アクマで妹!   作:あぐろむいしき

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 まずはお気に入り登録と評価をしてくださった方、本当にありがとうございます。モチベがすごく上がりました。嬉しいです。これからも頑張ります。




でびるず・しすたー

 

 

 この世でもっとも危険な食べ物はウエディングケーキだと、俺の尊敬する人が言っていた。

 

 その言葉を聞いた時は俺がまだ幼少期とも呼べる頃で、そのウエディングケーキとは毒か何かが入ったケーキなのかと当時は勘ぐったが、今では意味がよく分かる。

 まあ言っていたのは偉人でも著名人でもなく俺の父親なので、決して有名な名言というわけでもなくどちらかと言うと教訓の方が近いのかもしれない。

 

 しかし教訓だの家訓だの言うには少々情けない気もするが。実の父のあれ程哀愁漂う背中は拝みたくはなかった。男子は父親の背中を見て育つと言うが、あれは多分見ちゃダメなヤツだろう。

 それに既婚者がそういうことを言うと言葉の重みが違うというか。何だか闇が見えるというか。しかし家で母さんの尻に敷かれている姿を見れば何となく察する所があるというか……何とも説得力のあることである。

 

 それにしても自分にも純粋無垢な勘違いをしていた頃もあったのかと、目の前に鎮座する書類を眺めながら懐古する。毒の入ったケーキとは、いやはや少し可愛いではないか。

 あの時の自分は若かったというか、何も知らなかったのだろう。

 けれど今はどうだろうか。そんな天真爛漫な九郎少年も現在は17歳。高校2年生と成長した俺は力も知恵も、昔の環境とはまったく違う。

 

 

「お兄ちゃん? いい加減それ以上の現実逃避やめない? 時間の無駄だよ?」

 

 

 違うので、今の状況も何とかしたい……と考えついたところで。

 冷や汗だらだらで、俺はやれると虚しい鼓舞を決めたところで、ふと左隣から声を掛けられた。

 

 

「……無駄とか言うなよ。なんか死にたくなってくるだろ」

「そんなこと言ってもお兄ちゃんがあたしから逃げれたことなんてあったっけ?」

「もしかしたらあるかもしれないじゃん」

「もしかしたらとか言ってる時点でないし、あと尺もないからはやくしてね」

「尺とかも言うな」

 

 

 ついでに肩もガシリと掴まれる。痛い。

 チラリと力の方向に振り返るとそこにはこの17年間飽きるほど見てきた、そして本来ここにいるはずもないやつのツラが佇んでいた。

 

 “青葉モカ”。件のうちの妹だ。

 

 青葉家長女、青葉モカ。成績も良くて顔を良くて何事もそつなくこなす出来た妹。

 しかしいったい何処で教育を間違えたのか、えげつないほどのブラコン、可愛く言うとお兄ちゃん大好きっ子になってしまった。

 これがつぐみみたいな性格なら可愛かったんだろうがそういう訳にもいかず、この性格と無駄に知恵が回るのがものすごく厄介なものになってしまった。

 

 

「つまらないモノローグは人が帰るだけだよ?」

 

 

 別に嫌いというわけじゃない。むしろ家族はみんな好きだ。けれど、世間体とかもあるので、高校1年生にもなってまでひっつき虫なのは正直勘弁して欲しい。

 げんなりとした顔になる。こいつの言う通り、淡々黙々と現実と目前の“紙切れ”から目を逸らすのもそろそろ潮時らしい。

 

 

「正直帰るのは最後まで読んでからにして欲しいけど、しかし俺自身既に帰りたいが?」

「自業自得かな〜。お兄ちゃんが駄々をこねるせいでもうこんな時間なんだけど?」

「駄々を捏ねたのは確かだけど、それは俺のせいではないよね」

「ほんっと優柔不断。そんなことだからいろんな女の子の目がギラギラしだすんだよ」

「それも多分俺のせいじゃないと思う」

「ね、ひーちゃん」

「すいません俺のせいでした」

 

 

 ごめん。そしてごめんなさい。

 や、もうほんとひまりに頭が上がらなくなってきた。いけませんねこれは。

 

 

「つーん」

 

 

