黒翼の魔王   作:リョウ77

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“黒翼”vs“狩人”

 真の選抜戦二試合目当日。

 第7訓練場にて、真は目の前にいる相手を見据えていた。

 

『それでは、これより第五試合を始めます!』

「・・・まさか、棄権せずに立ち向かってくるとはな」

 

 今回、普段通りなら棄権するだろうと思っていた桐原がリングに立っていることに、真は驚きを隠せない様子で呟いた。完全に予想外というわけでもないが、それでも呆れずにはいられない。

 対する桐原は、真の呟きが聞こえたのか額に青筋を浮かべながら口を開いた。

 

「なんだって?まさかこの僕が、不良ごときに後れをとるとでも思っていたのかい?」

(あぁ、周りから情報が入らなかった上に、自分で調べたりもしなかったのか)

 

 桐原と一輝の試合については、試合が始まる前に一輝やステラたちから聞いているし、映像でも確認した。

 同時に、それ以来桐原の人気が下火になっていることも把握している。

 このことはクラスメイトからも聞いている。どうやら取り巻きの女子が軒並みいなくなった上に、他のクラスメイトからも遠回しにされるようになったらしい。

 そういうこともあって、桐原は非常にイライラしているのだろう。真と栗生の試合を確認せず、以前までの不良の評価を基準にしてここに来るくらいには平静さを失っているようだ。

 となると、

 

(これは、潰し甲斐があるな)

 

 未だに真や一輝を格下に見ているのだ。それなり以上に痛い目を見てもらおう。

 黒い笑みを浮かべる真に桐原は気づいていないが、観客席にいるエレンたちは真から立ち昇る不穏な雰囲気に気付いていた。

 

「シン、またやりすぎたりしないでしょうか・・・」

「う~ん、こればっかりは僕も大丈夫って言えないかなぁ・・・」

「まぁ、アタシはボコボコにしてくれる分には構わないけどね」

 

 ステラは未だに一輝をズタボロにした桐原のことを根に持っているようで、どちらかと言えば真の肩を持っていた。

 そして、それはステラ以外の面々も同じようなものなのだが、それでもやりすぎてしまわないか心配になってしまう。

 栗生のことを聞いた後ならなおさら。

 

「この前、真と戦った栗生っていう先輩、部屋に引きこもっちゃったのよね」

「うん。一応、先生の方でメンタルケアをしてだいぶ持ち直したみたいだけどね」

 

 真と戦って、自信とか尊厳とかいろんなものを打ち砕かれた栗生は、試合が終わった後選抜戦不参加の旨のメールを委員会に送り、寮室に引きこもってしまった。

 なんでも、目を閉じるととどめを刺されたときの光景がフラッシュバックするようで、かなり怯えている様子だったらしい。

 今ではカウンセリングの教諭のおかげである程度は持ち直したようだが、念を入れて真には会わせないように徹底しているという。

 一輝としても、さすがに魔導騎士としての道をへし折るような真似は控えてほしいところでもあるのだ。

 だが、今回もそれは難しいだろう。

 

「シン、昨夜は食い入るようにイッキとキリハラの試合映像を見ていたので・・・」

「あえてそれを見続けるあたり、真って執念深いわよね~」

「あはは・・・」

 

 まるで背後にNAMAHAGEの幻影が見えるほどだった、とエレンは記憶しており、それを聞いた一輝は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 そんな中、リングでは実況と解説の教師が話しているところだった。

 

『それでは西京先生!今回の試合、どのようになると見ていますか?』

『そりゃあ、うちから見たら真坊が有利って感じかね~』

『なるほど!』

 

 解説席に座っているのは、派手な着物を着崩して身に着けている小柄な女性、西京寧音(さいきょうねね)だ。

 公私共に派手な人物だが、KoKのA級リーグで現世界3位という、世界的に見ても10本の指に入る実力者だ。

 そんな彼女が破軍学園にいるのは、助っ人のためである。

 要するに、黒乃の大量リストラにおける穴埋めの1人であり、黒乃と個人的なつながりもあって本業の合間に時間があるときに特別講師として教鞭をとっているのだ。

 ついでに言えば、如月家の関係で真とも顔を合わせており、真の力のことも知っている。

 そのため、寧音からすれば勝負はついているようなものなのだが、あからさまに贔屓するわけにもいかないのでやんわりとオブラートに包んで答えた。

 それでも、桐原のプライドを刺激したことに変わりはないのだが。

 

