名もなき愚者の鎮魂歌   作:ばんどう

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第9話

 瓦礫があちこちに散らばった、真っ暗な空間を漂っていた。

 

 ――おやすみ、オニキス。

 

 あのとき、鎖を引きちぎって忍に殴りかかろうとしたその瞬間に、無数の手が俺を羽交い絞めにしてきた。ミノル、カズヤ、ジョージ、ナル、ヒトシ、マコト……俺のうちに眠る全人格が忍の命令に従うように俺の体を押さえつけていた。

 視界が暗くなって、目が覚めたら忍だけ居なくなったこの空間にいた。

 俺は、どうなったんだろうか?

 

「ようやく目覚めたか」

 

 背中から声をかけられてふり返った。ひとがいた。白装束を着た、緑髪の優男だ。青白い肌に生気のない表情、珍しい金色の瞳がじっと見てくる。……だれだ?

 

「俺の名は樹。忍が話していた次元妖怪だ」

 

 こいつが。思うと同時に、樹からは気配がしないのが気になった。正確には、この空間そのものに樹が溶け込んでいる、そんな感覚だ。ほかは人間と大差なく、『妖怪』と言われてもあまりピンとこない。

 樹が少し笑った。その後ろから青黒い手が無数に生えてくる。人間の手に見えたが、皮膚に目が無数についた――それこそ妖怪、百目を思わせる手の群れだ。

 

「これは影の手という。闇撫での樹。それが俺だ」

 

 お前は、俺の思考が読めるのか? 問うと、樹が不気味に笑みを深くする。

 俺自身、声が出ないことには気づいていた。空間を漂っている、と知覚できる。ただ、本来なら視界の端に見えるはずの自分のパーツが一切見当たらない。百八十度、景色を見渡すことができた。

 

「やはりいくら莫大な気を持っていようと、忍のようにみずからの肉体をつくりだすことはできないようだな。お前はいま、霊光球のなかに意識を閉じ込められた状態だ。そのまま固定化する努力をしなければ消滅するぞ」

 

 へえ……なにっ!?

 天気の話でもするような調子で言われて、一瞬、聞き流してしまった。え? 消滅? ……俺が?

 

「ああ、そのまま呆けて消えてしまえばいい。俺にとってお前はおまけだからな。忍が説明してやれと言うから渋々なんだ、お前のまえに現れてやったのは」

 

 淡々とえぐいことを言ってきてる気がする。よくわからないが、その小綺麗な顔、張り倒したらいい?

 無意識に拳を握る動作をすると、視界のなかに手が生えてきた。……ん? これはもしや、と思って、その場でジャンプする。だめだ、もっと強く。ジャンプのイメージを強く持つ。胴と脚――俺自身の体がどんどん視界に入ってきて思わず目が輝いた。なんだ! 簡単じゃん!

 おい、お前いま舌打ちしただろ。無表情で舌打ちやめろ。聞き逃さねえぞ。

 ……あれ? 声は難しいのか? なんで出ないんだろ?

 

「肉体は形成できても、忍のように自在に動かすことはお前程度では不可能ということだ」

 

「いちいち喧嘩売るような言い方しなくていいだろ!」

 

 あ、出た。

 ちゃんとまばたきできることにも安心して、ほっと息を吐いた。あ、もしかしてこのためにわざと怒らせてくれ――なわけない。あ、そう。

 この妖怪、なんでそんなに鬱陶しげな顔してるんだ。会うの初めてだよな?

 

 ――俺たちは次元妖怪に愛されている。お前がほかの人間より「歪み」を正確に視ることができるのも、そいつの影響だ。

 

 忍の言葉を思い出して、いや、ねーよ。と手のひらを振った。

 歪み云々はそうかもしれないが、どちらかというと嫌われてる感がある。妖怪の愛し方って人間とは違うのか?

 樹が鼻で笑ってきた。

 

「俺は確かに忍を愛している。忍以外の六人についても、平等ではないがそれぞれ認めている。だがお前は違う。お前は忍の一部じゃない」

 

「それって、忍からあの6人の存在を感じたことと関係あるのか?」

 

 樹はつんとした様子で彼方を見て、俺の質問には答えなかった。……忍はムカつく野郎だったが、こいつは嫌な野郎だな。シンプルに。

 

「まあ、どうでもいいか。で、どうやったらここから出られるんだ? もう行かないと」

 

 忍がなにをしでかす気なのかわからない。ただ、ろくでもなさそうだ。ほんとに全人類の墓を掘る気なら止めないと。

 ――悟飯さんやチチさんに手を出そうものなら、殺してやる。

 

「……殺気をまとうと、ほんの少しだが似ているな。昔の忍に」

 

「お前が会話する気ないのは、よくわかったよ」

 

 なーんにも質問に答えてこねえ。

 まあいいや。だったら自力でどうにかするしかない。周りを見渡して、ふと忍がコントン都から盗んできたという巻物の山が目に入った。

 

