ピピピピ、ピピピピ
聞き慣れたアラームの音で、真は目を覚ました。
だが、何かいつもと違う。
圧迫感と言うか、まるでベッドに2人並んで寝転がっているような感覚がするというか・・・。
「・・・」
「おはようございます、シン」
ゆっくりと目を開けると、真っ先にエレンの顔が映った。
だが、やたらと近い。それに、顔が真と同じく横向きになっている。
つまるところ、同衾状態だった。
「・・・・・・」
「ふふっ。こうしてシンの寝顔を見るのは初めてですね」
目の前にいるエレンは嬉しそうに微笑んでいるが、寝起きの真は目の前の現実を認識するのに少し時間を要している。
そして、ようやくエレンが自分のベッドに潜り込んでいることを理解した真は、
パチンッ
「え?きゃう!」
指を鳴らしてエレンを上のベッドに転移させた。
それで真もようやくむくりと起き上がる。
「ちょっと、ひどいですよ、シン。レディはもっと丁重に扱うべきです」
「男が寝てる布団に忍び込むのがレディのたしなみなら、俺は世界の常識を疑わなければならなくなる」
むしろ、雑に投げ飛ばすよりは丁寧なはずだ、などと考えながらも、真は上から覗き込んでくるエレンに苦言を呈した。
「少しは遠慮してくれんじゃなかったのか?」
「おかしいですね。YOBAIは日本の伝統だと聞いたのですが・・・」
「今すぐそいつをここに呼べ。一から丁寧に現代日本の文化を叩き込んでやる」
そんなことをしたら、警察に捕まってしまう。犯罪行為は未然に防がなければ。
「冗談ですよ。実はですね、昨日、模擬戦の後にぐっすり寝たのもあって、今朝は早く目が覚めてしまったんですよ。なので、せっかくだからシンの布団に潜り込んで寝顔を堪能したんです」
「何が『なので』なのかはわからんが、頼むから勘弁してくれ。いろいろと心臓に悪い」
「でしたら、次からは偶に私も一緒の布団で寝てもいいですか?あらかじめ言っておけばいいでしょう?」
「そういう問題じゃないって言ってんの・・・ちなみに、断ったら?」
「毎晩許可なくもぐりこみます」
「わかった、だったら週一で勘弁してくれ。それが俺にできる最大限の譲歩だ」
毎日そんなことをされては、真の寿命がどれだけ縮むかわからない。
もろもろのバランスを瞬時に計算した結果、週一が真の妥協できるギリギリのラインだった。
「できれば二日か三日に一度がいいんですが・・・わかりました。今はそれでいいです」
対するエレンは不満気だが、引き際はわきまえているようで真の提案で譲歩した。
真からすれば、2,3日に1回でも多すぎるくらいなのだが。
ついでに、風呂に入るときは必ず鍵を閉めようと決意した。
さすがにそこまではないと思いたいが、警戒するに越したことはない。
「そんじゃ、さっさと着替えて・・・そういや、着替えとかどうしよう。いや、どっちかが脱衣所を使えばいいだけの話か」
「そうですね」
真の機転に、なぜかエレンは少し不満気だ。
まさか、同じ空間で着替えることによるドキドキをたくらんでいたと言うのか。
真はエレンに洗面所の脱衣スペースを使ってもらいし、自身もさっさと着替えを済ませた。
必要な物を持っていつもの場所に向かうと、そこにはステラの姿もあった。
「ん?ステラさんもやるのか?」
「うん、そういうことになって」
「よろしくね。あと、アタシのことはステラでいいわよ。イッキが呼び捨てなんだから今さらでしょ」
「それもそうか。んじゃ、改めてよろしく、ステラ」
「えぇ、こちらこそ」
「それで、今日はどのようなメニューなんですか?」
その辺りことは何も聞いていなかったエレンが、真と一輝に尋ねる。
「今日は、っていうかいつも同じ内容なんだけど、20㎞のランニングだよ」
「まぁ、俺と一輝で目的や走り方は違うが。一輝は主に心肺機能の強化、俺は身体と魔力、両方の精密制御だ」
