名もなき愚者の鎮魂歌   作:ばんどう

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△月〇日
目が覚めたら、コントン都にいた。
俺は歴史修正のために巻物のなかに入ったはずなのに。
先輩パトローラーが「あんなことはもうやめろ」ときつく言ってきた。
意味がわからない。俺の服には血がついていた。洗っても洗っても、なかなか落ちない。変だな。化け物の血なら倒せば消えるはずなのに。
 
知らないうちに、俺は歴史修正を行ったらしい。


第2話

「きみがオニキスだね?」

 

 懲罰房に入れられた俺のまえに、男が現れた。紫がかった青い髪をツーブロックにした青年だ。寒くもないのにタートルネックセーターと分厚いロングコートを羽織っている。

 

「あんたは」

 

「俺はトランクス。時の界王神様からきみの様子を見てほしいと頼まれた者だ」

 

 トランクスと言えば、時の界王神が最初に助力を求めた歴史修正の第一人者だ。俺にとってはあの大財閥、カプセルコーポレーションの御曹司という噂が印象強い。要するに現実でも、この都でも雲の上の存在だ。

 任務中に仲間を撃って罰せられている俺のもとに、彼がくる理由と言えば、ろくなものではない。気づいたら自嘲のため息が洩れていた。

 

「大変ですね。人間に害を与える俺みたいなやつは、即処分するかと思ってました」

 

 事件の詳細を聞かれても、俺にはわけがわからない。それが他人からは()()()()()()()()と思わせるらしく、房に入れられてからは怒鳴られてばかりだった。

 トランクスが端正な眉尻をハの字に下げる。

 

「オニキス、自棄(やけ)になるのはよせ。きみの活躍はコントン都始まって以来の輝かしいものだってだれもが認めてる事実なんだ」

 

 いまはどうか知らないがな。あいまいに笑ったはずが心情が出てしまったらしく、トランクスの表情がくもった。

 

「それで今後はどうなるんですか。しばらくここに籠もっていればいいですか?」

 

「いや。まずは界王神さまに会ってもらう。また歴史修正任務に出られるかどうかはきみ次第だ」

 

 意味あんのかな、歴史修正することに。俺の故郷も、ラピスとラズリもまだ戻ってこないのに。

 

「そいつは嬉しいな。俺、幼馴染を捜してるんです。ラピスとラズリっていう双子の姉弟なんですけど、俺はもう故郷(自分の時代)に戻れないから歴史修正のときにもし出会えたらって」

 

「いいね。個人的な目標をもつことはいいことだよ」

 

 トランクスがやわらかく笑いかけてくる。このひと、いいひとだな。ほかの人間なら開口一番『なんてことをしてくれたんだ!』と怒鳴りこんでくるのに。

 あんたの目の前にいるのは当人でさえなにをするかわからない爆弾だ、と叫びだしたい衝動にかられた。

 脳裏に浮かぶ、血のついたシャツ。なんの血かもわからない。俺以外の血で汚れたシャツ。

 トランクスほど強い男なら、俺が暴走しても止められるんだろうか?

 

 いやだな。ひとは傷つけたくない……。

 

 トランクスに連れられて独房を出るとき、いやな予感に顔をしかめた。

 

 

 

 

 オニキスは不思議な少年だった。見た目、十六、七歳の陰のある少年だ。中性的な顔立ちに、黒いショートヘア。身長もさして高くない。はじめて懲罰房の柵越しに彼を見たとき、こんな子が? と思わず首をひねってしまった。

 

 歴史修正任務中、同行者のパトローラーを囮にして彼女ごと歴史の「歪み」を撃った。

 

 報告であがった映像では、オニキスは残虐の極みだった。繊細ささえ感じさせる面持ちは凶相にゆがみ、左手一本で身の丈の半分ほどあるショットガンを苦もなく操る。声すらさきほど会った彼より低く、ドスの効いたがなり声で話し方も粗野だった。とても同一人物のようには思えない。

 同行者だったパトローラーの子とは初対面で、怨恨どころかそれまで接点すらない。

 

「トランクス!」

 

 背中から声をかけられ、ふり返ると時の界王神様が笑顔で手を振っていた。

 

「どうだった? 例の子は」

 

 小走りに近くまで寄ると、時の界王神様が問いかけてくる。緑豊かなコントン都の、美しく整備された煉瓦道を並んで歩きながら俺は首を横に振った。

 

「実際に会ってみましたが信じられません。まるで報告の映像とは別人だ」

 

