名もなき愚者の鎮魂歌 作:ばんどう
エイジ780の巻物からコントン都に戻るなり、時の界王神様に出迎えられた。
「トランクスの馬鹿! 気持ちはわかるけど、あんなことしちゃダメでしょ!」
「す、すみません……。時の界王神様」
言い訳できる立場でもなく、ただただ頭を下げる。時の界王神様は深いため息を吐かれると、腰に両手を添えられた。
「まあ、戻ってきてくれただけでもよしとするしかないわね」
そして周りを見渡され、至極当然の疑問を口にされる。
「それで、オニキスはどうしたの?」
「それが……因果関係はわかりませんが、オニキスは人造人間と知り合いだったらしく、彼女を弔いたいから一人にしてほしい、と言ってまだ巻物のなかに残っているんです」
「なんですって!?」
時の界王神様の細い眉がきりりとつりあがる。
「そんなことは許されないわ! ただでさえまだ生きているはずの18号を倒してしまって、歴史が変わっているのよ。なのに、まだタイムパトローラーが歴史に干渉するなんて!」
「ですが、オニキスも自分の立場はわかっているはずです。彼女を弔ったら、コントン都に戻ってくると思いますが」
「そうなってくれるのが一番いいんだけれどね。オニキスはほら、
「すみません……。俺が指示を守らなかったばかりに」
うなだれると、時の界王神様が小さく微笑まれた。
「過ぎたことはこれ以上言っても仕方がないわ。それだけ、あなたにとって悟飯くんの存在は大きかったということでしょう。オニキスは念のため、タイムパトローラーの子たちに連れ戻してもらうよう頼んでみる。あの巻物のなかは彼が本来いるべき歴史ではないから」
「わかりました」
俺は応えながらも、あの雨のなか、精根尽き果てたような顔で立ち尽くしていたオニキスを思い出した。彼を一人にしてはいけない。そう思う一方で、いまはそっとしておかなければ、とも思わされる雰囲気だった。あのとき、もし俺が無理にでも連れ帰っていれば、彼のなかの大事なものが砕けてしまいそうな――
だけど、界王神様が仰ることもよくわかる。
「トランクス。いまはともかく、少し休みなさい」
「はい」
今後、俺がどうなるかはわからない。だがそれよりも、いまは置いてきたオニキスのことが気がかりだった。
◇ ◇ ◇
「人造人間! お前たちの好きにはさせないぞ!」
俺は悟飯さんに追い付くと、二人で襲われている街に向かった。上空から幹線道路上に立っている人造人間17号と18号を見つける。彼らの前には、呆然と立ち尽くしているオニキスがいた。
「オニキス!」
あの人造人間たちをまえにオニキスは無防備だった。彼を庇うように幹線道路に降り立つ。悟飯さんもすぐ傍に降りてきた。オニキスはうつろな目でうつむき、ぶつぶつとその口許だけを動かしていた。はっきりとは聞き取れない。だが「あるわけない」と断片的な言葉が飛び出してくる。独り言にしては口が動きすぎていた。まるで一人で、何人分もの会話を受け持っているような――。
界王神様たちが言っていた、脳内の人格たちと話している最中なのか。
こんなときに、と思わず眉をひそめたが、オニキスの人格入れ替えは時と場所を選ばない。オニキス自身が一番痛感していることだろう。
「トランクス。彼はどうしたんだ……?」
「いまは戦えないようです。それより悟飯さん」
俺が人造人間たちに注意を向けるよう促すと、悟飯さんも鋭い表情でうなずいてきた。
「ふん、また性懲りもなく戦いにきたのか」
17号があきれたように俺たちを見る。隣で髪をかき上げている18号。それと対峙する悟飯さん。
…………懐かしい……。あのころと違うのは、目の前の人造人間たちをまったく恐れていないことだ。俺が、人生でもっとも希求したこの瞬間、夢で何度もうなされたこの瞬間に立ち会っている。このときにこいつらを倒せる。その興奮が、自然と気をみなぎらせる。
「今日、ここで決着をつけてやる。お前たちの残虐な行為も、この場で終わりだ!」
超サイヤ人になった俺を、17号と18号、そして悟飯さんが驚いた顔でふり返ってきた。子どもだったころとは違う。こいつらを倒すのはこれで
いまの俺の隣には、失いたくなかった――共に生きたかった悟飯さんがいる。高揚しないほうが嘘というものだった。
力を込め、踏み込むその瞬間――俺はペッパータウンの景色がぼやけて、移り変わっていくのを感じた。
…………そうか、夢だ。エイジ780での出来事が印象強くて、俺は夢を見ているんだ。
ぼんやり自覚しながら次に現れてきたのは――クミンタウン。人造人間たちと戦う悟飯さんに初めて同行した、あの日だ。17号、18号――やつらは悪魔だった。小さいながらも栄えていた街がまたたく間に破壊されるのを目の当たりにした日だった。
「トランクス! きみは向こうを探るんだ! おれはこっちを!」
「わかりました!」
「絶対にひとりで闘うんじゃないぞ」
「わかってます。俺は生存者を探します!」
「うん」
生存者って言っても、こんななかでいるのか……?