 そして当のひまりはむすっとして、不機嫌そうに頬をふくらませている。

 そりゃあんな状況で友人が突入してきたら誰でもびっくりするし……まあ何かしらを邪魔されればご機嫌も斜めになるだろう。……何をしようとしてたかはさておき。

 

 

「…………」

 

 

 さて、改めてそんな今の気まずい状況にしている元凶……は、この可愛い我が妹なのだが、それと同じくらい場を混沌とさせている眼前佇む1枚の紙を見る。それはぺらぺらのくせに異様な存在感を放っていた。

 ひまりはむぐぐと唸り、俺は頬をひくつかせ、モカはるんるんと嬉しそうに。

 三者三様で全員が全員の視線を集める問題のブツ。それに1番大きく印字されている文字を読む。

 

 

 

 

『婚姻届』

 

 

 

 

 ………………おかしい。ギャグなのに笑えない。

 

 マジで。ほんと。冗談はよしてくれと言いたい所なのに、まったく口が動かない。その言葉を発することが出来ない。クソが、動けってんだよこのポンコツがっ。

 出来ることといえばひたすら口元をヒクつかせるくらいなものだ。大丈夫? やりすぎて顔歪んでない? 大丈夫? ああもしかしてそれで視界も歪んでいるのかも。

 そんな希望を胸に、再び視線を落とす。

 

 

 

 

『婚姻届』

 

 

 

 

 おかしい。やっぱり何度見ても“こんいんとどけ”と書いてるようにしか見えない。

 

 頼むからゲシュタルト崩壊であってくれよと思ったのは生まれてこの方今日が初めてだ。

 普段ならジョークとして受け取って笑い話にする所であるが、しかし差し出してきた相手が相手なのでそうもいかない。

 

 

「これいったいどこで貰ってきたんですか……」

 

 

 紙を摘み、ヒラヒラと振るう。基本的に婚姻届は市町村の役所の戸籍課や住民課ないしは市民課等で貰うのが基本なんだけど。

 こいつまさかそんなとこ行ってないだろうな……。

 

 

「今月発売のゼク○ィだよ」

「ああ、なるほどね」

 

 

 なるほど。それか。どうりで無駄にピンクピンクしてるわけだ。

 よかった思ったよりも普通だった。ガチに役所とか行ったわけじゃなくて本当によかった。

 いやそれでもさ、高校生1年生がゼク○ィなんて買わないでよ。なんかワケありだと思われちゃうだろ。

 

 

「本屋の店員さんもね、微妙な顔してた」

「おまえほんとやめろよな、そういうの」

「その後本抱き締めながら『お兄ちゃん……♡』って言ったらもっとアレな顔してた」

「おまえほんとやめろよそういうの!!!」

 

 

 思わずテーブルを叩く。ビビり散らかしたわ。

 なんてことしてくれてんの? なに兄が性癖拗らせてることにしてくれてんの? しかも誤認だし。ふざけんな。

 

 

「すごい顔してた」

「『すごい顔してた(笑)』じゃないんだよ笑えねぇんだよ!」

 

 

 半笑いで言ってんじゃねぇぞ! 

 

 

「しかもおまえその店あれだろ! 駅前のお姉さんがやってる小さめの個人商店だろ! どうすんだよ顔見知りの店じゃねえか!」

「あれ、よくわかったね〜」

「もうあそこ使えないじゃん! 月曜の朝学校行く前にジャ○プで買えなくなっちゃったじゃねぇか!」

「もー大丈夫だよそんな怒んなくても。最悪なことになんてならないよ」

 

 

 いや無理だろめっちゃ火傷してんじゃねぇか! 

 治療不可だよブラック○ャックがさじ投げるどころか返金してくるレベルで無理なんだよバカが!

 

 

「大丈夫だよ。だって」

「あ! だって!?」

「ジャ○プ買うならコンビニがあるでしょ?」

「そういうこと言ってんじゃねぇんだよアホが!」

「雑なツッコミやめて」

 

 

 確かにそうだけども。むしろコンビニでジャ○プ買う方が普通かもしれんけども。ただそういう事じゃねぇんだよな。

 

 いや、落ち着こう……怒ってこいつの相手なんてしてらんない。

 

 落ち着け、落ち着け。こいつが暴走しても兄の包容力で何処までもクレバーに抱き締めてやるんだ。

 しかも伏字だらけで訳わかんなくなってるし、そろそろ自重しておこう。

 