「彼はどうやら、本来ひとつであるべき人格が分離してしまっているようなの。事情を聴いてくれたほかの子にも任務中の行動については『わからない』と答えているわ」

 

「二重人格…………」

 

「たぶんそれよりもっと多いわね。オニキスの人格自体は問題ないと思うんだけれど、ほかの人格については難しいところね。心が黒く染まってしまっていて、すごく暗くて重たいものを感じるわ」

 

 ひとであれば精神分析してようやく把握できることが、界王神様は感覚的につかめるようだ。

 

「今後はどうします? 俺が傍について、人格の入れ替わりがあったときに止めましょうか」

 

「あなたには一時的にナビゲーターをやってもらおうと思ってるの。オニキスの行動は最悪、こちらの神通力でどうにか止めてみせるわ。このままあの子を放置しておいたら、きっと心が壊れてしまうもの」

 

 時の界王神様が顎に手をやって考え込まれる。

 オニキスから感じる、抜身の刃物のような鋭くも危うい不安定さは人格形成からきているのかもしれない。

 

「とにかく。目を離さないようにお願いね? オニキスの精神面の治療は老界王神(おじいちゃん)に頼んでみるから」

 

「わかりました」

 

 俺はこのとき、オニキスの心の闇を甘く見ていたのかもしれない。

 その後、オニキスを連れて老界王神様のもとへ向かった。コントン都は世界の縮図のような都でさまざまなエリアがある。市街地のアパートに居を構えるオニキスのもとに向かい

 

「きみに会ってもらいたい方がいる」

 

 と伝えると、オニキスは不思議そうな顔をしながらも「わかりました」と素直に答えた。彼を連れて、老界王神様のもとに向かう。いつもは刻蔵庫にいらっしゃるのに、なぜかこのときだけ老界王神様は急峻な山の上にいらっしゃった。どうしてこんな辺鄙な場所に? とは疑問に思ったが、気さくな老界王神様が「それらしい顔」をつくってオニキスを出迎えているのを見て聞かないことにした。

 

「おぉ、よく来たの。そこに座れ」

 

 老界王神様が手許の草むらを指さされる。オニキスはここでも素直に従った。

 

「お前さんが時の界王神の言っていた問題児か。まあ、そう心配せんでもええ。このわしの神通力があれば分かたれた人格なんぞちょちょいのちょいじゃ」

 

「分かたれた人格、ですか……?」

 

 オニキスが不安そうに聞いている。老界王神様がこちらに視線を送ってきた。俺は首を横に振る。多重人格の可能性については、まだオニキスに話していなかった。

 老界王神様が曲がった腰に手を当てて「まあええわい」とつぶやかれた。

 

「ともかくお前さん、そこでじっとしておれ。これからこのわしが聖なる舞を踊るでの。動くんじゃないぞ」

 

「はい」

 

 正座して、オニキスがこくりとうなずく。老界王神様がカッと目を見開かれ、両こぶしを握ってブンブン上下に振りだした。歌なのかなんなのかわからない「ほっ、いぇいっ」という掛け声とともにオニキスの周りを回り始める。

 …………言葉にして言えないけど、とても不思議な舞だった。

 

 ――そして、待てども待てども終わらない。

 

 正座しているオニキスの顔が若干ゆがんでくる。老界王神様は「シャキッとせえ!」とそのたびに喝を入れておられた。老界王神様自体も汗だくで、さきほどから一秒も止まっていないのにお元気だった。

 ただ心情としてはオニキスに同情してしまう自分がいた。

 

 まさか日付が変わっても終わらないとは。

 

 俺は傍にある大木の幹で休んでいたんだけど、二人は相変わらず顔を歪めてそれぞれの姿勢をキープしたままだった。老界王神様にここまで体力があったのは驚きだ。いや、失礼だけど。

 しかもこれは、三日三晩続いた。

 

「ほああああああっ!」

 

 聖なる舞の最後の瞬間、老界王神様がオニキスに向けて手を突き出し、渾身の神通力をお与えになる。「これで、終わりじゃ」という言葉とともにオニキスは「あり、がとうございました…………」とつぶやいてぱたりと倒れた。

 

「老界王神様、これで彼は大丈夫なのでしょうか?」

 

「あったりまえじゃ。だれにものを言うておるか!」

 

 草むらに倒れこむようにして座り込んでいる老界王神様に言われ、これはイケる、と俺は確信した。老界王神様に礼を言って、オニキスを抱えて刻蔵庫に戻る。医務室に寝かせたあとで、時の界王神様に「行けそうです」と報告した。

