名もなき愚者の鎮魂歌   作:ばんどう

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第8話

 山々に囲まれた秘境の地で、セルは乾いた拍手の音を聞いて空を見上げた。視線の先に浮かんでくるのは、青い肌をした白髪の魔族だ。なにもない空間から迫り出してきた魔族は軽快に微笑みながら地上に降り立つと、丸眼鏡を押し上げた。

 

「やあ、おめでとう。ついになったね、完全体に」

 

「ふん、フューか。貴様のおかげで17号、そして18号を吸収できた。礼を言っておこう」

 

 セルは両腕を組み、視線だけをフューに寄越して礼を述べる。「しかし、残念だ」と続けると、フューが不思議そうに首を傾げてきた。

 

「ん? なにがだい?」

 

「せっかく私が最強の戦士として誕生したというのに、この力を試す相手がいないとはな」

 

「一応、この世界には孫悟飯がいるよ。あとトランクス。もっとも、トランクスの方はもう少し成長するのを待たないとダメだろうけどね。孫悟飯も、その分鍛えてもらえれば、相当強くなるんじゃないかなぁ?」

 

「それまで私に待てというのか。退屈な話だ」

 

「しょうがないよ。いまのきみと遊べそうなのは、この世界にいる人間だとひとりしか思い当たらないからね」

 

 セルの目が細まった。

 

「ほう? 孫悟飯でもトランクスでもない。この私と遊べるやつ、か。お前のことかな? フュー」

 

「まさか。僕はこの世界の住人じゃないし、この世界にいるわけでもない」

 

 フューが両手を左右に振って否定してくる。慌てた様子はなく、ただ事実を述べている、といった雰囲気だった。

 

「とすると、だれだ」

 

「まだきみに会わせるのは早いかな。きみがもっともっと強くなったら、彼に会ってもいいと思うけどね」

 

「面白いことを言う。すべてに完璧(パーフェクト)なこの私が、どこの戦士とも知れぬ者に後れを取るというのか」

 

「そうだね……。いまのきみじゃ、たぶん勝てないな」

 

 つねに声を弾ませて話すフューが、ふいに語気を落とした。

 セルの眉間が動く。

 

「それを聞いてますます会いたくなったぞ」

 

「べつにかまわないんだけど、歴史改変のエネルギーを溜めるにはきみと彼にがんばってもらうしかないんだよねぇ。ぼくとしてはきみがもう少し強くなって、彼と互角ぐらいになってくれたらちょうどいいんだけどなぁ」

 

「フン、わがままを言うな。フュー。きさまは私の言うとおりに動けばいいのだ」

 

「……どうしたものかな」

 

「まあいい。貴様にその気がないのはわかった。ならば退屈しのぎだ。17号、18号がしていた人間狩りでも引き継いでやるか」

 

「うん、いいね! それが一番効率がいいと思うよ。もしかしたらぼくがまだ引き合わせるつもりじゃなかった彼も来るかもしれない。それをするとね」

 

「ならばせいぜい派手に殺し尽さねばなぁ」

 

 

 

 

 西の都にほど近いパセリシティ。17号、18号の手がまだ及んでいないこの街は、西エリア最後のオアシスにして幸運の街とひとびとに崇められていた。

 そんな幻の希望を、セルの気弾は容赦なく削り取っていく。並び立つビルから火の手が上がり、我先に逃げ出すひとびとの悲鳴と怒声とクラクションの音が、けたたましく混ざり合った。

 なかでも、セルはある人間たちに目を向ける。レポーターが取り憑かれたようにマイクを握り、カメラに向かって早口に話し続けている。その周りを囲むカメラやマイクを握る男たち。日常の行動を続ければ、この狂騒から逃れられると信じている敬虔な教徒たちに、セルは薄笑いを浮かべてゆっくりと近づいていくのである。

 

「ひぃっ!」

 

 やがて、セルの特徴的な足音に気付いた一人が、引きつった悲鳴をあげて尻もちをついた。

 

「おっと、お前たちはテレビ局か。カメラはこれかな?」

 

 カメラマンは口の端から悲鳴を発しながらも、体に染みついた技術をもってセルをレンズのなかにおさめてしまった。集音マイクを握る男もまた、その柄をセルへと向けていた。

 セルが満足げに微笑んで、低く語り始める。

 

「はじめまして、私の名はセル。17号、18号――きみたちの言葉でわかりやすく言うなら人造人間は、この私が吸収した。喜ぶがいい、人造人間の恐怖にきみたちが怯えることはなくなった。だが、きみたちは更なる危機と対峙しなければならない。それが私だ。

