名もなき愚者の鎮魂歌 作:ばんどう
「……大変なことが起こったわ、トランクス」
時の界王神は少女らしい小さな手を顎にそえると桃色の眉をハの字にひそめた。刻蔵庫の広々とした室内。普段は上機嫌にトランクスを見上げてくる黒瞳が、不安と動揺に揺れている。
トランクスがいま見下ろすのは、室内中央に据えられた八角形の大テーブルだ。そこに一巻の巻物が広がっている。黒い靄がかった禍々しい巻物だった。
「時の界王神様、緊急事態とおっしゃってましたが、今度は一体なにが起きたんです?」
「歴史改変の起きた時代を修正しに行ったタイムパトローラーが殺されたのよ。コントン都に帰ってくることも出来ずに改変された歴史のなかでね」
「えっ!?」
トランクスは思わず後ずさった。
時間という特殊な尺度を司る時の界王神は、他の万物が『いま』の連続でしか捉えられない現実を、早めたり巻き戻したりすることができる。ある場所・ある時代を巻物としてまとめ管理し、『歴史』として保存するのだ。
ところが、この時の次元にさえも関与する術を覚えた暗黒魔界の一部の住人たちは、定まった歴史を改変したり、改変したことで生じる負のエネルギーを利用せんとうごめいている。
これに対抗して時の界王神が立ち上げたのが『タイムパトローラー』という自警団だ。腕に覚えのある銀河のつわものたちを募り、時の界王神の要請どおりに改変された歴史を修正する任を負う。彼らはたとえ任務先でトラブルに巻き込まれ、歴史修正に失敗したとしてもすべての時空に繋がるこのコントン都には必ず帰還できる。
タイムパトローラー・ライセンスという時の界王神直々の祝福が安全装置として働くのである。
それが一転、巻物のなかで絶命したということは敵がタイムパトローラー・ライセンスの壊し方まで熟知していることになる。暗黒魔界の住人たちでにそんな芸当は不可能だ。
「では、まさか……タイムパトローラーを殺害したのは、暗黒魔界の住人の仕業ではないということですか」
「ええ。それでね。刻蔵庫を隅から隅まで調べてみたら、巻物がひとつ消えていたわ。……エイジ796。あなたがいた時代のものよ」
時の界王神の溌溂と明るい声はなりをひそめ、深刻な面持ちで顎にやった手を下ろす。
トランクスの頬に、震えが走った。
◇ ◇ ◇
*月@日
今日から日記をつけることにした。
きっかけは単純だ。変な力に目覚めた。
昼間、母親が五歳の誕生日プレゼントを買ってあげる、と言って俺を連れて街に出かけた。
ジンジャータウンでも一番デカいデパートに向かう道すがら、俺たちは黒い靄がかった化け物に襲われた。
俺は初めて見るはずのその生き物を「プテラノドンだ」と理解できた。翼のある丸々と肥えた恐竜はまたたく間に道路や建物の窓を突き破り、往来を阿鼻叫喚の渦に叩き落した。プテラノドンが俺の母まで食おうと襲い掛かってきたからとっさに両手で突き飛ばした。手が光った、と思ったらプテラノドンの胸に大穴が開いて、悲鳴を上げるや黒い靄になって消えていった。
街のみんなはハッとして、まるでなにごともなかったように日常にかえっていった。プテラノドンが壊した街も、いつの間にか元に戻っていた。
俺は夢でも見たのかもしれない。
ただこの時を境に、俺は五歳児らしい思考力を失い、こうして日記が書けるようになった。
、月。日
黒靄の化け物が、また現れた。今度はデカいウサギ。これがめちゃくちゃ強くて、俺は命からがら生き延びた。敵の動きは見えているのに自分の体の小ささに戸惑う。化け物の返り血はみんなには見えない。動いているモノを殺す感覚には、なかなか慣れない。
どうやら俺は蹴りが得意らしい。
~月%日
オニキス。オニキス、オニキス、オニキス……。
自分の名前を何度も練習して、早く慣れないと。
|月=日
ラピスが新作ゲームを持ってきた。
黒靄の化け物と戦うようになってから俺は家に引きこもりがちだ。それを見かねたのか、幼馴染は発売初日の人気ゲームをひっさげてウチにやってきた。今日は寝るのも惜しんで遊んだ。楽しかった。
ありがとう、親友。
;月#日
黒靄の化け物と戦っていたら、タイムパトローラーと名乗る男が加勢してくれた。
彼が言うには、化け物は歴史の「歪み」によって生まれるらしい。化け物を放置したら、本来の歴史に悪影響を与えるとのこと。俺は強い「気」を扱える地球人なので、その力の使い方を覚えてタイムパトローラーにならないか? と誘われた。
俺は男に連れられてタイムパトローラーの拠点、コントン都に向かうことにした。