 

「もっと綺麗な言葉使おうよ」

「ぶち殺して差し上げてよ」

「え?」

 

 

 あっと殺意が。

 

 

「もういいよ……どうせ今に始まってことじゃないし」

「さっすがお兄ちゃんはあたしのことよく分かってるな〜」

「シバキてぇ……」

「じゃ、これにサインしてね?」

 

 

 トントンと指で書類を叩く。なによ、頑なに署名させようとしてくるじゃん。

 こちらも頭でも叩いてモカを正常に治して差し上げたいところではあるが、徒労に終わりそうなのでやめておく。

 

 

「ひまり、なんか言ってやってくれよ」

「……ふーんだ。サインすればいいんじゃないの? さっきからふたりとも仲良いし」

「なに拗ねてんの」

「……だって」

 

 

 呆れてモノも言えん……ということで妹の親友に助けを求めたところ、まだ機嫌が悪いようだった。

 

 

「さっきまで私といい感じだったのに」

「いい感じ……?」

「モカが来た瞬間デレデレしてさ」

「デレデレ……?」

「モカの言う通り、ほんっと優柔不断って感じ」

 

 

 優柔不断は否定しないけども。最初のふたつに至ってはどこら辺がだろうか……。

 いい感じというのは酒飲んで酔って押し倒されて泣かせてしまってその後なんやかんやしてたやつのことだろうか。確かに後半とかはぐっときた所もあったけど、大方は事故だったと思う。

 それに百歩譲ってそれはいいとして、モカにデレデレは絶対にしてないと思う。いつの話? 何時何分何秒? 地球が何週回った時? 

 

 

「……で、俺どっちに書けばいいの?」

「ちょ、何諦めてんの! もっと粘ってよぉ〜」

 

 

 過去の捏造はやめていただくとして、さっさとこの茶番を終わらすべくペンと取る。

 するとひまりが慌てて肩をぐおんぐおん揺らして署名を防いできた。なんでだよ。おまえさっきは書け言うてたやんけ。

 

 

「やめてやめて、酔っちゃう酔っちゃう」

「ていうか、え!? ほんとに書くの!?」

「いやだって……よくよく考えたら書いたところで無効になるだけだし」

 

 

 ひまりを窘めて、手の中でくるりとペンを回す。別に冷静になって考えなくても分かるが書いたところで何が起こるという訳でもないのだ。

 

 民法上、三親等内の傍系血族同士は結婚出来ない。

 

 傍系血族とは自分から見た兄姉弟妹、叔父叔母等の事。故に俺とモカはしっかり血縁関係のある兄妹なので、書いたところで婚姻届が受理されるわけがないのだ。

 これが血が繋がった自然血族ではなくて、どちらかが養子縁組などで血の繋がっていない法定血族の場合は別だったが。

 法定血族となり結婚することは出来ないのは養親と養子という関係性のみで、養親の実子と養子は結婚することができる。

 つまりは俺かモカのどちらかが青葉家の養子ならば結婚することができた。まあそんなことはありえないので、気にするだけ無駄なんだけども。

 

 

「だからそれで気が済むのならいいかなって」

「一生大切にするね〜」

「やめろや重いんだよ。数年後にはちゃんと嫁入りしなさい」

「だ、だったら私にも……ね?」

「いやひまりは家族ちゃうやろ」

「む〜……」

 

 

 何を言い出すんじゃ。洒落じゃすまんやんけ。

 モカも近親事実婚とかおかしなこと言う前にさっさと終わらせてしまおう。

 

 

「ほらよ。すごい不本意だけど」

「ありがと〜。……えへへトリップしちゃいそう」

「やっぱやめよっきゃ良かったかな」

 

 

 紙切れ1枚で陶酔状態とは。チョコレートで泥酔するひまりといいAfterglowはアブナイやつが多いんじゃないだろうか。

 

 

「その代わり他人には絶対見せちゃダメだからね」

「分かってる。あたしとお兄ちゃんだけの秘密なんだよね〜 」

「何か思うとこあるけど、そういうことな」

「えへへ〜」

「ちょっとー、私もいるんだけどー?」

「あと気になってたんだけどお前どうやって上原家に入ってきたわけ?」

「あ〜それはねぇ、お兄ちゃんがひーちゃんの家にいるって情報をあこちんから聞いてさ〜」

 