 私はこれから十日間ですべての地球人類を全滅させる。逃げたければ逃げてもかまわん。隠れたければ隠れてもかまわん。だが、ひとり残らず皆殺しにしよう。こんな風にな」

 

 レポータを振り返ったセルが、無造作にその頭を持ち上げる。カメラに映るよう彼を掲げると、まるで人間の頭蓋骨が粘土かなにかで出来ているかのように簡単に握りつぶしてしまった。

 悲鳴を上げながら、カメラマンが逃げようとしたとき、彼の断末魔が集音マイクに届いていく。

 一瞬で阿鼻叫喚の現場をつくり出した人造人間は、カメラのレンズを見つめて悠然と笑った。

 

「では楽しみにしている。私を倒せると思う者は、私に挑んでくるがいい。無駄な足掻きとは思うが退屈しのぎにはなる。せいぜい楽しませてくれ。ごきげんよう」

 

 語り終えたセルは、指先に気弾を生じさせるとカメラに向かって放ち、中継を終わらせた。

 幸運の街・パセリシティは、人造人間襲撃史上、もっともあっけなく破壊し尽くされていったのである。

 

 

 

 

 パオズ山に、幾度目かの陽が昇る。

 悟飯は首を傾げた。珍しく朝の稽古に姿を見せなかったオニキスを呼ぶため、部屋を訪れていた。

 

「オニキス、朝ご飯だよ。入っていいかな?」

 

「どうぞ、開いているよ」

 

 ノックのあと断ると、すぐに返事がくる。いつもと調子が違うな、と思いながら悟飯がドアを開けた先に――ベッドに腰掛ける背の高い男がいた。

 

「お前はっ!」

 

 悟飯がハッと息を呑む。どこか、見覚えのある男だった。切れ長の目、黒髪のオールバック、黒ずくめの服……。だが、悟飯がいくら記憶を探ろうと、実際に会った場面は思い出せない。

 

「だれだ。……この気はオニキス? いや、違う。似ているが違う気だ……。どういうことだ」

 

 軽く構えながら、部屋にいる男と対峙する。

 男はゆっくりと立ち上がると、澄んだ黒瞳をこちらに向けて微笑んだ。

 

「はじめまして、忍です。オニキスが世話になったようだね」

 

 穏やかに話しかけられて、悟飯は眉をひそめたままゆるく構えを解く。オニキスは異様に周りを警戒していたが、男からは敵意を感じられない。

 

「きみは……オニキスのなかにいた人間か?」

 

 問うと、あっさりとうなずいてくる。

 

「その通り、俺はオニキスのなかにいた忍という人格だ」

 

「その姿は……」

 

「これはオニキスの莫大な気を利用して、元の自分の体に作り変えてみたものだよ」

 

「オニキスはどうしたんだ?」

 

「眠っている。よく、ね」

 

 忍が笑みを深くする。冷静に話しながら、こちらを探っている気配があった。

 悟飯が問う。

 

「なぜ、きみが表に出てきたんだ」

 

「これから面白いことが起こるんだ。……つけてみたまえ」

 

 忍が視線で示した先は、客室の隅に置かれているテレビだった。オニキスが来てからは、人造人間の出現情報が途絶え、このごろは少し明るいニュースが見られるようになってきていた。

 忍の様子から、そこに暗い影が差すのはなんとなく予感できた。

 悟飯は慎重にテレビを点ける。ニュースの生中継の最中だった。壊れた街並み、倒れたひとびと……人造人間が襲った形跡を見て、悟飯の眼が鋭さを増す。

 

「これは……! パセリシティ? 17号の仕業か!?」

 

[私の名は、セル]

 

 悟飯の疑問に応えてきたのは、画面に映った緑色の表皮に覆われた人型の生物だ。表皮のまだら模様と、光沢のある黒い外殻が、人型であるのに虫を思わせる。

 

「なんだ、こいつはっ……!」

 

 息を呑んでいる悟飯と画面に映る惨状を、忍は微笑みながら眺めている。

 セルと名乗った新たな人造人間は、あの17号を吸収し、十日以内に人類を滅ぼす、と宣言した。それが嘘偽りでないことを示すために街を破壊し、最後には映像を撮っていたテレビ関係者たちまでもをその手にかけ――ニュースの生中継が尻切れるように終わってしまったのだ。

 悟飯の頬に冷汗が伝っていく。

 

「な、なんてやつだ。こうしちゃいられない!」

 