無残にも轢き殺されたひとたち、背中から銃で撃ち抜かれたひとたち。だれもが怯え、恐怖し、絶望して、涙を流しながら亡くなっていった。一度見たら焼き付いて離れない彼らの表情。俺は自分の無力さとやつらへの怒りでどうにかなりそうだった。
歯を食いしばる俺の耳に、しゃくりあげるような声が聞こえてくる。まだ幼い女の子の声だ。――あっちか!
通りをひとつ越えた道路上に、俺よりも小さな女の子がいた。必死でお母さんを呼んでいる。その女の子の傍らに片膝をついて、やつはいた。じつに楽しそうに、おもちゃを見つけたような顔でやつは女の子に語り掛けていた。
「どうしたんだ、お嬢ちゃん? ママって言うのは、
「そうだねえ。さっきあんたが轢き殺したおばさんじゃないの?」
「あらら、もう殺しちゃってたか。せっかく目の前でいたぶり殺してやろうと思ったのになぁ」
「なぁに、それ? そんなことよりさっさと次の街に行こうよ。こんなしみったれた街じゃろくな服も手に入らないわ」
「やれやれ」
やつらは女の子に興味を失くし、立ち上がった。いま下手に動けば、やつらにバレる。息を殺して様子を見る俺は祈っていた。正面からやつらと戦っても勝ち目はない。どうかそのまま、なにもせずに引き上げてくれ。
女の子を置いて、人造人間は自分の乗っていた車に戻っていく。
「ああ、そうだ。忘れてた」
俺がホッと胸をなでおろした瞬間だった。乾いた音とともに、女の子は仰向けに倒れていった。俺が驚き、車を見ると、人造人間17号が歪んだ笑みを浮かべて少女を見下ろしていた。
「ママのところへ行くんだよ」
その右手に持った銃からは白い煙が上がっている――。
その後もやつらは笑みを浮かべて、次の街、またその次の街とめちゃくちゃに破壊していった。あのころの無力な俺。ひとり、またひとりともてあそばれながら殺されていくのを、隠れて見ているしかできなかった。俺にできたことは、やつらの目を盗んでひとりでも多くのひとを襲われている街から逃がすことだけ。その魔の手がついに西の都にまで及んだとき、俺の我慢は限界を迎えた。
「トランクス! アンタはまだ戦っちゃダメ! ここに隠れてなさい!」
「いやだ! おれも悟飯さんと一緒に――!」
そんな問答の連続だった。いま思えば、母さんの判断は正しい。タイムマシンが完成するまで、過去に戻るまで、そんな一縷の希望に託すほか、俺たちの世界に光はなかったんだ。
たとえ神様たちにどれほど責められることになったとしても…………。
――きみの意思は、どうなる?
オニキスの言葉がよみがえる。まずい、子どものころを思い返すと、彼の言葉はまるでしこりのように、俺の心の奥底に沈んでいく。
俺は時を捻じ曲げた罪を償うために、コントン都にいるのに。
低い自分のうめき声に驚いて、ゆっくりと目覚めていくのがわかった。だれかが走り寄ってくる。部屋のチャイムが鳴らされたのは、それから間もなくのことだった。
◇ ◇ ◇
「トランクスさん! 大変です!」
自室で休んでいた俺のところに、タイムパトローラーが駆け込んできた。「急いで界王神様のところに向かってください!」と言われ、彼に続いて刻蔵庫を目指していく。
時の界王神様と老界王神様が難しい顔をしていらっしゃった。
「……大変なことが起こったわ、トランクス」
重苦しい空気のなか、時の界王神様が口火を切る。
タイムパトローラーが殺害され、刻蔵庫からエイジ796の巻物が盗まれた――。
重大な事実を告げられた俺は、おうむ返しに言葉を並べるだけでろくな反応を返せなかった。しかもパトローラーを殺したのは魔族ではなく、同じパトローラー……エイジ780の巻物のなかからいまだ戻ってこない、オニキスだったのだ。
また別の人格に乗っ取られたのか?
そんな考えが脳裏をよぎる。彼の微笑んだ顔、なにかを察したような吸い込まれるような黒瞳。
――トランクス! 話を聞いちゃダメ!
