名もなき愚者の鎮魂歌 作:ばんどう
16号が勢いよく踏み込んでくる。
「邪魔をする者は、殺す」
狙いを俺一本に絞ったようだ。お決まりのタックル。巨体を生かした強烈な突進も、三度見せられては恐ろしくもない。迫りくる鉄塊を今度は避けず、真っ向から受け流す。両足を前後に広く開き、左手は胸の高さに突き出し、右手は腰元へ、深呼吸で気を
16号が間合いに飛び込んできた。突き出したやつの肩と襟首をつかむ。目の合った16号が覚悟したような顔だった。望み通り、かかってきた勢いそのままに16号を当身投げる。巨体が中空で勢いよく
「覇ぁッ!」
地面から噴き出た炎の気柱が、頭から真っ逆さまに落ちる16号に追い打つ。そのとき、ふと違和感がして俺はとっさに首を左に倒した。なにかが俺の頬をかすめて過ぎ去っていく。
「まだだ、気を抜くな!」
孫悟飯の焦った声が遠く聞こえた。
かわしたはずのそれ――16号から切り離された肘から先の右腕が、背後から襲い掛かってくる。切断面から火を噴いていた。まるで小型のロケットランチャーだ。
「へえ……」
ふり向きざま、手刀で切り払う。俺の気は具現化しやすい特性がある。手刀の軌道に沿って金色の斬線が弧を描いて走り、16号のミサイルじみた右腕を中空で真っ二つに割く。右腕は一瞬風船のように膨らんで、派手な爆発音とともに燃え落ちていった。
「逃しはしないぞ」
低く冷たい声が背中で聞こえたとき、俺は宙吊りにされていた。手足を動かそうにも背後から黄緑色のバトルスーツを着た両腕に羽交い絞められている。
「ダァ――ッ!」
背中でなにかが爆散した。強烈な炎と熱風があたり一面に広がっていく。壊れかけた町のビルが、道路が、半球状に広がる爆破の勢いで燃え、崩れていくのが見えた。
「……お前」
脳裏によみがえる、
頭のなかが急速に冷えていく。右拳を握りこむ。爆発に溶け消えていくアンドロイドの腕。俺が手を下さずともガラクタが燃え尽きるのはわかっていた。
――だが
「傍迷惑なんだよ、くそ野郎」
拳を開いたさきに、バスケットボール大の光球が浮かび上がる。ふり返った俺は、まさに消えかからんとしている16号の顔面に光球を叩き込んだ。爆発と爆発がぶつかり合って巨大な轟音を立て、16号が立っていた位置だけに集約された炎が、天に向かって噴きあがっていく。
俺は多少焦げてしまった服の袖を叩くと、ため息を吐いて踵を返した。
任務完了だ。
「なんて、強さだ……」
コントン都に戻る直前、孫悟飯がぽつりと言った。
そのとき、新たな気配に俺と孫悟飯は町の一角に目を向けた。なにもなかった空間から、赤い服を着た青い肌の男が現れてくる。
「孫悟飯、か。なるほど。かなりの潜在能力を秘めている……。俺のさらなる進化のために、いただくぞそのキリを!」
青年のような面構えの青い肌の男は腕を組んだ態勢で一方的につぶやくと、孫悟飯目掛けて一直線に踏み込んでいった。
――こいつ、『歪み』じゃない。
魔族か。
迎え撃とうと構えた瞬間、俺のまえを蝶が通り過ぎていった。
「ちょうちょだ! ちょうちょ!」
ぼくはうれしくなって、りょう手でちょうちょをはさみこんだ。あおいハネのキラキラのちょうちょだ。
んっ! て力をこめると、ゆびのさきから金ぴかのあみができあがる。でも気をつけないと、あみはすぐきえちゃうんだ。きょろきょろ、まわりを見わたした。たてものがこわれてて、なんだかうすぐらい。こわいな。やだな。
虫かごになりそうなものも見つからない。
「ぐああっ!」
おっきなひめいが聞こえて、ぼくはびっくりした。
[オニキス!? 頼む、早く悟飯さんをっ!]
