「十二神将の主は?」
「……魔族」
また新しい勢力が出た、と指揮官は思った。
今まで出た勢力は主に三つ、人類と十二神将、そして指揮官含むアズールレーンだ。
そこに魔物が害獣として入ってくる。
もちろん、人類は一枚岩でなく、彼ら教国に加えて帝国と民主国もある上に更に内部でも権力闘争があるわけだが。
「……で、魔族とやらについて教えてもらおうか」
「は。何も知らないらしいな。魔族こそ十二神将を生み出した張本人、世界の敵であるというのに」
事実としたら重大な発見だ。
事実としたら、だが……
「で、なぜ分かった?」
「……? おかしなことを。奴らは人類の敵、主を愚弄するイカれどもだ。奴らの関係など、論じるまでもないだろうが」
「ああ、そう」
ふむ、と指揮官は上を向いて考える。
……これは、聞いたところで全て無駄か? と。
宗教とは、元々が恐怖に対する反応だ。
古代、人が自然に爪を立てることすらできずに、なすすべもなく死んでいった時代の、理不尽には理由が欲しいという名残だ。
台風で人が死んだことに対して、何か理由がなければ納得できないから、神の怒りとこじつけた。
ゆえに、宗教に傾倒する人間は敵に対する反応が過激になるのはむしろ当然。味方以外、全て敵。殺しつくさねば安心できず、何かあれば悪いのはすべてが”敵”の悪意が故だ。
「貴様らこそ主が遣わした神敵に対するカウンター。神の威を示す剣の切っ先であるというのに、その体たらくーー」
「……」
指揮官のいら立ちを感じ取った艦船が、再びそいつを脅す。
「お、脅そうとて無駄だ。我らには主が」
「ついていない」
指揮官がバッサリと切った。
「……ッ!」
反論しようとしたとき、つ、と首から血が垂れる。
綾波の剣が、反論を強制キャンセルしたのだ。
論争とは、もとより正しいほうではなく、”強い”方が勝つ。このように武力で、あるいは権力で……少なくとも、弱者は勝てないのが言論による闘争だ。
極論、殴れば勝てる矛盾が議論の本質。偉ければ、それができてしまう。
「そうさ、お前には主とかいうものなどついていない。君の信仰云々を言っているのではないぞ? お前のことを言っている。主がお前を助けるなどと、ああーーおかしなことを言いだすものだ」
ぐい、とそいつの顔を無理やり開けて目と目を合わせてねめつける。
「今、こうしてるのはお前が主の加護を信じられなかったからだろう? こうしているのは我々が君を気絶させて拘束したのではなく、降参したからだということを忘れたか」
嘲笑った。
信仰を一番信じていないのはお前で、ただ利用しているのもお前なのだと。
「ーーつまり、信じていないのはお前だよ。主を信じて立ち向かえばよかったのにな?」
主を信じて特攻しなかった時点で、信仰など片腹痛いと。
「――ッ!」
そいつが射殺しそうな視線で指揮官をにらみつける。
だが、声は出せない。
そのときは僅かに刺さった剣先がのどを切り裂くことだろう。
「とりあえず、魔族について話してもらおうか」
そして、口を割らせたこと。ほとんどが教義上の虚飾である上に主観が多かったため、ほとんど意味をなさなかったが……
しかし、地理は知れた。言葉が通じるのも分かった。
まあ、9時間にも及ぶ取り調べの成果としてはまったくもって足りないが……指揮官の慎重な性格から三名を別々に取り調べて、一致する情報以外はすべてゴミとした。
艦船たちからは、これについては特に何も言われなかった。
「さてーー」
拘束はほどいて好きにさせた。
敵対したいわけではない、もう手遅れかもしれないが。
今は彼らから離れて、開けたところに座っている。
「フランスからアイルランドへの渡海、いけるか?」
この世界は地球と似ている。だから、艦船にとっては元の地名のほうがわかりやすい。