「どこへ行くのかね?」

 

 踵を返す悟飯の背に、忍が問いかけてくる。わずかに振り向き、悟飯が迷うことなく答えた。

 

「あのセルというやつを倒す!」

 

「きみには無理だ。少なくともいまのきみには、な」

 

「そんなことはわかっている! だが、おれが行かなければ多くの人がやつの犠牲になる!」

 

「それはきみが倒されたあとでも同じだよ、孫悟飯」

 

「その間に、トランクスが必ず未来へ希望をつないでくれる」

 

「それで? きみは自分の母親を泣かせるのか?」

 

「……っ!」

 

 はじめて言葉に詰まり、ふり返った悟飯を、忍が面白そうに眺めている。

 

「せっかく拾った命だ。もう少し大事にしてくれたまえ。きみを救うためにあいつは神にさえも逆らったのだからな。俺にはわかる。きみは強い。それもとてつもないほどに。惜しむらくは、きみ自身にその力を使いこなす才能がないことか」

 

 朝の稽古で、オニキスにも言われていたことだった。気を修練し、おのれの全てをあますことなく解放すれば新たな次元が見えてくる。その奔流を完璧にコントロールする術は、地道な気功の制御にある。だがそれさえ叶えば、悟飯は更なる高みに昇れると、オニキスは言っていた。

 それを裏付けるように、忍も言う。

 

「おそらくきみの潜在パワーをすべて出せば、あの程度の雑魚など相手にならないだろう」

 

「きみは、あれを雑魚と呼べるのか」

 

「呼べるとも。元の俺では無理だろうがオニキスの肉体を手に入れた今の俺ならば、片手で倒せる」

 

「だが、お前は戦ってはくれないんだろう?」

 

 問うと、忍はあっさりと答えてきた。

 

「もちろん戦うさ」

 

「え?」

 

 悟飯が肩透かしを食らって目を丸める。

 忍が反応を楽しむように、笑みを深くした。

 

「人間を、すべて皆殺しにする側でね」

 

「お前はっ!」

 

「だがセルは十日以内に殺し尽してしまう。それではきみが強くなる時間がない。それまでの時間は、俺が稼ごう。覚えておくといい。この世界には、あんなものが石コロに見えるほど、強大な絶望が待っている」

 

「それでも、それでも俺は乗り越えてみせる。俺たちは、死なない! 俺がたとえ死んだとしても、俺の意思を継ぐ者が必ず現れる」

 

「諦めない、というわけか。いい目だ。そんな目をした人間に、初めて会ったよ。……なるほど。ミノルやカズヤの心変わりが理解できずにいたが、少し分かったような気がする。なぜオニキスが、きみを守ろうとしたのかもね。ならば強くなりたまえ、孫悟飯。七年後、そして十六年後にその素晴らしい志が届くようにね」

 

 忍はそう言うと、悟飯の傍らをすり抜けて扉をくぐり、黄金の気をまとい空の彼方へと飛び立っていった。

 まるで弾丸のような舞空術の速度に、悟飯が息を呑む。朝の支度を終え食卓で待っていたチチが顔を出してきた。「オニキスは起きたか、悟飯?」と聞いてくる母親に、悟飯はしばらく言葉を失ったあと、彼がもうパオズ山には現れないような、そんな予感がしていた。

 

 

 

 

 だれもいなくなったパセリシティ。

 黒煙を上げる街並みをセルは無機質に見つめたあと、次の街に向かわんと翅を広げた、そのときだった。空から金色のなにかが近づいてくる。

 

「ん?」

 

 一瞬、鳥に見紛うほどそれは音もなく頭上に現れ、セルの目の前――五メートルほど離れた民家の前に着地した。

 背の高い男だった。ゆったりとした黒のシャツと黒ジーンズが逆三角形の見事な体型を浮き彫りにする。ズボンのポケットに手を入れて突っ立っているだけでも、どこかの雑誌モデルを思わせる雰囲気がある男だった。

 セルの様子を見守っていたフューすらも、要を得ず目を丸くしていた。

 

「あれ? きみは?」

 

 男がセルを見据える。眼力に、迫力のある男だった。

 

「はじめまして、セル。悪いが人間を皆殺しにする役割は、俺に譲ってもらおうか」

 

「貴様……、何者だ?」

 

「仙水。仙水忍、お前を地獄に送る者の名だ」

 

 男は冗談めいた声音で、悠然と語る。セルは腕を組んだまま、その目だけを細めた。

 

(強い……。なんだ、この底知れぬ強さは)