 

 それでちょうどひーちゃんパパとママが帰ってきたところに鉢合わせたんだよね〜と、ホクホク顔で婚姻届を丸めて筒に入れる。

 ご丁寧に筒まで用意しているとは、呆れを通り越して感心する。別に折るくらいならば問題ないはずだけど。

 

 

「……モカ、結局それどうすんの?」

「額に入れて部屋に飾る」

「父さんと母さんが心配するから是非やめろ」

「そんなことよりあたしとしてはクロとひーちゃんが何やってたかの方が気になるな〜?」

 

 

 聞いちゃいねぇこいつ。家帰ったら全力で止めないと。

 そしてしれっと話をすり替えてきた。分が悪くなったからだろうか。

 

 

「私がいない間に……なにやってたの?」

 

 

 それにしては聞き方がガチなんだけども。目が全然笑ってませんよ妹様。

 

 

「いろいろあったんだよ。気にしないで」

「年頃の男女が親のいない間にくんずほぐれつして……いけないんだ〜」

「それはお前にだけには言われたくないな」

「く、くんずほぐれつ……」

「ひまりも落ち着いて」

 

 

 ひまりがぼんっと音でも出そうなほど真っ赤に染まる。いやいや、モカのペースに乗っちゃだめだめ。

 

 

「ひーちゃんの身体はどうだった?」

「本人の前でそんなこと言わないの」

「あたしのときより気持ちよかった?」

「誤解を招くことも言わない」

「あたしとしてはクロが寝盗られるのを最後まで見ててもよかったんだけどね〜」

「いやそんな展開なかったから」

 

 

 さては殆ど見てなかったなこいつ。

 相変わらず口八丁手八丁は得意らしい。いったい誰に似たんだろうか。

 

 

「けどやっぱり我慢できなくて、途中で出てきちゃった」

「確かにすごいタイミングで入ってきたけども」

「て、ていうかっ、『お前にだけは言われたくないって』っモカいつもあんなことやってるの!?」

 

 

 ここでモカの一言で赤くなっていたひまりがようやく復活。そして出来れば触れて欲しくなかった事に触れてくる。

 ただ自分でやったことに関してあんなことって言うのはどうなの?

 

 

「そりゃあもう、いっぱいやってるもん。……ねぇ?」

「頼んだことなんて1回もないけどね」

「遠慮しなくてもいいのにぃ〜」

「しなかったら問題あるだろうが」

「私としては手でも胸でも太ももでも脚でも……クロの好きなところで、好きなことしてあげるよ?」

「なにそれ。めちゃくちゃマニアックな趣味持ってるやつみたいじゃん」

「させてあげる」

「いいよ間に合ってる」

「……どういうこと?」

「怖ーよやめろ」

 

 

 間に合ってるって他に誰か相手がいるって訳じゃ無いから。だからボールペン持つないいから座ってろ。

 ボールペンなんてやろうと思えば人殺せるからね。だからぺちぺち頸動脈あたりに当ててくるのやめて欲しい。

 

 

「わ、私も、クロがやって欲しいんなら……いいよ?」

「やめて張り合わないで。ややこしい事になる」

 

 

 胸のやや下で手を組み、ぎゅっと持ち上げる。

 上目遣いと共に放たれたその仕草はかなりの破壊力を有してはいるが、正直今じゃない。

 

 

「昔からお兄ちゃんは巨乳が好きだったよね……」

「も、モカ……? 目が怖いよ?」

「あたしも窒息させてみたいなー」

「お前なんでそれ知ってんだよ」

 

 

 マジでいつからいたんだテメー。

 

 

「いや、結構テキトウ言ったんだけど……ふ〜んそっかぁ」

「あれ、もしかして墓穴掘った?」

「カマかけるつもりはなかったんだけど……まあそうだよね。あたしはそんな巨乳って程じゃないもんね」

「ああその、女の価値は胸の大小で決まるもんじゃないし」

「あたしの太ももには見向きもしないのにね」

「だから見向きした方が問題あるだろうが」

「別に妹の手で性癖歪めてあげてもいいんだよ?」

「そんなえげつない脅迫の仕方ある?」

 

 

