面倒そうな顔をしている指揮官の眉がひそめられる。
正直に言えば、やってられない。セイレーンの目的から言えば現地政府との接触などおまけに過ぎない。
重要なのは十二神将との交戦データだ。倒せないはずの敵を倒すというのは、セイレーンにとっては至上命題ですらあるだろう。
つまり、この世界に存在し続ける権利を獲得するには敵を倒すのが重要で、現地民の保護は得点にならない。
まあ、セイレーン関係は指揮官が思っているだけなのだが。
「……む」
とまれこうまれ、魔導砲なんてものを向けられて厄介と思う。もちろん、それらは目の前の騎士団のさらに後ろに並んでいる。
魔導砲――砲身には魔法の金属を、火薬の代わりに術式を刻んだそれは強力な兵器だ。
魔力の流れを感知すれば、仔細までは分からずとも狙いと威力くらいは分かる。この感じならば、そこに転がっている敵指揮官は鎧が無事でも蒸発する。そして、一山いくらの騎士たちは言うに及ばず。
しかし、例えばユニコーンあたりだと直撃すれば泣いてしまうだろう。それはよくない。
「綾波、撃ち落とせ」
「了解なのです」
ただ、やはり艦船にとっては脅威ではないのが悲しいところだ。
駆逐艦の砲撃で真っ向から撃破できるのは、単純に威力が弱いからと言うほかない。
虎の子ーー性能の高い金装備は今はつけていない。
「……やれやれ、味方ごととはな。向こうには、もっと偉い奴がいるようだ」
気絶している奴に近づいて、耳についている器具を取る。
向こうに居るのがここに転がっている奴より偉くないと、犠牲にするような選択肢は穫れないはずだ。
指揮官はしばらく弄っていたが、すぐに諦めた。
「そこのお前、これはどう使う?」
未だ槍を抱えたまままごまごしている奴がいくらでもいるから、そちらから聞けばいい。
すごく適当に指差した。
「……へ?」
差されたそいつはまさか、自分か? という顔をする。
そして、周りの奴は責任を押し付けるためかそろそろと後ずさっている。
なにやら慌てているうちにザザ、と音がする。
「ああ、そっちが切っていたのか。……で、現場に出てこないお偉方さん、話す気になったかね?」
〈異教徒と話すことはない。各員、神敵を撃滅せよ〉
厳かな声が響いた。
そして、声に導かれるように騎士団もまたその機能を取り戻す。立場とはそういうものだ。
上の指示がなければ下は動かない。特に軍に関係するものにあっては、指示なしで動く奴のほうが害悪ですらあるだろう。
危ないからなんて理由でとんでもないことをされてもかなわない。
その点、彼らは優秀だ。敵との距離があまりにも近すぎるが、命令通りに突撃体勢へと移行する。ここで手間取らないのは軍としての完成度が高い証だ。
「……愚かな。そこも射程内だぞ?」
〈我ら神の使徒。死を恐れる者など誰もいない〉
部下などいくら死んでもかまわないと言うような、冷徹なお言葉である。
他人の命というのは案外安いものだが、部下の命というのはいつだって投げ売りできるものらしい。
遺族年金とか訓練費用とかあるなら高くつく”もの”だが、これはあくまで指揮官のいた世界での常識だ。
「それはどうかな? 他人にやらせるのは簡単でも、自ら実行するのは難しい。……そして貴様、俺の言葉を勘違いしているだろう」
〈何を言っている。この軍勢を前にして……〉
無謀にも向かってくる騎士団を見れば、自分の命だなんて案外安いものと分かるし、有名になりたいだなんて下らない理由で命を落とす例だって指揮官はいくらでも知っている。
けれど、権力を得れば命が惜しくなってくるのもテンプレだ。
目の前の騎士団が死を恐れずとも……通信先の老人は別だろう。
「我々の戦力レベルは数を揃えてどうにかなるものではない。人の命を
〈戯言を〉
何も分かっていないやつに現実を教えてやろう。
見えもしない距離ならば何もできないと思っている阿呆に、戦力差を教育しよう。
「エレバス、少し外して撃て」
艦船たちは一部を除いて騎士団の突撃を完全に無視している。
というか、指揮官に至っては刺されているのに気にしていない。
槍をガンガンぶつけられているのに平然と立っているのは、むしろシュールと言える光景だ。
「……というか、お前たちも第二波第三波が来れば危ないのによくやるな。一応撃ち落とすが」
どころか、憐れんだ目を向けて心配し始める有様だ。
そして、ドオンという爆発音が道具の向こうから聞こえる。エレバスの攻撃が届いたのだ。
……悲鳴が連続する。