耳のきかいから男のひとの声がする。
[ダ、ダメじゃ! トランクス! あやつ、人格が入れ替わっておる! いまのやつではミラを倒すのは無理じゃぞ! 悟飯ひとりでは、ミラには勝てん!]
[このままじゃ二人が!]
[悟飯さん! くそぉおーーーー!]
[お、おい!]
[なにをしてるのトランクス! やめなさい!]
おこったひとの声がいっぱいきこえてくる。なんだかここ、こわい。ミノル、代わって。
「っくっ……。もちろんかまわないよ、ヒトシ」
俺はこみあげてくる笑いを必死に抑える。『オニキス』という新たな人格は、我が強くてこいつが眠ったときでなければ俺たちはなかなか主導権を握れない。ヒトシは貴重な例外だったようだ。
『なぁに、代わっちまえば、あんなお邪魔野郎なんざ関係ねえよ』
『子どもの好奇心の強さに驚かされるばかりだね』
まったくだ。カズヤとジョージの言葉に俺は賛同した。
『待って、ミノル! これ以上、あなたが表に出てしまったらまた界王神たちの不信を買うわ!』
慎重派のきみらしい意見だ、ナル。
それならカズヤと代わろうか?
『おぉっ、いい考えだな! ミノル!』
ナルが息を呑んで押し黙ってしまう。
さて、話は済んだかな。
『ふふ、ひとが悪いよふたりとも。ナルはそこの
ジョージが指さした先はスポットの部屋の隅――暗闇のなかで、ぎらついた目を向けてくる新入りだった。
やあ、
笑顔で話しかけてあげても、オニキスの殺気立った目は変わらない。
『いままでさんざん
『お? なんだあ? たかが映像で俺たちの姿を観てチビッてた野郎が、ずいぶんとイキがってんじゃねえか。ああん?』
オニキスとカズヤが衝突しかける。目の前に火花が散った。俺は顔をしかめ、こめかみに手をやって首を横に振った。
オニキス、カズヤ。仲間割れはよせ。脳に響く。
『仲間だと? 俺にとって、お前らは疫病神以外の何者でもない。いますぐ消え失せろ!』
ふん。新入りが、わかった風な口を利く。
『おいおいミノル、きみまで安い挑発に乗るのはよしてくれ。影響は私やナルにも及ぶんだ。なあ、ヒトシ? マコト?』
部屋の隅で、マコトが首を縦に振っている。ヒトシは怯えて奥に引っ込んだようだった。
『どのみち忍が起きるまで、我々はバラバラなまま、主導権を取り合ってしまうんだが。新入りの――オニキス、といったかな? 私の名はジョージ。武器商人をしている。あまりカッカせずにひとまずは我々を受け入れてくれることを望んでいるよ』
ジョージが握手を求めても、オニキスは応えない。ずいぶんと失礼なやつだ。
『彼らが気に入らないのはわかるわ。だけど、あなたに必要なことはまず現状を認識することのはず。私はナル。みんなの苦痛を引き受ける役よ。よろしくね』
『…………俺は、あんたらを必要としない』
それはこちらの台詞でもあるんだよ、オニキス。
強情な新入りをいっそ意識の奥深くに沈めてしまおうか――そんな算段をしているときだった。
「悟飯さんは、殺させないぞ!」
俺たちが脳内で話し合っている間、
「馬鹿な。なぜ倒せない? いくら二人がかりとはいえ、俺のほうが力は上のはず。なのに」
ミラが歯を食いしばったまま、こちらを見る。悔しげにその顔が歪んだかと思うと、腕を組んで彼は時の狭間に消えていった。
――おや。残念だ。
ここからが楽しい時間の始まりだというのに。
「トランクス、きみは未来からきたんだよな?」
孫がトランクスに話しかけていた。闘いが終わって一段落、ということだろう。トランクスはうつむいたまま、孫と目を合わせようともしない。
礼儀正しい彼が、じつに珍しいことだ。
言葉がなくとも心得たように、孫がひとつうなずいた。
「ブルマさんのタイムマシンが完成したんだな。立派になったなあ、トランクス」
孫にしみじみと言われ、トランクスは肩を叩かれると、嬉しそうに顔を跳ねあげた。「はい!」と溌溂と答えるトランクスは普段よりも幼く見える。
なるほど。孫は憧れの男、というわけか。
「そうだ、こうしちゃいられない。17号と18号が街を襲ってるんだ」
孫が煙たなびくはるか遠くの空を見つめて、表情を引き締める。
トランクスが凍り付いた。うつむいた横顔に葛藤が見える。
そうかそうか。それは気の毒なことだ。『正史』では、死なねばらないのか。この孫が。
口許に笑みがこぼれてしまう。それを隠すように顎に手をやって、俺は二人を見ていた。案の定、トランクスが勢い込んでいる。
「悟飯さん! 俺も一緒に戦います! いまなら、いまの俺ならもう足手まといにはなりません!」
[なに言ってるのよ! 絶対そんなことしちゃだめよ、トランクス! ここで悟飯くんを助けてしまったら、あなたが歴史を変えてしまうことになるのよ!]