 怖ーよマジで。しかもにこにこしながら言ってくるもんだから何処まで本気なのか全然判断出来ない。

 そんな妹は先程から言葉を発する度に四つん這いでじりじりと迫ってくる。すぐ左隣にいたもんだから距離はかなり近く、なんなら既に重なってるまである。

 俺は胡座を組んでいたが、すぐに解き、座テーブルに脚をぶつけながらその進撃を躱さんと後退る。けれど背後にはひまりがいるので、大した後退もできず……。

 

 

「ふふ……お兄ちゃん……」

「怖い怖い怖い怖い」

「やっぱりあたしも、普段からクロ呼びのがいい?」

「それは特に希望ないしそっちに任せるけど……!」

 

 

 今の希望としてはとにかく解放して欲しいって事ですかね。

 すぐに追いつかれ、両肩を掴まれた。その後腕をするりと首に巻き付け、固定する。

 モカはそのまま素早い動きで脚の上に乗り、彼女自身の脚を俺の背中の方へ回し、腰にまきつけた。

 あまりにも行動が迅速で精錬されているのでビビったが、思えば常習犯だったわ。そりゃ速ぇよ。

 

 

「あは……もう逃げらんないね」

「ん゛っ」

「? どしたの?」

「……あんま喋んないで」

「え〜なんで……ああ、なるほどねぇ〜?」

 

 

 咳払いして顔を逸らす。するとなんとも面白そうなものを見つけた声が聞こえてきた。見えないけど、鬼の首でも取ったかのようにニヤついてるに違いない。くそぅムカつく。

 

 

「そういえば耳、弱かったんだっけ……?」

「はー、そんなことないんですけどぉ?」

 

 

 図星である。この男、というか俺であるが、声裏返りまくりの反論をしている時点でお察しだが、見ての通りの図星である。

 モカが此方の脚の上に座ると彼女の方の頭が少し高くなる。

 それにより正面から密着した状態でモカが喋ると、自然に吐息が耳元に触れるので……その、かなりこそばゆいのだ。

 

 

「ふぅ」

「うわっ」

「わお……あれれ? まさか自分から抱きついてくれるなんて……いいの?」

「い、いや今のはモカがバランス崩したら危ないかなって」

「ふーん? そう? ……ふぅ」

「あっとぁっ」

「なんて?」

「いや違うから。今のマジで違うから。今のはほんのちょっとびっくりしただけで──」

「ふぅ」

「あー! かー! もうっお兄ちゃん怒りますよ!」

 

 

 情けないことに、完全にいいようにされている。なまじ兄妹ということで弱点がバレているのはかなり厄介だ。

 モカは官能的な仕草で、ぞくぞくとした嗜虐心に満ちた表情を浮かべる。決して兄に向けていい顔ではない。

 身体をくねらせて更に隙間を無くし、首に巻き付けている腕をさらに強く引き締める。そんな彼女に押し倒されそうになるのを腹筋を使って必死で食い止める。

 もうこのまま後ろに倒れて巴投げの要領で投げてしまおうかとも考えたが、腰も脚で完全にホールドされているのでそうもいかない。

 

 

「ふふふ……あたしだってそこそこ胸、あるんだよ?」

「さっきの今じゃ物足りないことこの上ないね」

 

 

 確かに結構大きいじゃねぇかこのやろう。なんかムカつく。

 いや違う。そうじゃない。今はこの妹を何とかしなければ。

 こうなっては意地でも振りほどいてやらなければならない。この現在進行形で調子に乗ってる妹を懲らしめてやらなければならないのだ。

 つい先程の弊害で力も入りづらいけれど、ここで何かしら仕返さなければこの先一生モカに対抗出来ない。それだけは避けたい。

 

 巴投げは出来なくても、床に背中から倒れて左右どちらかに振りほどけばまだ何とかなる。

 

 しかも倒れて180度回れば体勢はこちらがマウントを取れる。むしろこれしかないのではないかといったくらいに状況にマッチしている。……ならば、いくしかないのではなかろうか?