 

(ほぅ。思ったよりはずっと強いようだ)

 

 忍もまた、実際に相対してみた人造人間の底力を感じ取る。莫大な数の人間の命を吸い取って出来上がった究極の生体兵器。それは正しく、『黒の章』に登場する人間たちと同じ種類の存在だ。

 忍が微笑んだまま、静かに言った。

 

「少し、運動に付き合ってくれ。セル」

 

「いいだろう。私も退屈していたところだ」

 

 セルが腕組みを解き、一気に踏み込む。鋭く伸びる右ストレートが忍の顔面に届く寸前、セルの拳が忍の左手につかみとめられた。その拳の威力を物語るように地面がえぐれ、衝撃が遅れて同心円状に広がり、街にクレーターを作っていく。

 

「ちょっと! いきなり!?」

 

 慌てて空に逃れたフューが抗議めいた声を上げる。どちらも互い以外を見ていない。フューは頭を掻きながら、唇を尖らせた。

 

「まったく。傍迷惑なひとたちだなぁ」

 

 クレーターの中心に悠然と立つ忍は、穏やかな表情に反して獣じみた目をしている。同じ目線の高さにいるセルの頬には、冷や汗が流れた。

 

「どうした、真面目にやれよ。セル」

 

「フン」

 

 二人、同時に踏み込んだ。高速で動く二人の姿は、もはや視認できる域を超えていた。激しくぶつかり合う衝突音と音速を越え生じる衝撃波があちこちで不気味に響き渡っていく。

 次に、両者が現れたのは空中、球状のポールのような建物のすぐ傍だった。互いに両手を掴みあい、真っ向からの力比べ。セルが力んだ表情で、忍は無表情で睨み合う。

 

「どうしたんだ? 完全体というからには少しは楽しませてくれると思ったが、それが精一杯かな」

 

「舐めるなっ!」

 

 咄嗟に両手を突き放し、セルが頭上で両手を組んで忍の頭に殴りつける。巨大な激突音とともに急落した忍が、地面にぶつかる寸前で身を翻し、優雅に着地する。

 

「ぐおあああ!」

 

 追い討つように、セルが拳を握り、気を高めた。金色の気柱がセルの全身からみなぎり、天に向かって走る。

 

「超サイヤ人と同じオーラか。美しい色だな」

 

「どうだ、これがこのセルのフルパワーだ!」

 

「悪くない力だ。だが、いまの俺には通用しない」

 

「ほざけ!」

 

 ダッシュで踏み込んだセルの右ストレートが、割り入ってきた左腕に外に流され標的を見失う。セルの顔が歪んだ。忍はセルの右腕を左腕で巻き込むようにして倒し、軽くいなしたのだ。その瞬間だった。強烈な衝撃がセルの顎を貫き、セルの巨体が宙を舞う。天高く跳ね飛び、中空で壁にぶち当たったかのごとく、セルが四肢を張って上空で体勢を立て直す。その通った鼻筋からは、紫色の血が一筋、流れた。

 忍は追撃することもなく、不敵に微笑んで地上からセルを見上げている。

 

「お、の、れぇ……!」

 

「貴様ほどの実力者ならばわかるだろう。俺と貴様じゃ勝負にならないと」

 

「フ、フッフッフッフッフ……!」

 

 セルが乱暴に鼻血をぬぐい、腰溜めに構える。

 

「かぁー……、めぇーっ!」

 

 セルが腰元に置いた両掌のなかに青白く、鋭く輝く気が集い、光球を成していく。

 

「はぁー! めぇー!」

 

 それは燃え落ち、ほとんどの建物が黒い炭と化した街中を青白く照らす太陽に見えた。青く強い光の束がセルの掌のなかに集約されていく。

 強烈な気の塊を手中におさめたセルは、忍を睨み下ろして凄惨に笑った。

 

「どうだ、全力のかめはめ波だ! 避ければ地球が吹っ飛ぶ! 受けざるをえんぞ!」

 

 殺意に満ちたセルのドス声が、廃墟の街に響き渡る。

 

「くたばれぇーーっ!」

 

 強大な光の砲撃が、空から忍目掛けて降り落ちてくる。忍は手のひらに金色の光をまとった小さな球をつくると、セルのかめはめ波目掛けて蹴りはなった。

 

「お、おされ!? ぬあああああ!」

 