『それでは両者、固有霊装(デバイス)を展開してください』

「やるぞ、“夜羽”」

「狩りの時間だ、“朧月”」

 

 実況の声と共に、真は黒いコートを身に纏い、桐原は弓を顕現させて手に持った。

 

『それでは、本日第五試合、開始です!』

 

 そして、実況がスタートの合図を出すと共に、桐原は透明になってリングの上から姿を消した。

 

『おおっと!桐原選手の“狩人の森(エリア・インビジブル)”だ!』

 

 桐原の能力である“透明”で視覚は当然、五感のすべてで感知不能になる抜刀絶技(ノウブルアーツ)、“狩人の森(エリア・インビジブル)”をまんまと発動させた真に観客席ではステラが歯噛みしていた。

 

「ちょっと、どうして何もしなかったのよ!シンだってそれくらいのことはわかっているはずなのに!」

 

 範囲攻撃がない限り攻略手段がない“狩人の森(エリア・インビジブル)”だが、他に有効な手がないわけではない。

 それは開幕速攻。開始線にいるとわかっている最初であれば、攻撃を当てることは容易いのだ。

 そして、真も加速の能力を使えば簡単に終わらせることができたのだ。

 だが、真はそれをしなかった。

 その理由を、一輝とエレンはなんとなく察していた。

 

「多分だけど、()()()やらなかったんじゃないかな」

「え?」

「真なら、わざわざ開幕速攻を狙わなくてもリング全域を巻き込む範囲攻撃ができるからね。開幕速攻にこだわる理由はどこにもない」

「ですが、こうして見逃したにも関わらず、範囲攻撃をする素振りも見せていません。おそらくですが、シンは何か別の方法で攻略するつもりなのではないでしょうか。それこそ、範囲攻撃でも開幕速攻でもない、イッキとも違う方法で」

 

 一輝は破軍学園に入学してから共に過ごした1年間から、エレンは初めて会ったときからずっと想い続けて育まれた真への理解から、その真意を推測した。

 そして、それは当たっていた。

 

「なるほど。記録映像で見たことはあるが、こうして体感するのは初めてだな。たしかに、何も見えないし聞こえない」

「当然だ。僕の“狩人の森(エリア・インビジブル)”は無敵なんだ。お前ごときに破れるものじゃない」

 

 こうして話していても、桐原の声は全体を反響するように聞こえるため、声から位置を推測することもできない。

 とはいえ、真はその程度のことは気にしていなかった。

 

「そう言うわりには、一輝には破られたよな。まぁ、厳密にはちょっと違うが。ていうか、範囲攻撃で破られる無敵とか安すぎるだろ」

「っ、言ってくれるじゃないか!」

 

 度重なる真の挑発にとうとう我慢の限界を迎えたのか、声を荒げながら桐原は矢を放った。

 狙いは頭部。知覚不能の背後からの攻撃にはなすすべもない。

 そのはずだった。

 

「・・・本当に、安い奴だな」

 

 その不可視にして不可避の攻撃を、真はひょいと首を傾けて容易く躱した。

 

「・・・は?」

『なんとぉ!如月選手、不可視の矢を振り向かずに躱したぁ!』

「ば、バカなあ!そ、そうだ、まぐれだ。まぐれに決まっている!!」

 

 目の前の現実を受け入れられない桐原は、絶叫しながらも次々と矢を乱射する。

 だが、

 

『きっ、如月選手!不可視の矢を次々と躱していく!しっ、しかし、それは映像越しで見ている我々だからわかることのはず!如月選手には、この不可視の矢が見えているとでも言うのでしょうかぁ!』

 

 真はステップを刻みながら、最低限の動きで次々と桐原の矢を躱していく。

 まるで質の悪い悪夢のような光景に、桐原は戸惑いと恐怖を抱き始めた。

 

「な、なんで、なんでお前みたいなカスが!僕の矢が見えているとでも言うのか!!」

 

 わけもわからずに叫び散らす桐原に、真は簡潔に答えた。

 

「勘」

「・・・は?」

「ただの勘だ」

 

 真から返ってきた、あまりに雑過ぎる解答に桐原は絶句するが、実況席に座っている寧音は爆笑した。

 