「なんだ、死傷者が出たか? せっかく場所をずらしてやったのに、だらしのない奴らだな。悲鳴から察するに一人、足が折れただけだろうに。寝かせて足に棒でも括りつけておけよ」
もっとも、冷静極まる指揮官の言葉など、向こうにはまったく届いてないのだが。
そして、悲鳴によればまた一人怪我をした。慌てて棚を倒してしまって、上に乗っていたものが直撃したようだ。
「もう一発打ち込んでやれば、少しは落ち着くかね。それとも、もっと混乱するかな。……どう思う? エレバス」
「やってみたら分かるのではなくて?」
「ならば、やってみるか」
「承知したわ」
重苦しい爆発音が連続した。
「ほら、さっさと降伏しないと全員潰すぞ。丁度、向こうに
後ろでは艦船達が困っている。
攻撃したら殺してしまうが、逆に攻撃されても特に痛くない。ユニコーンなどは涙目で怯えているが、ラフィーやエルドリッジ辺りは相手にする気もないから騎士団に囲まれて平然としている。
逆に綾波と長門は艤装を振り回して、ノックアウトの山を作っているが。
「それに、いつまでも当てないと思ったら大間違いだ」
冷たい声。
〈わ――分かった! 降伏する……!〉
レベルが違いすぎる以上、こうなる以外のルートはないのだった。
特殊な能力以前に総合値が違えばこうなる。そもそも、勝負の土台に上がるためにも最低限の性能は求められるから。
そして、天幕の中。
指揮官は勧められもせずにどっかりと腰を下ろして言い放つ。
「十二神将の出現地点と襲撃地点のデータをよこせ。どうせ貴様らの文明レベルでは地図は国家機密だろうが、我々は既に上空から測量している。お前たちの不明確な地図はいいから、地点だけ教えろ」
完全に居丈高である。
ケンカを売っているに等しい態度だが、別に偉ぶりたいからこうしているわけではない。
圧倒的な力を見せつけた以上、相手は素直に従ってくれる……だなんて、そんなわけはない。
相手が強いです。だから完全に屈服します、なんて奴が居たらそいつは虫並の知能しか持っていないのだろう。
今回、人は殺さなかった。……それはむしろ良いことでも何でもなく、弱点を曝しただけだ。
つまるところ、人の命を盾にすれば言うことを聞かせられる。
言うこと聞かないと俺の部下を殺すぞ、という異常な要求が通ってしまう。何百人と艦船を傷つける力も持たない暗殺者を送り込めば、何人かは殺されることに成功するだろう。
――それは艦船たちの精神に負荷をかける。
国家にとっては、むしろそちらのほうがやりやすいだろう。
被害者を助けなければ勝手に助けてくれるだなんて、コスパが最高ではないか。
十二神を放置ししていいだなんて、これ以上はない。し、交渉で勝負するのなら若造程度に負けはしない。
国には、国民という実弾がある。それを餌にすれば、指揮官と艦船を手玉に取るなど容易いこと。
--それを予防したければ、この態度で行くしかない。人命を重視していることを知られてはならない。
「……貴様ら、主をなんだと思っている!?」
だが、相手は宗教国家だ。
そもそもが人間なんてものは部下にかしずかれるうちに自分が偉いと勘違いしていくもので、しかも宗教をやっていると視界が狭くなっていく。
スタンフォード監獄実験がとうに証明していることだ、人を形作るのは生まれつきなどではなくその”地位”である。
自分以外の誰かが好き勝手やることなど、認められるはずもない。なぜなら、聖職者に限って自分が一番偉いと勘違いしやすいからだ。
「知らんな。そしてアズールレーンに神はいない」
そして、指揮官はにべもない。
話が通じてしまえば、如何様にでも操られてしまう。
現実の権力者というものはフィクションほど悪意に満ちてもなければ、何でも自分でやりたがるくせに失敗ばかりする完璧主義者ではない。
破滅一歩手前の策略ではなく、ただの正論で人を動かすから、従わなければこちらが悪者だ。
悪者になりたくなければ……馬車馬のように働かされる。それこそ二束三文で。
「天におわす神を侮辱するとは、やはり貴様らは敵……ッ!?」
綾波が剣を、そしてエレバスが砲塔を突きつけた。
勝利したのは指揮官だ。ゆえに武装は指揮官たちのみが一方的に所持している。
こういう有利な交渉は、勝者であるがこそだ。
「君たちが神を信じているのは分かるし、君たちが神はいると言うならそれは居るんだろうさ。……ようは陣営の問題だよ。我らは君らの神の所属ではないから、動かすとしたら取引以外にないと分かってほしいな」