 それはだれが見ても不可思議な光景だった。広大な力の奔流が、ほんの小さな光弾と接するとその矛先をめりめりと深く浸食され、降り落ちる速度が徐々に弱くなり――ついに、セル目掛けて跳ね返っていったのだ。青い光のなかに呑み込まれていったセルは、かめはめ波の態勢を取ったままなす術なく体の大部分が消し飛び

 

「ぎ、ぎぎぎぎ……!」

 

 地上に逃れたいくつかの肉片から再生し、倒れ伏した態勢で息も絶え絶えに呻くのだった。セルのもとに、忍がゆっくりと歩み寄っていく。

 

「すまないな。すぐに楽にさせてやるつもりだったが、予想以上にお前の戦闘力が高かったようだ。もう少し気を込めていればよかった」

 

「き……! き、さ、まぁ!」

 

 セルが拳を握ると同時に、風船のごとく膨らんだ人造人間の肉体が、新たな表皮を高速で構築し、もとの完璧な姿を取り戻していく。

 

「畜生、畜生っ、畜生おおおお……っ!」

 

 さらにほとばしるセルの怒声。それに合わせてセルの体が膨らみ、忍の身長をはるかに超える、三メートル近い筋骨隆々の姿へと進化を遂げる。

 

「ほぅ。体形を変えれるのか」

 

 忍がセルの顔を見上げて、どこか他人事のようにつぶやく。

 傷こそ再生させたものの、全身に体液と汗をにじませたセルが、怒りににじんだ目で睨み下ろした。

 

「ぐぅううううう! 貴様なんかに、負けるはずがないんだ! ぬあああっ!」

 

 さきほどまでの動きとは比べ物にならない拳、そのスピード、破壊力。それを忍は軽くいなし、地面を軽く蹴って跳躍し、セルの顎を蹴り砕く。同時、返す刀でセルの鳩尾につま先を叩きつけていた。

 

「うぐぉおおっ!」

 

 槍に刺されたような衝撃とともに前のめりになったセルの後頭部にかかと落としが叩き込まれる。地面に固定されるセルを見下ろし、忍が無表情のまま言った。

 

「あまり壊すなよ、自然を」

 

「ぐ、ぐぅ、何者なんだ、貴様ぁあっ! あり得ない、この、強さはっ、あり得ないっ……!」

 

「悪党にしてはずいぶんと安いセリフだな、セル。死ね」

 

 忍が手のひらを広げると同時、気弾が急速に膨らみセルを呑み込んで、大きな気柱を発生させた。

 悲鳴を上げる間もなく、完全体のセルが地上から消し飛んでいく。

 忍の口から、盛大な高笑いがあふれた。予想していたが、期待以上の力だ。

 

「素晴らしい……! あれほどの化け物をこんなにも簡単に叩き潰せるとは! やはりこの肉体はいいな、オニキス」

 

 廃墟の街で、忍が全身を揺らして笑う。みなぎる膂力が、やはり気を媒体にして作り上げた肉体とは全然違っている。満足げに高笑う忍の前に、白髪の魔族が唇を尖らせて降り立ってきた。フューだった。

 

「せぇーっかくこの時代に連れてきたのにあっさり殺すなんて、ひどいな。きみ」

 

 忍がゆっくりとフューをふり返り、鼻で笑う。さきほど見せた感情の激しさなど嘘だったかのように、忍の顔には冷静な笑みが浮かんでいた。

 

「まだ、この地球には魔人がいるだろう。そいつにあとの処理は任せるがいい。いまから七年後、だったかな?」

 

「そんなことまで()()()()()()なんて、きみタダモノじゃないね。さっきオニキスとか言ってたけど、もしかしてタイムパトローラーを殺した彼と、知り合いかな?」

 

「そのようなものだ。だが世界の終末を迎えるには、この力でもまだ足りないらしい」

 

 そう言って、忍がフューに背を向ける。

 

「また会おう、フュー。今世も人間に生まれ落ちてしまったこの身を嘆きつつ、最高の結末(フィナーレ)を迎えるためにもね」

 

 フューがまたたいたとき、忍はすでに消えていた。気配もなにも感じない。それは時の次元を自由に行き来する、自分たちだけの専売特許のはずだった。

 

「アハッ!」

 

 信じられない出来事に、フューは思わず満面の笑みを浮かべる。面白そうな人間だ、とは初めて見たときから感じていたが、もしかたらそのフューの予想をも軽く上回る相手なのかもしれなかった。

 

「この世界の終末、十六年後の全王のことか……! フフッ、いったい人間なんかがなにをするつもりなのか、楽しみだなぁー! 仙水忍、か。君の名前……! バッチリ覚えたよ!」

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