 時の界王神様が無邪気に喜ばれる。

 オニキスが捜している幼馴染、早く見つかるといいな。

 俺はそう思って、彼が目を覚ましてから三日後、歴史修正任務に出てみないか? と誘った。彼はどこか大人びた表情で「ちょうど退屈していたところです」と答えてきた。

 少しは打ち解けたのだろうか? 彼からは押し殺したような雰囲気が消えていた。

 

 

 

 

 くく、どいつもこいつも。

 神というのは無駄なことがお好きだ……。

 

 俺は久しぶりに感じる新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。素晴らしい。これが光ある世界か。

 

[オニキス、準備はいいかい?]

 

 イヤホン型通信機からトランクスとかいうやつの声が聞こえてくる。

 ――()()()()だって? 洩れそうになる笑いをどうにかこらえながら、俺はそれまでこの体を動かしていたやつの物まねをして答えた。

 

「ええ。もちろんです」

 

 それきりトランクスは、()()()()()()()と信じたようだ。

 抹殺する予定の人間たちに従うのは、少し奇妙な感じだ。だがカズヤのように好き勝手動いて、また拘束されてはかなわない。俺が生きた場所より、ここには強力な人間が多くいるようだ。少し、様子を見るとしよう。

 『元の歴史』というのが俺たちには理解できないが、今回は本来の歴史ではこの場にいるはずのない、ターレスという褐色肌のサイヤ人を倒せ、という命令のようだ。神たちはありもしない歴史がくり広げられていることに驚き、孫悟空を助けろとせっついてくる。それを右から左に聞き流し、俺はその孫悟空というサイヤ人と、ターレスを見比べた。顔も背丈もそっくりな二人だった。戦闘力はなるほど、ターレスの方が数段上のようだ。力を押さえている状態で、それでも殴り合える孫悟空が気に入っているらしく、口許には笑みを浮かべている。

 タイムパトローラーとやらなら、ここで歴史の「歪み」であるターレスの前に、姿を見せねばならないらしい。だが俺はそんな面倒なことはせず、はるか空から彼らの戦いを見物していた。

 この世界には『霊力』という概念は弱く、俺たちの力は一律『気』として扱われる。

 まったくもって心外な話だ。俺の霊光の格が落ちる。

 

『そんなもん、気にしたねえだろうが! ミノル! ギャハハハハハハッ!』

 

 『カズヤ』の笑い声が頭に響いてくる。失礼。少々誇張した表現だったのは認めよう。

 ターレスとやらはこの歴史の始まりとなる者、孫悟空を仲間にしようと誘っていた。

 

「なあお前、俺と一緒に来る気はないか? 宇宙を気ままにさすらって、好きな星をぶっ壊し、うまい飯を食いうまい酒に酔う。こんな楽しい生活はないぜ!」

 

「フッ」

 

 ――おっと、いけないいけない。

 まだ自分を抑えていなければいけないんだった。

 

『ミノルは笑いのツボが浅いね。あんな高笑いをしていたんじゃ、一発でバレてしまうよ』

 

 だからいまがんばって抑えているだろう、ジョージ。

 

『口許が笑っているよ?』

 

 それは容赦してくれ。ただ――

 

「俺は気に入ったよ、この世界を」

 

 手のひらを上にかざして、霊光を集める。この体は忍以上に『気』と相性がいい。それがこの世界のせいか、それとも、時を自在に操る都でのトレーニングのせいかは知らない。

 

「久しぶりの運動だ、少し付き合ってくれたまえ」

 

 ボール状にした霊光を思いきり蹴り上げる。はじけて飛び出た気弾がニ十個ほどに分裂してターレスに迫った。孫悟空を一方的に打ち負かそうとしていたターレスは、突如上空から降って湧いた気弾の雨に驚き、とっさに腕を交差させて防御態勢に入った。だが、気弾は岩山を崩落させ、そこで起こった土煙とともにターレスは気弾の渦のなかに沈んでいった。

 

「なんだ、もう終わりか。張り合いのない」

 

『だから、人間をぶち殺すのが最高だって言ってんだろォ? ミノルよぉ!』

 

 フフッ、まあそう言うな。お楽しみは最後に取っておくものだ。カズヤ。俺は任務終了を通信機に告げると、トランクスに労われながら都に戻っていった。

 退屈な闘いだった。せめて浦飯とまでは言わないが、もう少し張り合いのある相手を連れてきてはくれないものか。

 

「あ、さかなっ!」

 

 ぼくは部屋にかえるとちゅう、泉のなかにめずらしい小魚を見つけた。ぱっと見は『ぶるーぐらすぐっぴー』ににてるけど、色がとてもカラフルで、からだについたひれの数がおおい。

 

『やれやれ。ヒトシに体を取られてしまったか』

 

 ミノルのこまった声がする。だけどぼくは目のまえの泉の(せい)ぶつにむちゅうだった。

 まわりを見わたす。お店ですいそうが売ってあった。

 ――かってもいい?