海路というのはイベントの発生しそうな難事だが、艦船にとってはむしろそちらのほうが慣れている。
「わあ! ピクニックだね、お兄ちゃん」
ユニコーン辺りは真っ先にはしゃいでいる。
「あまり浮かれないで、ユニコーン。セイレーンがいるかもしれない」
「あ……そうだったね、ラフィーちゃん。何もいなかったらいいんだけどね」
「それでも、楽しむなということでもあるまい。警戒はしつつ、楽しめば良かろう」
「そう? そうだよね、長門ちゃん」
「指揮官も、かまわぬな?」
「ああ、問題ない。安全を確保しつつ、ピクニックだ。……お昼にはみんなでパイを食べようか」
「……うん!」
そして、全てを投げつつ海へ。
もちろん、避難民のことは兵士に言付けをしておいた。
それでダメなら、後は国家の問題だ。指揮官が墓の下まで責任を持ってやるつもりがみじんもない以上、他人任せになるのは当然のことだ。
そして、打ち破った騎士団についても同じこと。勝者に義務があるのかはともかく、勝ってしまったあれこれを処理する気がないために全て放り投げた。
負けたと公開するのも隠ぺいするのでも、どちらでも指揮官にとってはどうでもいいことだ。好きにすればいい。
「海、か。落ち着くね。……平和だ」
しみじみと呟く指揮官。
体が艦船に慣れ切って、人間の感覚が思い出せなくなってくる。
海に立つ感覚が心地よい。まるで布団の中に居るような安心感、最近は布団の中でもそう安らげないのだが。
「……へいわ」
あくびしながら同意するラフィー。
「うむ。やはり、海を走る感覚は良いものだ」
長門は実感籠った様子。
重桜の重鎮には中々外に出る機会がなかったのだろう。
とたん、一行の横で海水が膨れ上がる。
何かが現れる予兆。
「……」
水しぶきを上げて現れたはクラーケン、人の4,5人は丸飲みできそうな大きさだ。帆船すら上回るでかさの化け物だった。人が相手なら災厄とまで呼べるかもしれない。
少なくとも、指揮官が出会ってきた人間たちは海上ではそいつの相手はできそうにない。
トゲが生えた吸盤。おそらくそれで生物を殴り、ペースト状にして”すする”のだろう。
概して、人界を恐怖に陥れるには十分過ぎるほどの脅威と言える。
「……平和なのです」
それも、綾波の砲撃の一撃でちぎれて沈んだ。
海の脅威、人類を閉じ込める境界線……一つのストーリーを書くにたる怪物は、それ以上の人外によってハエを払うように木っ端みじんに爆砕されてしまった。
「さて、魔族と人類は戦争状態にあったようだが……まさか門番がコントロールも利かない怪物一つということもあるまい」
指揮官は目を閉じる。
そもそも閉じるまでもなく、あまり目に頼っていないが……まあ、目を開けているとかわいらしい艦船の姿を追いかけてしまう悪癖がある。
レーダーに集中した結果、あの推定クラーケンとおぼしきものの仲間は海の下に数多く生息していることが分かった。
「まあ、まだ魔族の領土までかかります。ユニコーンとエルドリッジが凄くはしゃいでますし、あまり急がなくても良いと思いますが」
「そうだね。ゆっくり行こう。……ああ、そろそろお昼にしようか。海上で食べるのも悪くないだろう」
「そうですね……ユニコーン、エルドリッジ! 戻ってきて下さい、お昼にします」
少し離れたところできゃっきゃと笑い声を上げながら追いかけっこをしていた二人を呼び戻す。
「……よくやる。ラフィーは……ねむい」
やはりラフィーはあくびをしている。
綾波は綾波で指揮官の近くに寄り添いながら警戒を解かないし、長門は護衛を気取りながらも海の様々なものに興味を引かれてあっちにふらふら、こっちにふらふらと落ち着かない。
エレバスは少し後ろで憂鬱気にしている。だが、口元は弧を描いているため、彼女は彼女で楽しんでいるのだろう。
「少し、遠回りをしようか……な」
指揮官もまた、笑っている。
和やかな一幕だった。