「そ、それでもおれは……」
時の界王神というのも、案外無粋だな。コエンマなら絆されただろうが、それだけ自分の役目には忠実ということか。
オニキスも、あの女の前で故郷が滅びる瞬間に立ち会わなくてよかったな。くくく……っ。
「トランクス?」
孫が気遣わしげにトランクスを見る。
[お願い! トランクスを止めて!]
時の界王神が俺に頼んでくる。よりにもよってこの俺に。くくっ。
「トランクス、なにか俺に隠していないかい?」
「それは……」
「大人になったきみが無事だってことは、未来は大丈夫なんだな。ならこの闘いにも意味はある。それで十分だ。会えてうれしかったよ、トランクス」
「悟飯さん!」
トランクスが追いすがるより先に、孫は煙のもとへ飛び立ってしまった。おそらく話の流れから、自分の未来の予測はできたのだろう。それでもなお、孫が挑むほどの強敵か。
戦闘力としては大したことのない孫だが、その行動の先に俺は少し興味が湧いた。
「きみは本当にそれでいいのかい? トランクス」
トランクスは拳を握ってうなだれている。声をかけてやると一瞬反応したが、顔を上げてはこなかった。
大事な人間だろうに、可哀想なことだ。
俺は彼の葛藤をほぐしてやるため、もう少しだけ語りかけた。
「いくら神に言われたとはいえ、君自身の意思はどうなる? きみはもうずっと神の手足になってきただろう? 一度くらい自分のために闘ってもいいんじゃないかな」
「……オニキス……!」
「行ってきたまえ。大切なひとなんだろう?」
微笑みながら言うと、トランクスが力強くうなずいて孫のあとを追っていった。
[なにを言ってるのよ、オニキス! トランクス! その話を聞いちゃダメ! 私たちが守ってきたものをあなたたち自身が壊すというの!?]
「おっと、邪魔立てはよくないな。積み重ねた積木細工は間違っていると分かったとき、一度ゼロに戻さないと組み立てられない。俺はそのようにしてきたよ、
時の界王神が息を呑む。俺がオニキスではないと、ようやく気付いたようだった。
[いかん、こやつ――オニキスではないぞ!]
[あなた、オニキスに成り代わってなにをするつもりなの?!]
「ハッハハハハ!
[オニキスなら、そんなことは言わないわ!]
通信機の向こうで神々が慌てだす。まあ、この場に非力な神がいたところで、できることなど知れている。それに向こうの神々は、オニキスのうちにある燃え盛る殺気にはまだ気づいていないようだった。
「どうかな? あの新入りも世界の在り方を知れば、我々七人に協力すると思うけれどね」
[世界の在り方?]
「きみたちが守ろうとしているもの――その醜さだよ。自分たちが守ろうとしたものが、いかに汚く、腐っているかを理解したとき、オニキスは、そしてトランクスは、あなたたちの味方をするだろうかね?」
[あなた……いったいなにを]
「俺はそれを見るのが楽しみなんだ。だからいまは、お前たちの茶番に付き合ってやるさ。いまは、な」
伝えるべきことを伝えたあと、俺は耳に付けた通信機を外し、地面に投げ捨てた。
俺は盛大に笑っていた。忍でなければ飛べなかった空を、いま俺たちはどの人格でも飛ぶことができる。
さあ、この世界の末路を観に行こう。
きっと楽しい未来が待っている。