 ――この世界には、なかなか興味深い結末(エンディング)が待っているようだ。

 

 忍が、そんなことを言ってたな。ろくでもないことが起こる、というのは予想できるけど。

 巻物をひとつとって開いてみる。時の界王神が『定められた歴史』と称するものについて、俺も前から興味があった。エイジ780。俺が介入しなかった場合の、本来あるべき歴史。ペッパータウンに向かった悟飯さんが人造人間たちに殺され、のちに現場に到着した幼いトランクスが哀しみと怒りのあまり、超サイヤ人に目覚める歴史……――。

 

 気付けば食い入るように、次から次へと巻物を繰っていた。企業としての体裁を保てなくなったカプセルコーポレーションが、それでも死力を尽くしてタイムマシンを開発したこと、それに乗って17歳になったトランクスが過去の時代に助けを求めに行ったこと。過去で修行し、強くなって帰ってきたトランクスが17号、18号、そしてセルを倒し、世界に平和が戻ったこと。

 戻ったかに思われた平和が、魔人ブウを復活させんとする魔族たちによって脅かされ、神さまと共にトランクスが戦ってこれを退けたこと。その戦いで神様が死んでしまったこと。

 神さまが死んでしまったせいで、人類を皆殺しにしようとする神がまた世界を脅かし始めたこと、そしてトランクスが過去にまた助けを呼びに行き、そして、そして――……

 

「…………消える? この世界が?」

 

 ザマスという神により、世界は破壊し尽くされる。それに講じて召喚された神の頂点『全王』が「この世界は不要」と判断してザマスごと世界そのものを消滅させる。

 巻物はそれで終わりだった。トランクスは別の、まだ無事だった時代の世界に行って暮らし始めたという。トランクスと恋人のマイ以外は、あらゆる物質が文字通り消滅する――それが、この世界に待ち受ける結末だというのだ……。

 巻物を握る手が震えてくる。こんな、こんなものが守るべき「定められた歴史」?

 俺は、こんなものを「守れ」って言われていたのか? いまの、いままで。

 

 巻物を放り投げていた。体中から火を噴いているのが見える。力の制御? 必要ない。ここは、次元妖怪と俺しかいない寂れた空間だ……。壊れる自然も、生物も存在しない。

 

「樹、ここから出せ」

 

「それはできない相談だ。忍の邪魔をされては困る」

 

「なら、お前から死ぬか」

 

 樹は口許だけで笑った。

 

「好きにすればいい。ただし、俺を殺せばお前は永遠にこの空間から出られない。お前がそれらの巻物を読めば逆上することくらいは計算済みだ。お前の親と幼馴染たちの仇……人造人間セルが忍によって始末されることも含めてな」

 

 セル……俺の故郷を滅ぼした、いますぐ殺してやりたい虫野郎。

 樹が手をかざすと俺との間に渦巻く鏡が出来上がり、それが山小屋に逃れた人造人間17号がセルに吸収されるさまを映し出していく。18号はすでに吸収した、そうセルがうそぶきながら。

 

「忍はこうして最強の姿になった人造人間といま戦っているんだ。俺たちがすべきことは、これをただ見守ること。忍がいかにしてセルに勝つのか――」

 

 長々としゃべる樹は驚いたように目を見開いていた。拳で腹を貫かれたのが、意外だったらしい。

 

「お前の口上は、聞くに値しない」

 

 拳に集めた炎が狼の姿をかたどって樹に頭から食らいつくと爆発し、跡形もなく消し飛ばす。パラパラと散る火の粉を見ながら、俺は意識を研ぎ澄ませた。

 背後の黒い空間から生えてくる、無数の手。それらに空間を開くよう命じる。無駄口をたたかないこいつらのほうが俺に合う。こっちが妖怪の本体だ。

 

 目の前に光の裂け目が生じてきて、迷わずまたいだ。視界が光いっぱいになったあとに、開けた荒野に出る。吹き抜ける風の感触が懐かしい。

 セルと忍の気は感じない。

 終わったのか、それとも別の場所に出たのか。

 妖怪の言葉を俺はまじめに聞かなかった。あいつは忍について語ることと、俺の反応を愉しむことしか頭にない。正確な情報――俺が知りたいことを言っているかは微妙だった。

 ただ、この肉体を得たことと、やつの次元能力は役に立ちそうだ。腕のサポーターを外して、自分の腕を見下す。『闇撫で』と称される妖怪の無数の目がまばたきしていた。いい子だ、それでいい。

 

「この気は……、悟飯さん?」

 

 ふと西側に強い気を感じて、ふり返った。もうひとつの、少し小さな気はトランクスのようだ。あとは知らないやつらがいくつか。

 戦ってるなら加勢に行くか。

 決めて、大地を蹴った。


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