 

 

「やっぱりひーちゃんはすごかったんだねー。……ほんと、後でおしおきかもね」

 

 

 脳内で綿密なシミュレーションをしていると、モカも何かぶつぶつ呟いている。正確に聞き取れなかったが、どうせロクなことではない。

 はんっアホが、調子に乗ってられるのも今日までよ。せいぜい今のうちに一時の兄への支配欲でも満たしたおくんだな。

 内心でニヤリと笑い、力を込めた腹筋を解放する。

 準備も予備動作も要らない。やることはゆっくりと後ろに倒れて、身体の上下を入れ替えればいいだけだ──。

 

 

「モカばっかり……ずるい……」

「…………。……え?」

 

 

 勝った、第3部、完!

 心の中でそう叫んだが、しかし、いつまで経ってもその瞬間が訪れることはなかった。

 

 

「私も前がいいのに……」

「………………ひまり?」

 

 

 妹誅罰へのカウントダウンとして、まずカーペットが敷かれた床に寝転がることから始めないといけないんだけど……おかしい。いつまで経っても天井が見えてこない。

 そして背中に触れる感触は決してカーペットの敷かれた床などではなく、もっと柔らかいもので。具体的には今日散々えらい目にあった代物のような感触のようで。

 

 

「あれ、ひーちゃん?」

「モカばっかりずるいっ! 私も耳にふーってしたい!」

「…………」

 

 

 後ろに……上原ひまりが張り付いていた。しかもご丁寧にわざわざ隙間のないモカと俺の腹にぐいぐい両腕を入り込ませて。モカと同じようにぎゅううと拘束するような真似までして。

 

 え……いや、ちょっと?

 

 なんで? なんでそうなるの? 今のはもう俺がキメて試合終了の流れだったじゃん? 空気読んでよ。マジでライフブースト切れた時に限ってドロップする虹のクリスタルくらい空気読めてないじゃないのよ。

 ていうかそんな体力あるんならモカ引き離してよっ!

 

 

「いや耳にふぅは出来るでしょ〜、ふたつあるんだし」

「でも私も前がよかったのっ」

「その前にまず俺に断りを入れてないのはおかしくないか?」

「「当人は黙ってて」」

「そのツッコミはおかしいだろ……」

 

 

 なぜ当人に発言権がないのか。原告が一切喋らない裁判とかねぇからな。

 ひまりはモカに対して喋る度に腹に回す力を強くし、彼女に負けじとといった具合でくっつく。

 そのおかげで背中がものすごく幸せなことになっているが、残念なことに喜べる状況ではない。

 

 

「ふ〜んなるほど? おもしろいね」

 

 

 おもしろくねぇよ。間で挟んでる当人ほっぽり出してバチバチやってんじゃねぇぞ。

 そんな考えを言おうにも、ふたりは何かよく分からない言い合いをしている。多分聞き入れちゃくれないだろう。

 

 こうなってしまってはもう無力である。おかしい、何故1番困ってる俺の意見が聞き入れてくれないのか。

 

 しかもモカだけでも厄介なのに、今日はひまりまでいる。

 こうなってしまってはもう“無”になるしかない。何も考えず、ただ時が過ぎるのを待つのだ。

 今回はきっと俺の手に余ることだったんだろう。だから次にこうなった時に強く言い聞かせてやればいい。……なんだか前も同じようなことを思った気がするが、多分気の所為だ。

 

 

「モカはいいじゃん! いつも家で出来るんだから! 譲ってくれてもよくない!?」

「この世は何でも早い者勝ちなんだよひーちゃん」

「クロだって私が前の方がいいって言ってくれるもん!」

 

 

 んなことより早く終わってくんないかなぁ……切実に祈るが、しかしそんな願いは叶えられなさそうで……やっぱりうちの妹が絡むとロクなことにならないようだ。

 

 結局うちの母親からの電話がモカのスマホを鳴らすまでの30分間。

 俺は延々とふたりに挟まれながら、自分でもよく知らない自分の話を聞くはめになった。

 

 

 

 





 今まであとがきにごちゃごちゃ書いてたわたくしですけども、……もうネタがないんです。悲しいですね。これからは初登場の子が出たときにだけ書いてきます(泣)

 さて次回なんですが現在鋭意執筆中なので明日に間に合うか分かりません。嬉しいことに休暇中なので、出来れば高い頻度をで投稿したいのですが……もし上がってなければ、察して下さい。

 ではこれからも精進して参ります。次回も読んでいたたげると幸いです。

コメディチックに書くのが好きなんですけどよね

  • これくらいでいい
  • いやもっとイチャコラさせろ
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