「具体的に、どういう方法なんですか?」
「一輝の場合、ジョギングと全力疾走を繰り返して緩急をつけることで意図的に心肺に高付加をかけるスタイル。俺の方は、見た方が早いか」
そう言って、真は地面を蹴って50㎝ほど飛び上がった。
だが、そのまま地面に着地せず、まるで見えない足場があるかのように空中に立った。
「なんなのよ、これ?」
「もしかして、これも魔力放出ですか?」
「そう。イメージ的には、足の裏から直径1㎝の円柱が伸びてる感じか。これを維持しながら20㎞走る。魔力操作と体の動きを両方鍛えるのにはちょうどいいんだ、これが」
魔力操作の訓練としては、すでに激流の中で真っすぐに魔力の足場を伸ばして移動するという手法があるが、これはより繊細かつ長時間魔力放出をすることに加え、バランス能力や体幹を鍛えるために真が編み出したものだ。
「まぁ、これを20㎞もやろうと思ったら、けっこうな量の魔力が必要になるが」
「ですが、理にかなっていますね。むしろ、どうして学園でも導入してないのかが気になりますが・・・」
「これをやる前提として、けっこう精密な魔力操作が必要になるんだよ。そもそも、自分の足と同じサイズでまっすぐ伸ばすだけでも、それなりの技量がいる。それをさらに細くして、なおかつ身体のバランスもとらなきゃいけないならなおさらだ。一度、理事長先生に見てもらったことがあるんだが、『そんな参加できる人数が著しく限られる訓練方法を学園の一般カリキュラムに加えられるか。そういうのは訓練場で自主的にやるくらいでかまわん』って言われた」
「あ~、言われてみればそうね。私たちだったらできなくもないけど・・・」
「そのレベルを他の人たちに勧めるのは酷ですね」
優秀な魔導騎士を育てるための施設である騎士学校の正規カリキュラムでは、多くの伐刀者がトレーニングできる環境を整えるようにしている。そのため、魔力量と魔力制御でほとんどがふるいにかけられるような練習方法は推奨できるものではない。
「とまぁ、それは置いといて、2人はどっちをやる?」
「アタシは、イッキのやつにするわ」
「私はシンの方法ですね」
2人とも、それぞれに負けた騎士の訓練方法を試してみるということになり、一輝とステラはさっそく走りに行った。
真とエレンは、エレンにコツを掴ませるために今日のところはこの訓練の練習をすることになった。
「さて、この訓練は精密な魔力制御を維持しながらバランスをとる、かなり高度なものだ。どっちかに気をとられすぎると破綻する。だから、まずは簡単なところからできるようにしよう。まずは、足の裏から横幅と同じくらいの直径で高さ30㎝の円柱を目安にして魔力を放出してくれ」
「はい」
エレンは真に言われた通りに魔力を放出し、その状態で固定した。
それだけでも、エレンの体は不安定にぐらつく。
「おっとと・・・これだけでも難しいですね」
「元々、人間の足ってのは足の裏全体で踏みしめてバランスをとれるようにしているからな。踵と先端が宙に浮くだけでもバランスは狂う。逆に言えば、これに慣れればどんな体勢、状況でも体を動かせるし、魔術もスムーズに発動できる。できて損はない。次は、その状態から歩いてみよう」
「わかりました」
真の指示に従い、エレンは一歩ずつ足を前に進める。
とはいえ、魔力放出に意識を多く割いているからか、その足取りはおぼつかない。
そうなると、逆にバランス感覚の方に意識が向いてしまい、5歩進んだところでバランスを崩してしまう。
「きゃあ!?」
「っと」
真は素早く回り込んで倒れそうになるエレンの体を支えた。
「大丈夫か?」
「はい、平気です。それにしても・・・どうしてシンはそんなに細い足場で素早く動けるんですか?」