『うははははは!!なんだそりゃ!さすがに斜め上すぎる解答じゃんかよ~!!』

『さ、西京先生?これはいったいどういうことなんでしょうか?』

『どういうも何も、言葉通りの意味だろうさ。真坊は、ただの直感で桐やんの矢を避けてるってことさね』

「ばっ、バカな!そんなの、ただの妄言に決まっている!!」

『そりゃあ、うちだってそう思う。でも、真坊になると話は違ってくる。そもそも、うちらの直感と真坊の直感は違う』

 

 一般的な意味の“直感”とは、本来経験則に基づく無意識のものである。

 相手のわずかな動きや仕草などの情報からくる本能の警鐘。それを無意識に感じとり、余計な考えを挟まずに行動する。

 逆を言えば、一切の情報がなければ直感など働かない。

 実際、一輝も優れた武人であるため人よりも鋭い直感を持っているが、桐原相手にはまったく通用していない。

 桐原を下した“模倣剣技(ブレイドスティール)”を人の思考に対して使用した“完全掌握(パーフェクトビジョン)”も、一輝に当たった矢という情報を介して桐原という人物を暴いたのだ。

 

『でもね、たま~にいるんよ。一見なんにも情報がなくても、凡人にはわからない何かで最善策を手繰り寄せる、そんな()()が』

 

 その1人が、如月真であるというだけの話だ。

 寧音の解説に桐原は当然、会場にいる全員が絶句するが、エレンとステラ、一輝だけは納得していた。

 

「そういえば、真って真のお父さんと一緒に武者修行していたんだよね」

「えぇ。おそらくですが、その中で戦場も渡り歩いていたのでしょう」

「要するに、徹底的に実戦経験をつんで培った、ってことなのね」

 

 それは正解だった。

 真が“世界全録(アカシックレコード)”を使いこなすために世界を渡り歩いた際、内戦状態だった国にも足を運んだことがある。

 そこは、油断すればいつ死ぬかわからない戦場。そのど真ん中を、真は父と共に駆け抜け、あるいは戦った。

 その中で、真は五感で感じ取る情報に頼らず殺気を感じ取るスキルを身に着けた。(当然、誰もが身に着けられるものではないが)

 そして、その直感は桐原の完全迷彩ですらも捉えた。

 

「そ、そんなバカな・・・」

「だが、事実だ。まぁ、そんなもんに頼らなくてもどうにでもなるが」

 

 そう言うと、真は振り向かずに無造作に拳銃を後ろに向けて発砲した。

 放たれた弾丸は、見えていないはずの桐原の頬をかすめた。

 

「え、な、なんで・・・」

「たしかに五感じゃ捉えられないが、魔力は別だ。俺は今、このリング全域にごく微量の魔力を放出している。そうすれば、ソナーの要領でお前がどこにいるか手に取るようにわかる。あくまで知覚できないだけで、実体はあるからな」

 

 たしかに通常の方法では桐原本人を知覚することは不可能だが、実体まで消えているわけではない。

 だが、桐原ではなく桐原が存在する空間であれば、知覚することは可能なのだ。

 とはいえ、十分な魔力量と高等な魔力制御が要求されるため、誰にでもできるというわけではないが。

 

「さて、俺としてはこのまま終わらせてもいいんだが・・・俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ」

 

 そう言うと、真は桐原に銃口を向けて引き金を引いた。

 次の瞬間、目に見えない暴風と共に桐原が姿を現した。

 

『なんと!桐原選手が姿を現したぁ!しかし、この状況で“狩人の森(エリア・インビジブル)”を解く理由はないと思いますが・・・』

『解除したんじゃなくて、解除させられたんよ。真坊が圧縮した魔力を桐やんにぶつけて、桐やんの魔力を無理やり引きはがしたんさね。これで桐やんはしばらく透明になることが難しくなるはずだ』

「な、なんっ・・・」

「悪く思うなよ。これは、自分がやってきたことが巡って自分に返ってきただけなんだからな」

 

 そう言うと、桐原の返事を待たずしてリングから真の姿が消えた。

 

『おおっと!これは桐原選手の“狩人の森(エリア・インビジブル)”!如月選手の“世界全録(アカシックレコード)”だぁ!』

「なっ、なんで僕の“狩人の森(エリア・インビジブル)”が!それに、“世界全録(アカシックレコード)”だって・・・!?」

「あらゆる能力、固有霊装(デバイス)を使うことができる能力。それが俺の“世界全録(アカシックレコード)”だ。栗生との試合で使ったんだが、情報はできるだけ集めた方がいいぞ・・・さて、たまには狩られる側の立場を味わってもらおうか」