ずっと不安だったんだ。もし、この靄の化け物を倒せなかったら、街は壊れたままなんじゃないかと。
○月!日
まだ年少者なので、実戦よりコントン都で座学とトレーニングに励めと言われた。五歳児らしからぬ思考と知識量は周囲を驚かせたようだ。正直、プライマリースクールの学習内容には飽きていたからいい気晴らしになった。
・
・
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○月▽日
まさか十年以上もこの日記を続けるとは思わなかった。
俺は相変わらずコントン都とジンジャーダウンを行き来している。ハイスクールに通い始めて二年、
ここ十数年、コントン都であらゆるトレーニングを積んできた。得意な戦闘スタイルは気功と格闘術の合わせ技。カウンター主体の拳法だ。これはだれかに教わらなくても自然と身についた。気の容量がやはり異常に大きいらしく、うまく制御しないと山やら谷やらを壊してしまう。感情は平らに。つねに冷静さを失わないようにしないと。
タイムパトローラーとして実戦に出るようになってからは、片っ端から与えられた巻物の「歪み」を倒していった。
やっと自分の力の使い道――居場所がわかったんだ。
×月△日
日付は、あらゆる時代と繋がるこのコントン都では意味をなさない。
だけど俺の決意を鈍らせないためだ。
まだ手が震えて、字がうまく書けない。
少し冷静になるために事件の発端を振り返る。
三日前、コントン都からジンジャータウンに帰ってきたら、ラピスの両親が青い顔して玄関に立っていた。
ラピスと双子の姉ラズリが何者かに誘拐された。
すぐ警察にも届けたが手掛かりは一切なく。その日の昼まで一緒に授業を受けていた俺にみんなは詳しい情報を求めた。
俺は起きている事態が信じられなくてラピスに「いまどこだ?」とメールするのがせいぜいだった。けど既読すらつかない。もう二日も経ってしまった。また、日が昇ろうとしている。
大丈夫、どうせすぐにラピスがとぼけたメールを返してくる。
ラズリなんて
あの二人は無事なんだ。
だけど、もし――
もしいくら待っても、あいつらも、メールさえも返ってこなかったら――
いいや。
俺が、必ず見つけてやる。必要とあらば巻物を使ってでも。
・
5月12日
ジンジャータウンが壊滅した。人造人間セルによって。
これは定められた歴史なので修正してはならない、と時の界王神が言った。黒い靄の化け物がいなくても、俺の街は死ぬんだ。
見慣れた街に散らばった、服だけ残ったひとの残骸が、自宅のリビングに並んでいた両親の服が、頭から離れなくなった。
俺は――この悲惨な光景を、残酷な人間の営みを
あれはなんだったか。あれは、なんだったのか……。
・
△月〇日
目が覚めたら、コントン都にいた。
俺は歴史修正のために巻物のなかに入ったはずなのに。
先輩パトローラーが「あんなことはもうやめろ」ときつく言ってきた。
意味がわからない。俺の服には血がついていた。洗っても洗っても、なかなか落ちない。変だな。化け物の血なら倒せば消えるはずなのに。
知らないうちに、俺は歴史修正を行ったらしい。
。月!日
また、眠っているあいだに歴史修正を行っていた。
コントン都であてがわれている部屋に、知らない水槽がある。熱帯魚が気持ちよさそうに泳いでいた。
ジンジャータウンに戻れなくなってから、日記の日付に自信がない。
時を飛ばしてるみたいに、最近、現実が細切れに感じる。
変だな、日記を読み返しても原因がわからない。
月 日
俺はコントン都の住人から危険人物とみなされた。
お目付け役に抜擢されたのはトランクスという青年だ。
トランクスは俺と同い年くらいの、人当たりのいい好青年だった。
俺が初めてこの都にきたとき、「天才」ともてはやしたやつらはみんな離れていったが、トランクスは友好的だった。
ただ、ときどき俺を心配そうに見てくる。
「きみはいまオニキスなのか?」と聞かれた。
俺にもわからない。なにが起きているのか、わからないんだ。
月 日
トランクスが俺の様子を撮影した映像を見せてきた。
俺は、自分のなかに棲む複数の人間たちのことをはじめて知った。
気味が悪い。単純にそう思った。なのに映像から目が離せない。
俺は、どうなってしまうんだろうか。
・
月 日
歴史修正任務の途中、トランクスが暴走した。
定められた歴史では、次の戦いで孫悟飯は死ななきゃならない、らしい。それを助けようとして時の界王神に止められた。
俺のほうは――やっと親友を見つけた。
思ったより長くかかったけど、ようやく見つけたんだ。