真の足場はエレンの5分の1以下。バランスをとるだけでも超人の域だ。
だというのに、真の動きには僅かな淀みもなく、かつエレンよりも速い。さらに、高さもすぐに調整してエレンと同じ高さに合わせた。尋常ではない練度だ。
これに真は曖昧気味に答える。
「こればっかりは、慣れとコツとしか言いようがないな・・・それに、もっと難しい訓練もあるし」
「そうなんですか!?」
「あぁ。元はと言えば、それを俺なりにアレンジしたのがこの訓練だ」
「そうだったんですか。ちなみに、その元になった訓練とは・・・」
「秘密。というか、ここではできない。かなり場所が限られるんだ」
「そうなんですか・・・」
エレンとしては、そのさらに難しいという訓練に興味があったら、ここではできないと言うのであればしょうがない。
大人しく、自分の練習に意識を向けることにした。
そうして練習を続けること30分。その間にエレンは今の状態で走れるようになった。
「さすがに呑み込みが早いな」
「はい。たしかに、コツさえ掴めばすぐでしたね」
「後は、だんだん足場を細く長くしていくだけだ。足場を細くするほど身体能力も求められるようになるから、まずはその状態で走ることに慣れることから始めよう」
「わかりました」
「それにしても・・・エレンは、俺が思ってたよりも体を動かせるんだな」
「えぇ。ステラ様の体力トレーニングに付き合ってましたから」
「あぁ、なるほど」
エレンと違い、ステラは剣による近接戦闘も魔術による遠距離戦闘も幅広くこなすオールラウンダーだ。剣術を習っていることから、体力トレーニングも欠かさずにしていたのだろう。エレンも一緒になってやっていたのだとしたら、基礎身体能力が高いのも頷ける。
「そこまで体を動かせるなら、やっぱりゆくゆくは杖で近接戦闘をこなせるようにしてもいいか。とはいえ、まずは基礎作りからだな。それはエレンもまだなんだろう?」
「はい。ヴァーミリオンには、杖を使った近接戦闘術はあまりありませんから」
「西洋には、ただの棒を本格的に武器にするって思考はないからな」
棍術が武術体系として発展しているのは、日本や中国などの東洋圏が主だ。そのため、エレンも杖術の類の手ほどきを受けていない。
「幸い、俺と一輝も杖術や棍術は少しかじっている。基礎を教えるくらいならできるぞ」
「ぜひ、お願いします」
エレンのスランプも、もしかしたらそこに原因があるのかもしれない。
真の提案を断る理由もないため、エレンは真の申し出に頭を下げて礼を言った。
ちょうどその時、一輝とステラがランニングから帰ってきた。
「ただいま、2人とも」
「おう、戻って・・・どした?」
「ステラ様!大丈夫ですか!?」
一輝の背中には、ぐったりとしたステラがおんぶされていた。
それにすぐ気づいた真とエレンはすぐに広場のベンチにステラを寝かせ、スポーツドリンクや濡らしたタオルで応急処置をした。
その間に一輝から事情を聴いたところ、どうやら無理に一輝のペースに合わせようとして倒れたということだった。
「いや・・・たしかに、どっちのプランでやるかは聞いたが、まさか一輝のをそのままやるってのは・・・」
「ステラ様も負けず嫌いなんですよ」
「その結果ぶっ倒れてるんだから、ちゃんと自分のペースってのを考えてもらいたいもんだな・・・」
一輝の場合、ジョギングと全力疾走の間隔を開けることでちょうどいいタイミングを探した方がいいのだが、負けず嫌いのステラは一輝の同じペースで走ることを選んだらしい。
負けず嫌いもここまでくれば考え物だと、真は他人事のように頭を抱えた。
「それで、エレンさんの方はどうだったんだい?」
「あぁ、そうだ。そのことについてなんだが・・・」