 

『あまり必要のないものではあるが、仕方がないな。この際は』

 

『ヒトシは言い出したら聞かないからね。困った子だ』

 

『くっっだらねえ!』

 

 ミノルとジョージがきょかをくれる。やったー!

 なにかをきめるとき、みんなにそうだんするのがぼくらのルールだ。

 小さめのすいそうをかって、ぐっぴーをへやに連れてかえった。ぼくはあきるまで、ずーっとあらたなお友だちを見つめていた。とちゅうでマコトがへやのそうじをしないと、って言ってきたけど、まだだめー! ってことわった。うふふ。なんていう子だろう? ぐっぴー、かわいい♪

 

 

 

 

「気分はどうだい? オニキス」

 

 歴史修正任務が無事に終わった翌日、俺はオニキスの部屋を訪れた。コントン都でも西の都に似ている街の一角のアパート、それがオニキスの自宅だ。

 ドアホン越しに挨拶したときは「中へどうぞ」と言っていた彼なのに、なぜか少しも出迎えてこない。他人に自室をうろつかれるのも不快じゃないだろうか? そう思いながら慎重に奥のドアを開けると、ベッドの上で小さくなって座っているオニキスが、こちらを向いてきた。

 

「…………トランクスさん、あの、今日は何日ですか?」

 

 オニキスはひどく動揺していた。自分の部屋にいるのに、ここは俺の部屋じゃない、と言ってくる。

 オニキスの精神分離はまだ治まっていなかった。

 

 

 

 

 夜。俺は物音に目が覚めた。

 

『カズヤ、気を付けろ。部屋の外に六人いる』

 

 ミノルが忠告してくる。なるほど。さすがにそういう勘は頼るになるぜ、相棒。

 俺は口端を吊り上げながら、ジョージが用意したハンドガンをナイトテーブルから引きずり出した。今回の体のやつは『気』に長けている。本当は、こんな銃を用意しなくても『気』から本物を作れるほどに優秀だ。能力はな。

 俺はそっとドア隣の壁に身をひそめた。

 ガシャンと鍵を壊す物音がやむとともに、男たちが部屋に押し入ってきた。同じ建物に住む『お仲間』たちだ。

 

「オニキス! この野郎!」

 

 やつらは寝室の照明の点け方も心得ていた。押し入ると同時に明かりをつけて、ベッド目掛けてかかと落としを決め込んでくれる。だが、そこは空だ。

 ハンドガンを一発、かかと落としをくれたやつの脚にプレゼントしてやった。銃声とともに男が倒れ、驚いてうろたえるやつらを寝かしつけるように、俺はそっと寝室のライトを消した。

 

「あアァアああアアあ! 脚が! 俺の、脚がぁあアアアああ!」

 

「パタタ!? おい、しっかりしろ!」

 

「い、いったいどこから……!?」

 

「この卑怯野郎! 姿を現せ!」

 

「獲物がひとぉーつ、ふたぁーつ、みぃーっつ……」

 

 俺は夜目が効く。恐怖で震えるやつらのうち、一番のっぽの背中に一発、銃弾をくれてやる。マズルフラッシュが一瞬部屋を照らす。一人の悲鳴を除いて一斉にこっちをふり返ったやつらは、俺の顔を見て凍り付いていた。

 

「さあ、パーティーを始めようぜ? 楽しい楽しい、殺戮パーティーをなア! せいぜい泣きわめけや! ギャハハハハハハ!」

 

 タイムパトローラーとして鍛え上げられたやつらは、普通の人間よりも強靭な肉体を持つ。だから、本当はこんなチャチな銃じゃ傷もつかない。だが今の俺には弾丸に殺傷に必要な『気』を込めることができる。刃霧のようなコントロール力はねえがな。

 無敵と思っていた自分たちが、弾丸一発でお釈迦にされる現実で震えはじめていた。いいぜ、その顔! もっと可愛がってやらなきゃなあ!?

