃけただのお遊びだ」
「「「「「え?」」」」」
まさかとっておきの練習方法をお遊びと断言されるとは思わなかったのか、エレンを含めた全員がポカンと口を開けた。
「あの、魔力制御の練習なんですよね?」
「そうだぞ?」
「なのに、お遊びなんですか?」
「そうだ。というか、お前らはなにか勘違いしてないか?」
「え?」
「
「「「あっ・・・」」」
ここにいる全員、訓練と遊びは別物だと無意識に考えていたのか、あるいは成人したから子供のような遊びは恥ずかしいと考えていたのか、目から鱗のようだった。
そして、エレンも真の言葉に心当たりがあった。
いつも朝にやっている、魔力の足場を作った上でのランニング。あれも見方を変えれば、“魔力を用いた竹馬”という捉え方ができるのだ。
「魔力制御の訓練で何が大切かって言われたら、それは継続することだ。そして、継続するために何が必要なのかと言われれば、習慣を作ること。もっと言えば、飽きないようにすることと空いた時間でできるようにすることだ。そうしてコツコツ続けていって、魔力制御が上達したら今度はさらに難しい難易度を用意する。そう考えると、一種のゲームみたいだろ?」
真の言葉に、クラスメイトたちの中の価値観が変わっていく。
今まで、クラスメイトたちは練習と聞けば真っ先に苦手意識や授業という感覚が思い浮かんだ。つまり、訓練を楽しむという感覚が存在しなかったのだ。
クラスメイトたちに新たな価値観を植え付けるように、真の講義は続いていく。
「必要だったら、機会があればこれからもこの講義を続けてもいい。だが、こういうのは俺に教わるだけじゃなくて自分でも考えてみろよ?人から言われたとおりに続けるより、自分で考えて進んでいく方が面白いからな。今回は特別に、俺が直々に指導してやる」
「はーい!」
「ありがとう、如月先輩!」
「さて、それじゃあ・・・」
目がキラキラし始めたクラスメイトたちに、真は内心で「ちょっと焚き付けすぎたか?」と思いながらも、期待された分は返そうと指導を始めた。
* * *
「あ~、疲れた・・・」
「お疲れ様です、シン」
結局、真も指導に熱が入ってしまい、落ち着いたのは20分ほど経ってからだった。
「は~、やっぱ慣れないことはするもんじゃねぇなー。肩がこる」
「そう言うわりには、随分と手慣れていましたよね?」
「まぁ、さっきのは親父の受け売りだからな」
「シンのお父様、ですか?」
「そう。一緒に戦場を旅して回って、その中で教えられたことの1つだ。ぶっちゃけ、戦場が遊び場のイカれた指導だったが」
「それは、なんというか・・・」
エレンも魔導騎士を志している以上、戦いそのものに対して忌避感を持っているわけでもないし、戦争は小規模であれどうしても起こってしまうということは理解している。
それでも、戦場を遊び場と言えるような価値観は持っていない。
反応に困ったエレンだったが、真もこれ以上この話題は続けたくないと半ば強引に切り替えた。
「にしても、意外とできてない奴が多いな」
そう言う真の視線の先には、砂場で砂山を作っているクラスメイトの姿があった。
ただ砂山を作っているだけでなく、2つの山に分けては平らにならし、再び砂山を作る、というサイクルを繰り返している。
これが、今回真が教えたお遊びだった。
魔力放出によって円錐形の砂山を作り、その後に砂山を頂上から真っ二つに割って、最後に上から押し潰して平らにならす。
これらを、できるだけきれいな形に整え、崩さないように割り、少ない魔力で整地する。
言葉で言うだけなら簡単だが、綺麗な砂山を作るだけならまだしも、砂山を割る段階で苦戦する姿が多い。
砂山を崩さずに割るには、できるだけ細い板状に魔力を放出する必要があり、それがクラスメイトたちにとって難しかったのだ。
だが、中にはコツを覚えたクラスメイトもいるようで、そうした者たちが他の出来ない者たちにアドバイスしている。
「青春だねぇ・・・」
「シン。その言い方は少し年より臭いですよ」
しみじみと呟いた真に、エレンは苦笑しながらツッコミを入れた。
そんなほのぼのとした時間が流れていると、不意に真の生徒手帳から着信音が鳴った。
送り主は、選抜戦実行委員会だ。
「へぇ、思ったより早かったな・・・いや、3日に1回は試合があるって兄貴も言ってたし、こんなもんなのか」
「かもしれませんね。それで、相手は誰ですか?」
「ちょっと待てよ。今確認する・・・」
言いながら生徒手帳を操作してメールを確認した真だったが、以前栗生と試合を行うと知ったときよりも5割増しの嫌そうな表情を浮かべた。
なんとなく嫌な予感がしたエレンは、画面をのぞき込んで内容を確認した。
「うわぁ・・・」
そして、エレンもメールの内容に納得と嫌悪の表情を浮かべた。
遠目でもそれがわかるほどだったのか、クラスメイトたちが何事かと集まってきたが、真は気にする素振りを見せなかった。
いや、気にすることができなかった。
『如月真様の選抜戦第二試合の相手は、二年三組・桐原静矢様に決定しました』
最近、暑くなったり寒くなったり、雨が降ったり止んだりで天気が安定しないからか、体が異様に重く感じる時があります。
春先なんてたいていそんなもんですけど、できればもう少し落ち着いてほしいかな・・・。