ちょうどいいタイミングだと、エレンもそれなりには体力があること、一輝や真がエレンに杖を使った近接戦闘術を教えようと考えていることを伝えた。
真の提案に一輝は少し考え、頷きを返した。
「うん、僕もそれでいいと思う。それじゃあ、基礎的な部分は僕が教えて、実戦的な部分は真が教えるってことでいいかな?」
「おう、それでいいぞ」
「私も構いません」
「それじゃあ、朝食を食べたらさっそく教えようか?」
「はい、お願いします。それと、ステラ様は・・・」
「僕が部屋まで運んで寝かしておくよ」
「お願いします」
そうして、一輝は戻ってきたときと同じようにステラをおぶり、それぞれ部屋に戻った。
「それじゃあ、今日の朝ご飯はどうする?」
「私が作ります。昨夜は真に作ってもらいましたから。冷蔵庫の中身は勝手に使っても?」
「いいぞ」
真がそう言うと、エレンは髪をポニーテールにしてエプロンを纏い、冷蔵庫の中身を確認してから調理を始めた。
具材を見た限り、和風でいくようだ。
その様子を、真は食卓のそばで座りながら眺めていたのだが、
「・・・・・・」
「? どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そう言う真だが、その視線はエレンの後姿に固定されている。
無論、エレンもそれに気づいていたが、敢えて口には出さなかった。
真としては特に深い意味はないのだろうが、あまりからかってしまうとそっぽを向いてしまうに違いない。素直にならない真をからかうのは楽しいが、こうして自分のことを見てくれるのも嬉しい。
どちらをとるか難しいところだったが、今回はからかわない方を選択した。無意識でも好感度を上げてくれれば、エレンとしてもいろいろとやりやすくなる。
エレンも1人の女の子だ。人並みには好きな男とイチャイチャしたいと思っている。むしろ、エレンは普通と比べてかなり積極的なくらいだ。
(シンの方から好きだと言ってくれるのも、時間の問題ですね)
エレンも真への好意は態度でこれ以上にないくらい示しているが、決して言葉には出さない。
エレンとしては、できれば告白は真からしてほしいと思っている。
そのためなら、あらゆる手段をとるつもりだ。
(?・・・なんか、寒気と言うか、怖気みたいなのを感じた気が・・・)
そんなことなどこれっぽちも知らない真は、謎の身震いを感じたが深く考えることなく意識をエレンに戻した。
それからしばらくして、エレンが朝食を作り終えて持ってきた。
「できましたよ」
「おぉ、ありがとうな」
エレンが用意したのは、一汁三菜を意識した定食のお手本ような献立だった。
「そんじゃ、いただきます。はむ・・・」
「どうですか?」
「うん、美味い。料理もできたんだな」
「あの日から、必死に練習しましたから」
「なるほどなぁ」
物流が発展している現代なら、多少金はかかってしまうが和食の食材を簡単に手に入れることができる。ネットでレシピを調べては練習を重ねた。
その甲斐あって、今のエレンは和食と洋食なら一通りのものは作れるようになっている。
「俺、基本的には和食が好きだからありがたいな」
「それはよかったです」
真から自分の料理を褒められて、エレンは上機嫌になっていた。
(ふふっ、殿方を捕まえるにはまずは胃袋から、ですね)
どちらかと言えば、「料理を褒められて嬉しい」というよりは「計画通り」という方が正しいが。
こうして、表面上は和やかに、実際はエレンの策略通りに、2人はルームメイトになってから初めて迎えた朝を過ごした。
最近、risk of rain 2というゲームをswitchで始めたんですが、くっそ面白かったです。
自分の好きなゆっくり実況者がやってるのを見て興味を持ったんですが、自分で思ってたよりもドはまりしましたね。
さすがはgearbox社というべきか。