だけど二人の呼び名は人造人間17号、18号に変わっていた。
俺のことも覚えていなかった。
あの悪名高いレッドリボン軍に捕まって、殺戮人形に変えられてしまった。
これは『定められた歴史』なんだと。靄は、関係なかった。
あいつらは笑 で無力な の人を、孫 飯を殺 て た。
俺 、助け べ 人間な て なか
月 日
(文字が滲んで判読不能)
◇ ◇ ◇
「きみ、面白いね!」
廃墟と化した街に、男の陽気な声が響き渡る。
俺は崩れた高層ビルの向こう側に広がる、灰色の濁った空を見上げていた。変わり果てた西の都。だれもが憧れる最新鋭の街だったのに、煙っぽい街の空気も、すすけた瓦礫の山も、先ほど壊したばかりの
「まさか歴史改変だけじゃなく、きみのお仲間のタイムパトローラーまで
男が弾んだ声ではやし立ててくる。
うるさいな。俺はいま、休んでるんだ。
「きみは『歪み』じゃないな。暗黒魔界の者か」
「ご名答ー♪ ぼくの名前はフュー。歴史改変の際に起きるエネルギーについて研究しているんだ!」
「それは素晴らしいね。俺もこんな歯ごたえのない歴史には飽きていたんだ。せっかくの力も、試せる相手がいなければつまらないだろう?」
『ミノル』が大袈裟に両手をひろげて、男に訴えかけている。俺の疲労を見抜いて、『スポット』を入れ替わったようだ。ミノルは理屈屋でなんでも分析しないと気が済まない。
俺の頭のなかには俺を含めて八人の人間が棲んでいる。俺たちは暗い部屋のなかで『スポット』の周りを囲んでいて、スポットに立った者だけが意識の手綱を握る。スポットから外れると、外の会話は聞こえるが周囲の様子がわからなくなる。
トランクスから俺自身の一日を記録した映像を見せられて、俺はやっとこの部屋の存在を知ることができた。それでも時々、記憶は断片的になる。眠っている間に行動されると、なにもわからなくなるのだ。
「いいねー! きみ、ほんとにいいねー! ぼくもね。歴史なんてどう変わろうがエネルギーさえ手に入ればどうでもいいんだよ。でもこういう希望のない歴史って悲しくない? キミだってたくさん見てきたんでしょ? そんなのはもっといい歴史に変えちゃえばいいんだよ。どうせならみんなハッピーのほうがいいじゃない。もし歴史改変で宇宙全体が大変なことになるなら、そうならないように集めたエネルギーを使う、とかさ。なんなりと方法がありそうな気がするんだよね。……きみ、ぼくといっしょに来ない? 歴史改変エネルギーを集めてくれるなら、ちょっと研究してみるからさ!」
「とても魅力的なお誘いだが」
ミノルが俺たちをふり返ってくる。
興味ない。俺はどうでもいいんだ。この世界で起きたことがすべてなんだよ。それにまだ、
『俺もミノルに賛成だ! その男についていきゃまだまだ人間を殺せるんだろォ? こんな他人が遊び尽くしたしみったれた場所じゃ、墓の掘りがいもねえ! あくびが出ちまうぜ! とっとと抜け出して人間をぶち殺そうぜ!』
スポット外でも『カズヤ』はひときわうるさい。こいつはひとを殺せればなんでもいい変態だ。ミノルと違って相手が弱ければ弱いほど、頑丈であればあるほどいたぶって殺すのを好む。
俺はこいつが嫌いだ。さっき
『忍がまだ起きてない。僕には決められない』
ぶつぶつ話す『マコト』は意見を持たない。こいつはミノルの指示通り炊事洗濯掃除を延々とこなす働き者だ。積極的にスポットの取り合いには関わらない無害な少年。
『ヒトシ』はさきほどから隅で爪をいらってばかりで話を聞いていない。
英国人の『ジョージ』は腕を組んで鼻歌を歌っていた。多言語を操る商人だが、俺たちの生きる世界では無用の長物。神経の図太さはカズヤと並んでる。
『私もどちらでもかまわないが。ただ殺すことだけが目的で、場所をコロコロと変えられるのはごめんだよ。ルートを開拓するのが難しくなるからさ』
無効票が三、か。
となれば、意思決定権は唯一の女性人格『ナル』にゆだねられる。
『私はオニキスと同じよ。行かない。ほかの場所に行ったって、どうせ同じだもの』
ミノルが長いため息を吐いた。肩をすくめる仕草でさえどこか芝居がかって見える。
「二対二か、交渉決裂だ」
「ざぁ~んねん! まあいいさ。気が変わったらいつでも言ってよ。すぐに迎えにくるから!」
フューが去っていったようだ。
ああ、まずい。だんだん瞼が下りてくる。集中しないとスポットが見れないのに。
眠ったら、またやつらの好き勝手にされる。
いやだな、いやだ、眠りたくない……。
そう思い残して、俺の意識は深く沈んでいった。