 

「す、すまん! すまん悪かった! オニキス! お、おれは、ニャキがベリィのかたきを討つって言うから、仕方なくついてきただけで……!」

 

「俺も!」

 

「俺も!!」

 

「てめえら! 裏切んのか!?」

 

 心配すんなよ、全員殺してやる。だからそう慌てんな……。

 

「ふむ。命乞いをする程度の能はあるのか……。タイムパトローラーというのは、時間を操作するから成長速度に反してどうも内面が幼い」

 

 おい! テメエ! ミノル!!

 

「カズヤ。少しさがってくれ。ちょうどいい手足になりそうなやつらじゃないか」

 

 俺は怯えさせてしまった彼らに微笑みかけた。

 

「手荒な真似をしてすまなかったね。だが、俺としても急に部屋に押し入られるのはとても困るのだよ」

 

「くっ! テメエ、オニキス! なにをえらそうに……!」

 

 ひとり、食ってかかってくる活きの良いのがいた。さっきニャキとか呼ばれていた男だ。カズヤに女を撃たれたのが相当気に食わないらしい。

 

「黙れ。だれが口を利いていいと言った?」

 

 睨みつけると、ニャキとやらは息を呑んで蒼白な顔で尻もちをついた。本物の殺気も知らない幼い子どもたち。『黒の章』が手許にないのが悔やまれる。あの聖書(テープ)こそ、この世の真理をついた素晴らしい教典だ。人間の残酷さ、非道さが言葉にしなくてもだれにでもよくわかる。

 

「俺も、こう自分のテリトリーを荒らされては苛立ちもする。無事にこの部屋を出たいなら、俺の仲間にならないか? 強制はしない。従属か、死か。ご自由に選びたまえ」

 

 促してやると、戦意を失ったのが五人。

 一番後ろでふんぞり返っていたニャキとかいうのは諦めなかった。

 

「ふっざけ――」

 

「残念だよ。実力差がわからないというのは、じつに残念だ」

 

 俺はデコピンでもするように人差し指を親指で弾く。その衝撃で指先から一本の光弾が飛んだ。轟音とともにニャキが呻いて膝から崩れ落ちる。腹を抱えてうずくまった彼。

 

「その風穴はプレゼントだよ。大事にするといい」

 

 こらえていた高笑いが盛大に洩れる。よく気でも触れたのか? と言われるこの笑いだが、ほかの人格には言われたくない、と敢えて俺はここで言っておこう。

 少ししてからトランクスが部屋に駆け込んできた。腹に風穴の空いたニャキは外に放りだし、ほかの五人に片付けさせていたところだった。

 

「やあ、こんばんは。騒ぎはもう納まりましたよ」

 

 笑顔で告げてあげたのに、トランクスは凍り付いたままだった。

 

 俺たちに神通力は通じない。

 

 ようやくこの世界の神にも、理解できたようだ。

 その日を境に、トランクスは正式に俺たちの監視役(ナビゲーター)に就くことになった。

 

 

 ◇

 

 

 

「きみはいま、オニキスだね?」

 

 任務に出るまえ、トランクスに確認された。俺は「はい」と答えたが、トランクスにはまだ俺を注意深く観察する気配があった。自分が多重人格だということは、少しまえに映像で見せられたので認めざるを得ない。

 俺のなかにいる人格は凶悪な奴らで、トランクスが監視をしないとなにをするか分からない連中だった。

 今回入った巻物はエイジ780。トランクスがまだ少年だった時代だ。ところどころ壊れた街並み。左目に大きな切り傷がある隻腕の青年、孫悟飯が俺をかばうように前に出て、大柄な筋肉質のモヒカン男を睨みつけている。

 

「人造人間!? 17号と18号以外にもいたのか……!」

 

 ――ジンゾウニンゲン?

 鮮やかなオレンジ色のモヒカン男を見て首を傾げた。セルのような化け物じゃない。初めて見るタイプの『歪み』だな。ここまで地球人に似た人型がサイヤ人以外にもいるのか。

 

「孫悟空の息子、殺す」

 

[16号!? なぜこの歴史に……! と、とにかく悟飯さんを! なんとしても守り抜いてください! 俺の分まで、お願いします]

 

 通信機からトランクスの慌てた声が響いてくる。

 ……やはりそうか。俺以外の人間には『靄』が明確に見えてないんだ。歴史の『歪み』として召喚される靄がかった物体は、その歴史の前後に影響を受ける。例えばガキのころ、俺を襲ってきたウサギの化け物は俺がペットショップに餌を買いにいく途中で出てきた。