時の界王神様の忠告は、たぶん正しい。オニキスにはひとを引き込む、強烈な力があった。
エイジ780。悟飯さんが亡くなった年……。
俺は、なぜあの巻物から出てきてしまったのだろう、と後悔している自分に気づいた。パトローラーとして、戻ってきたのは正しい判断だ。そのはずだ。
そう。――俺は、タイムパトローラーを殺したオニキスを止められなかったことを、悔やんでいる。
恐怖を感じるのは、いつぶりか。
人造人間17号は山の奥深い小屋のなかに身を潜め、荒い呼吸を整えていた。
「くそっ! なんだったんだ。あのバケモノは!」
金色の炎をまとった黒髪の少年。初めて見る人間は、周りのものすべてを燃やし尽くす、冷淡な男だった。
――可哀想に。怯えているのか?
18号の腹を刺し貫いたまま、やつがかけた言葉。気遣わしげな声がかえって不気味だった。
(やつには俺の攻撃がまったく通じてなかった。いままであんなやつ、どこにもいなかったのに……どこに隠れてやがったんだ!)
自分たちの出現情報が、人間たちの間では死活問題となるため、大々的に放送されることは知っていた。孫悟飯のように正義感で戦いにくる人間ではないのかもしれない。
(くそっ、これからどうする……)
標的の孫悟空はすでに死に。暇つぶしの人間殺しにも危険が潜んでいる。18号ももういない。
ふと、顔を上げた。規則的な妙な音が近づいてくる。機械音のようでいて生き物の足音のような、形容しがたい音だ。
「……ようやく見つけたぞ、17号」
男の低い声とともに、山小屋の木戸が間延びした軋み音を立ててゆっくりと開いていく。17号は眉をひそめた。ドアが半ば開いているのに、ノブを握る人間の姿がまだ見えない。蝶番がさらに最大限まで広がっていき、あらわになったのは人型の虫のような生物だった。全身緑色の表皮に黒い斑点が浮かび、顔周りと腹、股間、そして尻尾にオレンジ色の蛇腹模様の肌がある。鎖骨から大きく伸びる鞘翅は黒く、殻のような硬い光沢を放っていた。
「なんだ、このバケモノは?」
「私の名はセル。喜べ兄弟、私とひとつになることでお前は究極の戦士の一部となるのだ」
「ふざけるな! 究極の戦士なら、もうここにいるだろうが!」
「貴様の意思は聞いていない。大人しく私に吸収されろ、17号。それがドクター・ゲロがお前を造り出した目的だ」
「ドクター・ゲロ? ……フンッ、醜い妖怪野郎! お前、あのジジイに生み出されたのか! それを聴いたらなお、お前をこの手で殺してやりたくなったぜ」
「……フッ、身の程知らずが」
もしも17号に「靄」を見る力があったならば、セルから放たれる禍々しい瘴気を感じることが出来ただろう。並行世界の過去の歴史では『第二形態』と呼ばれる姿は少しだけ様変わりし、セルの顔面は女性的な鼻筋と大きな目、白い肌に覆われている。
ほどなくして、両者のぶつかり合いによって山小屋は木っ端微塵に爆発した。
「どうした? 強気な言葉の割には、大したことないではないか」
「舐めるなよ、バケモノ野郎!」
セルの挑発に17号が犬歯を剥き出しにし、殴りかかる。しかし拳と蹴りの差し合いにおいて、17号が力負けしていく。強烈な一撃をもらって後方に吹っ飛び、地面に沈んだ17号をセルがしたたかに踏みつけると、山の地面がミシミシと音を立てて割れていった。
「んー! やっぱりいいね! 戦いはこうでなくっちゃ!」
勝敗が完全にセルに傾きだした二人を上空から見下して、魔族の男、フューが陽気な声でつぶやいた。
「歪みから生み出した18号を先に取り込んだセル。17号は勝てない……。そして完全体となり、歪みの力で強化されたセルは、『彼』と戦うんだ! どんな結末が待ってるかなぁ?」
まるで宝箱を前にした子どものような無邪気さで、フューは声を弾ませる。
「……そろそろ終わりかな?」
「ち、ちくしょう……! こんな奴にっ!」
「さあ、観念するがいい!」
セルの尻尾は、弱り切った17号を簡単に捕らえると、蛇の丸呑みよろしく、膨張した尾の器官で17号の上半身にかぶりつき、ゆっくりと咀嚼しながら呑み込んでいく。
真っ白い光が、セルからほとばしり、山の彼方まで照らしていった。
究極の完全体と化したセルは、黒い瘴気をほとばしらせながらぎらつく紅瞳で彼方を見据え、高笑う。17号の残骸は、ただの一片も残らなかった。