「ーーッ!」
またもや激昂して罵声を浴びせようとするも、察知した綾波に剣をかまされる。
当然、言葉などしゃべれるはずもない。
「神の試練を君らがやるのはいいけれど、こちらにそれで何かを求められても困るのでね。君たちは負けた。我々が勝った。情報くらいはもらっても良いと思うがね。……それとも、敗北の代償は死の方が良かったかな? さてさて、君たちの神はどう言っているか教えてほしいものだ」
「……!」
ぎりり、と剣ごと歯ぎしりする。もちろん歯型などつくわけがないし、むしろ唇が切れて血が滴った。
怨嗟に燃える瞳で睨みつけるが、気後れする様子もない。突き付けられる剣も砲塔も、微動だにしない。
1分か、2分か。諦めたのか肩を落とす。
「さて、綾波、離してやれ。話してくれる気になったみたいだ」
「承知したのです」
すす、と指揮官の隣まで戻ってくる。
「まずは十二神将の襲撃地点を教えてもらおう。……ちょうど良いところに世界地図がある。しかし、これは……アメリカ大陸どころかユーラシア大陸まで間違えている。しかも、書き込みも随分と少ないな。まともに山岳も分からんガキの落書きだな。地形情報くらいは知っておかないと軍事物資の輸送に手間取るぞ?」
少し考えて、ああ、と頷く。
「……そこは単にこういうのの対策か。わざと間違えてるし、詳細は省いてるんだな。ま、負けた時の対策も必要だものな。あと、あまり人を馬鹿にした顔をしないほうがいいぞ。考えていることが簡単に分かる」
分からない、ではなく必要最小限にして情報流出のダメージを抑える。
指揮官が間違えていると言った場所も、盗られた時のための保険だった。地図とは、現代では本屋で買えても、中世では軍事機密の一つであったほどだ。
「ぐぐ……そことそこ、そしてそこだ」
「嘘はついていないようだが、少なく申告しているだろう。そもそも教国以外の地点ばかり教えたら、教えるつもりがありませんと喧伝するようなものだろうに」
「……は! 教国は主のご意向によりあんな奴らの襲撃は受けていない! それだけの話だ!」
唾を飛ばして反論する。
こういうのは国家的な欺瞞を含むからやりにくい。
教義に合わない場合、実務を無視して将軍にすら欺瞞情報を与えてしまうようなものが宗教国家だ。
襲撃されたら打つ手がないなら、襲撃されたこと自体を隠してしまおう、と言うような。この男も知らされていない可能性を常に考慮する必要がある。
「ーーむぅ。これは、知らされていないだけか? それとも本当に信じてるのか? ……分からんな。発汗に体温の測定と、嘘発見器の原理を応用してはみたが興奮されるとどうも反応が乱れる」
「じゃ、ボコって吐かせる」
「中々過激な意見だね、ラフィー。でも、俺はみんなにそういうことさせたくないしね」
「ラフィーはかまわない。……慣れてる」
もちろん、艦の時代の話だろう。
人の姿を得てからはそういうことをする機会はないはずで、指揮官にもさせる気はなかった。
「実際、知りたいのは襲撃の数だったんだけどね。ま、それに関しても、そう多すぎないことは分かったからいいさ。……そいつもあまり悩まなかったようだしね。これで10や20も襲われているなら、逡巡くらいはするさ。どれを言おうかなって」
「……っは! おめでたい奴だな、心理学者のつもりか? その程度の浅い見識で」
「そら、図星を突かれた反応をしたぞ。一朝一夕じゃどうにもならないから教えてやるが、俺は先の二つに加えて音声と顔面の筋肉挙動まで観測して複合的に判断している。よほどの俳優でないとごまかしきるのは不可能だぞ」
「何を言っているかわからんが、主を崇めぬ者には祟りがある。ゆめ、忘れぬことだ……っぺ!」
唾を吐いたと同時、砲撃音。
「ラフィーか。うん、まあ……ありがとう」
少し悩んだ。唾と近くを通る砲弾で危険なのは明らかに砲弾だったが、まあこの子たちのやることだしと指揮官は認めてしまった。
指揮官は危険がない限りうちの子をどこまでも甘やかす方針だった。
そして、縛られていた人間のほうは目がうつろになっていた。脳震盪になりかけている。これで肩でもゆすってやれば間違いなく後遺症も残るだろう。
原因は明らかに砲弾が顔のすぐ前を通ったことによる衝撃波だ。
「お、これだと自白剤飲まされた感じになったかな。質問しやすくなった。……で、ぶっちゃけ十二神将は誰が操っている?」
「……魔族」
指揮官はまた新しいのが出てきたな、と思った。