「! まっ」

 

 桐原も真が何をしようとしているのか理解し、咄嗟に止めさせようとしたが、無駄だった。

 次の瞬間、銃声とともに桐原の右手が撃ち抜かれた。

 

「ぎ、ぎゃああああ!!いっ、痛い、痛いぃ!!」

 

 今まで一切攻撃を受けたことが無い桐原は、初めての激痛に情けなくのたうち回るが、それを黙って見ているだけの真ではなかった。

 

「ッ"、ぃぎいいいぃぃ!?」

 

 再び銃声が鳴り、今度は左足が撃ち抜かれる。

 その後も、真は淡々と銃を撃ち続けるが、決して急所を狙おうとしない。腕や脚から、徐々に胴体に近づいていくように撃ち続けていく。

 あんまりと言えばあんまりな光景に会場は静寂に包まれ、エレンたちもわずかに眉をひそめていた。

 

「・・・イッキ。シンが撃ち抜いている場所って・・・」

「・・・うん。僕がやられたところとほとんど同じだね」

 

 要するに、一輝が桐原にやられたことに対する報復、ということだ。

 とはいえ、一輝がそれを望んでいるかと言えば間違いなくNoだし、ステラや珠雫も心から望んでいるというわけではない。

 おそらくは、他の僻み屋に対する牽制の意味合いもあるのだろうが、それでもやりすぎだと思わざるを得ない。

 だが、寧音はあくまで表情を変えず、口も開かない。

 寧音としても、内心少しスッキリするのが半分、自分も似たようなことはやったりやられたことがあるから口を挟みづらいのが半分といったところか。

 だが、決して長続きしたわけではなく、真による蹂躙は1分ちょっとで終わった。

 透明化を解いた真は、血まみれになって横たわる桐原の頭部に銃口を向けた。

 

「あ、あぁ・・・」

「これに懲りたら、少しは態度を改めろよ」

 

 そう言って、真は引き金を引いた。

 放たれた弾丸は、桐原の頭部ではなく、僅か横に逸れて桐原の眼前に着弾した。

 だが、それでも十分だったようで、桐原は白目をむいて気絶した。

 

「そ、そこまで!勝者、如月真!」

 

 それと同時に主審が勝者である真の名前を告げ、ただちに桐原を担架で医務室へと運んでいった。

 重症ではあるが、iPS再生槽(カプセル)で完治できる範囲だ。

 そうして、真もリングを後にした。

 

 

* * *

 

 

「まったく!シンはやりすぎです!」

 

 試合が終わり、真はエレンたちと合流したのだが、開口一番にエレンは真に向かってそう言った。

 

「キリハラのことが腹に据え兼ねたのはわかりますが、それでもいたぶるような真似はしなくてもよかったじゃないですか!」

「・・・別に、因果応報ってことでいいじゃねえか」

「だからといって、キリハラと同類になるのは嫌ですよ!」

 

 そっぽを向いて唇を尖らせる真に、エレンは怒り心頭で真を叱り続ける。

 その様子を、一輝たちは少し離れたところから見ていた。

 

「・・・なんか、真が拗ねてるところなんて初めて見た気がする」

「・・・アタシも、あんな怒り方をするエレンなんて初めて見たわ」

「・・・それで、これからどうします?」

「・・・さぁ?放っておいてもいいんじゃない?」

 

 最終的に凪の案に賛成した4人は、そそくさとその場から退散していった。

 

「シン!聞いていますか!」

「聞いてるって・・・」

 

 結局、エレンの説教、というよりも小言は寮室に戻ってからもしばらく続き、真は一緒に寝るまで不機嫌になったエレンと過ごさなければならなかった。




APEXのニュービープレイヤーに告げたい。
人数欠けがあるからって、即落ちするのはやめてほしい。
いや、ここで言うことではないんですけどね?それで1人隠密陰キャプレイをしなければならないことが2,3回あって、「これそういうゲームじゃねぇから!」ってつい愚痴っちゃいました。それで上位に行けたんで、余計に複雑ですね。

さて、話を本作に戻すんですが・・・ぶっちゃけ、この後の展開をあまり考えていないんですよね。
時間軸は原作同様1ヵ月ほど飛ばす予定ですが、飛ばした先でどうするかはまだ決まってなくて。
たぶん、間話的なものを挟んでから進行することになるんじゃないかなと。
あるいは、他の作品の執筆に集中するかもですね。

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