 『歴史』の起点がだれにあるかが重要なんだ。いまだとトランクスが言うように孫悟飯、この男がこの巻物の起点だ。靄――いや、歴史の『歪み』は出てくるきっかけとなった起点をつぶそうとするからわかりやすい。

 

「小さいころ、俺がタイムパトローラーより先に『歪み』を倒せたのは、そういうことか」

 

 思わず洩れたつぶやきは誰の耳にも届かない。

 モヒカン男――人造人間16号が強烈なタックルを孫悟飯に仕掛けていた。すさまじい炸裂音。右腕で防御(ガード)した孫悟飯が苦もなく弾かれ、次ぐ追い打ちが弾丸のごとく迫る。16号の動きは速くない。だが重量感のあるラッシュが孫悟飯を追い詰める。自分より二回り以上デカい筋骨隆々の16号の攻撃を孫悟飯が冷や汗混じりにさばきながら叫んできた。

 

「こ、この強さはあの二人以上……! きみ! 俺が食い止めるから早く逃げるんだ!」

 

 防戦一方でも孫悟飯は押されている。(パワー)だけでなく、隻腕で手数が足りてない。

 

「任務の邪魔をする者も、殺す」

 

「くっ!」

 

 孫悟飯が舌打ち混じりに呻きをもらす。16号の戦闘スタイルはどこか野性的だ。一瞬の瞬発力なら孫悟飯をも上回った。その証拠に孫悟飯の上段蹴りを16号がかわしつつ踏み込み、背後に回っていることに孫悟飯は気づかない。両手を組んで振りあがった凶器(スレッジハンマー)が容赦なく孫悟飯の背中に振り落ちた。

 

「ぐあああっ!」

 

 たまらず倒れこんだ孫悟飯の頭上に、16号の巨木じみた踏み付けが迫る。左に寝転がってかわす孫悟飯。アスファルト道路が発泡スチロールでできてるみたいに粉々に砕けた。孫悟飯がバック転で態勢を立て直しながら距離を取る。五メートルほど空いたか、孫悟飯は肩で息を切らしていた。

 

[悟飯さん!]

 

 通信機越しにトランクスが叫ぶ。孫悟飯を心配する声であり、観戦している俺を非難する声だった。

 

[オニキス! 悟飯さんを!]

 

「ええ。わかってます」

 

 慌てた指示をなかば聞き流し、戦う両者のまえにゆっくりと歩いていく。

 孫悟飯が驚いたように顔を跳ね上げた。

 

「きみ! まだ居たのか、ここは危ない! 早く逃げろ!」

 

 俺はあいまいに微笑んだ。

 

「邪魔をする者は、殺す」

 

 こちらを向いた16号が突進してくる。実際に対峙するとその巨体は一回りデカく感じる。体を屈めて踏み込んだ。なびいた俺の髪を空寒いラリアットが刈り取っていく。16号の懐で拳を握ったそのとき、16号の中段蹴りが襲ってきた。人体ではありえない筋肉の動き。迫りくる16号の右脚を左手で軽くはたき、さらに右に流す。左脚に気を込めた。16号が息を呑んだのがわかった。

 

「シャァッ!」

 

 左ハイキックに金の大蛇がまとわりつく。大砲を撃ったような轟音とともに、16号の側頭部を蹴り抜いた。

 

「ガッ!」

 

 ロボットでも悲鳴を上げるのか。追撃の掌底をくり出す最中、俺は場違いなことを考えていた。

 蹴りでよろめいた16号のみぞおちに掌底を叩き込む。金色の気が衝撃波を可視化するように爆発し、16号の体が吹き飛んでいく。

 孫悟飯はぽかんとしていた。

 

「強いな、きみ……! ありがたいよ……。まだこんなに強い戦士が残っていたなんて」

 

 心底嬉しそうにつぶやいたあと、孫悟飯が、はた、とまばたきを落とした。その表情に鋭いものが混じる。

 

「いや、そんなはずがない。そんな戦士がいたならもっと早く気づいていたはずだ。きみはいったい、何者だ」

 

 ただの多重人格だよ。と吐き気とともに答えかけたがどうにかこらえ、俺は視線で16号を示した。あれくらいの攻撃で、倒れるほどやわな設計ではないらしい。鋼鉄の感触がまだ手に残っている。

 

「そんなことより、いまは奴を倒しましょう。話はそれからだ」

 

 孫悟飯が鋭い目のままうなずいてくる。臨機応変さ、冷静さはその辺のタイムパトローラーよりよほど上のようだった。

 


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